第9話 初めての朝
この世界の夜は日本とは違い本当に静かな夜だ、時たま遠くから獣の遠吠えや虫の鳴き声が聞こえるが、それらは全て自然の音で、人工の音が全く聞こえてこない。
空には無数の星が、まるで全てを覆い尽くすかの如く瞬いていている。
そのまま視線を下げるとその星空が山の形に切り取られている、この世界に来た時にも見た景色だ。
何度見ても圧倒されてしまう、飽きずにずっと眺めているとうっすらと星が消えていき山から日が登ってくる。
丁度目を向けていた所が日の出る方角だったらしい。
この世界で初めての太陽、二つの月と違って一つしかないんだなと感慨深く太陽を見ながら、軽く体を伸ばしていると町の方から鐘の音が聞こえてきた。
「リズが言ってたのは、多分この音の事だよな」
鐘の音がなって暫くすると町からも生活音が聞こえてきた。
門の方からも何か人の声がしてきたのでそろそろリズを起こそうと揺すってみる。
「ん……もう少し」
反応はあるがなかなか起きない、多分疲れているのだろうとは思うが、リズが起きないと何も出来ないので、心の中でごめんねと謝りながら声をかけ、揺すり続ける。
「リズ、起きて、朝だよ」
「ん……んん」
暫く揺すっていると、リズはうっすらと目を明ける。
俺を見て目をパチパチしながらゆっくりと上半身を起こし、自分の目を揉みながら挨拶をしてくる。
「ふぁ、おはようトーマ」
「おはようリズ」
リズは小さく口をあけ、欠伸をしたあと、水筒から水を飲み、顔を洗うと側に置いてある魔物の素材を手に取り立ち上がる。
「じゃあ一旦ギルドで素材を売った後にトーマの服を買ってくるから待っててね」
そう言うと門の方に歩いていく。
リズは、鐘の音が鳴ってすぐに門を開き外に出てきていた門番らしき人と少し話をしたあと門の中に入っていく。
俺はそれを見送ると、燃え尽きて煙をあげている焚き火の後片付けを始める。
土をかけて燻っている火を完全に消し、布の上に置いてあった荷物を簡単に纏めている途中、門番らしき人からの視線をずっと感じていたが、ここで目を合わせてしまうと門番の人に呼ばれそうな気がする。
そうなるとリズの助けも無しに一人で会話をする事になり、そこでこの世界の常識を知らない俺は変な事を言ってしまいそうなので、門には目を向けずに気づかないふりをする。
「なんかずっと見てるな、あれ目が合うと絶対に呼ばれるだろ」
一人で会話をすると絶対に変な事を言ってしまうので、片付けが終わった後も門とは反対方向の景色を見ながら、リズ早く戻って来てくれと祈る。
意識は背中側にある門に向けながら暫く反対側の森をみる。
リズがよく採取をしている森だろうか、結構な広さがありそうだなと遠くにある森を見ながら考えていると、門に向かう街道の方から馬車が進んで行くのがわかった。
自動車なんて無いだろうし、この世界での移動は主に馬車だってリズも言ってたなと頭の中で考えていると、門番らしき人からの視線が漸く外れたのがわかる。
「ふぅ、とりあえず諦めてくれたか」
安心して軽く息を吐き、馬車を見ようと門の方に目を向け、馬車に乗った人と門番がなにやら話をしているのを確認する、それから馬車に視線を向ける。
「おお!馬車なんて初めて見たな。車輪ってあんなに大きいのか」
初めて目にする馬車に興奮し、色々観察していると、ふと違和感に気づく。
「今、俺は森の方を見ていたよな、なんで馬車が来るのがわかったんだろう」
俺は門の反対側を向いていたので街道や門の様子は見えていなかった、それなのに街道から門に馬車が向かうのも、門の方からの視線が外れたのもまるで見ていたかのように頭で理解出来ていた。
そして自分の持つスキルに心当たりを見つける。
「もしかして……これが空間把握か?」
そう考えると俺は壁の方に歩き、背を預け座り込む。
そして壁の向こう側、町の中に意識を向けていく。
すると壁の向こうの情報が頭の中に流れこんで来た。
立ち並ぶ家や、道を歩く人、仕事に遅れそうなのか慌てた様子の人や、朝まで飲んでいたのか千鳥足で歩く人までいる。
細かくハッキリと見える訳ではないが、サーモグラフィーで見る映像が頭の中に浮かぶような感じとでも言えばいいのか。
そして壁の向こうから意識を外すと頭の中の映像が消え、目の前の平原が見える。
これは使いこなせれば身を守るのに使えそうだ、リズが来るまで色々試してみよう。
「ふんふん、大分慣れてきたな。把握出来るのは半径五十メートルくらいか、それに家のような周りを囲まれた建物の中は無理と」
一人で暫く練習していると門の方に走って来る人を感知する。
「あ、これは多分リズだな」
何となくそうだと思ったので練習を切り上げリズを待つ。
するとリズが何か荷物を手に持ち、門番と軽く喋った後で走って来た。
「遅くなってごめんね、宿に着替えに戻ったら妹がなかなか行かせてくれなくてさ」
リズは、あははと笑いながら手に持っていた荷物を広げ始めた。
リズと同じような生地の、布の服にズボン、靴に水筒、それと、サンドバッグを小さくしたような丈夫そうな皮の袋だ。
リズはその広げた荷物の中から布の服とズボンや靴を渡してくる。
「とりあえず着替えちゃって、その間に余った薪や敷いてた布は返してくるね」
「こ、ここで?」
いきなり着替えてと言われ戸惑う。
リズは余った薪と布を持ちながら、うんと頷くと、さっさと門に向かって歩いていく。
外で裸になるってこの世界ではあまり恥ずかしくない事なのだろうかと思いながら、門に背中を向けて着替える。
「全裸は流石に恥ずかしいし下着は町で変えるか」
素早く着替えると服を引っ張ったり屈んだりして着心地を確かめる。
丈夫そうではないがなかなか動きやすい。
そうやって着心地を確かめた後、今まで着ていた服を畳んでいるとリズが戻って来る。
「脱いだ服や水筒なんかの荷物は袋に入れてね、それとこれ」
リズはそう言いながら巾着袋のような物を手渡してくる、受け取るとチャリンと音がしたので中身を見る。
金と銀と銅、それと錆びた鉄の硬貨が入っているのが確認できたのでリズを見る。
「魔物の素材を売って、トーマの服を買ったお釣りだよ。金貨が三枚、銀貨が八枚、後は銅貨と鉄貨が少しね」
「トーマは身分証が無いから町に入る時に金貨一枚預けるから準備しててね」
スラスラと説明していくリズについていけず、しばらく頭の中で考えた後、慌てて巾着袋を返そうとする。
「ちょ、ちょっと待って。素材を剥ぎ取ったのも、売ったのもリズだしお金は受け取れないよ。服や荷物を買ったお金と、町に入る為のお金は借りるけど、残りはリズが持ってて」
ほら、と袋を渡そうとするけどリズは受け取らず、怒った顔をする。
「魔物倒したのはトーマでしょ、それにトーマお金無いでしょ?お金も無しでこれからどうするの?」
「それは、俺もリズみたいに冒険者になってお金を稼ごうと思ってる!……出来ればリズと一緒に」
俺はグッと手を握り冒険者宣言をする、後半の声は小さくなってしまったが。
それを聞いてリズは苦笑いする。
「なら尚更そのお金はトーマが受け取らないとね、冒険者なら倒した魔物は自分の物だよ」
そう言って、そろそろ町に行こうと促すリズ。
「トーマはやっぱり冒険者になる気なんだね、よかった。ならギルドで登録しないと」
リズは、ほら早くと言いながら門に歩き出す。
俺は仕方ないと荷物を纏め、慌ててリズについていく。
門につくと、まずリズが少し小さめのキャッシュカードの様なものを取り出して、それを門番に見せながら会話をする。
俺はその横から門の奥を覗き込んでみる、そしてそこから見える町並みに目を奪われてしまう。
「タインさんはい、カード。それと、さっき言ったように後ろの男の子はラザの町が初めてでまだカードも無いから、ギルドで登録した後でまた来るね」
「一応一歩でも町を出るとカードを確認しないといけないからね」
タインと呼ばれた門番はそう言いながらリズが持っているカードを確認したあと、俺の方に目を向ける。
まだチラチラと町並みを見ている俺を、微笑ましいといった顔で見ながら呼び掛けてきた。
「そんなに町が珍しいのかい?とりあえず手続きをした後でじっくり見てくれ」
「あっ、はい」
声をかけられ、ビクッとしたあと門番に近づき頭を下げて挨拶をする。
「えっと、トーマです。とても遠い場所から父親と旅をしてきたのですが、盗賊に襲われ父が亡くなったので今は一人です。森の近くを迷っていたのをリズに助けられてこの町に来ました、よろしくお願いします」
盗賊に襲われ父親が亡くなったというのは、異世界の事を隠す為に昨日リズと話をして決めた設定だ。
リズに聞いた話では、この世界では盗賊に人が殺されたなんて話は珍しくないそうだ。
それと、今までは親と一緒に旅をしていてずっと親に面倒を見てもらっていたので、親を亡くした今は一人で何も出来ない世間知らずという事にしてある。
「私は門番のタインだ、親父さんは残念だったな。リズ君からかなりの世間知らずと聞いたんだが、なかなかしっかりとした挨拶が出来るじゃないか。それにナイトローソンのリーダーを倒せるぐらい強いんだって?」
タインは綺麗な色の茶髪に堀の深い、若い頃はさぞモテたであろう顔でニヤリと笑いながら右手を差し出してくる。
強いと言われた俺は苦笑いで握手を返し、手を離した後で袋から金貨を一枚取りだしてタインに渡す。
「確かに受け取った、ではカードが出来たらそれを見せに来てくれ」
そう言って肩をポンと叩かれる、ではとタインに軽く会釈をし、待っていてくれたリズの隣に並ぶ。
そしてこの世界で初めての町に門をくぐって歩き出した。
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