第5話 魔物初襲来
ゴブリンの処理を終えて林を抜けた俺とリズは、舗装された街道の上を二つの月明かりに照らされながら町に向かって歩いている。
リズが言うには町まで馬車で二十分、歩きだと一時間程度の距離らしい、馬車で二十分という言葉が普通に出て来たので、この世界での移動は歩きと馬車が基本のようだ。
「リズさんは冒険者になって長いの?」
町まで一時間、その間に色々な情報を得ようと思い尋ねる。
「あはは、同い年だし私もさん付けは止めて欲しいな、ね?お願い。」
リズは俺より少し身長が低い、百六十くらいだろう。
そのリズが俺の横で、少し屈みながら顔を向けて言ってくる、すると自然に上目遣いになるわけで。
「あっ、う、うん」
上目遣いで頼まれたら直視なんて出来るはずもなく、リズの青い瞳から顔を背け、夜風に吹かれて静かに揺れる平原を見ながら返事をする。
そんな俺に構わずリズは話を続ける。
「冒険者になったのは二年前だよ、理由はちょっと言えないけど妹と二人暮らしでさ、生活費を稼ぐ為にやってるんだ」
二年前といえばリズは十二歳、日本なら小学生くらいの頃から妹との二人暮らし、そう聞いて衝撃を受けた。
「十二歳から妹と二人暮らし?そ、そうなんだ、リズさ……リズ、は凄いね」
さん付けを止めてといわれ、ちゃん付けもおかしいと思い、さっきは断ったがリズとの会話に慣れてきていたのもあって、なんとか呼び捨てで話を進めてみる。
「そうかな?私は薬草採取がメインだし、妹も薬屋さんでお手伝いしてるから結構なんとかなるよ」
妹も働いてると聞いて更に驚く。
この世界では義務教育なんて概念が無いんだ、俺も義務教育はあまり受けて無いが図書館に入り浸って本を読んでいたので随分と恵まれていた気がしてきた。
親父の暴力は酷かったが最低限食べる物はあったし、同級生からの虐めもゴブリンとの戦闘に比べたら大したこと無かったなぁとリズを見ながら考える。
「どうしたの?」
昔の事を思い出しながらリズの顔を見つめていたせいでリズが首を傾げて聞いてくる。
首を傾げると金髪がサラッと揺れる、青い瞳と似合ってるな。
「いっいや、なんでもないよ。ははっ、ん?何か……来る」
リズの疑問を焦って誤魔化していたら、遠くの方から何か嫌な気配が近付いてくる気がして辺りを見渡す。
湖にゴブリンが来たときのような感覚だ。
この気配は魔物だという直感に従い気配のするほうを油断なく見る、すると平原の方に、何か犬のような影が複数見えてきた。
「犬?」
影を視認したと思ったら凄い速さで近付いてくる。
遠目には犬と思ったが、近付いてくるとかなりの大きさがあるのがわかる、大型犬よりも大きそうだ。
影にしか見えなかった姿が月明かりで体の色が見える程度に近付いて来ると獣臭が漂ってきた、取り合えず鑑定する為に目に力を入れる。
ナイトローソン:リーダー
魔物
魔力強度:12
スキル:[統率] [猟]
狼型の魔物か、銀色の毛並み、獰猛な顔に筋肉質な四本の足と大きな尻尾、ゴブリンと比べるとかなり強そうだが魔力強度は俺の方が高い。
ゴブリンとの闘いを経て、この世界には魔物がいると認識していた俺は、町に向かう時にも襲われる事もあるだろうとずっと頭の隅で考えていたので慌てる事はない。
勝てるという直感に従い、まだ少し緊張している体を直ぐに動けるようにする為に、気持ちを入れて昂らせていく。
ただ魔力強度では俺が上回っているが、統率と猟というスキルが気になる。
字面から意味を考えると集団戦が得意そうなので、リズを狙われるとリズまで守る事が出来るかわからない。
群れは六匹か、六匹とも魔力強度が5とゴブリンと変わらない、なら。
「リズ!こいつら集団戦が得意そうだ、リーダーさえ倒せばなんとかなりそうなんだけど、それまで持ちこたえられるか?」
リーダーはリズより強そうだが他のやつはリズより魔力強度は低い。
俺はリズさえ気にしなければリーダーを倒せる自信はある。
リズが武器をもって身を守る事に専念してくれるのなら、俺はその間に速攻でリーダーを倒せばいい。
考えを巡らせ、足元を見て手頃な拳大の石を二つ見付ける、よし。
「え?え?トーマ君素手でやり合うの?予備の剣があるからこれを使って」
リズは突然の事に慌てながらも、林から出る時に背負い袋から取り出していた少し小さめの剣を俺に渡そうとしてきた。
だが俺に剣を渡せば今度はリズが素手になる、それではリズの魔力強度では群れ相手に時間稼ぎの牽制も出来ないと直感で思う。
それに戦闘に頭を切り替えた時から俺は素手で戦う方法を考えている。
「大丈夫、俺は素手でも倒せるからリズはなるべく他のやつを近づかせないように剣で牽制して自分だけを守ってくれ、リーダーを倒したらすぐに加勢するから」
リズに叫ぶと先ほど確認した足元の石を二つ拾い、ハッキリと視認出来る距離まで近づいていたリーダーに向かって駆け出す。
リーダーが群れの先頭にいるのでまずは足を止めようと拾った拳大の石をリーダーの体目掛けて思い切り投げつける。
リーダーはそれを横に飛び退きながら避けるが、狙い通り足を止める事が出来た、足を止めたリーダーは即座に吠える、群れに指示を出したようだ。
「グゥゥゥゥ、ヴァンッ」
それを聞いた群れはリーダーと俺を追い越し、後ろにいるリズの方に向かう。
「やっぱり弱そうな方から仕留めるつもりか、でも俺が先にお前を倒す」
もう一つ拾っていた石を、左手から右手に持ち変え右手を上に掲げ、直ぐに投げれるように構えながらリーダーの動きを待つ。
「ウゥゥゥ」
獰猛な牙を見せながら低く唸るリーダー、俺はリーダーが動く一瞬に集中しながらにじり寄っていく。
ジリジリと近付く程に唸り声が大きくなる、とリーダーの四肢が大きく沈む。
「ヴァンッ」 「ふっ」
リーダーが動き出す瞬間を狙っていた俺は、鋭く息を吐きながら石を地面に叩きつける。
相手は狼、素早さが高いはずだ、なら点での攻撃より面での攻撃で少しでも隙が出来ればいい。
活性化で鉄の剣を曲げてしまう程に力が強くなった体で思い切り石を投げつける。
石が地面にぶつかると同時に俺の前で土が大きく弾け、俺に向かってジグザグに駆けていたリーダーの顔めがけて激しく舞い上がる。
リーダーは土の壁をものともせずに飛び掛かってくるが、狙い通り目に土が入ったようで一瞬俺を見失っている。
目標を見失ったリーダーの牙を横に避けながら、飛び込んできたリーダーの首を目掛けて思い切り右の手刀を降り下ろす。
だが毛皮が厚いのか、右手に残ったのは柔らかい感触だけでゴブリンのように首の骨を折る事は出来なかった。
リーダーは手刀の攻撃を受け流すようにクルリと回転しながら地面に着地する、そして殆どダメージが無かったのだろう、直ぐに俺に向けて体勢を立て直し、大きく口をあけ俺の首を目掛けて再び飛び込んで来た。
「マジかっ!このっ」
手刀で決めるつもりだった為にリーダーの素早い反撃に焦る。
だがここで退いたら駄目だと直感で思い、飛び込んできたリーダーの口を右斜めに沈みこむように避けると同時に、俺の首を狙って大きく開けた口の中に咄嗟に左腕を突き入れる。
人の首など簡単に咬み千切りそうな大きな口も喉に手を突き入れられては閉じる事が出来ないのか、そのまま喉の奥まで左手を突き入れる。
そのまま空いていた右手でリーダーの頭を抱え、口に突っ込んだ左手と合わせて捻りながら、必死にもがくリーダーに全体重を乗せるようにして思い切り地面に叩きつける。
「グゥゥ」
苦しそうな唸り声をあげ、動かなくなるリーダー。
首の骨が折れた手応えを感じながら左腕を抜き取ると、リーダーの息が止まっているのを確認し、すぐにリズの所に走り出す。
「おらぁっ」
群れに囲まれていたリズの所に戻ると大声をあげ、リズを囲んでいる狼の注意を引き付ける。
そのまま群れの合間を縫ってリズの所に走っていき、まずはリズに一番近い狼の首を蹴りとばす。
「ギャウッ」
群れの狼はリーダーとは違い一撃で簡単に首の骨が折れ絶命する。
群れのリーダーを失い、瞬殺された仲間を見て敵わないと思ったのか残りの狼は散るように夜の平原に逃げていった。
「ふぅっ、リズ、大丈夫?」
この世界に来てから首の骨を折ってばかりだな、そう思いながら逃げて行く狼が見えなくなるまで見届けると、軽く息を吐いて肩の力を抜き、リズに怪我は無いか確認する。
「私はかすり傷くらいだし大丈夫だよ、トーマ君は?」
「俺は……俺もかすり傷くらいだよ、なんとか二人共無事にすんだね」
左腕の袖はリーダーの喉に突き入れた時にボロボロになっているが傷自体はかすり傷程度だ、お互いの無事を確認し、二人して軽く笑い会う。
「トーマ君、遠目に少ししか見えなかったけど凄い身のこなしだったね。それに指示を出すときも頼もしくて格好よかったよ」
リズは俺が群れの狼を蹴り飛ばした時の真似なのか、喋りながらエイヤッと足を蹴り上げる動きをする。
俺の真似をしているリズに苦笑いをしながら、格好いいと言われた事に軽くありがとうと返す。
リズと普通にやり取りが出来た事で俺も女の子に大分慣れてきたなと思う。
だが待てよ、今何か変な事を言われたような……頭の中でリズに言われた言葉を思いだす。
格好いいって言わなかったか?言葉の意味を理解すると途端に慌てだす。
「かかか格好いい?」
思わず声が裏返ってしまった。
「うん、ナイトローソンを見つけてからのトーマ君は凄く頼もしくて格好よかったよ。普段は見た目も幼いし敬語で喋るから頼りないのにね」
リズは面と向かってニコニコしながら格好いいと言ってくる。
少しは会話にも慣れたけど、まさか格好いいなんて言われるとは思ってもいなかったのでリズの顔がまともに見れない。
「あ、ありがとう」
顔が真っ赤になってるのがわかる、顔を見れないので目をそらしながら返事をする。
「じゃあそろそろ死体を処理して町に向かおうか」
「そ、そうだね」
リズが何事もなくナイトローソンの処理をするのを見ながら、俺はリーダーの死体を取りに行く。
改めて近くで見ると本当に大きいな、普通のナイトローソンは大型犬くらいだったがリーダーはそれよりも一回り以上も大きい。
リーダーの死体を引きずりながらリズの所に着く頃には、リズはすでに牙と魔石を取り終えていた。
そして俺が引きずるリーダーを見て大きな声をあげる。
「わぁっ、やっぱりリーダーともなると大きいね。きっと牙も魔石も、それと毛皮も高値で売れるよ」
リズは嬉しそうに死体に駆け寄ると、すぐに手に持ったナイフでリーダーの死体を処理し始める。
俺はそこから少し離れると、剥ぎ取り作業を見ているふりをしながら自分のステータスを確認する。
冬馬:如月:14歳
人間:異邦人
魔力強度:15
スキル:[魔力操作] [魔眼] [魔力回復:大] [空間把握] [熱耐性] [痛覚耐性] [直感]
状態:活性化
「魔力強度一つ上がってるな。狼二匹とゴブリン五匹がほぼ同じか、リーダーはかなり強かったしそれでかな」
チラリとリズを確認して、もう一度ステータスに目を向ける。
「魔力強度が上がるのは良いんだけど、どうやって魔力操作するのかなぁ。魔法使ってみたいなぁ」
ステータスを見ながらブツブツ呟いてるとリズが声をかけてきた。
「トーマ君終わったよ~」
「あ、ごめん、今行く」
顔を上げ、リズの方を見るとすでに火をつけ終わったようだ。
リズの側に立ち、火が小さくなるまで待った後、二人で土をかけていく。
「よし、じゃあ行こっか」
リズは、紐で縛って小さく纏めたリーダーの素材を持ち、肩に担ぎながら元気よく歩きだす。
俺はその後を慌てて追いかけ夜の街道を町に向けて二人で歩き出した。
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