第7話 冬馬の過去



 リズの後をついて行くと石造りの壁が見えてきた、そして四メートル程の大きな門があるのがわかる。

 リズはその手前で立ち止まり、門に向かって大声で呼びかける。


「すいません!銅級冒険者のリズです!冒険者ギルド、それと風の安らぎ亭にいる薬師見習いのレイナに、明日の朝に帰ると伝言をお願いします!」


 すると門の向こうから、男の声で大きな返事が聞こえてくる。


「了承した!」


 リズは門の向こうからの返事を聞くと、そのまま門の側に行き、そこに置かれていた四角い木箱の中からゴソゴソと何かを取りだす、そして門から少し離れた壁の側に座り込む。


「ほら、トーマ君もこっち来て」


 俺は一連のやり取りを突っ立って見ていたが、手招きされたので戸惑いながらもリズの側に歩いて行く。

 近くまで寄るとリズが地面に何かを敷いているのが見えた、どうやらリズが木箱から取り出したのは、少し厚めで細長の布と木材のようだ。


「今のやり取りもわからなかった?トーマ君のいた世界って、夜も安全な場所だったの?」


 町に入らないのだろうかと門の方をチラチラ見ていた俺に気付いて、リズがそう聞いてきた。


「あ、うん、そうなのかな?」


 訳がわからないのでとりあえず頷く俺に、リズは木を組み上げ焚き火の準備をしながら説明してくる。


「この世界はね、夜に活動する魔物が多いから神様が沈むと安全の為に門を閉めて町には入れなくなるんだよ」


「な、なるほど。神様が沈むってのは?」


 リズの敷いてくれた布に、リズとは少し距離を置いて座りながら聞いてみる。


「神様ってのは太陽の事だよ。太陽が出てる間は魔物はあまり彷徨かないけど、太陽が沈むと魔物が活発になるからね。太陽は魔物嫌いの神様ってわけ」


 リズの話を聞いて、地球でも太陽は色々な形で信仰されていた事を思い出す。

 この世界でもそうなんだろうと思い、続きに耳を傾ける。


「魔物は町にはあまり近づかないけど、それでも夜は油断出来ないからねっと」


 喋りながら準備を終え、薪に火を着けるリズ。


「トーマ君そんなに離れてちゃ話しづらいよ。ほらほら、隣に座って」


 リズは火の側に座り、隣をトントンと叩く。

 俺はおずおずとリズの隣に座る。


「え~っと、異世界の話だったね。トーマ君の事を最初におかしいと思ったのは、魔物の処理を知らず、見たのも初めてだって言った時かな」


 慣れた手つきで上手く種火を拡げながら話を続けるリズ。


「それと、遠くから旅をしてきたって言うのに荷物も無いしお金も無いって言うしね」


 リズの言う事は、言われてみると確かにと思う事だ。


「それから、確信したのがこの世界で言葉が通じる理由を聞いてきた時ね。まず、この世界って言い方が変だし、それにこの世界では言葉が通じない、言葉が違うって概念もあまりないしね」


 それもそうか、この世界って言い方だと別の世界から来たか、別の世界の事を知っているという事になるよな。

 せめてこの国って言い方にしないとな。


 色々な説明に納得し、頷いている俺に笑顔を向けるリズ。


「ここまで条件が揃ってると流石に変だなって思うよ」


 そう言われ、確かに仕方ないと苦笑いする。


「それと、少し話が逸れるけど、トーマ君って魔族の事も知らないよね?」


 リズの話を大人しく聞いていたが魔族と言われ思わず聞き返す。


「ま、魔族?」


「そう、魔族。魔物を操ったり、人や獣人を唆したりしてあちこちで争いを引き起こす種族。魔族は本当にどんな所にでもいるからね」


「そっか、そんな種族もいるのか」


「そうだよ、だから夜に一人で町の外を出歩いているようは人は怪しまないと。まぁいくら魔族でもゴブリンに拐われたふりまではしないと思うけどね」


 リズは言いながらゴブリンに拐われた時の事を思い出したのか、少し苦笑いを見せる。


「それで話を異世界の事に戻すけど、こことは違う、別の世界があるってのは割と信じられてるんだよ」


 リズは再び焚き火に目を向けながら口を開く。


「さっき魔力の無い死体が見つかる事があるって事しか言わなかったけど、実は魔力に適応してこの世界に来たって人間も歴史上の文献に名前が残ってるの」


 俺以外にもそんな人がいる、そう聞いて思わず身を乗り出す。


「その人達は、何も無い所から一代で国を作ったり、この世界の人が長年倒せなかった有名な魔族を倒して英雄になったり、逆に魔族に与してこの世界の国を混乱させて、荒らし回ったりしたんだって」


 リズの話によると異世界から来たと言われる人は軒並み能力が高い人達のようだ。

 俺はその話を聞いて、自分の魔力強度が最初からリズより高かった事や、スキルが多かった事は異世界人特有なのかもと考える。


 多分地球からこの世界に生きて来れるのは、あの空間で体に流れ込んで来たエネルギー、あれに適応出来ないと駄目なのかもしれない。

 だから適応出来なければ魔力も無く、死体になってこの世界に落ちてくるのだろう。

 それに、何の特技も無かった俺があのエネルギーを取り込んだから高い魔力強度やスキルを持つ事が出来たと考えるのが一番納得出来る。

 あれは気が狂う程の熱や痛みだったし、そのくらいの恩恵はあってもいいと思う。


「それにね、トーマ君はロビィ・フゥドやラス・プーチーって名前を聞いた事無い?」


 自分のステータスの事を考えていると突然聞き覚えのある名前が出されて反射的に返事をする。


「ロビンフッドにラスプーチン!」


「あぁ、やっぱり知ってるんだね。そっちではそう呼ばれてたんだ」


 俺の返事にウンウンと頷きながら話を続けるリズ。


「ロビィ・フゥドは森人で弓の名手、ラス・プーチーは人間の魔術師で、どっちも大昔にこの世界で有名だったらしいんだけど、ある日突然この世界から消えたらしいんだ」


 地球からこの世界に来る人が何人もいるってだけで驚いたけれど、この世界から地球に行った人もいると聞いて更に驚く。


「それでさっきの話にも出た、魔力に適応して別の世界からこの世界に来たって人がね、その名前を聞いて、元いた世界にそんな名前の有名人が居た記録があるって言った話が残ってるの」


 火に薪をくべながら楽しそうに話すリズ。


「この二人の他にもこの世界から忽然と姿を消した有名人がいたり、逆に小さい頃の経歴は全く無いのに、いきなり名を上げて有名になった人がいるんだよ。トーマ君の世界と交換してたのかもね」


 俺も地球からこの世界に来たんだから、逆にこの世界から地球に行く人がいてもおかしくない、か。

 地球で語られる魔法や魔術は、この世界から地球に行った人が関わっているかも知れないな。


「それと、もう一つだけ聞きたい事があるんだけど聞いてもいいかな?」


 地球に残る伝説的な人物の名前を頭に思い浮かべていると、リズが手に持った木で焚き火を弄りながら聞いてくる。


 異世界から来た事は既に喋ったので心が軽くなった俺は、これ以上の衝撃は無いだろうと思い軽く返事をする。


「ん?いいよ」


「トーマ君って鑑定のスキル使える?」


 異世界の事を聞かれた時と同じような衝撃を受けた。


「ななな、なんで?」


「だってナイトローソンと戦う時に、すぐにリーダーの存在を見つけたり集団戦が得意だって知ってるから」


 俺の矛盾を指摘するのが楽しいのかリズはニヤケ顔で聞いてくる。


「トーマ君、魔物を見たの今日が初めてって言ってたのにさ、ナイトローソは初めてじゃなかったの?ナイトローソンも魔物だよ~?」


 ちくしょう、語尾を伸ばすのはやめろ!

 悔しくて心の中で悪態をつくが確かにそうだ、ぐうの音も出ない。

 自分の迂闊さに自分で呆れてしまう、でもあの状況じゃあ仕方ないじゃないか。


「そ、そうだね。鑑定じゃ無いけど、魔眼のスキルを持ってるんだ。右目だけ赤いでしょ?多分これ」


 項垂れたあと、諦めて自分の右目を指差しながら素直に白状する。


「凄い!鑑定じゃなくて魔眼なの?異世界から来た人は珍しいスキルを持ってる事が多いって文献に残ってるけど魔眼なんて初めて見たよ。もっとよく見せて」


 そう言いながら俺の右目を近くで見る為に、俺の顔に自分の顔を近づけてくるリズ。

 一瞬、目の前にあるリズの顔を凝視する、綺麗な金髪、整った眉毛に長い睫毛、少し勝ち気そうな目に青い瞳、綺麗な鼻筋、白い肌に桃色の唇、そして甘い匂い。


「ちょ、近いから、近いからっ!」


 間近で見る女の子の顔にこれ以上無いくらい焦って、慌てて顔を背ける。


「あ、ごめんごめん。でもトーマ君って魔物と戦う時と、喋ってる時の落差が凄いよね。魔物と戦うの初めてなんでしょ?元の世界では普段どんな感じだったの?」


 そう言われた俺は気持ちを落ち着けて日本の事を考える、そして不思議とリズになら全てを話してもいいかなと自然に思えた。


 幼少から今まで、こんなに人と長く、楽しく会話をしたのは初めての経験だ。

 リズと話すのは楽しい、だからなのか、リズとは会って少ししか経っていないのに自分の事を知ってほしい、自分の事を聞いて欲しいという気持ちがある。


「そう、だね。リズは俺に色々とこの世界の事を教えてくれたからさ、今度は俺の話を聞いてくれる?」


「え?話してくれるの?聞きたい聞きたい」


 俺の言葉に嬉しそうに笑顔を見せるリズ、それを見て、最初に喋った時はもう少しお姉さんっぽかったし落ち着きあったけどなぁ、多分あの時は気が張ってたんだろうなと思いながら、俺は俺の過去を喋りだした。


 まずは地球には魔力が無い話、動物はいるけど魔物なんて全くいない話。

 それから、魔法も無く、科学が発達している話。

 森人や獣人なども存在せず、人間しかいない話。

 色々な話をしながら地球の仕組みを伝えた後、自分の話に移っていく。


 物心ついた頃には母親はいなくて父親だけだった事、父親から毎日暴力を受けていた事。

 小学校では酷い苛めを受けた事と、中学に上がると居ない存在にされた事。

 最初は父親に褒められたくて、その後は父親や同級生を見返す為に必死で勉強した事。

 趣味は色々な本を読む事、とりとめの無い話を延々と喋る。


 その間リズは茶化しもせず、理解出来ないであろう単語を聞き返しもせずに真面目に相槌を返しながら聞いてくれた。


 そして父親から逃げる為にお金を稼いでいた事。

 その金を使い込まれ父親と大喧嘩した事。

 その時に酔った父親に殺されそうになって、誤って父親を殺してしまった事。

 山に逃げ込んで空間の歪みを見つけた事。

 多分だけど、と付け足して、魔素の充満する空間で死にそうになった事。

 それからこの世界で目を覚ました事までを、パチパチと音を鳴らして燃える焚き火を見ながら淡々と話す。


「それで気がついたら活性化?で体は若返ってるし、右目は赤くなってるし、ステータスも見えるしスキルも沢山ついてるし、と思ったらいきなりゴブリンが現れるしリズはゴブリンに拐われてるしってね」


 そこまで喋って顔を上げ、リズに笑いかける。

 すると突然リズが俺の頭を力強く両手で引き寄せ、そして優しく抱えて胸に抱きしめる。

 異性に抱きしめられるとか、胸が目の前にあるとか、革の胸当てって結構硬いとか、いい匂いとか色々考えながら慌てて声をあげる。


「ちょっとリズ、急にどうしたの?」


「トーマの顔がなんか辛そうだったから」


「………」


「トーマ、泣いてもいいよ」


 辛そうと言われ、泣いてもいいと言われ、固まってしまう。

 辛そう?泣いていい?俺は今笑ったつもりだったのにそんな顔をしていたのだろうか。

 地球での辛い記憶を思い出して。


 自分では普通に笑っていたつもりだったのに、リズにそう言われたら自然と涙が流れてきた、そして涙と一緒に体の内側から流れて来た感情をゆっくりとリズに喋り出す。


「最初なんで殴られるのかわからなかったんだ」


「うん」


「他の人にはいる母親の存在が羨ましくて」


「うん」


「学校の皆もなんで酷い事をするのかわからなくて」


「うん」


「どんなに勉強頑張っても誰も認めてくれなくて」


「うん」


「中学生になったら俺の存在が無くなってて」


「うん」


「本を読むのは楽しくても、読み終わったらまた誰もいない辛い世界に戻されて」


「うん」


「父親を殺すつもりなんてなくて」


「うん」


「歪みに飛び込んだのは辛い世界から逃げたかったから」


「うん」


「ずっと独りぼっちで」


「うん」


「この世界に来て、楽しもうと思ったけど本当は不安しか無くて」


「うん」


「リズと話をするのが、楽しくて」


「うん」


「だから、リズは俺に助けてくれてありがとうって言ったけど、本当は、本当は助けられたのは俺の方なんだ」


「うん」


 ずっと寂しかった、誰かに見てほしかった、そう呟いてそのまま声を出さずに泣き続けた。

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