第25話 三人の決意
キュクロプスの攻撃を空間把握で感知していた俺は咄嗟に両腕を交差し、身体強化の魔力と身体操作の魔素を全て腕に回して強化し、相手の腕にかかった身体強化の魔力を魔力解体で少しでも削りながら防御する。
目を土で潰され目の前が真っ暗な中、目の前に一瞬、光を感じる程の衝撃を受け直ぐに背中にも衝撃を受ける。
どうやら端の方の木まで吹き飛ばされたようだ。
「がっ、あぐ、うぁ」
両腕、胸、背中に激しい痛みを感じ呼吸が出来ない。
うつ伏せに倒れ、目も見えず、呼吸も出来ず、上半身が使い物にならない。
耳にキュクロプスの近づいてくる足音と振動だけが伝わってくる。
俺はここで死ぬのか、心の中で考える。
死ぬ気で飛び込んだ空間の先、それは死が直ぐ側にある場所だったが俺には優しい世界だった。
死にたくない、この世界に来て漸く生きれたんだと強く思う。
キュクロプスに追い詰められ、冷や汗を浮かべながらも、生きている実感があった。
まだ生きたい、色んな事を知りたいと強く思うが体が動かない、身体操作も空間把握も集中出来ずに使えない。
生きたい、死にたくない、リズやレイナと一緒に生きたい。頭の中にリズとレイナの顔が浮かぶ。
そこで不意に気付く、キュクロプスが一向に近づいて来ない。そしていつの間にか地を揺らす足音も消えていた。
キュクロプスはどうした?俺は状況を把握しようと痛みを我慢し、少しでも集中を維持して清浄の魔法で目の汚れを落とした。
そしてキュクロプスが居たであろう場所を見ると、無数の木の根に捕らえられ身動き一つ出来ないキュクロプスの姿があった。
その横にはニヤッとしたスゥニィがいた。
なんで?顔は苦痛で歪んでいるので目で訴える俺に、スゥニィが答える。
「なに、面白い知識を持つ私の弟子ならあんな似非金下級なんぞに遅れは取らんと思ってはいたがな?少しだけ、少しだけ心配でな?なので森の入口近くで待っていたのだが、少し前に森の木の悲鳴が聞こえてな。それで森林調和を使い森の声を聞くと、木を無駄に殺しまくっている奴がいると知り、急いで駆け付けた訳だ」
スゥニィはいつもと変わらないように喋っているのだが、木を無駄に殺しまくっていると言った時に、俺は全身の毛が逆立ち一気に汗が吹き出した。
その後はニヤついている何時ものスゥニィだが、コイツは森人の祖の近くでやり過ぎた、だから私が始末すると言って、拘束されたままのキュクロプスの心臓を木の根を操って一気に貫いた。
俺が死を覚悟した相手を軽く一蹴するスゥニィ、いつか白銀級に上がれると言ってくれたがまだまだ足元にも及ばないと思い、そのまま意識を手放した。
暖かい力を感じる。
俺が目を覚ますと目に飛び込んだのはこの三ヶ月、毎日見ていた天井だった。
何故か思考が鈍く、何も考えられずに少し横に目線を移すと、目を赤くしたレイナがいて俺と目が合うと胸に顔を押し付け泣きはじめた。
思考が働かない、訳がわからないので取り敢えず良い位置にあるレイナの頭を撫でる。
レイナは一瞬ビクッとしたが、更に声をあげて泣き出した。
俺は良い匂いがするなぁと思いながら頭を撫で、考えを整理していると少しずつ思考が回り始める。
「あれっ?俺はキュクロプスに殴られて……スゥニィさんに助けられ、て?」
そこで胸元のレイナに目を向ける。
「それで?良い匂いのするレイナの頭を撫でている?」
声に出して言うと段々と記憶が覚醒していく、そしてレイナの頭を撫でている事が非常に恥ずかしくなり、慌てて上半身を上げながらレイナを引き剥がす。
しかし急に無理な動きをしたので、目が眩み、また倒れてしまう。
「トーマさん、急に動いちゃ駄目です。トーマさんは倒れてから丸二日寝てたんですよ?」
顔と目が真っ赤なレイナに言われ、俺は日付を確認する。
「今日は火の力?」
するとレイナが頷く。
風の調べに気絶して日、月と丸二日寝てたのか、なら思考が重いのも当たり前だな。
そう思いながら自分の体を見て、レイナに気絶してから今日までの事を聞く。
「俺の体、レイナが治してくれたんだろ?ありがとう、寝てる時に暖かい力が流れ込んで来るのに気付いたよ」
俺の腕は折れていたし胸や背中にも激しい痛みがあった、痛覚耐性のスキルがあってのあの痛みならかなり酷い怪我だったはずだ。
レイナの治癒魔法はそれほど強くなく、掠り傷程度なら直ぐに治せるがあの感じだと簡単に治る怪我ではなかったはずだ。その怪我が治っているという事は俺が寝てる間、レイナがずっと治癒魔法をかけ続けたという事だ。
「それで俺が気絶している間の事を教えて欲しい」
俺がそう言うと、頬を染め、口許が弛むのを我慢しながら良い匂い、暖かいと呟いていたレイナが説明をしてくれた。
レイナの説明によると、集合場所に着き、町に戻ろうとしていたギルド職員や冒険者にキュクロプスが出たと伝え、急いで俺の所に駆け付けると気絶した俺と、心臓を貫かれたキュクロプス、そして潰されていたレーモンの死体とフードを被った人物しかいなかったようだ。
そしてフードの人物がキュクロプスを倒した事を伝え、ロビンズのパーティーは多分全滅したんだろうと言って、俺がキュクロプスと勇敢に戦っていたので素材は彼にといい、私はたまたま近くにいて森の異変を察知した、只の通りすがりだと言ってそのまま去って行ったそうだ。
それを聞いて俺はロビンズとルーズの死体はスゥニィが隠したのだろうと考えた。
ギルドの職員には話を伝えていると言っていたが、冒険者にはキュクロプスの仕業じゃないとわかる死体を見せるのはまずかったってことだろう。
それにキュクロプスを倒した事まで説明してくれたのは助かった、あのまま放置されたら説明出来ない所だった。
目立ちたくない俺としては素材もいらなかったけれど、スゥニィもその場に長くいるわけにもいかなかったんだろうし、それで誰の物かを明確にしといたんだろうな。通りすがりってのは無理があると思うが。
そこまで考え、次はリズの事を聞く。
リズはギルドに戻った後、素材の確認から銀上級への昇格、そしてキュクロプスの素材をどうするかなどの対応が忙しいらしい。
それでも倒れた俺を一人にするわけにもいかないので、俺をレイナに任せてリズは毎日ギルドに行っているようだ。
そう言えばスゥニィの護衛依頼を受ける為に銀上級試験も兼ねていたんだよな、無事に合格したようでよかった。
レイナから事の顛末を聞き終えると、今度はお腹に何も入っていない事に気付いた。レイナに今の時間を聞くとどうやらまだ朝らしい。
「レイナはもう朝食は食べたの?俺はお腹が空いたから食堂で何かお願いしようと思うんだけど」
俺がそう言うとレイナは少し顔を染めながら頷く。
「私もあまり食べていないので『二人で』食堂に行きましょう」
何か今レイナの言葉に魔力が宿っていたような……まぁいいか、レイナが賛成してくれたので二人で、俺はまだ少しフラフラするので階段はレイナに手を引かれて降りた。
食堂に入るとジーナが声をかけてくれた。
「漸く起きたのかい?冒険者だから危険はしょうがないけどね、あまり無理して二人に心配かけるんじゃないよ?」
心配そうな顔をしていたジーナがそこで笑顔を見せた。
「お腹が空いてるんだろ?まだガッツリ食べるのは早いからね、スープ出したげるからそれで我慢しな」
ジーナがそう言って厨房に入っていく。そして不思議な事に、いつもはリズと一緒に俺の正面に座って食事をするレイナが俺の隣に座っている。
レイナの顔を見ると不思議そうな顔で返された。
リズがいないと隣に座るのだろうか?確かにレイナと二人で食堂に来るのは初めてだけれども。
俺が色々考えているとジーナが料理を持ってきた、俺には具の少なめのスープだけだ。
そして久し振りの食事だ、さぁ食べようと思ったらレイナにスープを奪われた。
えっ?と思う俺に奪ったスプーンで俺のスープを掬い、俺の口元に運んでくる。
いや、うん、あぁ、うんと混乱しているとレイナが耳打ちしてきた。
トーマさんの世界では無かったんですか?病人や怪我人にはこうやって付き添いがいて食べさせるのが普通なんですよと。
これはアレだよな、うん。恥ずかしさから少し躊躇するが覚悟を決めて口をあける。
「はいトーマさん」
リズが運んでくれたスプーンを口に含むとリズは嬉しそうに微笑んでくれた、この子は俺の事が好きなのではなかろうか?そう考えて、考えた自分が恥ずかしくなった。
多分、兄に対する好きだよな。
昔の話でもラフさんにそんな感じだったしな。
そう結論すると、レイナにスープが無くなるまで食べさせてもらった。
ジーナにご馳走さまでしたと伝え、二階に戻る。
階段は降りたときと同じ様にレイナに手を引かれながらだ、体は小さいが身体強化があるので俺くらいなら平気で引いてくれる。
俺も身体強化を使おうとしたらレイナに治ったばかりで無理は駄目ですと怒られた。
部屋に戻りレイナにまだ無理は駄目と言われて横になると、リズは昼に戻ると言っていたのでそれまで話をする。
スゥニィは起きても無理はせず、来週にでもギルドに来てセラに話を通してくれと言っていたようだ。
そして次はスゥニィの護衛の話なのだが、この話はリズも交えて話をしたほうがいいので他愛ない話をする。
レイナがやたら日本での好みやどんな感じの女の人が好きだったのか聞いてくる。俺はそういう恋愛感情を持った事も考えた事も無いよと伝える。
いつもは科学の話とか聞いているのに今日はいいのかと聞くと、今日は二人きりだからいいんですと言われた。
リズやスゥニィと一緒に聞きたいということか、本当に気遣いの出来る子だよな。
レイナは他に食事の好みや趣味などを聞いてきたがコンビニおでんと読書で終わってしまう。
自分の引き出しの少なさに項垂れてしまうがそこにドタドタと音を立ててリズが入ってきた、そして俺を見るなり挨拶をする。
「おはようトーマ、やっと兎の前足のリーダーが復活だね」
明るく言ってくるので何時ものリズで安心する。心配かけてごめんと謝るとリズは首を振る。気のせいか、リズの目が少し潤んで見えた。
「あの時のトーマの判断は正しかったよ。誰かが囮にならなきゃアイツからは逃げれなかったし、その中で一番可能性があったのはトーマだからね」
「でも甘かった、油断したつもりは無かったけど死にそうになったよ」
リズにそう返すとレイナもそんな事ないと声を出す。
「あの時に残ったのがトーマさん以外、それこそ私とお姉ちゃんが残ってたら二人ともスゥニィさんが来る前に死んでました。トーマさんが残ったからこうやって三人で今笑ってられます」
そしてリズが笑顔で言ってくる。
「あの時のトーマは私達の為に死んでもいいって気持ちじゃなく、私達も生かして自分も生きるって気持ちが感じられたからね。だから私達はトーマを信じたんだよ」
横でレイナも頷きながら、信じてました、そしてちゃんと生きてましたと言う。
「あの時に俺さ、キュクロプスに追い詰められた時に、冷や汗が流れたんだけどさ、その時に、あぁ俺はこの世界で生きてるって確信したんだ。そしてもっと生きたい、リズとレイナと色んな経験をしたいって思ってた。だからさ、まだ早いかもとは思ったんだけど、スゥニィさんの護衛を受けて、護衛を終えたら旅に出たいなって思ってるんだ」
その提案にリズは笑顔で賛成!レイナは笑顔を少し赤くして、トーマさんと色んな経験したいですと返事してくれた。
「実はね、私達もジーナさんに言われてずっと考えてたんだ。ジーナさんの旅に出たら成長出来るって言葉が凄く心に残ってね」
「二人共もっと成長したいと思ってました。でもこの町は居心地がいいからトーマさんが行きたがらないならもう少し待とうかって」
二人が気持ちを伝えてくる、俺も同じ気持ちだ。
「そうだね、この町は俺を受けれいてくれた気がして本当に大好きで居心地がいいんだけどね、でもそれだけじゃ駄目だってのは俺も同じ気持ちだよ。だからスゥニィさんの護衛依頼を機に一度この町を飛び出そう」
「うん」「はい」
二人は元気よく笑顔で頷いてくれた、後は俺が完治してからだ。
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