第14話 金下級冒険者

 

「ここか?おっ、コイツらじゃねえか?」


 訓練所の扉を乱暴に開け、中を見回しながら大柄な男三人が訓練所に入って来た。三人共に二十代後半だろうか、使い込まれた革鎧が冒険者としての経験を感じさせる。

 俺は男の顔に浮かぶ嫌らしい笑みと横暴な態度に、不穏な空気を感じてすぐに鑑定をかける。



 レーモン:28


 人間:冒険者


 魔力強度:21


 スキル :[剣術]



 ルーズ:26


 人間:冒険者


 魔力強度:19


 スキル :[剣術] [体術]



 ロビンズ:31


 人間:冒険者


 魔力強度:38


 スキル :[剣術] [炎魔法] [身体強化]



 前にいる二人は魔力強度が20程度でスキルも少ない事から魔法も使えばレイナでもどうにか相手を出来そうだが、後ろにいる一人が魔力強度38と俺よりも高い。

 それに身体強化のスキルも持っている。弱い魔物でも数を倒せば魔力強度は上がるのでそれだけで強さは決まらないのだが、スキルは魔力強度を上げるだけでは覚える事は出来ず、特に身体強化は正しい体の使い方と体内の魔力の扱いに慣れないと覚える事が出来ないスキルというのをここ三ヶ月、ギルド内で他の冒険者を見ていて俺は気付いていた。


 俺が真眼で魔力の流れを指摘しながら毎日正しい訓練をして漸くリズは二ヶ月で、レイナは最近になって覚えたばかりだ。

 身体強化のスキルは魔物でも使える個体がいて、身体強化を使える個体は同じ種類の魔物でもかなり手強く、その経験から俺がこの世界での強さをはかる目安にしているので、そのスキルを持つロビンズをかなり警戒しながらリズとレイナを呼び寄せ、背中に隠すように庇いながら男達の前に立つ。


「すいません、僕ら訓練の途中なんですけど職員に止められませんでしたか?」


 俺は色々と人に見せられないようなスキルがあり、それを使った訓練をする時は他に使う人がいない時を選んで使用するようにし、更にセラに頼んで訓練中に他に使いたいという人が来たら、一度中に声をかけてもらうことにしていた。

 なのでセラから声をかけられていないという事はこの三人は強引にここに来ている事になる。


「あぁ?兎野郎の僕ちゃんは人に訓練を見られるのが恥ずかしいのか?」


 俺が丁寧に質問をしたのに対してレーモンは高圧的に返してきた。……アイツに似ている、その態度を見て嫌な顔を思い出す。


 レーモンが口にした兎野郎とは、魔物の討伐を主に受ける冒険者が、町の手伝いや採取系の依頼ばかりを受ける下級の冒険者を揶揄する時に使う言葉だ。

 俺は感情を出さないように冷静に、顔の表情を変えないように喋る。


「何の用ですか?」


 俺が会話をしている後ろでリズが何か言いたそうにしているのを背中越しに感じる、レイナの方は俺の服を強く掴んで俯いている。


 俺の問い掛けに、レーモンが小馬鹿にした口調で応える。


「何の用ですかって?この町で大規模なオーク討伐があるって聞いて来たんだけどよ、町で情報を集めてたらこの町には依頼を必ず達成する、凄腕の銀級がいるからそいつに任せればオークの討伐なんて簡単だって言われてな?それでその凄腕の銀級冒険者様に挨拶でもしようかと思ったら、なんとソイツは兎野郎だって言うじゃねぇか。しかも実際は討伐に参加出来ない銀下級だって?兎野郎が草取りばかりで達成率上げて調子に乗ってるようだから一言文句を言いに来たんだよ」


 先頭の男、レーモンは手を広げながら、大声で喋る。

 その隣でルーズがヘラヘラと笑い、ロビンズは壁に持たれながら腕を組み、薄笑いを浮かべた顔で俺の背中に隠れるレイナを見ている。


 俺はレーモンの話を聞いて、何故絡んで来るのか理解が出来ないでいる。だが理解は出来なくともレーモンの態度に父親の顔が頭に浮かんできた。

 人を蔑むような視線、理不尽な言い掛かり、アイツに、父親に似てる。


 そう思うと心が日本にいた頃を思い出す。顔から表情が消えたのが自分でもわかる。父親と会話をする時の表情だ。


「すいません、採取を主に受けてるのは事実ですが調子に乗った事は無いです。今の自分達は許可を得て訓練をしているので出ていって下さい」


 俺が無表情で淡々と伝えるが、相手は更に煽ってくる。


「おいおい、兎野郎が何の訓練をするんだよ」


「訓練なら俺らが指導してやろうか?ゴブリンくらいは倒せるようにしてやるよ」


 レーモンとルーズが笑いながら馬鹿にし続ける。


 あぁ、本当に似てる、こういう奴等は人の話を聞いたりはしない、会話をするだけ無駄だ。

 付き合っていられない、そう考えて今日の訓練を切り上げる事に決めた。


「今日の訓練は終わりにするので指導は必要ないです。リズ、レイナ、宿に戻ろう」


 レーモンとルーズに訓練は終わりと言い、リズとレイナに声をかけドアに向け歩き出す。


 リズとレイナを隠すようにしながら歩くがレーモンとルーズはドアの前で通せんぼをしているので通れない、俺がどいて下さいと言うと、二人はヘラヘラしながら少しだけ横に避ける。

 俺は二人を警戒しながら、リズとレイナを先に行かせようと促す。リズがドアをくぐり、次はレイナがドアをくぐろうとした時に突然レーモンが殴りかかって来た。

 俺がそれを避けた時にはレイナがルーズに捕まり引き寄せられていた。


「何をする!」


 俺が叫ぶもレーモンは相変わらずヘラヘラとしている。


「兎野郎のくせに良い動きするじゃねぇか」


 そしてルーズに捕まっているレイナをチラッと見た後、笑いかけてきた。


「町でもう一つ面白い話を聞いたんだけどあの嬢ちゃん、治癒魔法が使えるんだって?治癒魔法の使い手がいたらポーションもいらないし怪我した奴を治療して金も貰えるから重宝するんだよな」


 そう言ってロビンズに目を向けながら喋るレーモン。


「それでロビンズさんが治癒魔法の使い手がパーティーに欲しいって言うから俺らに任せろって事になったんだよ。だからな?俺らにくれよ」


 悪びれもせずヘラヘラしながら楽しそうに言ってくるレーモン、一度訓練所を出たリズも直ぐに気付いて戻って来たが、レイナが捕まっているので手を出しあぐねているようだ。

 レイナが魔法を使って隙を作ってくれればとレイナを見るが、レイナは突然の事に怯えて固まってしまっている。それを見て気持ちが焦る、昂っていく。


「後は俺らが嬢ちゃんと話をするからお前らは帰っていいぞ」


 レーモンが早く行けとでも言うように手を振るが、焦った俺の頭には入って来ない。嘲笑するようなロビンズの視線、蔑むようなレーモンの視線、レイナを奪おうとするルーズ、それを見て地球での辛い記憶がフラッシュバックする。

 すると心の奥から暗い感情が涌き出て来て、思考の波に飲まれる。


 レイナをくれ?レイナは物じゃない、何故こんな事をする、この世界に来て三人での生活は楽しかった、何故それを壊す、何故邪魔をする、親父から、あの一人で堪える世界から逃げて来たのにこの世界でも同じなのか?違う、この世界で俺は力を得た、向こうとは違う、リズもレイナも俺が守ると決めた、邪魔だ、コイツら邪魔だ、親父と一緒だ、そうだ親父と一緒なんだ、ならここで殺ーー


「レイナを離して下さい!」


 俺が思考の波に飲まれ、動き出そうとした時に、セラの声が訓練所に響いた。

 ギルドの職員や何人かの冒険者を連れてきたようだ。


「ロビンズさん、レイナが嫌がっているので離して下さい。これ以上続けるのなら金下級冒険者とはいえ処罰の対象になりますよ」


 セラがそう言うとロビンズは壁から離れ、セラの後ろの職員や冒険者を見た後、ルーズに顔を向け顎でしゃくる。ルーズはそれを見て舌打ちをしながらレイナを離す、すぐにリズが駆け寄りレイナの手を引きセラの隣に行く。


 そしてロビンズがセラに向かって言う。


「私は何もしてませんよ、この二人が有望な冒険者をパーティーに勧誘していただけです。それに勧誘は自由でしょう?」


 ロビンズは嘲笑を浮かべながらセラに言う。

 セラはその視線に怯えも見せず毅然とした態度で言い返す。


「金色の輝きのリーダーは貴方でしょう、それにレイナはまだ冒険者登録はしていません」


「そうだったんですか、ならまだパーティーを組んでもいないのですね。尚更都合がいい。有望な冒険者志望の若者を育てるのは上位冒険者の責務ですからね。また後日勧誘に来ますね」


 ロビンズはそう言うと残りの二人に声をかけ外に向かう。レーモンが俺の側を通る時に、またなと言って笑いながら出ていった。


 三人が出ていくとセラは他の職員や冒険者にお礼を言った後、俺達に謝ってくる。


「ごめんなさい、なんとか止めようとしたけど強引に行かれて止められなくて。あの三人は他の町でも色々と問題行動を起こしているみたいなので慌てて職員や他の冒険者を集めたけどちょっと遅かったわね」


 セラが頭を下げて謝まってくるが、俺は三人が出ていった方をずっと見ていた。


「レイナも大丈夫だったし気にしないで、アイツら人の話も聞かない凄く嫌な奴らだったからしょうがないよ」


 リズがセラに気にしないでと言うが、セラはまだ心配なようで注意を促す。


「でも気を付けて下さいね。ロビンズさんはかなり悪い噂があるんだけど、金下級冒険者で実力も実績もあるし、ハッキリとした証拠も無いのでギルドも口出ししにくくて」


「大丈夫、ロビンズみたいな奴はよく知ってるから。今度来たら私とトーマでレイナを守るよ、ね?トーマ」


 リズに言われ、うんと生返事をしながらリズの言葉を拾う。

 今度来たら……アイツらは絶対にまた絡んで来る、それにレーモンは去り際にまたなと言っていたのでまた邪魔をしに来る、レイナを奪いに来る、邪魔をしに、邪魔だ、あぁ邪魔な奴らだ。


 俺が再び思考の波に飲まれそうになるとレイナが慌てて駆け寄ってくる。


「トーマさんごめんなさい」


 レイナが大声で謝って来たのでようやく俺は現実に戻される、そして目を向けた俺に、レイナはもう一度謝って来た。


「トーマさんごめんなさい、折角トーマさんが毎日鍛えてくれてるのに何も出来ませんでした」


 俺はレイナが謝るのを見て悔しさが込み上げてきた。


  「いや、俺が油断していたんだ。ああいう奴らは人の事なんて考えずに一方的に理不尽を押し付けるって知ってたのに」


 そう言って一つ息を吐く。


「リズとレイナは俺が守ると決めたのにセラさんに助けられちゃったね」


 思考を打ちきり苦笑いをした後、セラに向かって頭を下げる。


「セラさん止めてくれてありがとうございます」


 それを聞いて、間に合わずにすいませんと再び頭を下げそうになるセラに、レイナと二人でもう大丈夫ですからと返し、今日は宿に戻りますねと言って四人で訓練所を出る。


 訓練所を出てもまだ申し訳なさそうな顔のセラに、本当に大丈夫だから気にしないで下さいねともう一度伝え、訓練所に駆け付けてくれた職員や冒険者に頭を下げてギルドを出る。


 外に出て、今日はもう休もうと提案してきたリズに頷き宿に戻る。



 宿につくと、今日は珍しく早かったねと訝しむジーナに、夕飯までは部屋で休みますと伝え二階に上がり、リズ達とは部屋の前で別れる。


 部屋で一人になり訓練所の事を思い出す。俺がロビンズ達の事を思い出しながら、色々考えようとしたところで部屋の扉がノックされる。ノックと共にリズが入っていいか聞いてきたのでどうぞと返すとリズとレイナが入ってくる、俺は椅子に腰掛けたままリズとレイナを促してベッドに座らせる。


 部屋に入ってきた二人はなかなか話をせずに沈黙している、そんな二人にどうしたのと声をかけると漸くリズが喋り始めた。


「アイツら絶対にまた来るからさ、対応を三人で考えようと思って。それとレイナが、トーマの事を凄く心配してて」


「俺を?」


 心配されるなら逆だろうと考えレイナを見ると、レイナが泣きそうな顔で俺を見ていた。


「トーマさん訓練所で凄く怖い顔をしていました、出会ってから初めて見る表情です。でもあの表情と、あの目には見覚えがあって」


 レイナがそこまで喋り、それからリズが引き継ぐ。


「あのね、私達が町に来る前の事はトーマに話してないよね。トーマはレイナにも自分の事をちゃんと話してくれたし、今日みたいな事もあるから、私達の過去も聞いてもらおうと思って来たの」


 リズと会った時に、ある理由があり十二歳でこの町に来て姉妹で暮らしている事は聞いた。

 理由は言えないと言っていたが、このタイミングで話すのにも理由があるのだろうと思い頷く。


 するとレイナがリズの膝に手を置き、リズがその手を握りながら話をしてきた。

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