第35話 静かな夜
スゥニィとリズを見送った後は休憩を挟みながらテオと修行を続ける。
テオは魔力の流れを理解するのは苦手だが体の使い方は覚えが早い。
我流だが俺には格闘術のスキルがある、リズとレイナと三人で訓練して得た力だ。
テオはそれを見て、真似をしてどんどん上達していく。
「はっ!おりゃっ!」
テオは掛け声をかけながら俺が教えた型を繰り返す。
「テオ、次は今の動きを凄くゆっくりやってみて、蹴りを出した時に体がグラグラ揺れないようにな」
「え〜、あれ難しいし疲れるんだぜ」
「でも難しいし疲れる方が上達するぞ、テオはセオを守るんだろ?」
テオは渋い顔をしたがセオの名前を聞くとやる気が出たようだ。
テオに型を教えた後は自分の新しい呪文を作っていく、イメージと言葉が噛み合わないと効果が上がらないのがなかなか難しい。
今使えそうなのは体を硬くする鉄、それとキュクロプスが持っていたスキル、豪腕だ。
さんざん真眼で魔力の流れを見て、一瞬だが魔力解体で魔力に直接触れ、そして直接殴られて死にそうになったからな。
とはいえまだ覚えていないスキルをイメージだけで使う事が出来るって凄いな。
それと使えそうなのが魔法を跳ね返す氷をイメージした
戦闘では防御と素早さは基本だよな。
これで気付いたのが好きな言葉で自然を冠する言葉はイメージがしやすい事だ。
気持ちが入るのと、魔法は自然の力を使うのでイメージしやすいのだろう。
そうやって呪文を使い体と頭にイメージを染み込ませていく。
他にもスゥニィから呪文を聞いた時の事を思い出し、呪文の他にも色々試案しながら試して手応えを感じ始めた頃にレイナが隣に立っていた。
「トーマさん、お昼ご飯出来たましたよ」
隣に立つレイナを見上げ、もうそんな時間かと清浄をかけながら立ち上がりレイナと一緒に土で出来た食卓に向かう。
「なぁなぁ兄ちゃん、俺、強くなれるかな?」
席に座ると同時に汗だくのテオが聞いて来たので清浄をかけながら答える。
「テオならすぐに強くなれるよ、俺が毎日訓練して覚えた事をあっという間に覚えてるからな」
「そっか!なら兄ちゃんみたいにシュッと動いてババッと攻撃してドカンと魔物を倒せるかな」
テオは話す時に擬音が多いんだよな。
こんな俺でも頼られると弟が出来たみたいで嬉しくなる。
「大丈夫、今のテオならゴブリンを一人で倒せるよ。でもその前に体を作らないとな、レイナのご飯は美味しいから沢山食べようか」
テオとセオは栄養をあまり取っていなかったのだろう、体が細いので沢山食べるように促し、レイナもそう思っていたのか、満面の笑みでテオに沢山食べるように進めていたので四人で昨日倒したテーレボアのステーキを沢山食べた。
そして食休み、俺はセオの隣に座る。
レイナとは話をしているようだが未だに俺は話す事が出来ていない、何を話せばいいのかわからないがこのままでは一緒に訓練も出来ないので早めに仲良くなろうと思ったのだ。
「セオ、ちょっといいかな?」
夜は涼しくなったとはいえまだ昼は日差しが強い、馬車の影に座って空を見ていたセオは俺に顔を向けるとコクンと頷いた。
「セオはさ、テオと一緒に修行する気は無いかな?俺は魔力の流れを見る事が出来るから色々と教える事が出来ると思うんだ。レイナも体の使い方は教えられるけど魔力までは見れないからさ」
「私は……、もう少しレイナさんに教えてもらいます」
セオは時折目線を合わせるがすぐに俯いてしまう、それに少し居心地が悪そうだ。
嫌われたか?でも完全に拒絶されている感じではないと思う、逆にセオは申し訳なさそうにしている様にも見える。
全然わからない、女の子ってこんなに難しいのか?これは一人では解決出来る気がしないので夜にレイナに相談してみよう。
「そっか、じゃあセオはもう少しレイナと修行して、それから一緒に修行しような」
そう言って立ち上がろうとする俺にセオから声が掛かる。
「トーマさん!」
中腰をやめて座り直してセオに向き直る。
「トーマさん、あの、ごめんなさい。もう少し、もう少しだけ時間がたてば一緒に修行しますから」
そう言ってセオは頭を下げた、やはり嫌われてはいないと思う。
セオは何か苦しんでいる、何か怯えているような感じだ。
「わかった、ゆっくりで大丈夫だからテオと一緒に頑張ろうな」
俺にはセオの苦しみがわからないのでゆっくり待とう、俺はセオに笑顔で言うと仮眠を取る事を伝える為にレイナの所に向かった。
夕方、テオに揺り起こされた俺は顔を洗い屈伸などで体を解して食事に向かう。
太陽が沈み始め、辺りは真っ赤になっていた。
呪文に使えそうな言葉ももっと探さないと、そんな事を思いながら食事をする。
テオはあれからも休憩を挟みながらずっと修行をしていたみたいだ。
レイナに連れられ、セオと一緒に馬車に向かう時に明日の朝もまた修行しようなと約束したら笑顔でわかったと言っていた。
俺は三人を見送ると昼に出来なかった鍛練を始める、体は呪文で強化する土台になるのでじっくり念入りに鍛えて行く。
四時間程たっただろうか、二つの月が真上に来た頃レイナが起きてきたので体に清浄を掛けて焚き火の前に座りレイナの入れてくれたお茶を飲む。
「トーマさんいつも熱心ですね」
「テオとセオの事もそうだけど、俺って我が儘だからね、我が儘を通すには力が必要だって聞いた事があるから強くならないと」
レイナはそうですかと微笑んで来る。
「トーマさんはその上お人好しですからね」
そう言って楽しそうに笑うレイナ、よし、今日は怒らせる事はないようだ。
ついでにセオの事も聞いてみる。
「そう言えばさ、昼間セオと少し話をしたんだけど何だか申し訳なさそうにしてたんだよね。レイナは何か知ってる?」
するとレイナは少し迷った顔をしたがゆっくりと話し出した。
「セオは、奴隷として売られました。その意味がトーマさんはわかりますか?」
そう聞かれて考えを巡らせる、俺の認識では奴隷とは買った人の財産だ、自由もなく人権も無い道具として扱われる。
奴隷の事を考えているとレイナが更に話を続ける。
「セオは女の子ですからね」
その一言でセオの言葉を思い出す。
(私は覚悟が必要だからって母さんに話を聞かされたけど)
確かにそう言っていた、覚悟、何の覚悟なのか、そんな事は経験の無い俺にもわかる、そうかそう言う事か。
「セオは、男の人が少し怖いみたいで、トーマさんの事はまだ他の男の人と同じ様に感じるみたいなんです。頭では違うってわかってるみたいなんですけどね」
セオは売られて二ヶ月旅をしたと言っていた。
俺が日本で全てを諦めたのはいつだったか、いい成績を取っても認められなかった小学生か?それとも誰も見てくれなくなった中学生の頃だったか?とにかく何年も我慢して諦めた俺と違ってセオは二ヶ月で全てを諦めた、それくらい奴隷としての旅は希望が無かったんだろう。
女の子だからそういう風に買われる事もある、しかもそれを親から覚悟させられて、二ヶ月の旅で奴隷商や護衛の男達にもそれを聞かされたんじゃないだろうか?そんな毎日でこれからの日々を想像して絶望して、十歳の女の子が。
それを我慢出来る子もいるかもしれない、無理矢理にでも受け入れる子もいるかしれない、だけどセオはそれで男というものに恐怖と嫌悪感を抱いたのだろう。
「トーマさん?」
声にハッとして顔を上げる、レイナが心配そうに見ていた。
「トーマさん、また色々と考えてるでしょ?お人好しなのは良いけどこれ以上は無理ですよ」
レイナは昨日のリズと同じ様な顔をしていた。
「これがこの世界の普通なんです、だから」
あぁ、リズにも嫌な事を言わせて、レイナにも言わせてしまった。
本当に甘ったれだ、自分の事もまだちゃんと出来ないのに他人の事なんて考える余裕無いよな。
「ごめんね、大丈夫。今はセオの事を考えてたんだ、他の奴隷も救いたいなんて思ってないよ」
「セオの事は私も気に掛けてみます、村の事は話したがらないけど徐々に普通の話も出来る様になってますから。セオは料理が好きみたいなんでこれからは一緒に料理をしようと思ってます」
そうか、それなら良かった。
リズとレイナと立派な冒険者になり、テオとセオを守る、それを、それだけを今の目標にしよう。
その為に呪文を物にしないとな。
鉄と豪腕で攻撃力は上がったけど相変わらず打撃だけだし何か他に無いだろうかと考えていたらレイナが声をかけてきた。
「それでトーマさん、テオの方はどうですか?」
「テオは元気で素直だからわかりやすいよ、獣人は体を使うのが上手だって本当だね」
その後はテオとセオの事を話したりお互いに練習中の詠唱の事を話した、昼間も少し試してみたが詠唱は確かに使いこなせば高い威力の魔法も使えそうだ。
言葉を一つ重ねる度に魔力が高まって行くのがわかるのだ。
その後レイナがおずおずと朝の事なんですけどと聞いて来た。
朝の事?あぁ確か地球の知識を聞かせる約束をしたな、すぐに思い出せた、今日はなんだか頭が冴えてると思いながらレイナに地球の知識を色々聞かせていく。
するとレイナの顔が徐々に不機嫌になったような気がしたが何も言わなかったし気のせいだろう。
夜なのに魔物が来なかったのが少し不思議だったが、途中から何故か諦めたような顔をして、その後は吹っ切れた顔で色々質問してくるレイナと夜が明けるまで話を続けた。
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