第40話 決戦前日
食糧が不足しているという理由で少し値段が高めの食事を済ませた俺達は、テオとセオを預ける事を伝えにもう一度ギルドに向かう。
二人にもちゃんとギルドで待てるように話をしないとな。
「これから魔物が町に攻めて来ると思うからテオとセオにはギルドで待ってて欲しいんだ、ちゃんと待てる?」
俺がギルドで待ってて欲しいと伝えるとテオはすぐに口を尖らす。
「え〜、俺だって戦えるようになったぞ。兄ちゃんだって身体強化もバッチリって言ってくれたじゃん」
確かに、俺が真眼で魔力の流れを指摘して一週間、テオは無駄にしていた魔力もなくなり身体強化が大分上達している。
獣人は元々魔力が少ないのだが体の扱いが得意な為、少ない魔力で身体強化を出来る種族だ。
それに加えて魔力の無駄も無くしたのでテオは俺達の半分以下の魔力で身体強化が出来るようになっている。
「ちゃんとテオが上達してるのは知ってるけどね、今回は魔物も多いしきっと一対一では戦えないよ。テオにはまだ早いから留守番してて欲しいんだ」
テオは一週間でオークを一人で倒せるくらいにはなったが、まだ対多数の魔物と戦った事が無いので今回は無理だろう。
「テオ、私達はまだ未熟だからきっとトーマさんが正しいよ」
テオと違い、セオは納得してくれたようでテオに言い聞かせてる。
それにしてもセオは本当に物分かりがいい、テオとセオが双子とは思えないな。
「セオもそう言うなら大人しく留守番してる、でも魔物をやっつけたらすぐに修行してくれよな兄ちゃん」
そう言ってニッと笑ってくれた、やっぱりテオの明るさはいいな。
「私がいない三日でトーマとテオは大分仲がよくなったね、レイナもセオに取られちゃってお姉ちゃんは寂しいよ」
テオの次はリズが口を尖らせる、でもテオはすぐにリズの側に行き、ニッと笑って見せる。
「俺、リズ姉ちゃんも好きだぞ。兄ちゃんもレイナ姉ちゃんも、スゥニィさんも皆好きなんだ。俺、今は毎日楽しいんだ、食べ物も美味いし、兄ちゃんに鍛えてもらって強くなれるし、服もお下がりじゃないし、それに、セオも村を出てずっと暗かったけど最近元気になってるんだ」
「わっ、リズ姉ちゃん急に何するんだよ」
リズが冗談で言った言葉にテオが体を使って、両手を大きく広げて毎日楽しいと言葉を返す、するとリズが思わずテオを抱き上げ頬擦りする。
「う〜ん、テオは可愛いな。今度添い寝してあげようか?」
「リズ姉ちゃんくすぐったいってば、それに俺はもう十歳だから一人で眠れるんだぞ」
なんとか逃れたテオをリズが笑いながら追いかける、それを見て俺とレイナは笑い、セオも心なしか頬が緩んでいる。
あぁ、楽しいなぁ。そう思いながらリズがテオを追いかけるのを見ているといつの間にかギルドについてしまった。
走り回っているリズとテオを呼んで皆でギルドに入る、すると中にいた冒険者の視線が一斉に俺に集まる。
冒険者達は俺を見てヒソヒソと話をしていて、少し落ち着かないが気にせずにカウンターに行き、忙しそうにしている中年の男性職員に声をかけながらカードを見せる。
「すいません、町の防衛に参加する冒険者ですが」
「はいはい、ご協力感謝します。あっ、魔族殺しのトーマさんですね。話は聞いてますよ、有力な情報ありがとうございます、トーマさんの情報で強制依頼に踏み切れました」
ギルドの強制依頼は信用に関わるから有力な情報が無いと簡単には出せないんですよと言いながらカードを確認する職員。
その前に、魔族なんて殺してないのにいつの間にか変な二つ名がついてるぞ。
テオはかっけぇとか言ってるし、レイナは凄く頷いてるし、リズは笑ってるんだけど…。
「た、多分そのトーマです。えっと、この二人を預かって欲しいんですけど」
二つ名に戸惑いながらもそう言ってテオとセオをカウンターの方に押し出す。
「なるほど、二人とも獣人の子ですね。少し待ってて下さい」
職員はそう言うと別の若い女性職員に声をかける。
呼ばれた女性職員は獣人だ、大人の獣人は初めてみたけどテオ達より耳が大きくてすぐにわかった。
「私はチャスリヤ出身のレミー、見ての通り猫の獣人よ、貴方達は狼かな?よろしくね」
獣人の職員は男性職員から話を聞いて、カウンターから出て来ると、テオとセオの前で目線を合わせる様にしゃがんで笑顔で話し掛ける。
「私がセオ、こっちがテオです。私達は村を捨てました、今はトーマさんにお世話になってます」
テオが女性職員に何か言おうとするが、セオが先にそう言って頭を下げる。
テオも遅れて頭を下げてよろしくお願いしますと挨拶をすると、セオの言葉を受けたレミーは少し戸惑うがすぐに笑顔を浮かべてよろしくと握手をしていた。
セオは捨てられたではなく村を捨てたと言った、セオなりの決意みたいなものだろう。
その時に負の感情は見えなかったのでセオは色々と吹っ切れた様に思う、テオも特にセオの言葉を気にしてないようだ。
その後、職員から色々と話を聞いていると別の職員にスゥニィが呼んでいるから三階に上がるように言われた。
情報は既に伝えてあるのでなんの用で呼ばれたのかと思いながら、テオとセオをレミーに任せて、リズとレイナと一緒に三階に上がる。
二階でも冒険者達から注目を浴びながら三階に行くと、大きなドアをノックして中に入る。
中に入るとスゥニィとギルド長と町長、レイとシェリーに加えてオズウェンも話し合いに参加していたようだ。
「魔族殺しのトーマ、お前も話に参加しろ」
スゥニィがニヤッとした顔で参加を促す。
「ちょ、なんでスゥニィさんまで、俺は魔族なんて殺して無いですよ」
俺が反論すると横からギルド長が説明してくれた。
「あ〜、それは俺が職員に広める様に指示したんだ。偵察によると今回は規模が大きそうでな、少しでも冒険者やギルドの士気を上げるのに名前を使わせてもらった。こういう二つ名持ちが参加するってだけで結構効果があるんだ」
話を聞くと、森の奥に三千程の魔物を偵察が見つけたらしい、攻めてくる時にはもう少し増えるはずだとギルド長が顔を顰める。
大攻勢は通常、千から二千だという、それだけで充分に一つの町を潰せるのだ。
「三千以上ですか?」
数を聞いて驚くリズに頷き、ギルド長が話を続ける。
「そうだ、ここまで大掛かりならもしかしたら魔族も一人じゃないかもしれん。職員の話によると予兆らしき物が女神の季節が始まってすぐに出ていたらしい、その時は少しおかしいという程度であまり気にしてなかったようなんだがな、一ヶ月近く準備をしていたなら三千以上ってのも頷ける」
町長は魔族が複数いるという所でこめかみを押さえていた、かなり想定外の様だ。
「通常通りの大攻勢なら今いる冒険者で充分なはずだが、三千以上で魔族が複数いるなら何が起こるかわからんからな。本来ならギルド長はギルドを守る立場なんだが今回は私とギルド長も出る予定だ」
「数が多ければ町を囲む様に攻めてくるかもしれんのだ、そうなったら俺が正面、スゥニィさんに後ろ、オズウェンとレイに左右を指揮してもらう予定だ」
スゥニィとギルド長が魔物に囲まれた時の対応を話してくれる。
「スゥニィさんも出るなら森に攻めこむ訳にはいかないんですか?」
スゥニィは森人なので森の中では無類の強さを出せる、魔物が森にいるならその方が効率を重視するスゥニィらしいと思うんだが。
「里を飛び出したとはいえ私は森人だ、魔物も今は大人しくしているようだからな、無闇に森で争って森を荒らす訳にはいかないさ」
確かに三千の魔物と冒険者が森で争えば被害はどのくらいになるかわからないか。
「私は森なら誰にも負けんが流石に一人では三千の魔物は止められんぞ。それに冒険者は森の方が身動きが取れなくなる、結局は町を拠点に開けた町の周りで迎え撃つのが戦いやすいだろう、戦えなくなった者は町に逃げ込めるしな」
説明されて大体の方針はわかった。
そしてスゥニィが俺達を呼んだ理由を話す。
「それでな、シェリーから話を聞いてお前らを呼んだんだがレイナは範囲魔法を使えるのか?」
「は、はい。弱い魔物なら百匹くらいは纏めて倒せる魔法を、四回は間違いなく使えると思います」
問われたレイナが万雷の事を伝える、魔族に襲われた時より魔力強度が上がったので威力も使える回数も増えているようだ。
「ここに来る途中で新しいイメージもしていたんだろう?」
「はい、まだイメージだけで実際には使っていないんですが、少し詠唱してみた感じでは、ほぼ全ての魔力を使い一回限りならかなり広範囲に魔法を使えるはずです」
魔力強度の上がったレイナが新しくイメージした魔法、大攻勢に対して俺と一緒に馬車の中で考えた詠唱はかなり広範囲を攻撃できるようにイメージしてある。
レイナの言葉にスゥニィと俺達以外の人が驚く。
「よし、ならお前達のパーティーはレイの指揮に従ってくれ、ある程度の対応は伝えてある。これで大筋の話は決まった、ギルド前に冒険者を集めているので外で話をするぞ」
話が纏まったと言うことで皆で部屋を出て一階に降りる、二階にも一階にも既に冒険者はなくなっていた。
そしてギルドを出ると職員が集めていたのだろう、ギルド前の道に二百人の冒険者が集まっていた。
俺達はギルドのすぐ前の集団に加わる、ギルドの入り口に置かれた四角い台の上にギルド長とスゥニィが中央、そして町長とオズウェン、レイとシェリーが左右に並ぶ。
「お前ら!リストルの為に集まってくれて礼を言う」
ギルド長が町中に響く程の大声で言うとざわざわとしていた冒険者が静まり返る。
「今、森の方に三千の魔物が集まっているようだ、そしてその三千の魔物は明日にでもここに攻めてくるだろう」
三千と聞いてまた冒険者がざわめく。
「だが幸いラザのギルド長でもあるスゥニィさんが町にいてくれた。スゥニィさんは森人で元白銀級の冒険者だ、俺の倍以上は強いぞ」
白銀級と聞いて冒険者に驚きが広がる。
「その元白銀のスゥニィさんと元金上級の俺、そして金下級のオズウェンとレイで指揮を取る」
そしてギルド長は俺を見てニヤッと笑い手招きをする、嫌な予感が…。
戸惑う俺を、リズがオズウェンの隣に促す。
渋々台の上に立ち、振り返ると二百人の視線が突き刺さり圧倒される。
「更にスゥニィさんが鍛えて実力は金級、兎の前足のリーダー、魔族殺しのトーマもパーティーで参加だ」
ギルド長の言葉を聞いて俺を見ていた冒険者の反応が様々になる、半信半疑といった所か。
そこにスゥニィが更に声をかける。
「コイツは先日、魔族と魔物百匹に襲われて無傷で撃退した、実力は私が保証する。メンバーの二人もかなり強いぞ、最初から派手に飛ばすように指示を出したから楽しみにしててくれ」
スゥニィの言葉で冒険者達から歓声が上がる、それを見てニヤッとしながら町長に目線で話を促す。
「私はこの町の長のウォルミーだ、ここに集まってくれた冒険者の皆には本当に感謝している」
冒険者が静まるのを待って町長が話を始める、部屋では疲れた顔をしていたが今は堂々としている。
「今、リストルは魔族に狙われ、魔物の群れに襲われようとしている。リストルの町からは早い段階で逃げ出した住民もいる、魔物の数を聞いて罰則を受ける覚悟で逃げ出した冒険者もいる、大攻勢とはそれほどの驚異だと皆もわかっているはずだ。だがいつもリストルに貢献してくれる冒険者、そして近隣から駆け付けてくれた冒険者がこんなにも集まってくれた」
町長の話が進むにつれ冒険者達は段々と静まりかえっていく。
「今回、魔族は季節の始まりから周到に準備をしていたらしく、魔物の数は三千以上もいるのが確認されている。これはリストルが蹂躙されればそのまま周りの村や町も飲み込む程の驚異だ。だから、頼む」
そう言って町長は一度冒険者達を見回し、そしてゆっくりと喋り出す。
「町を守るため、家族を守るため、冒険者として生きるため、色々と理由はあると思う。その理由を束ねて、ここで魔族を退けて欲しい。私には戦う力が無い、だからどうか頼む、町を、リストルをここにいる皆に任せる」
町長が深く頭を下げると冒険者から歓声が上がる。
「うおぉ!」「任せろ!」「あんなガキじゃねぇ、魔族を殺して魔族殺しを名乗るのは俺だ!」
なんだか変な声が聞こえたが気のせいだろう。
俺は今回の大攻勢を何処か他人事のように感じていた、呪文を覚えて、魔法を覚えて自分は死なないと思っていた。
リズとレイナと一緒に、テオとセオを守れればそれでいいと思っていた。
だけど、魔族殺しと呼ばれて、ギルドでも、今この場でも冒険者達に注目されて、期待されると少し気持ちが昂るな。
中学生の頃には居ない存在になって、人とは関わらない様にしていた俺がこの世界では求められてる、なら真剣にリストルの為に頑張ってみよう。
俺がそう決意しているとギルド長が話の締めに入る。
「お前ら覚悟はいいな?明日か明後日か、偵察が魔物の動きを知らせてくれたら職員が声をかける。その時までには準備をして、声がかかったらすぐに門の前に集まってくれ」
酒を飲み過ぎるなよ、ギルド長がそう締めると冒険者達は意気揚々と町に散っていく。
俺達はギルドに戻り、テオとセオを迎えてからリズが泊まっている宿に俺達も泊まる事を獣人のレミーに伝えて、整備に出していた防具を取りに行く。
その途中でテオとセオにギルドの様子を聞いたが特に問題はないようだ。
「ギルドには俺達より小さい子供もいたんだぜ、兄ちゃん達が魔物から町を守ってくれると思うけどさ、もし魔物が来たら俺とセオが守るって約束したんだ」
そう言ってテオはニッと笑う、コイツはなんでこんなに真っ直ぐなんだろうな。
リズがテオの後ろに忍び寄って来たのでテオはすぐに逃げる、それから問題なく防具を受け取って皆で宿に戻った。
宿でレイナやリズと日本語の確認をして、後は魔物が攻めてくるのを待つだけだ。
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