第6話 世界の成り立ち


 ナイトローソンの襲撃を退けた後は何事も無く、俺達は月明かりの下でのんびり会話をしながら歩いていく。

 リズとの会話にも大分慣れてきたので、会話をしながら辺りに目を遣る余裕も出てきた。


 林を抜けてからは目を遮る物は何もない、空に浮かぶ二つの月と満天の星、その明るさに照らされて風に波打つ平原と遠くに見える山の影を見ながら、金髪の似合う青い瞳のスラッとした体型の女の子と歩く。

 あれ?これってやっぱり夢を見ているのではなかろうか?少し前にはあり得なかったシチュエーションに疑心暗鬼になり始めた俺の耳に女の子の声が響く。


「それにしてもずっと気になってたけどトーマ君の格好ってかなり変だよね?作りもかなり良さそうだし」


 俺の隣を歩く金髪の女の子、リズは俺の服に顔を近づけマジマジと見た後、笑いながら言ってくる。


「トーマ君って意外と良いとこの出だったりして」


 家に帰って着替える間もなく喧嘩して、そのまま飛び出して来たので、上は生地の薄い黒のパーカーに白いTシャツ、下はコンビニの制服として履いていた黒いスラックス、靴は履き潰したスニーカーだ。

 向こうでは大した事の無い地味な格好だが、リズが着ている革の鎧の下に着ている服と見比べてみると、俺が着ている安物の服も確かに良く見えてくる。


「そうかな、でもゴブリンの返り血もちゃんと落ちてないし、リーダーの牙や爪で結構破れちゃってるからね」


 まともな反撃は受けていないがリーダーの口に手を突き入れたり、首の骨を折る時に少しもつれたので左腕の袖以外も結構破れていた。


「町に行ったら服を買わないとね、だけどお金が無いんだよね」


 苦笑いをしながら金が無いと伝える、するとリズが意外といった顔で慌てて答えてきた。


「えっ、倒した魔物の素材を売れば結構なお金になるよ?」


「でも、俺はギルドとか行ったこと無いし、素材も俺が一人だったら放置してたし、なによりリズが剥ぎ取った物だし」


 俺はまだこの世界のシステムを何もわからない、少しはリズから聞いているが魔物の素材を売るなんて考えもしなかった。

 またどの部分が売れるのか、どのように売るかもわからない。

 だから、リズが手に入れた物を俺の物だと主張するつもりは無い。

 素材の剥ぎ取り方や売り方はこれから覚えるつもりだ。


「それくらいなら私が変わりにするよ、トーマ君は命の恩人だしね。それにさ、トーマ君ってかなり世間知らずだし、町で落ち着くまでは私に頼ってよ」


 そのくらい当然だよと言うリズの言葉を聞いて、女の子に優しくされた事なんて無い俺は一瞬目を見開く。

 ただ、この世界に来たばかりの俺には非常に有り難い申し出だと思い、なによりリズと二人でいることに慣れてきて、リズとの会話に楽しさも感じ始めていた俺は、リズの提案に何度も頷く。


「う、うん!よろしく頼むよリズ」


 リズの提案が嬉しかったのか、リズに優しくされたのが嬉しかったのかはわからないが少し声が裏返ってしまった。

 そしてよろしくという意味を込めて右手を差し出す。


 それを受けてリズも右手を握り返す。


「こちらこそよろしくね」


 柔らかい手で無事に握手を返された後に、この世界にも握手ってあったんだなと気が付いた。

 そう言えば普通に会話も出来ているけど何故だろう、少し突っ込んで質問してみるか。


「あ、あのさ、俺はかなり遠い所から来たって言ったけどリズと普通に会話出来るよね。この世界・・・・って言葉の違いって無いのかな?」


 俺の言葉を聞いたリズは一瞬呆気に取られた顔をした、この質問はまずかったかな。

 そう思った俺に対してリズは少し迷ったような、困ったような複雑な顔をしながら、ふぅ、と小さく息を吐いた後、よしっと小く呟き、笑顔を浮かべて説明してくる。


「トーマ君って本当に何も知らないのね」


 言って笑顔のまま説明を始めるリズ。


この世界・・・・にある、あらゆる物は魔力を授かって産まれてくるのね。その魔力が一定以上になると、どんな種族でも会話が通じるようになるんだよ」


 時たま振り向き、笑顔を混じえながら話すリズ、俺は頷きを返す。


「それを世界に受け入れられるって言うんだ。けどね、例外があるの。それが魔物、魔物はあらゆる種族の敵で、言葉も通じないんだよね」


 ウンウン、確かにゴブリンは人形だったけど会話が出来る気がしなかったな。


「たまに知性があって、言葉の通じる魔物もいるらしいけどね、私は見た事無いよ」


 歩きながらピシッと人差し指を立て、滔々と話すリズ、スラスラと説明し始めたリズにウンウンと相槌を打つ俺。

 そんな俺を見て更に興が乗ったのか、饒舌に話を続けるリズ。


この世界・・・・の生き物はね、最初は植物と動物しかいなくて、長い時を経て大気に溢れる魔素を取り込んだ植物から森人もりびとが産まれて、魔素を取り込んだ植物を食べた動物から獣人けものびとが産まれたの」


 森人は所謂エルフってやつかな、獣人って事は代表的なのは猫耳だよなと考えながらウンウン頷く。


「で、最後に魔素を飲んだ海の生き物から鱗人うろこびとが産まれて来たんだよ」


「あれ?人間は?」


 話に人間が出て来ないので思わず聞き返す。


「慌てない慌てない」


 目を瞑り、口許を緩ませながら人差し指を振るリズにイラッとする。

 だが人と会話をして、イラっとしたのに嫌な気持ちにならないってのは初めてだ。

 そう思うとこれはこれで新鮮で楽しいな。


「それがね~、人の産まれはよくわかってないんだよね。神様が作ったとか、違う世界から来たとか、森人や獣人、鱗人から産まれたとか色々な説があるんだよ」


 違う世界から来たと言われた俺は胸がドキッと跳ねる。

 リズもそこを言う時だけ俺をチラッと見たような……。


「でも一番有力なのは全部って話だけどね。先祖帰りって言うんだけど、人と人の子供に森人が産まれたり獣人が産まれたりした事例もあるしね」


 人と人との間から森人や獣人が産まれると聞いて驚く。


「それと、たまに人の中に森人よりも魔力が強く、獣人よりも体が強く、鱗人よりも精神の強い人が産まれてくるんだけど、それが神様の作った人、神人かみびとの先祖帰りって言われているのね」


 神人なんてのもいるのかと心の中で唸る。


「それとは別で、全く魔力の無い死体が見つかったりする事があるんだけど、この世界・・・・には魔力の無い人なんていないからね。だから異世界から落ちて来たって話なんだ」


 魔力の無い死体は俺みたいに空間の歪みを通って地球から落ちて来たのかもしれない、あの空間を通るとき俺は何とか耐えられたが、あれに耐えきれずに死んだ人がいてもおかしくないはずだ。


「それで会話の事なんだけど、最初に神様がこの世界を作って、世界が安定した後に神様は自分を魔素に変えて世界中に散っていったんだ。魔力を持つ生き物はその魔素を通して意志の疎通が出来るって考えられているんだよ。だけど、魔物は神様に歓迎されてないから言葉が通じないんだ」


 喋り疲れたのか大きく息を吐くリズに礼を言う。


「ありがとうリズ」


「普通は子供の頃に聞いたり教えられたりするんだけどね、トーマ君のお父さんも知らなかったのかな?」


「父親は何も教えてくれなかったから」


 父親の事を思い出し俯く、それを見て悪い事を聞いたと思ったのか慌てて謝るリズ。


「ご、ごめんねトーマ君」


「いや、気にしてないよ。それより結構歩いたけどそろそろ町に着くかな」


 暗くなりそうだった雰囲気を変えようと別の話をする。


「ん~、もう少しだと思うけど、夜だと景色も違うからどの辺か分かりにくいね」


 そう言って目の上に手をかざし、遠くを見ていたリズが突然大きな声を上げる。


「あっ、あれっ!あそこに見えるの、あれがラザの町だよ」


 リズが指さした方を見ると街道の先に大きな壁のような影が見えてきた、異世界で初めての町、そう思うと気分が高揚してくる。

 リズも無事に町までたどり着けて俺と同じように高揚してるようだ。


 ふと見るとリズの目が潤んでいる、そして俺に向き直ると両手を握り、大きく頭を下げてお礼を言ってくる。


「トーマ君、本当にありがとう!トーマ君のおかげでゴブリンに連れて行かれずにすんだ、町まで無事に帰る事も出来た、何より妹を一人ぼっちにしないですんだ。全部トーマ君のおかげだよ、本当にありがとう」


 両手に力を入れ、涙を流しながらお礼を言うリズに圧倒されてしまう。


「い、いやっ、うん、大した事じゃないよ、俺が助けたかったから、見捨てたら後で絶対後悔すると思ったから助けただけだから」


 突然手を握られて、慌てながらも何とか返す。


「それに俺にとっても、リズを助けられて良かったと思ってるよ。ほら、俺って世間知らずだから色々と教えてもらってるし」


 女の子に泣きながらお礼を言われるという状況に困惑しながら、必死に考え言葉を繋ぐ。


「うん、それでも、本当にありがとう」


 泣き笑い、とでも言うのだろうか、涙を流しながら笑顔を見せられると不思議な気持ちになる。

 今まで人の悪意の感情しか見せられて来なかったので、本気の好意にどう返したらいいかわからず焦る。

 俺がリズの涙に困惑しているとリズが不意に口を開いた。


「それでさ、トーマ君って世間知らずじゃなくて、本当はこの世界の人じゃないよね?」


 気持ちが困惑している時に予想外の事を言われた俺は一瞬固まってしまった。


「え?え?」


 困惑して挙動不審になった俺を見て、リズは右手の人差し指で涙を拭きながら更に追い討ちをかけてくる。


「こことは違う世界から来たんだよね?」


 何か言葉を出そうとするが喉から上に言葉が上がってこない、それを見たリズはもう一度、力強い笑顔を見せる。


「隠してた事を責めてるわけじゃないよ、ただの確認と、トーマ君は隠したいみたいだから、その力になれるかと思ってね」


 リズが嫌な感情を持って俺を追及している訳じゃないと知ったので少し落ち着く。

 何か確信を持って聞いているのがわかったので、俺は諦めて頷いた。


「う、うん、隠しててごめん、実は今日気付いたらあの湖の近くにいたんだ」


「やっぱりね、とりあえず今日の寝床を確保してからゆっくり喋ろうか」


 リズはそう言うと、近くに見える壁に向かって歩き出す。

 寝床を確保と言われて不思議に思いながらも俺は後をついていく。

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