第10話 初めての町
町に入ると門から真っ直ぐに延びている、馬車が悠に三台は入りそうな幅がある石畳の大きな道を、他の人達と同じ様に道の端に寄りリズと並んで歩く。
年季の入った石畳の道は、アスファルトと違いゴツゴツとして少し歩きにくい。
そんな感想を抱きながら目を上げると、俺は間近で見る町並みや道行く人に目を奪われた。
道の側にはレンガ造りで二階建ての大きな家が立ち並び、大きな道の真ん中を馬車が走り、人々は忙しなく動いている。
「ふふっ、そんなに珍しい?」
目に見える全てが珍しい俺は、リズに声をかけられても町並みから目を離さずに答える。
「う、うん。俺が住んでいた所はもっと無機質で、どこを見ても看板や電柱、電線が目に入るんだ。それはとても便利なのかもしれないけれど、町をみて綺麗だって思った事は無かったからさ」
自分で思うよりも興奮しているのか、知らず知らずの内に早口になってしまう。
日本でも夕日や夏の青々とした田畑、紅葉した山などを見て綺麗と感じた事はあったが、町を見て綺麗だと感じた事は一度も無かった。
だがここはレンガ造りの建物と石畳み、そして電線に遮られない青空が一体となって開放的な美しさがある、家や道をみると所々削れていたり色がくすんだりしているのに気付く、だがそれが妙に合うのだ。
町並みに目を奪われる俺に、リズは電柱や電線というのはわからないけれど、と前置きして笑顔で答える。
「住んでる所を誉められるのは嬉しいね」
リズはそう言うと、突然小走りで俺の前まで来て少し前で立ち止まる。
そして俺に振り返ると青空を背に、両手を広げて、まるで劇でも演じるかのように抑揚に話す。
「ようこそトーマ君!我がラザの町へ」
「我がって、なんだよそれ」
町並みに目を奪われていた俺はそこで漸く前を向き、得意顔で俺を見ていたリズに苦笑いで答える。
「タインさんが歓迎の挨拶を忘れてたから変わりにね。それと、あれがラザの名物の噴水で、その向こうに見えるのが冒険者ギルドだよ」
リズが指差した方をみると、広場らしき大きく開けた空間の中央に見事な噴水があり、噴水の周りには色々な、出店が並んでいる。
その広場では思い思いの場所に町の人が座り、出店で売られている串焼きのような物を食べながら寛いでいる。
そして噴水の向こうに目を移すと、一際大きな三階建ての建物が見える。
ここまで町で見た建物も二階建てでそれなりに大きかったが、その建物はそれ以上だ。
「大きいでしょ?中には酒場も併設されてるからね。ほら行くよ」
リズの説明に成る程と頷き、歩き出したリズの後について噴水のある広場を抜けギルドに向かう。
リズの後をついて、両開きのドアを押し開け中に入ると一瞬視線が集まったがすぐに離れていく、あまり人はいないようだ。
中の構造はフロアの手前、左側に木造の椅子や机があり、革鎧や鉄の胸当てといった、これぞ冒険者といった格好の人達が数人話をしている。
その奥には掲示板の様な物があり、そこに張り付けてある紙を見ている冒険者もいる。
右側は仕切られた壁にドアがあり、その奥は酒場になっているようだ。
正面には木造のカウンターがあり、その奥で銀行の様に職員が机で書類作業をしていた。
左側、掲示板とカウンターの間には上に続く階段がある。
冒険者の鎧や武器なども詳しく見たいが、物珍しい視線を送って変に因縁をつけられても困るし、リズもどんどんと先に進むので大人しくついていく。
リズはそのままカウンターの端まで歩くとそこにある椅子を指差し、座って待っててと手で示す。
俺が椅子に座るとリズは十人程の人が書類作業をしているカウンターの中に身を乗り出し、一人の女性に声をかける。
「セラさんちょっといい?」
リズに声をかけられ、書類作業をしていた女性が顔をあげる。
そのまま席を立ちリズの前まで歩いて来ると、チラッと俺に目線を向けた後でリズにどうしたのと聞いてくる。
「こっちに座ってるのがトーマ、さっき持ってきた素材の討伐者だよ」
リズにそう言って紹介された俺は、セラと呼ばれた女性に頭を下げる。
色の濃い茶色の髪に少しキツい印象を与える眉、一重の瞼に切れ長の目、スッキリとした鼻筋。
全体的に整っている、綺麗な人だとは思うけど少し冷酷そうな印象を受けるな、眼鏡が似合いそうだ。
「そう、この子が。確か、冒険者登録に来たのよね」
セラはまるで興味が無いかのように、淡々とした様子で俺の正面に座る。
「トーマはきっと冒険者になると思ったからね。素材を換金した時に冒険者志望の人を連れてくるかもって伝えてたんだ」
リズが横から説明してくれたので頷く、そしてセラに向き直り挨拶する。
「初めまして、トーマです。今日から冒険者になろうと思い登録に来ました」
リズから冒険者の登録は簡単に済むから余計な事は言わないでいいと言われていたので、簡潔に伝えて頭を下げる。
「わかりました、ではこの紙に掌を重ねて下さい」
セラはそう言いながら一枚の紙を取りだしカウンターに置く、少し土気色をした羊皮紙の様な紙に掌を重ねるように言われ、困惑しながらも言われた通りに紙に手を重ねる。
すると紙がぼんやりと赤く発光し、何か文字らしき物が浮かび上がる。
手を離し、浮かび上がった文字らしき物を見ると何故か頭の中に言葉が浮かんでくる。
紙には俺の魔力強度と名前、性別や年齢に、倒した魔物の数と種類が浮かんでくる。
ゴブリン五匹、ナイトローソン二匹だ。
そして昨日自分の中で決めただけの事なのに年齢は十四、名前はただのトーマで浮かんでくる、これは凄いな。
俺が訳もわからず困惑しているとリズが顔を近づけ小声で、後で説明するからと耳打ちして来たので頷いておく。
セラは紙を見ながら問題ありませんねと言うと冒険者の事を説明してくれた。
説明を要約すると、冒険者には見習いから始まり、鉄、銅、銀下、銀上、金下、金上、白銀、白金というランクがあり、ギルドへの貢献で順に上がって行くシステムだ。
俺はゴブリンとナイトローソンを倒せる実力があるという事をリズが素材と口頭で証明しているので、鉄級を飛ばして銅級からのスタートになるらしい。
冒険者は無法とまでは行かないが細かい規則はあまり無く全て自己責任で、ギルドの採取や討伐は単純に実力さえあれば問題無し、ただ依頼人指定の採取や討伐、さらに護衛や他の個人的な依頼などは依頼人からの評価も加味されるようだ。
依頼中に犯罪を起こしたり、あまりにも迷惑な行為をするとその都度ギルドが処罰を決める。
セラはそこまで説明すると、他の細かい事はリズさんが説明するとの事なので、と言いながら真新しい銅色のカードを差し出して来る、リズが門番に提示したのと同じカードだ。
そのカードを受け取りながらリズを見ると笑顔で頷いているので、これで登録は済んだようだ。
セラにお辞儀をしながらありがとうございましたと言って椅子から立ち上がる。
俺の挨拶を受けるとセラは先程までの硬い表情を崩し微笑みながら立ち上がる。
「リズちゃんの話では世間知らずと聞いていたけれど、ふふっ、礼儀正しくて真面目そうね」
横から、ちゃんはやめてとリズが叫んでいるがセラはそれを無視して喋り続ける。
「リズちゃんとパーティー組むのよね、リズちゃん頑張り屋さんだけど危なっかしいから守ってあげてね」
俺はそう言われ、先程までの冷酷な雰囲気とのギャップに戸惑う、だが先程よりも断然話しやすい。
なのでもう一度セラに頭を下げ、リズは自分が守りますと笑顔で答えた。
俺達のやり取りを横で見ていたリズは怒ったような顔で俺の腕を引っ張り、自分の身は自分で守りますからと言いながら出口に歩いていく。
守れてなかったんだけどな、そう考えながらも抵抗せずにリズに引きずられる、そしてセラに軽く会釈をしてリズについていく。
リズはギルドの外に出ると、俺の腕を掴んだまま広場に出ている何軒かの屋台の中から一軒選び、そこで何の肉かわからない大量の串焼きを買う。
俺は串焼きを見ながら、そういえばこの世界に来てまだ何も食べてない事を思い出す。
喉は渇くのにお腹は空かないのだ、俺の体は若返っておかしくなったのだろうか?そう考えていると急にリズに腕を引かれそのまま噴水の側まで連れていかれ、リズに促されて二人で噴水に腰を掛ける。
噴水に座るとリズは何かの葉に包まれた何かの肉を一本取りだし差し出してきた。
何の肉かわからず一瞬躊躇うが、すぐに礼を言って受け取り、迷わず食べる、かなり旨い。
噛んだ瞬間に肉汁がこぼれ、口の中を濃厚な匂いが満たす。噛めば噛むほど荒々しい肉の味が口に広がりあっという間に一本食べ尽くしてしまった。
リズはそれを見ながら横からどんどん手渡してくる、俺はそれを受け取り水も飲まずに食べる。
そうして満足するまで食べ終え、横に置かれた自分の食べた串の量を見ると思ったよりも多くて、いつの間にこんなに食べたのだろうと驚く。
リズの方を見ると俺の半分も食べていない、俺は食べすぎたかなとリズに謝る。
「ごめん、つい止まらなくって」
ばつが悪そうに謝る俺に、リズは気にしないでと手をひらひらさせると水筒を取りだし水を飲む。
俺も自分の袋から水筒を取りだし水を飲むと、肉の味を思いだし、あんな美味しい肉を食べたのは初めてだとリズに言う。
「そんなに珍しい肉じゃないけどね、ただトーマの冒険者登録祝いでいつもよりは少し奮発したよ」
「そうなんだ、ありがとう。ギルドを出るときにリズは怒っているのかと思ってたからさ」
そう言われたリズは頬を膨らませる。
「二人とも私の事を子供扱いするからだよ。セラさんにはここに来てからずっと世話になってるんだけどね、なかなか一人前に認めてもらえないんだ」
リズに言われ、苦笑いしながらごめんごめんと謝る。
「でもセラさんはリズの事が心配なんだよ、それに俺だって心配だよ?リズとは出会いが出会いだし」
出会いの事を言われ、うっ、と言葉が詰まるリズ、そして上目遣いで睨むように俺を見る。
「あの日は、妹の仕事の為に必要な薬草がどうしても見つからなかったからつい少し無理をしただけだよ」
またまた頬を膨らませるリズ、リスみたいで可愛いな。
リスみたいなリズ、はははっ。
「少しの無理でリズが魔物に拐われたら、妹さんもそっちの方が嫌だと思うよ」
下らない事を考えながら心配そうに口にする俺に、また言葉が詰まるリズ。
そして顔を俯け、暗い顔でポツリと呟く。
「そうだね、トーマが助けてくれなかったら今頃ここにいられなかったんだよね」
その様子に慌てた俺は急いでフォローしようとする。
「まっ、まぁリズは助かったんだし次から気を付ければいいんだよ。それに暫くはパーティー組んでくれるんでしょ?一緒に頑張ろうよ」
「でも私じゃトーマの足手まといにしかならないよ」
俯いたままのリズに言い過ぎたかもと焦り、なんとか宥めようと言葉を尽くす。
「リズは足手まといなんかじゃないよ。俺なんてホラ、常識も知らないし色々秘密もあるし、リズがいないと何も出来ないよ。それに俺ってリズの弟だし」
「弟?」
「そうっ、弟!リズがいないと何も出来ない世間知らずの手のかかる弟だよ」
「私が必要?」
「うん、必要だよ!リズがいないと、きっと俺なんてどこかでの垂れ死んでる。明日の事もわからないよ」
必死に言葉を尽くし早口で宥めていると、リズはそう、と言いながら顔をあげ俺の方を見る、その顔はニヤニヤとしていた。
「そうだね、手のかかる弟だから私が必要だよね」
満面の笑みで言うリズに、からかわれたと気が付いた。
心配したのに酷いと言うが、リズはそれを聞いても悪びれもしない。
「だって出会った頃のトーマはあんなにおどおどしてたのに一日で私を子供扱いするくらいに生意気になってるから、それにセラさんには仕返し出来た事がないしね」
だからセラさんの変わりに、とリズは言いながら立ち上がると俺の前に手を伸ばす。
俺がその手を取り立ち上がると、じゃあタインさんにカードを見せに行こうと言いながらリズは嬉しそうに門の方に歩き出す。
俺はその後ろ姿を見ながら、敵わないなと呟き後を追いかけた。
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