第41話レイナの大魔法

翌朝、俺達が泊まっている宿に少し緊張した面持ちのレミーが呼びに来てくれた。


「森にいた魔物が動き出したそうです、予定通り門に集合をお願いします」


俺達は頷くとテオとセオをレミーにお願いする。


「テオ、セオ、俺達が迎えに行くまで待っててくれよな」


「兄ちゃん早く来てくれよな」「トーマさん、テオの事は任せて下さい」


二人がそれぞれ返事をしてレミーと一緒にギルドに向かう。


二人を連れたレミーが見えなくなると、俺は黒曜石の籠手と具足、リズは今回の為に新調したロングソードと予備のショートソード、レイナは護身用のナイフを身に付ける。


そして一人一つのポーションとマジックポーションを入れた袋を下げて門に向かう。

ポーションやマジックポーションは即効性は無いが回復力を高めてくれる薬で、特にマジックポーションはかなり貴重で俺も見るのは初めてだ、これは大攻勢に参加する冒険者に配られた町長からの支給品だ。


準備も整い、宿を出て外を歩くとすぐに冒険者に声をかけられる。


「おう、トーマだったか。お互い頑張って町を守ろうぜ」


「魔族殺し、期待してるぜ」


今回はかなり目立ってしまったな、リズとレイナもこれから目立つ筈だし静かに冒険者をしたいってのは無理かもな。


声をかけてきた冒険者に返事をしながら考える、既に魔族殺しの呼び名が広まってるし今更出し惜しみは無しだ。


そう決意してる間に大勢の冒険者が集まる門につく。


門について、ギルド側の準備が整うまで柔軟をしているとスゥニィが近寄ってきた。


「トーマ、やはり魔物は途中でわかれたようだ。今は二手に別れているが町に着くまでに更に別れるかもしれん、レイにお前らの扱いは任せてあるので指示通り頼むぞ」


俺達三人は力強く頷く、スゥニィは派手にやれよと言うとギルド長の所に戻っていった。






「皆、聞いてくれ。魔物の群れは四千程になっている。後一時間程で町に着くはずだ、そして二手に別れて一つは町を回り込む様に動いているので町を挟み込むつもりだと思われる」


ギルド長の声が響く。


「今回は素材の剥ぎ取りなんかしなくていいからな、お前ら全員の名前はギルドが把握している。報酬も期待していい、だから魔物の数を減らす事だけに集中してくれ。正面は俺が、裏門はスゥニィさんが死守するからな、お前らは派手に暴れてくれていいぞ」


冒険者達から歓声が上がる、四千に増えたと聞いても動じていない、中には報酬もいらないという声も混じっていた。


そして冒険者達は前もって決められていたグループに分けられていく、俺達はレイのグループ、どうやら裏がスゥニィとオズウェンで俺達はギルド長と正面に残るようだ。


「お前ら、俺達はギルド長が門を守っている間に魔物を全滅させるのが役目だ。裏門の奴等より先に全滅させて裏の加勢に向かうぞ」


レイの声を受けて其々が戦闘の準備を始める、そこに一人の冒険者が慌てて走ってきた。


「レイさん!魔物は他の群れと合流して更に二手に別れたようです、四方から攻めてきます、数は正門、裏門ともに二千、左右は千です!」


伝令の言葉にどよめきが起こる、合計六千の魔物、それに他から合流したということは魔族が他にもいる可能性も高まった、冒険者達にも動揺が広がっていく。


これは、かなりマズイのか?俺は魔族を一度退けた自分の力と呪文を覚えたリズとレイナの力、そしてスゥニィがいるということでかなり油断していたのかもしれない。


昨日気を引き締めて、真剣に町を守ると思っていたはずなのに冒険者達の動揺を受けて、今、漸く本当に危機が迫っているという事を実感してきた。


手が汗ばむ、六千の魔物、いくらスゥニィやギルド長が強くても全てを一気に倒すなど無理だ。

数はそのまま暴力になる、この町は壁が低い、取り零した魔物が壁を乗り越えて町に入ったらテオとセオにも危険が迫る。


「トーマさん?」


俺が考えているとレイナが声をかけてきた。


「トーマ、顔が強張ってるよ。数が増えてもやる事は何も変わらない、町を守るだけだよ」


「リズ…」


「トーマさん、大丈夫です。私達が毎日鍛えた力とトーマさんが教えてくれた言葉を信じましょう」


「レイナ…」


リズとレイナが普段の笑顔で笑いかけてくる、この二人は俺が簡単に、もしかしたら物語の出来事のように軽く考えていた時には既に覚悟が出来ていたんだ。


「二人とも、六千と聞いても怖くないのか?」


「トーマ、私達は村を襲われた。あのときは力も無くてただ村が燃えるのを見ているだけだった、だけど今は力がある、トーマと一緒に鍛えた力が」


「トーマさん、私の新しい魔法、弱い敵なら多分千匹くらい倒しちゃいますよ。トーマさんが教えてくれた力です、リズお姉ちゃんもそうです。だからこの力で今度はこの町を守ります」


「それに私達の村と違って不意に攻めてくる訳じゃないし、こっちも迎え撃つ準備は出来てるしね」


二人は本当に気負いも迷いも無く答える、これが魔物がいる世界で育った強さなのか、それとも村を襲われて乗り越えた強さなのかわからないけど二人の笑顔を見ていると少し気持ちが落ち着いてきた。


「トーマ、お前達は俺と一緒に南に行くぞ。まずは南の魔物を蹴散らして直ぐに他所に合流だ」


レイの指示を受けて、俺達は南側に移動する、正門に六十人程残って俺達は四十人だ。




俺達は南側に向かいながら確認の意味を込めて話をする。


「レイナ、お前の魔法で最初に雑魚を減らし、残った魔物を俺達が叩く。出来るな?」


「大丈夫です、全滅させちゃったらごめんなさい」


笑顔で言ったレイナの言葉に他の冒険者達から声がかかる。


「おいおい、こんな小さな嬢ちゃんがそんな大きい事を言って大丈夫か?」


「スゥニィさんから聞いていたが流石に千は無理だろ」


「この状況で笑ってられるのは大したもんだ、百くらいは倒せるかもな」


やはり皆信じていないようだ、小学生くらいの女の子が魔物を千匹倒すって言ってるんだから当たり前か。


「お前ら見掛けで判断するなよ。レイナは魔族殺しのトーマの仲間だ、それに白銀級のスゥニィさんのお墨付きだぞ。それより俺達は遊撃の役目もある、レイナの魔法に耐えた魔物をすぐに片付けて他の加勢に向かうから遅れるなよ」


「貴方達、冒険者を見掛けで判断するのは二流のすることよ。それよりも自分の準備をしっかりしなさい」


纏め役のレイとシェリーの言葉に不承不承で頷く冒険者達。

何だか気持ちがバラバラだが大丈夫だろうか。

魔物が六千に増えたと聞いて俺のように緊張している人もいるな、それでもやる気がある人の方が多いのは彼等が全て銀上級以上だからだろう。


強制依頼は銀上級以上が対象なのでレイナだけが例外だ、他の銀下級以下の冒険者は町から逃げたか、万一の為の町の警護だ。


俺の心配をよそに南側の壁についたので配置につく。

リストルの町は周辺が平原になっていて開けているため見晴らしがいい、今は何も見えないが本当に来るのだろうか。


「そろそろ遠くに魔物が見えてくるはずだ、お前ら油断するなよ」


レイの言葉に冒険者達が気勢を上げる。





そして遠くに土煙と黒い点のような物が見えてきた、それはどんどん横に広がっていき百メートル程の幅になる。

その頃には魔物の群れと認識出来るようになっていた。


「ゴブリンやオーク、コボルトなんかの人形が多いかな。奥にはオーガが5匹見える、一匹でかいのがいるよ、多分コイツはオーガの亜種。レイナの魔法に耐えそうなのはオーガくらいだと思うよ」


リズが遠目で魔物の種類を教えていく。


オーガ、言葉は喋らないが知性があり、森の奥に二〜三十匹の群れで暮らしていて滅多に外には出ない、鬼の様な顔と赤く大きな体躯に、怪力と再生を持つ厄介な魔物のはずだ。


魔物の群れが近づいてくるにつれ冒険者達にも緊張が走る。


「レイナ、任せる」


レイの合図にレイナが頷く。


「嬢ちゃん牽制頼んだぞ」「嬢ちゃんが魔法を放ったら突撃するぞ」


冒険者からも声が飛ぶ、レイナは魔物との距離を引き付けてレイに頷く。


「行きます!」


大きな声でレイナは気合いを入れると、目を瞑り詠唱を始める。

他の冒険者は少し大きめなだけの魔法と思っているのだろう、すぐに魔物の群れに飛び込む気だ、弓を構えている人もいるし魔力を高めている人もいるな。


レイナと一緒にイメージをした俺とリズは大規模な魔法だと知っているのでレイナの詠唱を見守る。

そしてレイナの魔力が籠った言葉が紡がれていく。



てんにあまねく生粋きっすいの、ちからたばねてうずたかく、いざなう一入ひとしおに』


言問こととう人の赤心せきしんを、よすがきざし、仮初かりそめの』


姿すがたあらわすたまゆらに、いとどはげしくくるう、かぜ神鳴かみな綯交ないまぜに』


レイナの詠唱を受けて魔素が空から俺達の前方に集まり、そして段々と渦巻く風になり、雷を帯びていく。


冒険者達も大規模な魔素の変化に驚き始めている、魔物は魔素の変化など目にも入らないように構わず向かってくる。


そしてレイナの詠唱が仕上げに入る。


千々ちぢ数多あまた遠近おちこちに、ちから行使こうしをがえんずる、あだなすてきはらえ、ひしめくてきはらえ』


最大限魔力を注ぎ込んだレイナの言葉が魔法に変わり、形を現す。



『【霹靂神はたたがみ】』



レイナの呪文を受けて集まっていた魔素と魔力が弾けるように魔物に襲いかかる。

風が荒れ狂い、雷が激しく鳴り響く。


俺達の前方、その全てを囲む様に荒れ狂う魔力の風に切り刻まれ、空に打ち上げられ、雷に打たれ焼かれて千匹の魔物の群れが次々に倒れていく。


凄い、俺が想像していた以上の威力、レイナの魔法に見とれてしまう。

自然の驚異を目の前に再現したのだ、この小さな女の子が。


そう思ってレイナを見るとフラフラと倒れる所だった、俺は直ぐに駆け寄り抱き抱える。


「レイナ、大丈夫か?」


「だ、大丈夫です。魔力を使いすぎて少し意識が遠退きました」


そう言って弱々しく笑うレイナに俺のマジックポーションを飲ませる。


レイナを抱き抱えたまま魔物の群れを見るが魔法はまだ収まらず猛威を振るっている、突撃しようとしていた冒険者達もあまりの規模と威力に驚き過ぎて呆気に取られていた。


十分程続いていた魔法の威力がようやく収まってくる、レイナもマジックポーションが効いたのか顔色が良くなってきた。


「トーマさん、ありがとうございます。私はもう大丈夫です」


さっきまで真っ青だったレイナの顔が真っ赤になっていた。

自分の魔法に興奮したのかな?血色も良くなっているしこれなら大丈夫だろう。


レイナが自力で立てたので、冒険者と一緒に呆けていたレイとシェリーに任せる。

そして俺は魔物の群れの近くで、魔法が途切れるのを待っているリズの隣に行く。


「リズ、空間把握に5匹の反応が残ってる、他の魔物は無視して大丈夫だ。俺は大きい反応を倒すからリズは先に反応が弱い方を頼む」


「わかった、私の相手はオーガかな、トーマの相手は多分オーガの亜種だね。レイナがバッチリ決めたから私達もシッカリと仕事をしないとね」


二人で頷きあうと前方を睨み、舞い上がった土埃が晴れるのを待つ。

俺の緊張はレイナの魔法で既に吹き飛ばされていた。


「グ、グゥオォォ…」




オーガ:魔物


魔力強度:38


スキル:[怪力] [再生] [身体強化]




オーガ:亜種:魔物


魔力強度:50


スキル:[怪力] [再生] [身体強化] [咆哮] [統率]




埃が収まった後に出てきた魔物は既にボロボロだった、二メートルを越えるオーガは虫の息で、一回り大きい亜種も頭にあるはずの二本の角が折れ、片目、片腕も無くなっている、いくら再生持ちとはいえこのダメージは直ぐに治らないはずだ。


敵が見えた俺とリズは呪文を唱え、一気に止めをさす。


『縮地』 『疾風』


リズは縮地で一気に敵に詰め寄ると足を切り飛ばし、倒れたオーガの首を切り飛ばす。


「まずは一匹」


俺はそれを横目にフラフラの亜種に近づく、亜種は懐に入った俺に、残っていた右腕を振り下ろして来るが威力も無いので簡単に避ける。


『豪脚』


豪腕からイメージした新しい呪文を使い、身鉄で鉄にした足を思い切り振り抜き亜種の両膝を砕く、前に倒れ込むオーガの左肩を豪脚で蹴り上げ仰向けにすると豪腕で思い切り胸を突き、そのまま貫く。


心臓を潰した手応えはあったが、念のため倒れたオーガの首に手刀を振り下ろして切り飛ばした。

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