第24話 兎の前足

 

 睨み付けるように見る前方からロビンズ達が現れた。


「おいおいマジか、兎野郎のくせにこの数のオークとゴブリンを倒したのか、折角魔寄せの笛を使ったのに全滅じゃねぇか」


 レーモンがそう言うとルーズが反論してくる。


「兎野郎とは言え銀下級ならオークくらいは倒せるさ、ギルド長に取り入って討伐に参加するくらいだしな。多分手持ちで一番強力な魔法でも使ったんだろ」


 もう魔力もないはずだとルーズが言うが、ロビンズが二人に注意を促す。


「魔物の死体をちゃんと見なさい、弓や剣、それと体術で倒しているでしょう。魔法は少し焦げる程度にしか使ってませんね」


 ロビンズの言葉を聞き、確かに慎重だなと思う。

 だが一週間前からロビンズ達の魔力強度は変わっていない。レーモンが一つ上がったくらいだ。

 逆に俺達はこの一週間で俺が34、リズが29、レイナが25まで上がっている。

 まだロビンズには届かないがスキルの数の違いや毎日の訓練、何より直感でロビンズには負けないと感じている。


 問題はまだここに来ない大物の気配だ。ロビンズ達が来たのを感じたのか一直線に向かっていた進路を変え、ロビンズ達の後ろに回り込む様に動いているのだ。


 もしかしたら人の多い集合場所に向かっているのかとも思ったが、それならロビンズ達が来て人数が増えたからといって進路を変える理由にはならないはずだ。

 ならロビンズ達が来た方に更に人がいるのを理解し、そこに逃げない様に俺達の退路を断とうとしているのかもしれない。


 そこまで考えているとロビンズが声を掛けてきた。


「私達が何をしに来たかわかってるみたいですね」


「俺達を弱らせた後で魔物に殺させるつもりなんだろ?」


 ロビンズは、俺の答えにニヤリと笑うと頷く。


「ええ、そうです。大人しく私達のパーティーに入り、治癒魔法を私のために使えば良かったんです。金級冒険者に逆らう輩には指導が必要でしょう?」


「兎野郎に馬鹿にされたのが悔しかったんじゃないの?」


 横からリズが返し、レイナも続く。


「貴女の笑顔は蛇みたいで気持ち悪いです」


 ロビンズは二人の言葉に笑顔を消すと、レーモンとルーズに、四肢を砕いて動けない様にしろと言う。言われた二人はその命令を待っていたのか一気に駆け出す。


『フォール』


「ぐぁっ」


 しかしリズが身体強化の呪文を唱え、先程の戦闘が終わってすぐに持ち変えていた弓でレーモンの膝を撃ち抜く。リズは膝を撃ち抜かれ倒れたレーモンを無視して弓を投げ捨てると、剣を抜きながらレイナの前に出る。


『ブリーゼ』


 膝を撃ち抜かれたレーモンを見て戸惑うルーズに向かってレイナが呪文を唱える。そしてレイナの魔法を受けて動きの鈍ったルーズにリズが突っ込む。


 それを見てロビンズが魔法で援護しようとするがそこに俺が割り込む、ロビンズは構わずそのまま一メートル程の球体になった炎魔法を撃つ。


『フルフォール』


 俺は身体操作の呪文を唱え、魔力解体、熱耐性を頼りに前傾姿勢になると、頭の上で腕を交差した形で構わず突っ込む。


 炎の球体に突っ込んだ俺を見てロビンズはニヤリとするが、俺は魔力解体で炎の勢いを弱め、熱耐性を持って炎を抜けると驚愕するロビンズの腹を蹴飛ばす。


「ぐっ、何故魔法が効かない?それに威力が落ちている?」


 俺の蹴りを受け、後ろに下がりながら聞いてくるロビンズ。これまでは色々と挑発するつもりがあったのでロビンズと会話をしたが、戦闘が始まってしまえば会話をする気は無いので無言で追撃する。


「くっ」


 ロビンズも身体強化を使い横に逃げるが腹のダメージが残っているのか思うように動けず足を止め、剣を抜いて俺と向き合う。


「お前銀下級なのに何故そんなに強い?何故兎のフリをする?」


 兎のフリ?ロビンズに言われて考える。俺は採取の依頼が予定よりも早く終わるとたまにリズと一緒に町の手伝いの依頼なども受けていた。

 その時に街の人が見せる笑顔が好きだ、依頼を終えてギルドの職員や依頼人が向けてくれる笑顔が好きだ、レイナが手伝いをしていた薬屋に行くと、いつも状態のいい薬草をありがとうと笑顔で礼を言われるのが好きだ、それを兎野郎などと言うロビンズには絶対に理解出来ないし、言っても無駄だとわかる。


 兎の前足、咄嗟に考えた名前だけれど、良い名前かもしれないな。そう思いながら俺は踏み込み、ロビンズの剣術から繰り出される鋭い振り下ろしを体を半身にして避け、そのまま右の拳でロビンズの顎を引っ掛けるように打ち抜く。動きを止めず左足を前に踏み込み体を捻り、腰を入れて左の拳をロビンズの鳩尾に突き込むと、そのままくの字に体勢の崩れたロビンズの首に向け、右足を上から下に振り下ろし首の骨を折った。


 ロビンズの首が折れるのを感じながら、俺は人を初めて自分の意思で、殺意を持って殺した事や、ゴブリンやオークとは微妙に違う、人の首の骨を折る感触に吐きそうになるが、すぐに吐き気を抑え込み、もうすぐここに来る大物の事を伝えようとリズとレイナに駆け寄る。


『スタン』


「ぐぁっ」


「じゃあ、ね」


 二人を見ると丁度レイナがルーズに雷を打ち込み、動きが鈍ったルーズの首をリズが斬り飛ばしたところだった。


 俺が駆け寄ると二人とも青い顔をしていたが、返り血を浴びた二人に清浄の魔法をかけると直ぐに気を取り直し俺に頷く。


「ロ、ロビンズさんが、ルーズまで。お、お前らただの兎野郎じゃなかったのか?」


 レーモンが撃ち抜かれた足を引き摺って後退りながら怯え顔で言う、俺は一度目を向けるが直ぐに目を切り三人で話し合う。


「トーマ、アイツはどうする?」


 気を取り直したリズが聞いてくるが俺は近づいてくる気配に焦り、二人を急かすように喋る。


「レーモンは放って置いてもいい。それよりここから逃げよう、集合場所までの道を迂回するようにして――」


 俺がそこまで喋った所で森の方からドスンドスンと大きな足音と地響きが聞こえて来た。そしてすぐに木をへし折り、その木を軽々と持ちながら四メートル近くはありそうな、真っ青な巨体が一つ目を弓なりに歪ませ、笑いながら現れた。


 俺は舌打ちをしてすぐに鑑定をする。



 キュクロプス:魔物


 魔力強度:82


 スキル:[豪腕] [再生] [身体強化] [魔力探知]



「ひっ、なっなんだコイツは」


 レーモンが後ろから現れたキュクロプスを見て青ざめながら叫ぶ、するとキュクロプスは持っていた木でレーモンを簡単に叩き潰した。


「ぎゃっ」


 キュクロプスは右手に持った木を簡単に振るいレーモンを叩き潰した。

 こいつの気配は空間把握で近くに寄るほど嫌な感じが大きくなっていたが今のでハッキリと確信した、今の俺らじゃ勝てない。


 俺はロビンズを倒し、足を怪我したレーモンをこの場に残して囮にしながら集合場所まで逃げるつもりだったのだ。

 そして充分に間に合うと思っていたのだが途中から、特にロビンズを倒してからキュクロプスの向かってくるスピードが上がったのだ。

 不自然な進路の動きに探知系を持っていると予想した通り魔力探知のスキルがある。

 そしてそれを使って退路を断とうとするあたりかなり知性がありそうだ。


 そこまで考え俺は誰か囮が必要だと考える。


「リズ、レイナ、俺が囮になってコイツを引き付けながら集合場所に逃げるから、二人には先に集合場所に行って皆に知らせて欲しい。まだ十分以上は時間があるはずだ」


「でもっ」


「頼むっ!時間が無い!コイツが動く前に早く。この中で囮が出来るのは空間把握を持つ俺だけだ」


 反論しようとする二人を遮り、いきなり集合場所に連れていくとパニックになり、対応が遅れるから必ずキュクロプスの事を伝えてくれと言いながらキュクロプスに駆ける。

 駆けながら魔力を集中する。俺はあまり遠距離への魔法は得意ではないが、その中ではマシな炎魔法を使う。


『ファイア』


 呪文を使ってもロビンズが出した炎の半分程度にしかならない球体をキュクロプスの目玉に飛ばす。


「二人とも今だ!頼んだ」


 俺の言葉に二人は一瞬躊躇するが、目の前の魔物がどうしようも無いのがわかるので助けを呼びに右側の森に入っていく。


 キュクロプスは俺の炎魔法を手に持っていた木で防ぐ、だが俺の狙い通り木に炎が燃え移る。


 それを見ながら空間把握でリズ達の反応を追う。リズ達か無事に集合場所に向かったのを感じたので、よしっと小さく呟きながらキュクロプスの動きを待つ。


 キュクロプスはリズ達の逃げた方を見るが、再び俺に目線を戻すと、こっちの方が面白そうだとでも言うように目と口を歪ませニタリと笑い、持っていた燃え盛る木を一振りさせて火を消し飛ばした。


「ロビンズと似たような笑い方しやがって」


 身体強化に豪腕を重ねたキュクロプスの力は想像以上だ、逃げるにしても魔力探知を持つ相手を掻い潜ってどうやって集合場所まで誘導しようかと考えているとキュクロプスが振りかぶった。


「ヤバッ」


 慌てて横っ飛びすると立っていた場所に木が突き刺さり、一メートル程の凹みが出来る。その威力は想像以上だが武器を手放したなと考え、転がりながら立ち上がろうとすると、空間把握で木をへし折るキュクロプスを感知する。


「マジかよ」


 俺は立ち上がる間もなく、すぐに横っ飛びすると同じ様に俺のいた場所に木が突き刺さる。

 空間把握で感知し続けてキュクロプスの投げる木を避ける、どうやらキュクロプスは俺をこの開けた場所から森の中に逃がさない様に誘導しながら木を投げているようだ。


 ここまで考えて攻撃してくる魔物は初めてだ。

 森の中に逃げる事も出来ない、リズ達が応援を呼んで来るまで早くても十分以上はかかるだろう。


 初めてゴブリンと戦った時とは違う格上からの本当の脅威。

 キュクロプスは俺が中央まで転がり、逃げるのをやめると投木をやめた、そしてゆっくりと近づいてくる。

 まるで壁が近づいてくる様な圧迫感、背中に冷や汗が流れる。


「ははっ」


 キュクロプスの存在感に乾いた声が出た。


 キュクロプスは充分な距離まで近付くと右手に持った木を振りかぶる、レーモンが潰された時の事を思いだし直ぐに右側に転がると体の左側スレスレを木が一瞬で通り抜けていく。


「フッ!」


 キュクロプスの攻撃を空振りさせた俺は、右手に持った木が少しでも振りにくいようにキュクロプスの左手側に飛び込む。


 するとキュクロプスは左手を叩き付ける様に振り下ろすが右手に持つ木ほどリーチも太さも無いので転がらずに避ける事が出来た。そのまま左足の踏み潰しや左手の攻撃をかわし、時おり見せる体を捻って木を振ろうとする動きには背中に張り付く事で充分に木を振らさないようにし、そのまま五分程避け続ける。


「ギュワァァッ、ギョワッ」


 キュクロプスは疲れてはいないようだがかなり苛立っている。

 毎日夜中まで訓練をしているので俺は魔力量には少し自信がある、スゥニィと訓練をした初日に身体操作を四時間使い続けた事もある。


 このまま持久戦だ、俺がそう思った時に、油断した訳では無いがキュクロプスが木を振りかぶったのを、また無理に振ろうとしていると思い背中側に張り付く。

 しかしキュクロプスは突然左足をあげる。フェイントで踏み潰すつもりか?そう思い左足に注意を向けた瞬間に、マズイという直感が脳を掠めた。

 キュクロプスは左足を持ち上げたまま、右手に持った木を地面に折れるくらいに叩き付け、左足を上げて空いた隙間から土を抉りぶつけて来た。


「ぐっ」


 俺はそれをモロに浴びてしまった、キュクロプスの力と木が砕ける程の威力で抉られた土は土砂のように俺を襲い、土が目に入って動きが止まってしまう。

 キュクロプスはその隙を見逃さず、砕けた木を捨て右の拳で思いきり殴り付けてきた。

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