第34話 自分だけの力
『鉄脚』
呪文を唱え、地面に叩き付ける様に上から思いきり右足を振り抜くとガガァンと音を立てて目の前にある人の形を模した土の塊が粉々に砕ける。
「これなら」
興奮しながらスゥニィに顔を向ける、まぁいいんじゃないかと頷くがこれ以上やるならもっと離れろ、それから土人形は自分で作れと言われた。
確かに音が煩くて皆を起こしてしまうな、魔物も引き寄せるかも知れないので自重しよう。
だが新しい事を覚えるのはやはり胸が高鳴る、もっと色々と試してみたくなる。
俺はあの後リズが眠ってから色々と試してみた。
それでわかった事は、遠くに飛ばす魔法はやっぱり苦手で元々少しだけ使えた炎魔法以外はあまり使えそうに無かった。
だけど魔素操作で操れる一メートル以内、身体操作で体に纏う魔素を使って体を強化する事は出来る様だ。
特に想像がしやすい言葉ほど効果も出る様だ、今も鉄拳と鉄脚で手足を鉄にするイメージで土の塊を砕いた所だ。
鉄って聞いただけで硬いって思うしな。
トーマ:14
人間:冒険者:異邦人
魔力強度:48
スキル:[魔素操作] [真眼] [魔力回復:大] [熱耐性] [痛覚耐性] [直感] [身体操作] [格闘術] [魔素纏依] [炎魔法]
スキルも増えたし魔力強度も50が見えてきた、確実に強くなれてるはずだ。
「随分と嬉しそうだな」
成長を実感出来ているのが表情に出ていたのだろう、スゥニィが珈琲を飲みながらからかう様に俺に笑いかける。
土で汚れた体に清浄の魔法をかけながら、精霊魔法で作られた即席の椅子に腰を掛けスゥニィに笑みを返す。
「そうですね、今までもずっと鍛えてきて、それなりに力が上がった実感はあったんですが、それはここに来る時に与えられた力を鍛える為に当たり前の事をやっているだけだったんです。だけど今回は自分だけの道が見えたというか、上手く言えないけど、これだって言う自分だけの物が出来ればもう少し自分に自信が持てると思って」
「それに、日本ではあまり良い事は無かったけど読書だけは好きだったんです。日本語って美しい言葉って言われてて、声に出すと同じ響きなのに文字にすると別の事を指していたり、逆に違う文字なのに同じ様な意味になる言葉が沢山あったりと知れば知るほど面白いんです」
「文字の成り立ちも物を捉えた形が変化して作られていたり、言葉の響きでも見た目の形でもイメージしやすいんです」
まさに呪文に合った言語です。
そう力説し、焚き火を指差しながら簡単な火の絵を書いて、それを崩して火の漢字にしていく俺をスゥニィは微笑ましそうに眺めていた。
その視線に気付き、熱弁したのが少し恥ずかしくなる。
んんっと喉を鳴らして、柔らかい風に揺れる夜の静かな森に目を向けた後、珈琲を飲む。
珈琲は新しい魔法を試している間にすっかり熱が消えていた。
「ふふ、お前がそこまで熱くなるとは相当な思い入れだな」
「そうですね。日本にいた頃は本を、文字を読む事で嫌な毎日を唯一忘れられましたからね。この世界に来て手に入れた力で俺は今楽しく生きてます。その力に日本で俺を助けた力を合わせて使えると思うと少し興奮してしまいました」
まだ恥ずかしいので照れ笑いしながら言葉を返す。
「私も異端だが森人だ、言葉には多少の思い入れがあるからな、気持ちはわかるぞ。良いものを見せてやろう」
『 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 』
スゥニィが焚き火に向かって何か口を動かしていたが音は口から出ていなかった、だけど力を込めて言葉を紡いだのが俺には理解出来た。
すると焚き火から蛍の様な小さな火の粉がフヨフヨと舞い上がり、俺の前で少し漂ったかと思うと手に持った木製のコップの中にある、冷めた珈琲に溶けるように消えていった。
今のは?と聞く俺に飲んでみろとスゥニィが促す。
見ると珈琲から湯気が出ていたので一口飲むと程良い熱さで飲みやすかった。
「今のが精霊魔法と火の粉の精だ、精霊は直接姿を見せる事はないがお願いして出てきてもらった。言葉の大事さがわかる奴と話をして少し浮かれてしまったな」
そう言って少しだけ嬉しそうに言ったスゥニィはいつもと違うように見えた。
焚き火の熱に照らされ赤みを帯びた顔は無邪気な子供に見え、丸が欠け始めた二つの月に照らされ透き通る様に白い顔は達観した大人の様にも見えた。
不思議な、幻想的な美しさだった。
なるほど、これが森人、本当のスゥニィ・フゥドなのかと思い少し目を奪われた。
スゥニィは俺の視線に気付いたのか口から軽く息を吐いて笑うと、ニヤッとイタズラをする子供の様な笑みを浮かべながら、地球の話を聞かせろといつもの調子で俺にせがんで来る。
何となく居心地が良いような悪いような、気分がソワソワして落ち着かなかったので今日は夜が明けるまで地球の話を聞かせる事にした。
話をしている途中、何度か魔物が襲ってきたのが何故かいつもよりイラッとしたので新しく覚えた魔法で念入りに叩き潰した。
スゥニィとの会話は尽きなかったがいつの間にか白み始めた空に気付いて、そろそろ朝御飯の準備をしますねとスゥニィに断り、少し名残惜しく思いながらも食材を取りに馬車に行く。
すると馬車の箱でレイナが恨めしそうに体育座りをしていた、この世界では体育座りをなんて言うんだろうなと考えながら挨拶をする。
「おはようレイナ、今日は早起きだね」
「……おはようございます」
言葉に力が無く、なんだか表情も暗い。
夜は少し肌寒くなってきているので体調を崩したのかと心配になり、大丈夫かと声をかける。
「レイナもしかして体調が悪いの?もしそうならもう少し休んでていいよ?」
レイナはご飯が出来たら呼びに来るよと言う俺に軽く首を振り、椅子の上で珈琲を楽しむスゥニィに目を向ける。
「昨日は少し早めに寝たので夜が明ける前に目が覚めました。起き抜けは気分も良かったんですけどね、トーマさんと少し話が出来たらと思ったんですが楽しそうだったので遠慮しました」
唇を尖らせながら言うレイナに、そんな早くから起きてたのかと思い、俺がスゥニィと楽しそうに話をしていたから会話に入り難かったのかと気が付いた。
スゥニィやリズは普通に地球の知識も聞いてくるけど、レイナはスゥニィとリズがいない時は自分だけ知識交換をする事に遠慮して他愛ない話しで我慢するくらい気遣いの出来る子だからな、反省しないとな。
「スゥニィさんも夜は眠れないからね、話し相手になっただけだよ。今日からは一人だからレイナも少し時間あるなら付き合ってくれると嬉しいな」
レイナは遠慮がちな子だから地球の話が聞きたいのならいい機会だと、スゥニィとリズが帰って来るまでの相手をお願いする。
レイナは頬を染めて俯きながら、つ、付き合って、と呟いていたが直ぐに顔を上げると満面の笑みを浮かべて、まっ任せて下さいと元気良く返事をしてくれた。
元気になってよかった、やっぱり遠慮してたんだなと安心して、食材を持って料理に戻ろうとするとレイナも手伝いますとついてきたので二人で料理をする。
レイナはラザの町では薬屋の手伝いをする前にノーデンさんの手伝いをしていたらしく料理が上手だ、なので地球の物と似た様な食材と、俺のうろ覚えのレシピを聞いただけでグラタン擬きを作ってくれた。
味見をしてみる、日本では十年近く料理をしていた俺が作ったグラタンよりも遥かに美味かった。
「レイナは料理も上手だし気遣いも出来るし、きっと良いお嫁さんになるよな」
木製の皿に料理を盛り付けながら、何の気なしに呟くとレイナが生活魔法の飲水で洗っていた鍋をひっくり返した。
「どっ、どうしたのレイナ?」
驚いた俺にレイナが顔を真っ赤にして怒る。
「トッ、トーマさん!それは、も、もう少し雰囲気のある所で二人きりの時に言う言葉です、そっそうですね!今日の夜あたりが良いと思います」
まだ顔が赤く、小声で、こん…朝早く…らプ…ポーズなんて何を考え……んですかと呟きながら鍋を洗い直すレイナに、また怒らせたかなと凹んでしまう。
でもレイナの怒るポイントがなかなかわからないんだよな、セオともまだちゃんと話が出来てないし年頃の女の子は俺には難しいなと料理を運び、食べ終わるまでこの難題に頭を悩ませた。
そんな俺の悩みを元気な声が吹き飛ばす。
「兄ちゃん!修行しようぜ修行!」
ご飯を食べたばかりなのに元気なテオに自然と笑みがこぼれる、悩みは置いといて俺も一緒に新しい呪文の練習をする事にした。
セオの方もレイナと訓練をしていた、レイナも俺達と組手をしているのである程度は体の使い方を教える事が出来るはずだ。
本当はセオも真眼で見ながら身体強化を鍛えたいのだがまずは仲良くならないとな、それまではテオだ。
真眼でテオに魔力の流れを指摘しながら、俺は頭の中でイメージを固め、それを呪文で法則化出来る様に繰り返し繰り返し唱えて行く。
一時間程練習をしていたら、食休みが終わったスゥニィとリズが町に向かうと言うので簡単な予定を話し合い見送る。
これでこれから二日間は俺が一番歳上になるのでしっかりしないとな、そう気を引き締めて昼までテオの修行に付き合う。
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