第36話 魔族
スゥニィとリズが町に向かって三日が過ぎた、二日程度と言っていたので何かあったのかと心配になるがスゥニィがいるので余程の事が無い限り大丈夫だろう。
俺達も修行と、たまに襲って来る魔物を倒して待っているが魔物の動きが少しおかしい、魔物が多いはずの森からはあまり来なくなり反対側の平原から洗脳された魔物が来るのだ。
まるで森の奥にでも集まっているように。
呪文はある思い付きから切り札的な魔法も覚えたし、修行の方も順調だが魔物の動きは気になるな。
「お姉ちゃん達遅いですね」
「そうだね、スゥニィさんがついてるから大丈夫だとは思うけど町で何かあったのかもね」
二人を寝かし付けたレイナが二人分のコップを持って焚き火の側に座る。
ありがとうと受け取りながら月を眺める、欠け始めてはいるがまだ二つとも丸に近く、女神様の季節が終わっていない事を知らせているようだ。
少し不吉な気がする、気分次第で月を見る目がこんなにも変わるものなのか…。
「お姉ちゃんがまた何か仕出かしたんですかね、お姉ちゃんはたまに抜けてるから」
胸の不安を押し殺すようにレイナが明るい声で言う。
その後は他愛ない話を続け、レイナが時折顔を赤くしたり固まったり怒ったりしながら穏やかな夜が過ぎていく。
夜も更けて来た頃に久し振りに空間把握に反応が出る。
「ん?何か来たな、ゴブリン?でも少し魔力が大きい……、レイナ!二人を起こしてくれ、魔物が沢山来る」
人形の魔力を空間把握に感じたと思ったらその少し後ろから大量の魔物が空間把握に引っ掛かった。
レイナは直ぐに頷くと、はいと返事をして馬車に駆ける。
「レイナ、馬車の中の二人を頼む。俺は馬車の前を守るから。魔物は百体程だ」
「わかりました、馬車から援護します」
俺がそう言って魔物から馬車を守る為に前に出た所で最初に感知した先行していた反応がすぐ近くまで来た、空を飛んでいるようだ。
すると上空から声が降ってくる。
「うん?なんでこんな所に人間がいるんだ?」
上空を見上げると二つの月に照らされた銀色の髪と金色の目、赤黒い肌に背中にある二枚の黒い翼を使って宙に浮く人物がいた。
直ぐに鑑定をかける。
バラム:110
魔族:下級
魔力強度:129
スキル:[魔物使役] [統率] [闇魔法] [氷魔法] [洗脳]
魔族、これが魔族か。
肌の色と背中の羽以外は人間と変わらない様に見える、ただ瞳が縦に細く蛇のようなのが印象的だ。
魔族は魔力強度が高いのにキュクロプス程の驚異は感じない、あれから強くなった俺とレイナの二人なら倒せそうだ。
だが魔物の群れ、それに合わせてテオとセオもいる、二人を守れるだろうか。
子供に手を出さないなんて事は無いだろう、見た時から直感でわかる、コイツは危険だ。
そして絶対にわかりあえない、人間の敵だ。
「そろそろ魔物の数も揃いそうだしな、派手にやる前にちょっと絶望の味見でもするか」
魔族は軽くそう言うと目の前に降りる、その後ろから魔物の大群が押し寄せて来た。
ゴブリンにオーク、テーレボアにシュピネコプス、他にも見たことの無い魔物もいる。
目に入る魔物は全て洗脳状態だ、唸り声のようなものも上げている。
これだけの魔物を全てコイツが洗脳して統率しているのだろう。
この数で一気に攻められたら不味い、幸いまだ魔物をけしかける気は無いようだ。
それを見てすぐにレイナが動き出した、なら俺は時間を稼がないと…。
「お前は、なんなんだ?」
「うん?見てわからないか?魔族だよ魔族、人間の絶望する顔が大好きなお前らの敵だ。今は丁度いい時期だからな、魔物を集めて近くの町で遊ぼうかと思ってたところだ」
魔族はそう言った後、顎に手をあてながら俺の顔を覗き込むように見る。
「う〜ん、お前あんまり絶望してないな、普通はこれだけの魔物の数に囲まれたらもう少しいい顔するんだけどな」
「後ろの馬車にいる奴らが死ねばもう少しいい顔するか?」
そう言うと魔族の魔力が高まる。
『疾風』
俺は魔法を打とうとした魔族に疾風を使い懐に入ると顔を目掛けて右拳を振るう。
「おっと」
魔族は後ろに跳ねるようにして俺の拳を避けると再び翼を使い宙に浮く。
「妙な魔法を使うじゃねぇか、呪文が使えるのか、お前森人の里にでも行ったのか?」
「森人の里は今から行く所だ、それよりお前の目的は何なんだ?」
空間把握にレイナの魔力が高まって行くのがわかる、詠唱がもう少しで完成するはずだ。
「目的ぃ~?そんなもんお前、魔族は人間の絶望する心を糧にするって常識だろうに、呪文は知ってる癖にそんな事も知らないとは変な奴だな」
「お前ら人間は魔物を倒して魔石を燃料に色々道具を使ったりするだろ?俺達は人間の絶望が燃料、それに絶望を集めないといけない訳もあるしな」
会話が好きなのか嬉しそうに話に乗ってくれて助かる、話の内容は理解出来ないが気になる言葉があったな、絶望を集めないといけない訳?
「その訳ってのは?」
「ははっ、そこまで教える義理はないな。どうせお前ら死ぬんだしな。それより後ろも準備出来たみたいだぞ」
っ!コイツ知ってて会話に付き合ったのか。
「トーマさん行きます!」
レイナがそう言った後、馬車の周りから魔物の上空に向かって集まっていた魔素がレイナの呪文を引き金に魔法になる。
『万雷』
レイナの呪文が日本語に聞こえる。
俺が意識してレイナに言葉とその意味を教えたからだ。
その呪文を受けた魔素が無数の雷になり、細い波打つ光の筋になって魔物の上に降り注ぐ。
空間把握で雷に打たれた魔物の魔力がどんどん霧散して行くのがわかる、だがそれを狙っていたのかレイナの魔法に隠れて高まっていた魔族の魔力が形になる。
マズイ!俺は直ぐに疾風を使い馬車の前に行く、すぐ後ろに魔族の魔力で出来た氷の槍が迫る。
『氷面鏡』
魔力で作った氷の鏡が魔族の魔法とぶつかり互いに砕け散る、その隙に懐に入り込んでいた魔族の左足が顔を狙って来る。
『身鉄』「オラッ」
感知はしていたが魔法を防ぐ事に集中していたので避ける余裕が無く、咄嗟に体に纏った魔素を魔法で鉄にするが右側から来た脳を揺さぶる衝撃と目眩に一瞬倒れそうになる、だがここで倒れる訳には行かない。
『豪腕』
魔族の蹴りを鉄の魔法で何とか持ちこたえ鉄に変えた右拳を豪腕で振るうがまたしても避けられてしまう。
「へぇ〜、お前を吹き飛ばして先に後ろの奴らを殺そうと思ったがよく持ちこたえたな。大技の後の隙を狙って魔物を囮にしたのに無駄になっちまった」
「トーマさん!」「兄ちゃん」
レイナとテオが叫ぶ、セオも心配してくれているようだ。
頭を振って目眩を振り払い、気を取り直す。
「大丈夫だ、それよりレイナ、まだ援護はいけるか?」
「はい、もう一度くらいなら詠唱も出来ます」
「いや、牽制で充分だ。アイツを倒すから魔物が近付かないように頼む」
俺はそう言うと体内の魔力を高めて行く、魔族は素早く今の疾風では捉えられない、ならその上を使うだけだ。
まずは呪文に頭を悩ませている時に思い出し、魔法で擬似的に使えるようになった状態になる。
この世界で最初に俺を助けてくれた力だ。
『活性化』
唱えると共に体が薄く赤い光に包まれる、そして普段の体では反動が強くて使えなかった呪文を唱える。
『
呪文を唱え、すぐに真眼に魔力を集めて速度に振り回されない様に動体視力を高めながら地を抉る程の脚力で地面を蹴って魔族に突っ込む、突然速度が上がった俺を見失った魔族の顔を右拳で思いきり殴り飛ばす。
「ガッ」
左に吹き飛んだ魔族を追うように更に追撃をする、活性化は十分程度しか使えない、早く決着をつけようと倒れた魔族の腹に右膝をめり込ませる。
そして胸を右の手刀で突き刺す。
「グッ、」
魔族は胸を貫かれて口から血を吐くが俺の右手には心臓を潰した手応えが無い、その事に一瞬戸惑った俺を魔族は右手で掴んで強引に引き摺り倒すと直ぐに立ち上がり、宙に逃げる様に浮く、そして魔物に何か指示を出す。
『‥‥‥‥‥‥‥』
俺は転がりながら立ち上がり、宙を睨む。
胸を貫かれても生きているのか。
それより、魔族が魔物に指示を出すようにした時に音は出ていないが力が宿った言葉を出したのがわかった、今のは精霊魔法か?
魔族の指示を受けたのか魔物たちは俺の所に向かって来ようとするがそれをレイナの雷魔法が打つ。
『雷撃』
「ちっ、シュラミットに媚を売る人間の割にはなかなかやるじゃねぇか。魔物も弱い奴らばかりだし今の状態じゃ無理だな」
今の状態?どういう事だ?胸を貫かれても死なないのは厄介だが魔力強度の数字程には驚異を感じなかったが…。
「負け惜しみか?」
「うん?あぁそう聞こえたか?今は魔物の使役と洗脳に力を割いてるからな。まぁどっちでもいいが今のお前らを殺す為に折角集めた魔物を手放すのも嫌だしな。俺は冷静で合理的なんだ、たった四人の絶望よりもっと大勢の絶望ってな」
魔族は肩を竦めてそう言うと、胸に開いた穴を気にした素振りも見せず残った魔物に指示を出す。
そして魔族は口角をあげながら、じゃあなと言って胸から赤い血を滴らせたまま森の方に飛んで行く。
俺は直ぐにそれを追おうとするが空間把握で魔物の群れが動き出したのに気付く、馬車にはテオとセオがいる、レイナの詠唱も時間がかかる。
今のレイナなら呪文だけでも大丈夫だとは思うが何があるかわからないので近くを離れる訳にはいかないか。
俺は魔族の追跡を諦め魔物を殲滅する為に馬車に向かう。
「レイナ!残りの魔物を片付けるから二人を頼む」
「わかりました」
レイナの返事を聞いて残っていた魔物の群れに突っ込む、数は三十程度だ。
ゴブリンを主体に魔力強度も10前後なので一撃で充分だ。
まだ時間の残っていた活性化を頼りに疾風迅雷を使い、魔物の群れを縫うようにしながら首の骨を折り、心臓を貫き魔物を倒して行く。
そして魔物を全て倒し、空間把握に反応が無くなったのを確認してから清浄をかけて馬車に歩いていく。
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