第44話 冷静で合理的

大攻勢が始まって一時間以上が過ぎた、魔物の数も目に見えて減っていて、冒険者達は門を守る戦い方から敵を殲滅する戦い方に変わっていた。

正門はもう大丈夫だと言うことで、 俺達はギルド長に話をするために門に向かう。


「次は裏門か北側の壁に加勢だな、正直魔物の数が六千と聞いて町を守るのは無理かと思ったがなんとかなるかもしれん。トーマ達の力には本当に驚かされたぞ」


「そうよね、スゥニィさんと兎の前足が町に来てなかったら既に門は破られていたかもね」


「トーマはキュクロプスを単独で倒せる強さなのに今まで名前を聞かなかったのが不思議なくらいだ、今この町でキュクロプスを単独で倒せるのはスゥニィさんとギルド長くらいだぞ、町の冒険者にはいないって事だな」


「そうそう、冒険者になって三ヶ月ちょっとでしょ?トーマ君はそれまで何をしてたの?」


何だか話がヤバイ方向になってきた。


「トーマは育った村から出た事が無かったんですよ、私が最初に会った時は本当に世間知らずで苦労しました」


話を聞いていたリズが横から助け船を出してくれる、俺の常識知らずの話をおかしくない範囲でレイとシェリーに話す、そして途中で話題を俺の事から他の事に変える。


「スゥニィさんと出会ってからは三人とも更に強くなれました。それよりこの剣なんですけど本当に私が使ってもいいんですか?南側のオーガは簡単に切れたから、そのつもりでさっきもオーガと戦ったら剣がボロボロになっちゃったから本当に有り難いんですけど」


リズが刀と、さっきまで使っていた剣を手に持ちレイとシェリーに見せながら話す。


「南側のオーガはレイナの魔法で弱っていたからな、オーガの皮膚は硬いが魔法には弱く、魔法で皮膚を柔らかくして倒すのが普通なんだ。それも知らずに普通の剣だけで三匹も倒せるんだからな、その剣を持つ実力は充分だ、後は経験を積むことだな」


「そうね、三人とも実力は金級で充分通じるわ。この大攻勢を凌げれば確実に上がれるはずよ、そして経験がついてこれば金上級にもなれるわ、その剣を使って金上級に上がればルーヴェンさんもきっと喜ぶわね」


大攻勢が終われば金下級か、確かに強くなれたとは思うけど…。


俺が金級について考えていると門の方から声がした。


「おい、レイ!持ち場を離れて大丈夫なのか?」


「ヴァレッグさん、魔物の数も大分減って、群れの後ろにいたキュクロプスとオーガはこっちの二人が倒してくれたので大丈夫ですよ」


レイの言葉にギルド長のヴァレッグはむぅ、と唸り、俺とリズに顔を向けてニッと笑顔を見せる。


「キュクロプスが出たと聞いて俺も門から離れないといかんと思ったが、そうか、流石スゥニィさんが押すだけはあるな。あの嬢ちゃんも南側で大活躍したらしいがここでも治癒魔法でかなり助けられた」


レイナも治癒魔法で頑張っていたようだ、ギルド長の話を聞いてレイが北と裏門の話をする。


「ヴァレッグさん、北側か、裏門に加勢に行こうと思って相談に来たんですがどっちを先にした方がいいですかね」


レイの言葉にギルド長は少し考え、そして指示をだす。


「ここの犠牲者はお前らが加勢に来る前に出た五人だけだ、まだ冒険者は九十人以上はいるだろう。レイ、お前は魔物を全部倒したら七十人程連れて北側に行ってくれるか?北側の方が少し厳しいと情報が入っているからな、裏門はスゥニィさんを中心にまだ余裕があるそうなので十人程冒険者をつけて嬢ちゃんに行ってもらおう、怪我人が回復して戦線に戻れるなら更に余裕が出来るはずだ」


「わかりました、なら少し休憩を取るか。トーマとリズは北側でも活躍して欲しいからな、少しでも魔力を回復させてくれ」


俺は先程の詠唱と、その後ずっと焔を維持し続けた事で半分近く魔力を使ったが俺には魔力回復のスキルがあり、回復が早いので既に七割近くまで魔力が戻っている、それを伝えて直ぐにでも苦戦している北側に加勢に行くと言うつもりだったが、リズの方を真眼で見ると魔力の流れがいつもの半分以下になっている事に気付いた。


このままリズと加勢に行けばリズの魔力が持たないかもしれない、町を救いたいという気持ちはあるし、冒険者達にも死んでほしくはないがリズをわざわざ危険に晒す訳にはいかない。


ここでも五人の冒険者が死んでいるんだ、いくら新しい力を覚えたと言っても油断は禁物だよな。


「トーマどうしたの?」


「うわっ」


俺が色々と考えているとリズが俺の顔を覗き込んできた、目の前にリズの顔が急に現れ思わず仰け反ってしまう、リズはいつも距離が近いからたまに対処に困るんだよな。


「い、いや、詠唱の事を色々と考えていたんだ。それよりレイさん達は?」


「レイさんとシェリーさんはギルド長と一緒にこの後の動きを話してたよ、トーマの炎も消えて倒すスピードが少し落ちたから魔物を全部倒すまでまだ少しかかるみたい」


「俺達は行かなくても大丈夫かな?」


「残りはオークやゴブリンだし冒険者の数も充分だから銀上級なら問題ないよ、それより休むのも大事だよ、次も私達が要になるって期待されてるんだよ」


そう言ってレイから譲り受けた刀を見せる、そうだ、どうせ休憩するなら今のうちにリズに刀の説明とヒズールの事を聞こう。


俺達は門から少し離れ、冒険者達の戦いを、何か変化があれば直ぐに駆け付けられるように注意しながら話を始める。


「リズが譲ってもらったその剣は異邦人が持ち込んだ日本の武器を参考に作られた武器なんだよ」


「え?そうなの?少し珍しい剣だとは思ったけど、本当に?」


異邦人や森人の話になるとリズは食い付くからな、目が輝き出したぞ。


「うん、刀って言ってね、リズが持ってた剣と違って少し反った形になってるでしょ?それは引き切る事を考えて作られてるんだ」


それから俺の知っている刀の事をリズに伝えていく、話が進むほどリズの目の輝きが増していく。

俺も黒曜石で武具を作ったときは少し気持ちが高揚したしな、微笑ましくリズを見ながら話し、そしてヒズールの事を聞いてみる。


「そう言えばヒズールって異邦人が作った国な「そう!よく知ってたね、ヒズールは九百年前にこの世界に来た異邦人が作ったって言われてて独特な文化が沢山あるんだ、この、刀だっけ?もそうだけど料理や建物なんかも他の町とは全然違うんだよ」


「ヒズールは他の町とは距離があるから、それで文化が違うと思ってたんだ、だから異邦人が作ったって言うのは観光客目当てだと思って半信半疑だったけどトーマの話を聞いたからには絶対に行かなくちゃね」


興奮して食い気味に話をするリズ、この手の話題はもっと時と場所を選ばないと駄目だな。


「わ、わかった、今度ゆっくりと、詳しく話をしよう。今は大攻勢中だから落ち着いて」


俺が宥めるとリズは何とか落ち着きを取り戻す。


「そうだね、大攻勢が終わったらじっくりと話をしようね。じゃあ早く、沢山魔物を殺さないとね」


リズはそう言って満面の笑みを見せる、久し振りに間近で笑顔を見たがやっぱり可愛いな、話の内容は酷いが…。


それからは話を刀の事に戻し、魔物に注意を向ける。

あれだけ沢山いた魔物も既に数えるほどになっていた。


「トーマ、リズ、そろそろ魔物も全滅するから移動する準備をしていてくれ」


ギルド長と話が終わったのだろう、レイが声をかけてくる。


「わかりました」


俺はそう返事をしてリズと一緒に準備をする、次は北側か、レイが声をかけて手が空いてる冒険者を集めていた。

その場所に向かいながらリズと話をする。


「次は最初から詠唱を使ったほうがいいかな?一度使って勝手はわかったしね、先に魔物の群れに突っ込むと詠唱に集中出来なくなるし」


「その方がいいかもね、トーマの炎で群れを分断してからは魔物の勢いも弱まって冒険者が戦いやすそうだったし」


リズと北側に着いてからの事を話していると、突然冒険者達と魔物が戦っていた場所から大きな音が響く。

音がしたほうに目を向けると、地面に大きな穴が空いて周りに冒険者が三人倒れていた、その上に浮かぶ人影が見える。


「トーマ!あそこに浮かんでいるの、あれ魔族だよ」


「リズ、レイさんとシェリーさんに伝えてくれ」


リズが遠目で確認して叫ぶ、魔族は裏で魔物を操るだけであまり人前には姿を現さないんじゃなかったのか、頭で考えながら疾風を使って魔族が浮かぶ場所に駆ける。


空間把握の範囲に入ると魔族の魔力が高まっているのがわかる、倒れている冒険者はまだ生きている、止めをさす気か。


魔力を足に集め疾風を最大限にして駆ける、氷の槍が形成され冒険者に向かって放たれる、俺は間一髪、冒険者の前に立ち魔法を唱える。


氷面鏡ひもかがみ


あの夜と同じ様に氷の槍と氷の鏡が俺のすぐ目の前でぶつかりお互いに砕け散る。


「あん?その魔法…お前あの時の奴か?」


空から魔族が声をかけてくる。


声も喋り方もあの時襲ってきた魔族と一緒だ、だがコイツはあの時より魔力が大い気がする、なので念のために鑑定をかける。



バラム:110


魔族:下級


魔力強度:129


スキル:[魔物使役] [統率] [闇魔法] [氷魔法] [洗脳]




鑑定でわかったがコイツは街道で襲ってきた魔族だ、だが魔力強度は上がってないのに魔力が増えてる?

コイツは話好きだからな、他に仲間がいるかも知れないし情報を引き出さないと。


「あの時の魔族か?あの時より強そうだが、それにお前一人なのか?」


「うん?お前には二人に見えるのか?あの時より強くなっているのはお互い様だな、あの時の言葉が負け惜しみじゃないってわかってくれたか?」


そうか、魔物が減って洗脳する必要が無くなった分だけ魔力が戻っているのか。


「それよりなんで魔物が門を抜けてないんだ?この町に集まっている冒険者はせいぜい二百と聞いたが?」


聞いた?誰かコイツに情報を渡した奴がいるのか。


「誰に聞いた?」


俺の問い掛けにバラムは肩を竦める、いちいち人を馬鹿にしたような態度で話しをする奴だな。


「貴重な協力者だ、教える訳ないだろ。それに今度の協力者は今までの人間と違って優秀で長い付き合いになりそうだしな」


人間の中に魔族の協力者がいるのか、それより今はコイツだ。

魔族の倒し方はギルド長から聞いた、だが俺は空を飛ぶ敵への攻撃手段が乏しい、遠距離魔法は得意な炎魔法でも威力が人並みにしか出ない、魔族には通じないだろう。

俺が悩んでいると二本の矢が魔族を襲う。


「おっと、援軍か」


バラムは背中の翼を巧みに使い矢を避けながら俺の後ろに目を向ける、リズがレイとシェリーに声をかけて手の空いていた冒険者を連れて駆け付けてくれたようだ。

リズとシェリーが駆け付けた冒険者に指示を出して倒れた冒険者を門に運んで行く。


「トーマ、お前が遭遇したのはこの魔族か?」


「レイさん、そうです」


俺とレイが浮いているバラムを睨む、バラムは冒険者や門の方を見ながら話し掛けてくる。


「おい、南側の魔物にかけた洗脳が解けてるしここでもほぼ全滅だ、二百人の冒険者でこれだけの規模の魔物を抑えきれるとは思えんがお前ら何か対策でもしてたのか?」


「お前がトーマに情報を渡してくれただろ、南側とこっちはトーマ達の活躍のおかげだ、それに運良く町にスゥニィさんがいて協力してくれたからな」


「スゥニィ?スゥニィフゥドがこの町にいるのか?」


スゥニィと聞いて魔族の目が鋭くなる、この反応だと知り合いなのか?


「お前スゥニィさんを知っているのか?」


「向こうは下級魔族の俺なんか知らないだろうがな、森人は魔族の敵だ、それに里から出ない他の森人と違ってスゥニィはよく魔族の邪魔をしてくれたからな、最近は大人しくなったと聞いたが」


そう言ってバラムは俺を見る。


「お前、確か俺と会った時に、森人の里に行くのはこれからだって言ってたな。古臭い呪文も使うようだし森人の関係者か?」


「俺はただの冒険者だ、スゥニィさんには里までの護衛依頼を受けて、その途中で色々と教えてもらってるだけだ」


護衛をね、小さく呟くとバラムは町の方を見る。


「う〜ん、俺が洗脳した魔物はほぼ全滅したし冒険者に被害は少ない、スゥニィフゥドもいるなら今回は失敗か」


バラムは胸の前で腕を組み、考えるように小首を傾げながら喋る。

仕草がいちいち人間臭い奴だな。


「お前が洗脳した魔物が全滅って言ったか?」


バラムの呟きを拾ったレイがバラムに問い掛ける。


「うん?あぁ、俺の役割は正門と南側から町を攻める事だったからな、お前らに見事に邪魔されたよ。仲間と六千の魔物を集めて内と外から半日でこの町を潰して周りの村や町にも行く予定だったんだけどな」


「内と外?」


バラムはレイの言葉に思わずという顔をして頭をかく。


「あっ!まぁ、俺の仕事は終わったしもういいか。町の外と町の中から攻めて半日かからず町を攻め落とす予定だったんだ、せっかく時間をかけて魔物を集めたのにな」


「トーマ!町から煙が上がってる」


バラムの言葉を聞いたリズが町の方を見ながら大声で叫ぶ、町から煙が?町にはテオとセオがいるんだぞ。

レイもリズの言葉に反応してバラムを睨む。


「お前の仲間か?」


「まぁ、そうだな。今回の大攻勢から協力してくれたんだがなかなか優秀な奴だぞ、ソイツは人間を甚振る事が好きなんだ、俺達よりもな。今まで協力者は沢山いたがそんな奴は初めてだ、今回も抑えが効かなかったんだろうな、まだ門も抜けてないのに行動するなんてな」


バラムは嬉しそうに協力者の事を話している、そんな奴がいるなら早く町に戻らないと。


「お前はどうするんだ?俺達を倒して町にでも向かうか?」


バラムはレイの言葉を笑い飛ばす。


「ははっ、手持ちの魔物が全滅して洗脳する必要が無くなった分の力も戻ったがな、思ったより絶望を味わう事も出来そうに無いし今回は逃げるさ、ここに居ないって事はスゥニィフゥドは裏門にいるんだろ?」


なら尚更だ、そう言ってバラムは俺を指差す。


「そっちの奴は町に大事な奴でもいるんだろ?魔力が荒ぶってるぞ、お前らもなかなか強そうだ、スゥニィフゥドが居るなら裏門からも仲間は来ないだろう、俺は冷静で合理的だからな、こんなところで死にたくないんだ」


他の魔族は裏門か、それより町に戻らないと。


『炎弾』


高まった魔力をそのままにバラムに炎魔法を使う。


「おっと、話をしてる途中なのに酷いな。このままここにいたら殺されそうだ、じゃあまたな」


バラムは翼を使って魔法を避け、馬鹿にするように手を上げると、じゃあなと笑い反転してそのまま町の反対側に飛んでいった。


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