第8話 トーマの決意
リズの胸で暫く泣き続けた事で、漸く気持ちが落ち着いた俺はリズにお礼を言って離れようと声を掛ける。
「リズ、ありがとう。おかげで気持ちの整理が出来たよ」
「うん、それなら良かった」
俺が礼を言うとリズは俺の頭を抱えていた手を離し、そのままピッタリと隣に座り直す。
「ち、近くない?」
近すぎる距離が照れ臭くて、リズから離れようとするが、腰を浮かしかけたところでリズに腕を取られたので仕方なくリズの側に、恥ずかしいので顔を背けながら座り直す。
「抱きしめられた仲なんだからそんなに照れないでよ」
「だっ、抱きしめっ、たっ、確かに……抱きしめ、られたけど……そんな事されたの初めてだから……」
一瞬声が裏返り、後半はモゴモゴと口の中で呟く様に喋る。
恥ずかしくて横を向いていたが、空に広がる沢山の星と二つの月を見ていたら心が凪いでいく。
そして思わず、ポツリと呟く。
「リズって凄いね」
「そう?でもこれでもお姉さんだからね、妹がいるからかな。何となくこうしたほうがいいってのがわかるっていうか」
リズの方に顔を向けると優しい笑顔のリズと目が合った。
これで14歳なのか。
「妹さん、大事なんだね。レイナ、だっけ?」
「そう、歳は私より二つ下なんだ。今は薬屋さんで見習いをしてるけどまだまだ生意気でね。でもたった二人の家族だから、なんとか妹が一人前になるまで面倒見ようと思っててさ」
妹の事を笑顔で、本当に嬉しそうに話すリズ、そんなリズの顔を見ているとなんだか羨ましくなる。
「だからさ、トーマには本当に本当に感謝してるんだからね」
いつの間にか呼び捨てになってる、それがむず痒いが妙に心地いい。
この世界に来て、あの時リズを見捨てずに、そしてそれを助けられる力があって本当に良かったと思う。
「俺もリズに感謝してるよ」
言って二人で笑いあう。
「明日は妹にも会っていってね、暫くは町にいるんでしょ?」
「そうだね、まだまだこの世界の事はわからないからね、妹を一人前にする前に俺の事を一人前にしてね」
右手で頭を掻き、苦笑いをしながら冗談めかして答える。
人との会話で自然と冗談を言った自分に少し驚いた。
「トーマは本当に何も知らないからねぇ、手のかかる弟が出来た気分だよ」
俺の冗談に肩をすくめ、おどけた様子で返すリズ。
これが友達同士のやり取りってやつかなと思うと何故か少し泣きそうになる。
涙を堪える為に上を向くと、丁度真上に二つの月が見えた。
真上に昇った月を見てそろそろいい時間だなと思い、休もうかとリズに提案する。
リズは朝から採取に出たと言っていたし、それから魔物に拐われて、帰りに襲われてと色々あったので大分疲れているだろう。
「夜も更けて来たしそろそろ休もうか、俺が周りを警戒しながら起きてるからリズは朝まで寝てていいよ」
「トーマこそ、初めての世界で疲れてないの?」
逆に心配されてしまうが全然眠くならない、心の内を吐露したせいか気持ちが晴れてるし、この世界で目が覚めてからまだ五時間くらいだしな。
「さっき思いきり泣いてスッキリしたし、活性化のせいか全然眠くないんだ。だから大丈夫!」
俺が元気な声で言うと、じゃあお言葉に甘えてとリズは返事をする。
「わかった。明日は朝一でギルドに行って、それからトーマの服を買いにいかなきゃね。少し眠らせてもらうから鐘が鳴ったら起こしてね」
「わかった。また明日も色々お世話になるよ」
「うん、おやすみ」
リズはそう言うと布の上に寝転がり、俺の方に頭を向けて横になる。
目を閉じたリズを見て、それから星空に目を移し暫く眺めていると、スウスウと可愛い寝息が聞こえてくる。
「もう寝たのか、やっぱり疲れてたんだろうな」
呟きながらリズの寝顔を見る。
この少女は俺が今まで知らなかった色々な感情を教えてくれたんだよなと、今日一日の出来事を思い出す。
リズと話をしていたからか、いつの間にかこの世界に来たときに感じていた、心が二つあるような違和感も消えていた。
明日からはこの世界の事を理解して、しっかりと生きる術を見つけないとな、リズと一緒に。
そう考えていたらリズの胸で泣いた事を思いだし顔が火照ってくる。
「ぐぅぅ、思い出すと恥ずかしい」
思わず膝を立て、頭を抱えて唸る。
「でも、リズとの会話楽しかったなぁ」
リズとのやり取りを反芻すると顔がニヤけてしまう。
暫くニヤニヤしていたが明日からの事を考えようと、気持ちを切り替える。
自分の体を凝視し、ステータスを表示する。
冬馬:如月:14歳
人間:異邦人
魔力強度:15
スキル:[魔力操作] [魔眼] [魔力回復:大] [空間把握] [熱耐性] [痛覚耐性] [直感]
状態:活性化
目の前に浮かぶ半透明の文字を暫く眺めて考える。
この世界には魔法がある、スキルもある、魔物もいるし魔族もいる。
なら後悔しないように生きるには強さが必要だ。
「まずは自分のスキルを把握しなきゃな、何となくわかるのもあるけど魔力操作と空間把握がわかんないんだよな」
強くなるには何が必要かを一つずつ考える。
「金も無いし、暫くリズと一緒に冒険者をしながらスキルの事を調べるのが現実的かな、明日リズに頼んでみよう」
今の俺は何も知らない、この世界の事も、自分の事も。
「それと、冒険者になるときは如月の名前は捨てよう、明日からはただのトーマだ!」
過去の自分を捨て、ただのトーマとしてこの世界を生き抜くと決め、拳をグッと握る。
そして、ふっと力を抜き空を見る。
「星、綺麗だな」
「空気も清んでて美味しいよな」
そう言いながら、リズが生活魔法で水筒に入れてくれた水を飲む。
幼少から一人の時間が長く、退屈を苦にしないトーマは、独り言を呟きながら夜が明けるまで二つの月と無数の星を眺めていた。
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