第26話 旅立ち


 

 風の安らぎ亭で目覚めてから三日後、俺達はギルド長の部屋を訪れていた。


「この間は助けてもらいありがとうございました」


 頭を下げるとスゥニィは気にするなと言ってくる。


「あの魔物はギルドでも予想外だったからな。お前が引き付けて私が行かなかったらどれ程の犠牲が出たかわからん。犠牲者が三人で済んで良かったよ」


 犠牲者は三人と、スゥニィが含みのある笑顔で言う。この人は普通に笑えば綺麗なのに滅多に普通に笑わないよなと思いながら話を続ける。


「それで護衛の依頼の件なんですが、具体的な内容を聞いてもいいですか?」


「そうだな、具体的に言うと私を森人の里まで安全に連れていく事。それとその道中で私を楽しませる事だ」


 その答えを聞いて三人は苦笑いをする。俺が逃げ回る事しか出来ずに死にかけた相手を子供扱いするスゥニィに、本当に護衛など必要なのかという気持ちがあるのだ。

 だかスゥニィはさらに依頼に条件をだす。


「あぁ、それから基本的に私は手は出さないからな。出すのは口だけだ、もうこの町を出た時からお前達の旅は始まるわけだな」


 リズとレイナはまだ誰にも言っていないはずなのに何故という顔をし、俺はまたかという顔をする。


「ジーナがお前らを焚き付けた話を聞いてな、それでお前らが吹っ切れた顔でここに来たんだから気づくさ」


 ジーナは人が自分では気づかない悩みでも気づいて口出しをしてくる奴だと、そう言ってスゥニィは少し顔を顰めるが、俺達はそこに昔からの信頼があるように見えた。

 無茶を言うスゥニィに、それを見て笑いながら時には的確なフォローをするジーナ、口は出さずに黙々と仕事をするノーデンとスゥニィに振り回されるタインというパーティーだったんだろうなと想像していると、スゥニィが半目で俺を見る。


「何か失礼な事を想像してないか?」


 そう言われ慌てて首を振り、依頼の話を続ける。


「じゃあ、出発の日を教えてもらっていいですか?旅の知識を覚えて、それから必要な物を揃えなきゃいけないので」


「ん?報酬の話はしないでいいのか?」


 そう言われ、俺達は報酬は特に気にせず町を出る事を重視していたので報酬には特に執着は無い事を伝える。


「俺たちは町での依頼も順調で、今回の討伐の報酬も良かったのでかなり余裕が出来ました。なので特に報酬に意見は無いです」


 するとスゥニィがいきなり真顔になると鼻を鳴らしながら苦言を呈する。


「ふん、依頼人に取ってはいいカモだな。お前らそんな考えではまともに旅など出来んぞ?」


 そう言われた俺は首を傾げる、スゥニィだからそう言っているだけで知らない人ならしっかりと交渉はするつもりだ。


「何故私には交渉しない?知り合いだからか?そんな甘い考えではすぐに身ぐるみ剥がされるぞ」


 俺はそこまでかと思うが、そうなったら魔物を倒して素材を売ればいいと思う。

 しかしスゥニィはそこも指摘してくる。


「物が無くなれば魔物を狩ればいいか?魔物が周辺にいなかったらどうする?魔物を買い取ってくれる場所が無かったらどうする?お前ら魔物を狩る腕があれば餓死だけはしないと思ってないか?人もいない、ゴーストやゾンビなどが多い場所ではどうするんだ?」


 スゥニィの言葉に俺達が反論出来ずにいると、そこでスゥニィは手をパンと一度大きく叩く。


「と、まぁこういう風に口出しをするわけだ。勿論、戦闘にも口を出すぞ。これが報酬だ、少し口煩いかもしれんが後々に為になる事しか言わないつもりだから我慢するんだな」


 スゥニィはそう言って再び不敵な笑みを浮かべる。


「後は前払いでキュクロプスの素材だ、お前ら売ってないらしいな。私に返す気だったのか?」


 そう言われ俺は頷く。

 それを見てスゥニィは眩しいものでも見るかのように目を細めてから口を開く。


「お前の優しさはただの森人としては好ましいのだが、冒険者の先輩としては甘いと言いたくなるな。まぁそこら辺も道中で追々やっていこう、ともかく素材は報酬の前払いでやる。それから出発は四日後だ」



 そう言われ、ちゃんと町で別れの挨拶をしろよと言われて送り出される。


 なのでまずはギルドの一階に降り、セラを探して声をかける。

 四日後に町を出る事を告げると、セラは寂しそうに笑うが応援していますと言ってくれた。

 それで三日後に風の安らぎ亭で別れの挨拶を兼ねて食事会をするので参加してほしいと告げ、頭を下げてギルドを出る。


 その後は旅の準備や別れの挨拶をして回ったので直ぐに旅立ちの日の前日になる。


 その日までに世話になった人や仲良くなった人に旅に出る事を伝え、その旅の準備も終わっていたので今日は朝からゆっくりと風の安らぎ亭の食堂で話をしていた。


「それにしてもトーマ君がこの町に来てくれて良かったです。リズちゃんやレイナちゃんは少し脆い雰囲気があったけれど今じゃ期待の銀級冒険者ですからね」


 職員の仕事を休み、朝から宿を訪れていたセラと、今日は貸し切りなので手の空いているジーナが、ラザの町に来てからのリズとレイナの事を話している。


「そうだねぇ。私も二人を二年間見てきたけれどね、この三ヶ月の変化は目を見張る物があったよ。特にレイナはね」


 そう言って、リズを微笑ましそうに見るセラと、レイナをニヤニヤと見るジーナ。


 見られた二人は顔を赤くするが、それでも二人にとっては姉と母親の様な存在との別れが寂しいのか、時おり泣きそうな顔になる。


「おっ、そろそろかなと思って急いで来たけれどまだ早かったみたいだな」


 そう言って門番のタインが食堂に入ってきた。


「よく来たねタイン」


「タインさんこんにちは」


 各々挨拶を交わし、軽い食事をつまみながら話を続ける。

 そこでタインがセラに声をかける。


「なぁセラさん、そろそろ一度くらい食事でもどうだ?」


「ええ、いいですよ」


「そうか、残念だがまた声をかけさせてもらうよ」


 タインはこの町に来てからずっとセラに声をかけているらしいのだが、一度も誘いに成功した事は無いとリズから聞いていた。


「え?本当に?」


 タインが断られたと思った後、間違いに気付き聞き直す。


「えぇ、本当です。心配だったリズちゃんやレイナちゃんも成長したし、私もギルドの仕事以外に変化をつけようかと」


 固まってるタインの横でリズが心配されるほど子供じゃないよと文句を言っている。

 レイナは、自分から言うのも良いですがやっぱり男性からの方が、とぶつぶつ呟いている。

 自分で誘ったのにおどおどしているタインと表情が全然変わらないセラを微笑ましく皆が見る。


 そんな一幕もあり、和やかな雰囲気で時間は進む。


 レイナが手伝いをしていた薬屋の店長、町で挨拶を交わすようになって仲良くなった人やギルドの素材をよく査定してもらったバリィ、武器や防具の調整をお願いしていたダフ、いつも美味しい料理作ってくれたノーデンも食堂に出てきていたので世話になったお礼を言って話をしていると、そろそろ辺りも暗くなってきたので別れの言葉をかけながら皆帰っていく。

 そして食堂にはジーナとセラ、ノーデンとタインと、ギルドでの引き継ぎが終わったのかいつの間にか来ていたスゥニィ、そして俺達三人が残る。


「いよいよ明日旅立つんですね」


 セラが果実酒を飲んで酔っているのか、珍しく分かりやすい表情で寂しそうに言う。


「寂しいのかい?でも子供は旅をして成長するもんだ、次に町に来る時には立派な冒険者になってるよ」


 ジーナも果実酒のコップを煽りながら言う。


「この三人は素質もあるしな、私が金上級程度の実力までは鍛えてやるからそう心配するな。それにコイツらはラザの町のギルド長公認のパーティーだからな、そのうち嫌でも活躍が耳に入るさ」


 スゥニィがそう言うと今日一日でセラとかなり仲良くなったタインも続く。


「セラさんもギルドの職員をしてたならわかるだろ。町に来た時はただのガキにしか見えなかったけどコイツらはもう一端の冒険者だ」


  そして普段喋らないノーデンが珍しく口を開く。


「リズには元気が、レイナには慎重さが、そしてトーマには力がある。コイツらは良いパーティーだ、そう心配するな」


 四人に諭されたセラは、一度目を伏せるが俺に向き直ると頭を下げる。


「トーマ君、リズちゃんとレイナちゃんをよろしくね。そしてトーマ君も必ず立派になって帰ってきてね」


「任せて下さい。二人は俺が、いや……二人と一緒に必ず立派な冒険者になって戻ってきます」


 俺が頭を下げるとリズとレイナがセラに抱きつく。


「セラさん二年間ありがとう。まだ何も恩返し出来てないからね。トーマとレイナと、必ず三人で成長して帰ってきて恩返しするよ」


「セラさん、いつも私達に目をかけてもらっていた事、感謝してます。私達が帰ってくるまで元気で待っていて下さい」


 二人が涙ぐみながら笑うとセラが二人の頭を撫でる。

 そこにジーナが声をかける。


「セラ、あんたも三人が帰ってくるまでに子供の二人や三人でも作って、リズ達が帰ってきたら驚かせてやりな」


 ジーナがニヤニヤしながらタインを見る。


「ジーナさんっ!まだ食事に行くと決まっただけです。早すぎです」


 タインが慌てて言うも、ジーナは構わず続ける。


「あんたも門番になって丸くなったねぇ、冒険者をしている時は村や町に泊まる度に朝帰りしていたのにねぇ」


 そこにスゥニィも乗っかる。


「だな。冒険者時代のタインは何かあると飲み歩いてそこらの女に声をかけていたな」


 それにタインは慌て、ノーデンは頷き、セラはいつもの無表情になり、リズとレイナは白い目を向ける。


「あの時は若かったんだ!」


 タインは叫ぶように言って皆を見る、そして俺で目を止めると俺の両肩に手を乗せ前後に揺さぶり、助けを求める。


「トーマ、お前ならわかるだろ?若いと色々と飲んで発散したくなるよな?な?」


「あ、あのっ、ちょっと、タインさん」


 激しく揺さぶられ上手く喋れない、そこにセラとリズが声をかける。


「トーマ君はまだ子供です。タインさんと一緒にしないで下さい」


「そうだよ、トーマは私の弟なんだから変な事を教えないでねタインさん」


 レイナは酒、酒を飲めばと呟いている。


「トーマはそこら辺もまだ考えた事も無いんだろう。私が道中で色々とタインの話を教えて理解させてやるさ」


 スゥニィがそう言うとタインは泣きそうな顔になる。


「スゥニィさんもう勘弁して下さい。苛められるのは冒険者の時だけで充分です」


 それを聞いて俺は、冒険者として旅をしたら自分にもリズとレイナ以外にこんな楽しい仲間が増えるだろうかと考え、泣きそうなタインと、それを少し柔らかい顔で見るセラを見て、二人が仲良くなれたらいいなと思う。

 そして楽しくて少し寂しい雰囲気で夜は更けていった。







 翌朝、鐘がなって開いたばかりの門の外に旅支度をした俺、リズ、レイナ、スゥニィが立つ。

 見送りに来たのはジーナとセラ、そして門番のタインだ。


「じゃあ、皆さんそろそろ行きますね。また帰ってくるの楽しみにしてます」


 昨日沢山話をしたので別れの挨拶を簡単に済ませると、リズとレイナも握手をしたり抱き合ったりして挨拶を済ませる。


 旅はキュクロプスの素材が全部で金貨二百枚とかなりの額になったので馬車を買おうかという話も出たが、スゥニィにまずは歩きで旅をしてみろと言われたので歩いていく予定だ。


 スゥニィが行くぞと声をかけ、俺達は見送りに来た三人と、そしてラザの町に手を降って歩き出した。

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