第13話 銀下級冒険者
「これでっ、止めだ!」
日の光が差し込む、街道から程近い森の中、若い男の声が響く。
「ギュアァッ」
醜悪な顔に大柄な体、薄いピンク色の肌を持つオークと呼ばれる魔物が断末魔の悲鳴をあげて倒れていく。
黒髪で顔は十代前半にしか見えない程に幼く、体躯は小柄でオークの胸に届くかといったところ、だが日々の鍛練が磨きあげた肉体から繰り出される体術はオークの首を一撃で砕き絶命させる、少年の周りには三体のオークの屍が転がっていた。
少年の名はトーマ、ラザの町の銀下級冒険者だ。
トーマが地球からこの世界、シュラミットに来て三ヶ月が過ぎた。
シュラミットとはこの世界を作った神様の名前だ、それをそのまま世界の名前としているらしい。
そのシュラミットに来て三ヶ月、トーマは体を鍛え、知識を蓄えてきた。
冒険者としては、同じ銀下級冒険者のリズと一緒に採取を中心に依頼を受けているが、三ヶ月ほぼ毎日依頼を受けて、失敗は一度もなく仕事も早いので冒険者ギルドの職員にも覚えが良い。
今日も薬草採取の依頼を午前中に終わらせ、更に世話になっている宿の食堂に肉を卸す為にオークを狩った所だ。
「トーマ終わった?こっちも二月草の採取終わったよ」
「了解、今からオークの処理をするところだよ。三体分だから、薬草の採取が終わってるなら少し手伝って」
リズに返事をしながら、この三ヶ月ですっかり慣れた手つきでオークを解体していく。
ラザの町周辺ではオークは珍しく、普段は森の少し奥に行かないとオークの肉は取れない、そのため肉は高値で売れるので余すことなく切り分けていく。
「じゃあこっちの大きいオークを解体しちゃうね」
俺が一体を解体している間に採取を終えたリズが来たので、リズにお願いと言いながら残りの一体に取りかかる。
二体の解体を手早く終えて、切り分けた肉を森で取れる殺菌作用のある葉で包んで袋に入れると、二体分の肉で背負い袋は一杯になった。
リズの方も解体が終わり、既に肉を袋に入れ終わって俺を待っているので、じゃあ帰ろうかと声をかけ二人で町に歩き出す。
「俺達には助かる話だけど、最近オークが増えたね。こんな浅い所でも出るなんて」
「そうだね、近隣の村でもゴブリンやオーク討伐の依頼が増えてるみたい。ラザの町でもそろそろ大掛かりな討伐依頼が出るって話だよ、もうすぐ女神様の季節だからしょうがないけど嫌な感じだね」
二人で最近の話をしながら見晴らしのいい平原を、街道沿いに町に向かって歩く。
シュラミットでは日の出ている日中は魔物の活動が弱まる事から太陽の事を魔物嫌いの神様といい、月が満月になる日は魔物の動きが活発になり、魔物から取れる魔石の純度が高くなるので、魔石が生活に欠かせないこの世界では女神様からの恩恵だと信じていて、その恩恵を与えてくれる月の事を女神様と言う。
特に、年に一度、二つの月が同時に満ちる日の一ヶ月前後は純度の高い魔石を持った魔物が爆発的に増えるので、その期間の事を二つに別れた女神様の力が一つになる特別な日、女神様の季節と呼んでいるのだ。
「確かに最近の魔物は手強くなってるし、魔石も赤みが増しているね」
先程倒したオークの魔石を、両手でお手玉のように軽快に弄びながらリズに言う。
「でもトーマには身体強化をしなくても倒せる程度でしょ、私は素の状態だと厳しくなってきたよ」
「まぁそうなんだけどね。でも魔物はこれからも強く活発になるって言うし、それならまだまだ鍛えないと、リズも一緒にね」
二人で会話を交わしながら町までの道を歩いていく。
そうして町に着くと、この三ヶ月で仲良くなった門番のタインと挨拶を交わし、冒険者カードを見せて町に入り、冒険者ギルドに向かう。
ギルドに着くとリズは依頼達成の報告をするためカウンターに、俺は素材の査定の為に倉庫の方に向かう。
「今日もオークが出たのかい?肉屋は喜ぶんだけどね」
倉庫につき、素材買い取りカウンターで葉に包まれたオークの肉を並べていると、ギルド職員の中年男性が苦い顔をしながら歩いてきた。
「バリィさんこんにちは、リズと二月草の採取をしていたら襲われました」
「二月草って事は森の浅いとこかい?そこまで増えているのか、大攻勢にならないといいけど」
「そうですね、リズも例年より活発で数が多いって言ってました」
大攻勢とは魔物が集団で町や村を襲撃する事だ、女神様の季節に魔物が増えすぎて起こる事や、魔族が魔物を操って起こす事もあるとリズから聞いている。
特に魔物が増えすぎて自然発生する場合はかなり数が多く、指揮も無く暴れ回るので複数の村や町が潰された事もあるらしい。
大攻勢の事を話しながらバリィにオーク二体分の肉と魔石三つの査定をしてもらい、査定が終わると二人でカウンターに向かう。
カウンターで依頼達成の報告をしながら話し込んでいるリズと合流し、リズと話をしていた職員に挨拶をする。
「セラさんこんにちは」
俺が挨拶をするとセラはこちらに顔を向け、こんにちはと挨拶を返して来た。セラは俺が冒険者登録をした時から今までギルドではずっと世話になっている人だ。
「今日も無事で何よりです、相変わらず仕事が早いですね。素材の状態も良好で助かります」
そう言って笑みを浮かべるセラにありがとうございますと返す。俺は鑑定で色々な物を見分ける事が出来るので採取系の仕事はかなり早い。そして薬草の採取を二年間続けているリズもいるので素材の状態も他の人より良いと評判なのだ。
バリィがオーク肉と二月草の査定額をセラに伝えて戻った後、少し三人で話し込んでしまったが、そろそろお昼の鐘が鳴る時間なのでレイナを迎えに行く時間だからとセラとの話を切り上げ、依頼と素材、魔石の報酬を受けとると、じゃあまた後で訓練に来ますと頭を下げてギルドを後にする。
今日はオークの肉があったので金貨三枚の稼ぎになった、採取だけだと銀貨五枚程度なのでリズと分けると宿の一泊分にしかならない、なのでこうした臨時収入があると依頼を増やしたりせずに訓練出来るので助かる。
ギルドを出た俺達は、リズの妹が手伝いをしている薬屋に向かう。
「新調した籠手や具足の調子はどう?」
「そうだね、今回は少し奮発して黒曜石を使っているからかなりいい感じだよ」
聞いて来たリズに籠手を見せながら答える。
俺は主に体術で戦うので武器は手に填めた籠手と脚に填めた具足を使っている。武器屋には鉄の籠手があったのでそれを使っていたがそれが先日壊れてしまい、新しく作る時に前から脚にも武器が欲しかったので武器屋のダフと話をしながらオーダーメイドで作ってもらったのだ。
その時に素材をどうするかとダフと話し合っている時に、丁度良い素材が最近手に入ったと言われたので見せてもらった素材が黒曜石で、魔力を含んだ黒曜石は鉄より固く壊れにくいと言うのでそれを使う事にしたのだ。
何より色が良かったのだ、出来上がった籠手と具足は黒に赤が混じった俺の髪と同じ色をしていた。
その事を嬉しそうにリズと話していたら、トーマは男の子だねと微笑ましいものを見るような目をされた。
そうして町を歩いていると昼を知らせる鐘の音が聞こえてくる。
そのまま薬屋に着くとリズの妹のレイナが外で二人を待っていた。
レイナは俺達を見つけるとお帰りなさいと言って歩いてくる。
レイナにただいまと返し、今日はオークの肉が取れたからと言いながら三人で定宿にしている風の安らぎ亭に向かう。
宿につき食堂に向かうとかなりの盛況で席が見当たらない、三人で困っていると宿の女将のジーナが、奥の方を指差しながら声をかけてくる。
「いらっしゃい、向こう片付けたから座って待ってな。今日も定食でいいかい?」
「あ、三人ともそれでお願いします。それと今日もオークの肉が取れたので厨房に持っていきますね」
俺はリズから預かっていた一体分の肉が入った袋を見せる、ジーナは着いてきなと言いながら歩いて行くので一緒に厨房に行き、奥で料理をしている、ジーナの旦那で宿の料理人のノーデンにオークの肉を渡す。
ジーナが毎日ありがとうねと笑顔を見せるが、魔物の肉を渡す変わり食事代はただにしてもらってますからと笑顔で返し食堂に戻った。
席につき、先に座っていた二人にお待たせと言うと料理が来るまで午後の予定を話し合う。
食事を終えると三人で宿の二階に上がり俺の部屋に集まる。そして俺の持つ地球の知識をリズとレイナに聞かせていく。
なぜ地球の話をするのかというとそれが魔法を使う事にかなり役立つからだ。
魔法とは大気に溢れる魔素をその人の魔力で操って様々な現象を起こす事なのでその人の持つ、魔素をどんな現象にしたいかというイメージがとても大事になる。
そのイメージに俺の持つ地球の知識が使えるのだ、俺の知識は中学生で習う程度と本で得た分だけだがリズとレイナには珍しい、それで部屋で食休みをしながら勉強をするのが日課になっている。
特にレイナは理解が早く、簡単な体の仕組みをうろ覚えの知識で教えるとちょっとした治癒魔法を覚えた。
今では町での知り合いに怪我人が出ると、治癒魔法をかけて更に体の仕組みや怪我の治り方に理解を深め徐々に腕を上げている。
他にも中学の理科で習う程度の話で雷や風の魔法も覚えたので、もう少し体が出来てきたら三人で冒険者をしようと決めている、今は薬屋の手伝いを午前中だけに減らし午後は体を鍛えているところだ。
リズの方は、脳が危機を感じるとリミッターが外れる話や遅筋や速筋の違い、目は光を反射して物を見ている等の話に食い付き、身体強化:大や遠目などのスキルを覚えた。
逆に俺は知識があってもどうこの世界の法則に合わせればいいのかわからなかったので二人、主にレイナからこの世界の事を聞いて勉強する毎日だ。
ちなみにレイナから聞いた話だとこの世界は天動説らしい、一つの大陸で全ての種族が暮らしていてその外の世界はまだ未開になっている。
魔力で意思の疎通が出来たり個人の情報が読み取れたりと化学より便利な気がするが流石に宇宙に行ったり飛行機を飛ばしたりは出来ない、自動車も無いし乗り物の分野は全然進歩していないのだ。
「じゃあそろそろギルドに行こうか」
一時間程三人で知識の交換をすると、今度は体を鍛える為にギルドの訓練所に向かう。
ジーナに夕方の鐘の音が聞こえたら帰りますと伝えて宿を出てギルドに向かう。
三ヶ月で知り合いになった町の人や屋台の人から声をかけられ、挨拶を返しながらギルドに向かう。
リズは町の手伝いや採取系の依頼をメインに二年間冒険者をしていたのでかなり顔が広く町の人にも好かれていた、俺もそのリズと三ヶ月一緒に組んでいたので町では好意的に受け入れられるようになっていた。
そしてレイナもリズの妹という事や、治癒魔法で町の人の治療をするので三人共に町でかなり知られている。
冒険者にはリズのような採取や町の人の手伝いをメインにするタイプと、魔物の討伐や護衛を主にするタイプの二種類になる。リズのような冒険者は町の手伝いをするので必然的に町の人と仲良くなれるようだ。
「トーマも町に顔が知られてきたね」
リズがそう言うとレイナも続く。
「店長や店の客にも評判いいんですよ、礼儀正しくて仕事が早いって」
「確かにトーマと組んで採取の依頼は楽になったからね」
姉妹に言われそんな事ないよと返事をする、まだ人に褒められたりするのに慣れないのだ。
「もう少し自信を持てばいいのに」
そんな俺を見てリズが言うとレイナは反論する。
「そんなトーマさんだから良いんだよお姉ちゃん、前はビシッとして欲しいと思ってたけどね。でも他の冒険者の人を見た後じゃ今のままのトーマさんがいいです」
そう言いながら腕を絡ませてくる、レイナは出会った時はかなりシッカリしていたが最近は、特に異邦人ということを伝えてからはこうやって甘えてくれるようになった。
そのまま仲良く歩いてギルドに着くと、カウンターにいたセラに断りを入れてから訓練所に向かう。
訓練所に着くとまずはストレッチで身体を解す、この世界にはストレッチという考えがなかったので俺が二人に教え、それから毎日実践している、三ヶ月で大分体も柔らかくなった。
ストレッチが終わると身体強化をかけ、リズと向かい合い、かなりゆっくりとした速度で体の動きを確かめる様に組手をしていく。
色々と試してみたが、身体強化をした体での組手はこの方が一番効果が高かったのだ。
リズとの組手が終わると次はレイナに相手を変えて同じように組手をする。
相手を変えながら二時間も組手をしていると三人とも汗だくになっていた、少し休憩を挟んでステータスを確認する。
トーマ:14歳
人間:冒険者:異邦人
魔力強度:27
スキル:[魔素操作] [真眼] [魔力回復:大] [熱耐性] [痛覚耐性][直感] [身体操作] [格闘術]
俺はこの世界に来て活性化という状態になっていた。
その間は空腹になる事がなかったが活性化は三日程すると消えていた。活性化が消えると同時に魔力操作のスキルが魔素操作に変わり、魔眼が真眼に変わっていた、空間把握は真眼に統合されたのかスキル欄からは消えていた。
魔眼は人や魔物などしか鑑定する事が出来なかったが真眼になると色々な事が鑑定出来るようになった。
ついでにその時から空腹を感じるようになった。
オークを倒したから魔力強度が上がってるなと思いながら次はリズを見る。
詳しいステータスを見るには本来は特殊な道具が必要で、そう簡単には見る事が出来ないのだがリズとレイナには俺が真眼で数値を教えて細かく把握しているのだ。
ちなみに異邦人の事を教えた時に真眼の事もレイナには伝えてある。
リズ:14歳
人間:冒険者
魔力強度:24
スキル :[採取] [身体強化:大] [遠目] [弓矢]
「リズ魔力強度が一つ上がってるよ」
「やった、本当?」
喜ぶリズにうんと頷き次はレイナを見る。
レイナ:12歳
人間:薬師見習い
魔力強度:16
スキル:[治癒魔法] [雷魔法] [風魔法] [身体強化]
最近はレイナと一緒に依頼を受けてないからあまり変わってないな、そろそろまた一緒に行かないと、そう考えていると突然訓練所のドアが乱暴に開かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます