第12話 初めての眠り
コンコン、コンコンコン。
リズをベッドに寝かせて魔力操作の練習に没頭していると、部屋の扉を叩く音で現実に戻された。
今行きますと扉に向かって声をかけ、水を一口飲んでから扉を開ける。
するとレイナが待っていた、レイナは夕方の鐘がなる頃に帰ると言っていたので、どうやら魔力操作の練習に四時間程熱中していたようだ。
「お帰りなさい、リズは疲れてるのかすぐに寝ちゃったよ」
リズが眠るベッドに目線を向けながら言うと、レイナもつられて部屋の中を覗き込み、ベッドに眠っているリズを見る、そして魔力操作の練習で汗だくの俺を見て頬を赤く染めた。
「あ、あの、昨日お姉ちゃんと出会ったばかりですよね?ふ、普通、なんですか?」
普通?普通と言われてなんのことかと考える。
そう言えばリズが、生活魔法というのは魔力の操作さえ覚える事が出来れば子供でも使えると言っていた事を思い出す。
それなら魔力操作の練習をこの歳でやるのは珍しいのだろう、そう思い当たった俺はレイナに苦笑いで答える。
「あぁ、実は俺って今まで経験無くてさ。早く覚えようと思ってレイナさんが仕事に戻った後に、やり方をリズに教えてもらってずっと熱中してたんだけどね、ちょっとやり過ぎたかな」
子供でも出来る事に熱中していたと言うのが少し恥ずかしいので、右手で頭を掻きながら簡潔に答える。
その答えを聞いたレイナは、ひ、昼からずっと……お、お姉ちゃんが教えて……と呟きながら固まっている。
俺の言葉に固まったレイナを不思議に思いながらもリズを起こそうかと聞く。
するとレイナは、ハッとした後で、夕飯の準備が出来たらまた来ます、ごゆっくりと言いながら逃げるように自分の部屋に戻ってしまった。
この年で魔力が使えないなんて嫌われたかな、昼はそんな感じしなかったけれど、たった一人のお姉ちゃんとパーティーを組もうとしてる男だし頼りなく思ったのかもな。
そう考えながら部屋に戻り、もう少ししたら夕飯だと言っていたので汗を拭う為に風呂場に行き、配管から大きめの桶に水を出すと布で体を拭いていく。
この町の風呂は基本は家の屋根にタンクがあるのでそこに水が溜めてあり、部屋に通っている配管から水を出して体を拭くだけだ、配管にはストッパーがついているので、それを開け閉めすると水が出る。
タンクと配管は特殊な、防水の木で出来ているので、もう少し小さい町や村ではまだ井戸を使っているらしい。
その配管から出た水で布を湿らせて体を拭き、新しい服に着替えて部屋に戻るとその音で目が覚めたのかリズがベッドに腰掛けていた。
「ごめん、起こしちゃったかな。さっきレイナさん来てたよ。もう少しで夕飯だからまた来るって言ってた」
少し厚めの布で濡れた髪を拭きながら言うと、リズはもうそんな時間なんだと小さく欠伸をしながら水を飲み、顔を洗ってくると言って風呂場に入っていった。
髪を乾かした俺が手持ちぶさたにしていると顔を洗ったリズが戻ってきて、練習に付き合えなくてごめんねと謝りながら魔力操作の方はどうだったと聞いてきた。
「なんとか魔力を体の隅まで運ぶ感覚は掴めたかな」
「もうそこまで出来るの?普通は早くても三日はかかるよ、そこから魔力を外に出して、イメージを現象に変えるまでは更に一週間かかるんだけどね」
俺の言葉にリズは少し驚いているが、俺が魔力操作のスキルがあるからそのおかげだよと言うと異様に食い付いて来た。
「トーマ魔力操作のスキルをもってるの?魔眼ほどじゃないけど結構レアなスキルだよ、慣れたら魔力を細かく操れるはずだよ」
そりゃ覚えるのが早い訳だよ、と言って来る。
そのまま暫く二人で会話をしながら、軽く生活魔法のコツを習う、トーマならすぐに出来るよと言われたので再び練習していると扉がノックされる。
夕飯の準備が出来たみたいだねと言いながら扉を開け、なぜか頬を赤く染めたレイナと三人で食堂に向かう。
その途中レイナは、リズに風邪でも引いたのと聞かれていたが大丈夫だと答えていた。
食堂に着き、三人で椅子に座るとニヤニヤしたジーナが注文を取りに来た。
何か良いことでもあったのかなと思いながら夕飯のメニューを見て注文をする、メニューも他の文字と同様に見るだけで頭に浮かぶので、リズにオススメを聞きながらの注文だ。
三人分の注文を取るとジーナは戻って言ったので料理が来るまで会話をして待つ。
ジーナさんなんでニヤニヤしてたんだろうねとリズに聞かれるが、俺には全く心当たりがないので何か良いことあったのかもねと返した。
その隣でレイナが頬を染めて俯いているので心当たりがあるか聞いてみるが、俯いたまま、い、いえ、と返事を返された。
本気でレイナに嫌われたかなと心配になる。
考えてもしょうがない、これから少しづつ仲良くなる努力をしよう、そう気持ちを切り替えて、リズに生活魔法のコツを聞く。
俺とリズが二人で生活魔法の会話をしていると、リズがそういえばと聞いてきた。
「私が寝てる間、ずっと魔力操作の練習をしていたみたいだけど魔力は大丈夫なの?」
自分の魔力の総量はわからないが、感覚的にまだまだ大丈夫だと思うのでそう返事をする。
「自分でもどのくらい魔力があるかわからないけど俺は人より多いのかな、汗だくになるまで練習したけどまだまだ大丈夫そうだよ」
昨日リズが教えてくれた異邦人の話から考えると、異邦人はこの世界の人よりも魔力が多いのではと思うが、異邦人の事はまだレイナに伝えていないので今は曖昧に答えた。
異邦人の事や魔眼の事も、仲良くなっていつかレイナにも伝えたいなと考えながら、リズの隣に座るレイナを見ると口を開けて固まっていた。
よく固まる子だなとレイナを見ていたら、ジーナが笑いながらトレイに乗せた料理を運んでくる。
「そんな事だろうと思ったよ」
そう言いながら料理をテーブルに並べていくジーナ。
ジーナの言葉を聞いてリズがなんの事かと尋ねるが、ジーナは横目でレイナを見た後で何でもないよと笑いながら戻って行った。
リズが今度はレイナに聞くが、レイナもジーナと同じ様に何でもないよと答える。そして俯いていた顔を上げると、俺の方に身を乗り出しながら怒った顔で噛み付くように喋ってきた。
「トーマさん!人に物事は伝える時はシッカリと伝えて下さい!」
顔を真っ赤にしているレイナに俺は訳もわからず謝る。
「ご、ごめんなさいレイナさん」
するとレイナは更に感情を出してくる。
「なんで敬語なんですか!トーマさん十四歳ですよね?私より年上なんだからもっとビシッとして下さい!それにお姉ちゃんは呼び捨てで、なんで私はさん付けなんですか!」
レイナのあまりの剣幕に、あ、う、うん、と頷く。
息の荒いレイナをリズがなんとか宥める、レイナは手元の水をグイっと煽って一息に飲み干し、大きく息を吐く、それで落ち着いたのか俺に向かって頭を下げてきた。
「な、生意気言ってごめんなさい。あの、少しだけ、行き違いがあっただけですので気にしないで下さい」
丁寧に頭を下げて謝られたので俺は笑顔を向け、首を振りながら答える。
「いや、大丈夫だよ。多分原因は俺にあると思うし、俺って凄く世間知らずでリズと会うまで人とあんまり関わって来なかったから、それで、何か失礼をしてレイナ…ちゃんに嫌われたのかもと思ってたから」
俺がそこまで喋るとレイナは慌てて両手をわたわたさせる。忙しない子だな。
「嫌ってなんかないです、トーマさんにはお姉ちゃんを助けてもらった感謝しかありません。それにお姉ちゃんも信頼してるみたいだし、喋ってても優しい人だってわかります。さっきのは全部私の早とちりが原因なんです、だからトーマさんを嫌うなんて事は絶対無いです」
そう言った後、再び頬を染めるレイナ。
「そ、それと、出来たら私も呼び捨てに、して欲しいです」
申し訳なさそうに話すレイナ、俺はその様子を見て嫌われていなかった事に安堵する、そしてレイナに右手を差し出す。
「うん、わかった。俺はまだまだ世間知らずで、レイナにもこれから沢山迷惑をかけるかもしれないけどよろしくね」
レイナは差し出された俺の右手を握ると笑顔になる。やっぱり姉妹だ、笑顔がリズに似ている。
「はい!よろしくお願いします」
俺とレイナ、二人のやり取りを見ていたリズは、なんだかよくわからないけど仲良くなれそうで良かったと呟くと料理を食べ始めた。
「はいはい、二人とも早く食べないと折角の料理が冷めちまうよ。仲直りしたんなら早く食べな」
隣のテーブルを片付けていたジーナがそう言って、レイナに向かってウィンクをする。
レイナは顔を赤くしながら、早く食べましょうと言って自分の料理を食べ始めた。
そうして三人で仲良く会話をしながら食事を終えると、食後の飲み物を飲みながらレイナも交えてこれからの話をする。
基本は今までと変わらず、レイナは薬屋の手伝いでリズは薬草の採取、そこに俺が加わり簡単な魔物の討伐も受ける、それから空いた時間で俺は魔法の練習、リズは俺と一緒にもう少し体を鍛えるという事で話が纏まった。
話が終わると三人でジーナに声をかけ、そのまま二階に上がり部屋の前で別れる。
部屋に入ると風呂場に行き、口を洗ってから部屋に戻りベッドに倒れ込む。
そして天井を眺めながら、この世界に来てからの事を思い出す。
たった二日間の出来事がそれまでの十七年間を忘れてしまうくらいに濃密だった。
魔素の空間で死にそうになり、体が若返り、魔物と戦い、リズと出会った。
本を読んで想像していた様な、まるで物語に出てきそうな町に入り、そこで冒険者になり、レイナと会って、レイナに怒られ、仲良くなれた。
明日からは冒険者として生きていく、まだまだ刺激的な事は沢山あるだろう、良いことも悪いことも。
この世界には魔物、魔族と死に直結するような存在が身近にある、そして人間の悪意も。
法が緩いので日本よりも直接的になり簡単に命に届くはずだ。
それら全てからリズとレイナを守り抜く、そして最初に決めたように人生を楽しもう。
そう考えていると、隣の部屋から何か言い合いをする声が聞こえてきた。
わた……経験……な……のにレイ……に……だ早い、お姉ちゃ……ト……ベッド……寝てるから、と断片的に聞こえてくる。
俺は二人とも元気だなと苦笑いすると、まだ言い合いをしている二人の会話を子守唄に、この世界に来て初めての眠りに落ちていく。
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