第33話 言葉の仕組み
「兄ちゃん、兄ちゃんそろそろ夕御飯だぞ」
仮眠を取っていた俺は、テオに揺すって起こされた。頭を振り、意識を無理矢理覚醒させて起きあがると馬車を降りて顔を洗う。
夕飯はレイナがセオに教えながら一緒に作っていた、セオは少し心配だったが何とか皆と上手くやれそうだ。
年頃の女の子は難しいと聞いた事があるので歳の近いレイナがいて助かったな。
テオは、元気で単純そうなので大丈夫だろう。
そのテオは、今も俺の横で修業をしてと言っている。
「なぁなぁ兄ちゃん、修業してくれよ。レイナ姉ちゃんが自分の身は自分で守れるくらいに強くなれって。それに男の子ならセオも守ってあげろって言われたんだ。だから強くならなきゃ、それに兄ちゃんみたいな優しい騎士様になれって言われたんだ」
騎士?なんの事だとレイナを見る。俺とテオの会話が聞こえていたのか目が合って微笑まれたので、笑顔を返す。騎士の事を聞ける雰囲気では無いし、レイナの笑みが、テオの事をお願いしますと言っている様な気がしたので、取り敢えずテオの身体強化を見る事にした。
「わかった。じゃあまずは身体強化をかけてくれるか?」
「身体強化?」
テオに聞くとキョトンとした顔で返される、スキルには身体強化とあるのに本人は知らないのだろうか?
「獣人という種族は体が強く、その使い方も上手い。体内の魔力が上がれば自然と使える様になるんだ。それに、この二人の村では鑑定をする道具など無いのだろう、わからなくても不思議ではないさ」
俺のすぐ後に起きてきたスゥニィが説明してくれた。なるほど、テオとセオは身体強化を無意識に使えると言う事か。
料理をしながら俺達のやり取りを聞いていたレイナが、ゴブリンを倒した時と同じ様にやってみてとテオに声をかける。
テオがわかったと返事をしたので、真眼を発動させてテオを見る。しっかりと体内の魔力が循環して、身体強化が発動していた。
まだ少し魔力の流れが歪なので、俺がいつもやる、ゆっくりとした空手の型の様な動きを教えて歪な所を指摘していく。
テオは魔力など意識しなくても身体強化を感覚で使っていた様で、魔力の流れを教え、流れの悪い所を直すという事を理解させるのが大変だった。
そうこうしている内にいい匂いがしてきた。料理が出来た様なのでテオと自分に清浄の魔法をかけてから六人で食事をする。
日本ではずっと一人で食べていたが、この世界に来てからはいつも食卓が賑やかだ。
「トーマ」
食事が終わったので話をしようとした所でスゥニィに名前を呼ばれる。探知系のスキルを持つのは俺とスゥニィだけなので交代しながら警戒しているのだ。
それで名前を呼ばれたという事は、何かが来るという事なのですぐに空間把握を使う。すると四つの反応が近づいてきた。
「多分、テーレボアかな。四体来るよ」
リズが遠目で見たのだろう、名前と数を教えてくれる。
平原の方から四体の猪形の魔物が向かって来たので鑑定をかける。
テーレボア:魔物
魔力強度:15
スキル:[猛進]
状態:洗脳
洗脳?四体とも特に脅威では無いが、状態が洗脳になっている、がその事を考える暇も無く魔物が突っ込んで来たので前に出る。
『ブリーゼ』『フォール』『フルフォール』
レイナが先に牽制の風魔法を使い、俺とリズは身体強化と身体操作をかける。
レイナの狙い通りに土が四体のテーレボアに向かって舞い上がるが、テーレボアはそれを気にする事無く突っ込んで来る。
「えっ」
魔法に怯まないテーレボアにレイナの反応が遅れる。
それをフォローするように、リズが弓で先頭のテーレボアの額を撃ち抜きすぐに駆け出す。俺もリズの後に続く。
「レイナ、真ん中の奴に雷を頼む」
後ろのレイナに声を掛けながら俺は左側、リズは右側のテーレボアに突っ込む。
「よっと、はぁっ」
真っ直ぐ突進してくるテーレボアを直前で躱し、同時に首の部分を横から思いきり蹴りあげる。
「っと」
突進の威力が思ったより強く体勢が崩れてしまったが、テーレボアは狙い通りに裏返っていたので腹の部分から手を突き入れ止めを刺す。
「プギッ」
確実にとどめを刺し、空間把握でリズの動きを感じながら、最初にリズが弓で射って動きを止めたテーレボアの方に向かう。
リズは先に右側のテーレボアの足を切り落として突進を止めるとその場に放置して、真ん中にいたもう一匹の、レイナの雷魔法で動きの止まっていたテーレボアの首を切り裂き止めを刺し、その後で足を切り落として放置していたテーレボアに剣を突き刺す所だった。
俺も額に矢を受け痙攣しているテーレボアのとどめを刺す。
四体のテーレボアを無事に倒した後は、解体して肉と魔石を取ってから火をつける。人数も増えたし馬車もあるので四体分の肉でも捨てずに済む。
レイナがどうせなら夕飯前に来て欲しかったですと愚痴っていた。
テーレボアの死体が充分に燃えてから土をかけ、後始末をしてからスゥニィが作った食卓に戻る。
食卓に座ると同時にテオがやっぱり兄ちゃん達すげぇと言っていたので、テオの頭を撫でてから席に座り話をする。ちなみにセオとはあれ以来まだ話が出来ていない。
さて、護衛の報酬として約束していたスゥニィの指導だ。
「レイナは想定内の事に対する判断は的確だが、少し想定から外れると咄嗟の対応に遅れる事があるな。お前達のパーティーは最初からある程度の役割が決まっているのだから、その中で何があっても動じず、考えを切らさない様にしろ」
スゥニィに言われたレイナが神妙な面持ちで頷く。スゥニィも頷き、リズに目を向ける。
「リズはその逆で、相変わらず反応が良い。今の所は問題無しだ」
確かに、リズはレイナのフォローも早かったしな。スゥニィに褒められて嬉し恥ずかしといった感じのリズ、そして俺の番だ。
「トーマも特に動きに問題は無いが、もう少し攻撃力が欲しいな。テーレボアは肉厚ではあるが、あの程度なら一撃で決めないとこれから先はどんどん厳しくなるぞ」
スゥニィの指摘に頷く。
基本的に魔物は中央から離れる程に強くなり、森人の里周辺は金下級冒険者でも苦戦する様な魔物も出るようだ。なのでこの辺の魔物に手古摺る様ではこれから先、更に苦戦するという事だな。
各々指摘された箇所を考える。
確かに俺は防御に重点を置いて身体操作を磨いていたので、二百キロはありそうなテーレボアの突進を右足一本で蹴りあげても足は何ともなかったが、一撃で仕留める事は出来ずに、最後は柔らかい腹を狙って止めを刺した。
スゥニィも徒手では厳しいのなら、丁度町に行くから武器でも買ってくるかと言っている。
スゥニィの言う様に武器を持てば攻撃力は格段に上がるはずだ。だけど、今から武器に持ち変えるのもな。
でも、これから先は武器を持たないと厳しいのならそれも考えないと行けないよな。
武器の事は今すぐには決められそうにないので、スゥニィに少し考えますと言って気持ちを切り換える。
「それで、あの魔物の状態が洗脳になってたんですけど、スゥニィさんはどういう事かわかりますか?」
「牽制で放った土魔法を全然気にしてなかったから少しビックリしました」
俺とレイナがスゥニィに聞く、リズも戦闘を振り返ってみて少しおかしいと感じた様で声を上げる。
「私が倒した二匹なんですけど、最初に足を切られた時もあまり声を出さなくて、止めを刺した時に漸く少し悲鳴を上げたくらいで何となく変でした」
俺達の言葉にスゥニィが少し考える。
「テーレボアの魔力の流れが少しおかしかったが洗脳か、不味い事になるかもしれんな」
スゥニィは独り言の様に呟いたが、今は気にするなと言って話を打ち切った。
話が終わり、テオにそろそろ寝る時間だから修業はまた明日なと言って馬車に連れていく。馬車の荷台に布を敷いてテオを横にしてから焚き火の準備をする。
セオはレイナと一緒に横になっていた。
う〜ん、特に嫌われてはいないと思うがなかなかセオと喋る機会が無いな。
焚き火の準備が終わると、リズはこの後すぐに寝るのでお茶、俺とスゥニィは火の番をするので珈琲を入れる。
珈琲なんて日本でも飲んだ事は無かったが、旅に出てからスゥニィが飲んでいるのを見て、興味本位で少し飲ませてもらったら結構美味しかったのだ。
馬車の三人が寝た様なので、二人に、特にスゥニィに地球の話を充分に聞かせて満足させてから、先程考えていた武器の事を二人に聞く。
「スゥニィさんに指摘された事なんですが、やっぱり武器に持ち変えた方がいいと思いますか?リズはどう思う?」
「私は見習いで弱い頃からずっと剣と弓でやって来たからね。トーマと組手をするようになって少しは徒手でも戦えると思うけど、いざって時は慣れた剣が無いと不安かな」
リズの指摘通り、攻撃は慣れた得物が一番だよな。
俺は剣や弓なんて素人で、この世界に来るまで武器なんて使った事が無かった。親父との殴り合いから始まり、ゴブリンやナイトローソンを倒せた事もあって、今までずっと素手で鍛えてきた。
そんな俺が今から武器に持ち変えて慣れるまでに、どのくらいの時間がかかるだろうか。
悩む俺に、スゥニィが難しい顔をする。
「別に無理に武器を持てと言ってる訳ではないんだが、これから先を考えるとな。打撃に強い敵が出たらお前は何も出来なくなるぞ」
三人パーティーで一人が足手まといになると苦しくなると言う、確かにそうだ。
リズは魔力の感知は出来ないが開けた場所なら遠目がある、弓も使えて剣も使える。
レイナは魔法で敵の動きを止めたり気を逸らしたり出来るし治癒も出来る。今も毎日、色々な呪文を考えながら色々と試しているようなので、その内強い魔法も使える様になるだろう。
俺には空間把握と真眼での鑑定はあるが、打撃が効かなくなると攻撃が手詰まりになる。
俺がうんうんと唸っていると、リズが魔法はどうなのと聞いてきた。
「トーマは魔力が多いんだから魔法はどうなの?」
「俺も魔法は使える様になりたかったんだけど、呪文を唱えても全然威力が上がらないんだよね」
苦笑いで返す。
「魔力は充分に乗っているのに威力が上がらないのはイメージが足りないんだろうな。呪文もあまり効果が出ていないようだ」
イメージか、確かに魔法なんてここに来るまでは空想上の物と思っていたので明確に意識するのが難しいんだよな。
「呪文もリズとレイナに教えられて使ってますけど、二人程には効果が上がってる気はしませんね」
「トーマの国の言葉で唱えたら威力が上がったりしないかな?」
リズがふと思い付いた様に言う、俺の国?日本語って事か?
「ほら、地球って国によって言葉が違うんでしょ?この世界はその概念があまり無いから私達は平気だけど、トーマはそれじゃイメージがしにくいんじゃないの?」
「なるほど、それは試す価値があるな」
リズの提案にスゥニィも賛同する。
「トーマ、お前には私達の言葉はどんな風に聞こえているんだ?」
二人に指摘されて少し胸が高鳴る。それを抑えてスゥニィに答える。
「えっと、そうですね。多分、俺の知識を元に聞こえていると思います。普段の言葉は日本の言葉で聞こえていて、でも時々別の国の言葉で聞こえたりもしますね。呪文も別の国の言葉で聞こえます」
スゥニィが俺の答えに頷く。
「この世界の住人は魔力で意思の疎通をしていて、言葉はあまり重要視していない。だから呪文も廃れた。だが、私達森人は精霊に語りかける時の言葉を大事にするからな。だから独自の言葉を持ち、呪文も使える。それもあってこの世界で魔法が一番得意な種族なんだ。お前もずっと使っていた言葉に愛着があってもおかしくない、試してみる価値はあるぞ」
この世界では自分の言いたい事を魔力にして相手に伝えていて、伝えられた相手はその魔力を受けて頭で直接理解してるって事か。
俺が読んだ物語に出る呪文は全てカタカナで外国語だったから、それで俺も呪文をそう変換していたのかもしれない。
確か文字もそうだよな。紙や看板などに魔力で記録して、それを見るとその文字の意味が脳内に変換されて頭に浮かぶ。
あれ?でもおかしいな、奴隷商の文字は俺には読めなかったけど。
「言葉や文字の仕組みはわかりました。でも奴隷商の書類は俺には読めなかったような」
「あぁ、魔力で記録すると誰にでも読む事が出来るからな、人に知られたくない事を書き記す時には普通に文字を使うんだ。だが文字なんてものは取り引き等が多い商人や貴族でもなければ読めないぞ。リズとレイナが文字を読めたのは私も意外だったな」
「私達は小さい頃に習った事があったんです。それよりトーマ、早く魔法を試してみて」
リズとレイナは村長の娘だからそういう教育も受けていたんだろうな、納得した。
納得した所で魔法の話に戻る。イメージか、日本語で魔法をイメージをする。
二人から離れ、少し緊張しながら手を上にかざしてイメージを高める。そして、少し嫌だが、俺にとって一番イメージしやすい、ロビンズが使って自身で受けた炎魔法を思い浮かべながら呪文を唱える。
『炎弾』
呪文を唱えると同時に掲げた手の少し先から炎の弾が飛び出す。今までならロビンズの半分程度の大きさしか出なかった俺の魔法が、ロビンズと同じくらいの大きさの炎の球を出し、そのまま空に向かっていった。
「トーマ、これならすぐに魔法でも戦えるようになるんじゃない?」
炎が飛んでいった空を、炎が霧散した後もずっと見ているとリズが笑いながら歩いてきた。
「あ、うん」
「呆けてる場合か、それで漸く人並みって所だな。これから独自にイメージをして自分にあった魔法を覚えないと意味が無いぞ」
「そ、そうですね」
初めて魔法が使えた時に少し感動したが、あまり役に立たない為にすぐにガッカリした俺は、ちゃんとした魔法が使えた事に感動して暫く呆けたままだった。
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