第15話 リズとレイナ

 

「お兄ちゃん今日も家に来る?」


 人口三百人程の小さな村の中でレイナの元気な声が響く。

 レイナは明るい笑顔を見せながら、金髪で優しそうな顔をした青年の腕に抱きつく。

 それをみた周りの村人達から元気だねぇと優しい声が出る。


「レイナちゃんこんにちは、今日は依頼が早く終わったからこのまま夕飯にお邪魔しようと思ってるよ」


 ローザさんの料理は美味しいからね、とお兄ちゃんと呼ばれた青年は微笑みながらレイナの頭を撫でる。


 レイナは頭を撫でられ嬉しそうにしながら青年に寄り添って歩く。


 狭い村を少し歩くと周りの建物より大きめの建物がみえてくる、青年とレイナが家の前まで行くと中から呆れた様な口調で声が飛んできた。


「レイナはまたラフさんに甘えてるの?ほらほら離れなさい。ラフさんいらっしゃい、レイナの相手してくれてありがとうございます」


 中からリズが出てきてレイナを引き離しながらラフと呼ばれた青年に挨拶をする。リズに引き離されたレイナは不満そうに、甘えてたんじゃないよ案内してたんだよと頰を膨らませて反論しているが、リズはそれに全く取り合わず、レイナの背中を押しながらラフに向けてどうぞと声を掛けて家の中に入るように促す。


「リズちゃんタニアは?」


 ラフがそう言って家の中を見回しながら入ってくる。


「お姉ちゃんはラフさんに美味しい料理を作るんだってお母さんと張り切ってるよ」


 リズがニヤニヤしながら言うと、青年は嬉しそうな顔をする。


「そうか、それは楽しみだ。じゃあ先にトーリさんに挨拶をしようかな」


 もうすぐご飯が出来上がるからお父さんも呼んできてとラフに言いながら、リズはレイナを連れて台所に向かう。




 リズとレイナが出来上がった料理を食卓に並べ終える頃に、ラフとトーリが話をしながら入ってきた。


「最近は魔物の数も安定していますよ、心配なのは盗賊の被害が増えてる事ですね」


 ラフの話に、トーリがそうかと頷きながら食卓に座る。


「食事時に物騒な話はやめてください」


 食事の準備を終えたリズの母親のローザがそう言いながら入ってくると、それに続いて長女のタニアも妹達の前ではやめて下さいと言いながら入ってくる。


「村にとって大事な話だ。ローザは儂の嫁、タニアは次の村長の嫁だろう、無関係では無いぞ」


 妻と娘の二人に嗜められたトーリは渋い顔をして言うが、言われたローザはそれを気にせずまた後で聞きますよと返して食卓に座る。

 トーリの隣でラフが、まだ正式には決まってないんですけどねと右手で頭をかいているが他の五人の中では既に決まっているので何も言わずスルーする。


 六人での賑やかな食事を終えるともう睡眠の時間だ、ラフが泊まると聞いてレイナは一緒に寝るとだだをこねるが、トーリと話があると言われ、レイナは残念そうにタニアに連れられ子供部屋に戻って行った。


「盗賊の話なんですけど、王都の方から結構な数が流れてきているみたいでこれから更に行動が活発になりそうです」


 ラフがレイナを見送った後、トーリとラフは真面目な顔で先程の続きを話す。


「村の防衛も見直さないと危険か、冒険者ギルドに協力を頼んで盗賊の討伐も考えんといかんな」


 トーリの考えにラフも頷く、二人の話し合いは夜遅くまで続けられていた。






 トーリとラフが話し合いをした日から三日後、村にはトーリが冒険者ギルドに依頼した盗賊の討伐の為に十名の冒険者が訪れていた。


 盗賊の討伐依頼は銀上級からが条件なので集まったのは全員銀上級以上、その中にこの周辺では滅多に見る事が無い金上級の冒険者が混ざっていた。

 その冒険者の名前はラシェリ、普段は王都周辺で活動しているが何故か近くの町に滞在していて、盗賊の討伐依頼を受けて来たのだ。


 村の代表であり今回の依頼人であるトーリとラフ、冒険者の代表として、町の冒険者ギルドでは顔役である金下級冒険者のルーヴェンと、金上級という実力者で作戦の中心になるとしてラシェリが話し合いをする。

 その話し合いでまずは盗賊の人数とアジトを把握する為に斥候を出す事を決め、斥候向きのスキルをもった冒険者三人を選び出し盗賊の被害が多い場所に斥候に向かわせる。


 斥候が戻るまでの間はトーリの家で話し合いを続けていたのだが、興味が無いのかあまり話し合いに参加していなかった金上級冒険者のラシェリが少し村を見回ってくると言って出ていった。


「まさか金上級冒険者が参加者にいるとは思わなかったな」


 家を出て行ったラシェリを見ながらトーリがそう言うとルーヴェンが説明をしてくれた。


「何日か前にふらっと町に現れたんですけどね、ここら辺では滅多に見れない金上級だってんで町の冒険者も危険な魔物の討伐に同行したり、訓練でもつけてもらおうって思ってたんですけど、何もせずに町や近くの村をふらふらしてたみたいなんです」


 金上級まで行く冒険者ってのは何を考えているのかわかりませんやと言いながらルーヴェンは肩をすくめる。


 冒険者は銀上級で一人前、金下級で一流、金上級になると超一流と言われている。


「私から見たらルーヴェンさんもかなりの強さを持っていると思いますがね。ラシェリの噂は王都にいた頃に聞いていましたが実際に見てみても彼の実力は測りかねますね」


 ラフも銀上級の冒険者でそろそろ金下級に上がる程の実力者だ。元は王都で騎士をしていたのだが仕事でこの村を通りかかった時にタニアに一目惚れをして、思い切って騎士をやめて冒険者になり、それから二年で実力と人柄をトーリに認められたのだ。


「まぁ実力者がいることは依頼人にとっては良いことだ」


 トーリはそう言うが、三人とも得体のしれない不安があった。ラシェリが側にいるだけで何故か胸がざわつくのだ。

 透き通る様な銀色の髪に爬虫類の様な金色の瞳、獲物でも見るかの様な視線に。


  不安を隠しながらも、斥候が戻ってきたので盗賊の情報を確認し、翌朝暗いうちに、盗賊が寝ているだろう時間を狙って冒険者十名にトーリとラフを加え村を出る事にした。



 翌朝まだ日も明けきらない時間、ローザやタニアは不安そうに、リズとレイナは沢山盗賊を退治してきてねと笑顔で見送っていた。

 他の冒険者が村人から激励を受けている間、ラシェリはタニアとラフの二人をずっと見ていた。



 村を出た討伐隊はまず盗賊の隠れ家である森の奥の洞窟近くまで来ると確認の為にもう一度斥候を出す。

 その間に休憩を兼ねながら簡単な作戦を決める。

 最初に冒険者の纏め役としてルーヴェンが話をきり出す。


「昨日の話だと盗賊は三十人程度、見張りは二人で二時間程で交換するようだ。なのでまず入り口を囲むように森に配置し、弓を使えるレイとシェリーが見張りを射った後にすぐにラシェリと俺を先頭にして洞窟に入るぞ」


 ルーヴェンの話に、ラシェリは拐われた人が中にいたらどうするんだいと聞いて来るが、斥候が見張りから聞いた会話や中の様子から拐われた人はいないようだと話すとラシェリはわかったと頷く。

 それで見張りを倒した後は洞窟に突入する八人、出口を見張る四人にわけようかと話をしている時に斥候が戻ってきたが、その様子が変なのでルーヴェンが声をかける。


「どうした、何かあったのか?」


「ルーヴェンさん、おかしい。見張りがいないんだ。近くに寄って中の様子を伺ってみたが物音一つしねぇんだ」


 トーリとルーヴェンがどういう事だと顔を見合わせる。

 盗賊は人の通りが多い日中や、村などを襲う為に夜に行動することはあるが日も明けきらない時間から動く事はあまりないはずだ。


 取り合えず確認しようと全員で洞窟に向かう。

 洞窟に着くと斥候の言うように確かに見張りは見当たらない、ゆっくりと入り口まで近づくが中からも人の気配がしないので、ルーヴェンは斥候の二人に慎重に中の様子を調べて来るように指示を出す。


 その間ラフの胸中は不安で一杯だった、そして薄笑いを浮かべているラシェリから目が離せなかった。


 少しして様子を見に行っていた斥候が慌てて戻ってくる。


「ルーヴェンさん中には誰もいねぇが盗賊の死体が三つ転がってた」


 どういう事だと一同がざわつく、仲間割れでもしたのかと話をするが、考えてもわからないのでこれからどうするかという話になる。

 ここで待ち伏せをするかという話も出たが、ラフが一旦村に戻りましょうと言い、トーリやルーヴェンもその方がいいなと頷いたので村に戻る事にした。


 森の外に繋いでいた馬に乗り、胸騒ぎのするラフに引っ張られた集団は急いで村に戻る。




 大分飛ばしたので行きよりも早く村が見えてくる、そこでラフは村の方から立ち昇る煙を見つけ、馬を急がせ集団から一人飛び出す。


 一人飛び出したラフが村に着くと、そこには炎に包まれた家屋と、村人の死体があちこちに転がり、今なお盗賊に蹂躙される村の光景が広がっていた。


「な、なん……で……」


 その光景にラフは立ち尽くすが、すぐにタニアの顔を思い浮かべ村長宅に駆け出す。

 襲ってくる盗賊を切り伏せ、家まで駆けるとそこには燃え広がる家があり、庭で血を流し、うつ伏せに折り重なる様に息絶えたローザとタニアの姿があった。


「タニア……ローザさん……なに……が……」


 ラフが二人の亡骸の側に膝をつくと二人の亡骸の下に小さい体が見えた。

 放心したままタニアとローザの亡骸を丁寧に起こすとリズとレイナがいた、胸が上下しているので気絶しているだけのようだ。


  「生き……てる……そうだよな、死ぬなんて……ないよな」


 そう言ってローザとタニアの亡骸を見るが呼吸も無く背中の傷口から血も流れなくなっている。


 ラフは暫くローザとタニアを見ていたが家を燃やす火の勢いが強まってきたので、無言で二人の亡骸と気絶しているリズとレイナを道の方まで運ぶ、ラフが運び終わった後で漸くトーリがラシェリに守られ帰ってくる。


「ラフ!家はっ」


 そこまで言って家を見て言葉を無くすトーリ。


「トーリさん、俺が駆け付けた時にはもう」


 ラフがローザとタニアに目を落とす、それを見て理解したのかトーリはそうかと呟く。


 村の狂騒の中、暫く沈黙が続くがそこでまずリズが目を覚ました。


 それに気付いたトーリが直ぐに駆け寄り抱き起こす、そして何があったかをリズに聞くと、リズは少し呆けていたが、自分を抱き抱えているトーリに気付くと泣きながらトーリに話し出した。嗚咽混じりに話すリズの言葉はなかなか要領を得ないが、トーリはなんとかその内容を拾う。

 どうやら討伐隊が村を出た後、少しして村が騒がしくなったらしい。それに気付いたローザとタニアは二人に家にいるように言って村の様子を見に行ったが、リズとレイナが二人を待っている間に家に火がつき、リズがレイナを連れて外に出ると、そこに村の様子を見に行っていたローザとタニアが慌てて戻って来て、盗賊が村を襲っているから逃げると言って二人の手を引き庭から出ようとしたところで二人の盗賊に見つかったらしい。


 盗賊はまずリズを捕まえようとしてそれを邪魔したローザを斬り、ローザがリズに覆い被さる形で倒れるとその側にレイナとタニアが駆け寄って来た、もう一人の盗賊がタニアを捕まえようとすると今度はレイナが邪魔をしたのでレイナに斬りかかった所をタニアが抱き抱えるようにして庇い、タニアは背中を斬られそのまま倒れこんだ。

 そして二人の盗賊はタニアを斬った後、慌てた様子でいなくなったそうだ。


 その話をラフはタニアの亡骸を抱いたままじっと聞いていた。

 そして話の途中で目を覚ましたのかレイナが顔をあげる。


 レイナは最初辺りを見回していたが、そこでラフの顔を見つけると、涙を流しながらラフに謝る。


「お兄ちゃん……私……ごめん、なさい……タニアお姉ちゃん……私を庇って……」


 そう言って泣き出すレイナを、ラフは右手で抱き寄せると気にするな、タニアはお姉ちゃんとしてレイナを守ったんだと言う。

 レイナはその言葉と、笑っているのか泣いているのかわからないラフの顔を見て大声を出し、ラフに抱き付きながら泣いていた。

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