第4話 人との初会話
湖の近くまで行き、少し離れた場所に女の子をゆっくりと下ろし横にする。
そしてゴブリンの返り血や戦闘で転がって汚れた服を脱ぎながら湖の淵まで行き、返り血や土草を水で落とし、汚れた頭や顔も一緒に水で洗い流す。
「ふぅ、ゴブリンを倒してからずっと体が火照ってたから水が気持ちいいな」
そう言いながら服や体の汚れを出来るだけ洗い流す。
ある程度汚れを洗い流すと、汚れの浮いている場所から少し移動して綺麗な水で喉の乾きを癒し、火照った体のままで女の子の側に戻り座り込む。
「向こうでいうと中学生ぐらいかな」
金髪で幼さの残る顔立ちは十代前半にしか見えない。
寝顔だけでも顔が整っているのがわかる、肩にかかるくらいのサラサラの髪、綺麗な眉に長い睫毛が特徴的だ。
「冒険者って危ない仕事ってイメージがあるけどこんな年齢でもなれるのか、俺も出来るかな」
この子が目を覚ましたら色々聞いてみようと頭の中で考える。
だがこの世界の事を聞きすぎてもそんな事も知らないのかと怪しまれそうだな。
女の子が起きたら何をどこまで聞こうかと色々と考えを巡らせながら自分の体を凝視する。
冬馬:如月:14歳
人間:異邦人
魔力強度:14
スキル:[魔力操作] [魔眼] [魔力回復:大] [空間把握] [熱耐性] [痛覚耐性] [直感]
状態:活性化
やっぱりステータスが見れるよな、名前の横にある数字は年齢か、若返って肉体年齢14歳って事か?これは後回しだな。
異邦人って確か別の国の人って意味だけど、ここでは別の世界の人って意味かもしれない、これは何となく隠した方がいい気がする。
魔力強度はゴブリンを倒したからか一つ上がっているので本当にレベルのようだ。
次はスキルだ、スキルの欄に目を写し、スキルと自分に起きた不思議な現象を当て嵌めていく。
魔眼はこの赤くなった右目だよな、ステータスを見る時に少し右目に熱を感じるのでステータスが見えるのはこの目のおかげだろう。
林の中になんとなく水場がありそうと思ったのも、ゴブリンの気配がわかったのも直感かな、わかるのはこのくらいか。
次は状態だ、体が若返ったのはおそらくこの活性化だよな、この世界に来てから体が軽いのも、ずっと気持ちが前向きなのも活性化の効果かも知れないな。
日本にいた頃の俺じゃあ、体が小さいとは言えあんな醜悪な生き物に戦いを仕掛けようと思わないはずだし、更にゴブリンの頭を踏み潰したり首の骨を折ったりまでは出来なかったと思う。
それに鉄の剣でゴブリンを思い切り斬ったら剣が曲がってしまったし力も強くなってるみたいだ。
活性化になったのはあの空間で何かのエネルギーが体に流れ込んで来た感覚、あれがそうだろうな。
何度も死ぬと思ったし脳も目も溶けるかと思ったけどあのエネルギーが体を強くしてくれたのなら死にそうになったのも救われるな。
暫くステータスを見ながら独りぶつぶつ呟いてると、女の子が身動ぎをする。
「あっ、そろそろ起きそう」
身動ぎする女の子を見て慌てて濡れたままの服を着る。
いざ女の子が起きそうになると、生まれてからこれまで、まともに人と会話をしたことが無い俺は途端にソワソワする。
しかも相手は日本ではまず見れない、金髪が自然に似合う可愛い女の子だ。
それに初めて遭遇した魔物や、その魔物との戦闘に必死だったので失念していたが、意志疎通をどうやろうかと悩む。
このまま逃げようか、脳裏にそんな考えが過るが、俺が冷や汗を流しながら慌てている間に女の子は目を覚ましてしまった。
「ん、う……ん……ここは?」
女の子は目は覚めたがまだ意識がハッキリしないのか、キョロキョロと辺りを見回している。
取り合えず会話をして最初の予定通り情報を引き出さないと。
「こ、こんばんは」
「わっ、えっ?あ、あの、君は……えっと、あれ?ゴブリンは?」
女の子は急に声をかけられ、驚きながらも綺麗な、青い瞳で俺を見たあと再び辺りを見回す。
まずは状況の説明が先だよなと思い、辺りを気にしたり、自分の革鎧の中を見たり触ったりして体を確認したりと忙しない女の子に再び声をかける。
「あの、あ、貴女が、ゴ、ゴブリンに担がれてるのを見掛けたのでぼ、僕が助けました」
僕って言ってしまった、それに言葉が喉に詰まって上手く出ない。
俺ってこんなに口下手だったのだろうか。
瞳が青い事や、目を開けた女の子が予想より可愛かった事に気を取られ、何故言葉が通じているのかを考えるより先に、自分が上手く喋れない事に気が急く。
「君が?」
俺が助けたと言うと女の子は一瞬キョトンとする。
「は、はいっ、まだ向こうの方にゴブリンの死体があると思います。あ、あと、あの、貴女の剣を、かかか、勝手に使ってしまい壊してしまいまひたっ」
言葉が上手く出ない、思い切り噛んでるし。
バイトの面接を受けた時には普通に喋れたのに、定型文以外の会話ってこんなにも難しいのか。
だか何とか話の内容は伝わったようだ、女の子は俺がゴブリンから助けたと聞いて驚いた顔をするが、挙動不審な俺をクスッと笑った後、笑顔を浮かべながら話しかけてくる。
「そうなんだ、ありがとう」
頭を下げ笑顔でお礼を言われた俺はつい顔が熱くなる。
女の人に面と向かってお礼を言われるなんて初めてなので更に焦ってしまう。
「どどどっ、どういたしましてっ」
「ふふっ、落ち着いて……えっと……とりあえず自己紹介しようか、私はリズ、貴方は?」
「あ、名前はトッ、トーマ、です」
女の子に自己紹介するのってゴブリンと戦った時よりも緊張するな。
「そう、トットーマ君。改めて助けてくれてありがとう、あのまま連れていかれたら死ぬより酷い目にあっていたかもしれない、本当にありがとう」
リズはそう言って真顔になりもう一度深く頭を下げた。
「あ、あのっ、はい、大丈夫です、あと、自分の名前はトーマです」
二度も礼を言われ、俺に向けて丁寧に頭を下げるリズを見て更に焦る。
「あ、トーマ君ね。トーマ君はここらで見た事が無いけど他所から来た冒険者なの?」
「あ、あのっ、じ、自分はついさっき日本から来たフリーターです。そっ、それで喉が乾いたのでそこの湖で水を飲んでいるところにゴブリンがやってきて」
何処から来たのか問われて慌ててしまい、先ほど異邦人の事は隠そうと考えていた事も忘れて、つい日本と口に出してしまった。
「ニホン?ごめんなさい、聞いた事ないからわからないや、フリーターってのはニホンの冒険者みたいなものかな?」
失敗に気付いたが、リズはこの世界の何処かの地名だと思ってくれたみたいなのでそのまま話を合わせる。
「あっ、そうです、凄い遠いところで、父親と二人暮らしだったんだけど父親が亡くなったので家を出て旅をしようかと思って、それで、フリーターってのは定職に就かずにその日暮らしをする人のことです」
だんだんと落ち着いてきた。
リズを助けた後、ゴブリンを倒せると知った俺はこの世界でこれから生きていくには冒険者の事を調べ、冒険者でやって行こうと考えていたのでフリーターを自分の持つ冒険者のイメージに合わせて答える。
頭の中のイメージでは違うのだが言葉にしてみるとフリーターと冒険者ってあまり変わらないなと考える余裕も出てきた。
「そっか、お父さんは残念だったね、だけどトーマ君が旅に出たおかげで私は助かったよ」
リズは父親の行で少し暗い顔をしたがすぐに笑顔を向けてくる。
「あっ、父親は安らかに亡くなったので気にしないで下さい。自分もリズさんを助けられてよかったです」
流石に自分が殺したとは言えないよな、俺はぎこちない笑顔を作りながらも気にしないでと答える。
「ところでこれからトーマ君はどうするの?」
ふいに聞かれこれからどうするか少し考える、まだこの世界の事は何もわからないので最初に考えていたようにリズに色々と聞いてみる事にしよう。
「あの、自分は凄い遠くの田舎から出てきて、まだここら辺の事はよくわからないので教えてもらえませんか?」
するとリズは笑顔で答える。
「命の恩人のお願いだからね、そのくらいなら全然大丈夫だよ、でもここら辺はまだ危ないからとりあえず町に戻ろうか」
リズに言われ、ゴブリンの来た方向を伝えてその方向に歩きながら、近くに町があるのかと思い聞いてみる。
「近くに町があるんですか?」
「そうね、多分ここから歩いて一時間くらいかな」
リズは一度振り向いた後、再び前を歩きながら自分の事を説明してくれる。
「私はその町の近くにある森でよく薬草採取をしてるんだけどね、今日は薬草がなかなか見付からなくて焦ってたら森の深くまではいりこんじゃって、それでゴブリンに囲まれて、なんとか逃げようとしたけど気絶させられちゃって、気付いたらトーマ君に助けられてたの」
俺はこの世界の町を想像し、町に行ったら泊まる所はどうするか、お金はどうするかと色々考えながらリズの話を聞く。
そのまま獣道をリズと歩き、ゴブリンとの戦闘があった場所に行くと、リズが立ち止まりゴブリンの死体を見る。
「トーマ君、ゴブリンの死体はそのままにしちゃってたの?町にあるギルドに魔石を持っていくと買い取ってもらえるんだよ」
言って一番近くにあるゴブリンの死体の側にしゃがみ込むリズ。
「それと、死体をそのままにしちゃうのはよくないから集めて燃やしちゃおうか」
リズは腰布からナイフを取り出し、喋りながらどんどんゴブリンの胸を開き、赤黒い石を切り取っていく。
それを見て一瞬躊躇するが、これも冒険者になると当たり前になるんだろうと思い、自分の殺したゴブリンの死体を、吐き気を我慢しながら集めるのを手伝う。
そして魔石を取り終え、五匹の死体を重ねると、リズは腰にある小さな袋から何かの液体が入った鉄製の瓶を取りだし中身をゴブリンに振りかける。
そのまま死体の側に屈むと指先を近付ける、その途端にゴブリンの死体が勢いよく燃え上がる。
何もないところからいきなり火が燃え上がったのに驚いた俺は思わずリズに声をかけた。
「い、今のは?」
「ん?ゴブリンに燃料をかけて生活魔法で火をつけたんだよ。トーマ君のところでは魔物の死体をどう処理してたの?」
「あ、あの……自分は魔法とか全然使えなくて、魔物を見たのも今日が初めてだったんです」
いきなり魔法なんてものを見せられて焦る、どうにか誤魔化そうかと一瞬迷ったが、上手い言い訳も思い付かないし、ここは下手な誤魔化しは出来ないと思い素直に口に出す。
「えっ?トーマ君って今日初めて魔物を見て、それでゴブリンを五匹も倒しちゃったの?」
俺の答えにビックリしたのか声が大きくなるリズ、流石に初見で五匹も殺したって言っても信じてもらえないのか?まずかったかな。
「あ、あの、うちの父親に小さい頃から鍛えてもらってて、父親とは組手もよくやってたんで大丈夫かなと」
リズは驚いてるが、俺自身よく理解していない魔眼の事や活性化の事は言えないし、それに中学にあがってからはよく父親と殴りあいをしていたので、それを組手という事にしてここはなんとか誤魔化そう。
「それに、最初に木の上から奇襲して三匹倒せたんでまともに戦ったのは二匹だけですよ」
深く聞かれると困るのでなんとか話を進めようとする、奇襲したって言えばごり押しで通らないか?実際に奇襲したしな。
「き、木の上から奇襲……そ、そうなんだ、トーマ君は幼く見えるけど凄いね」
リズが若干引いている気がするが、幼いと言われ自分が若返ったのを思い出す。
なのでステータスに表示された数字に合わせて答えた、体も若返ってるし問題ないだろう。
「幼いって、自分は十四歳ですよ」
「えぇっ?トーマ君って同い年だったの?十歳くらいかと思った」
リズは今日一番の驚きをみせる、リズの顔は洋風なので、この世界では和風の自分は若く見られるとは思ったが、十歳は言い過ぎじゃないか?
「十四歳か、なら呼び捨てでいいよ。それと敬語もやめてほしいかな」
「いやいやいや、呼び捨てなんて無理です」
女の子を呼び捨てなんてした事ないし慌てて断る。
「リズ」心の中では呼び捨てに出来るけど。
リズが同い年だし気にしなくていいと言ったので、そう言えば同い年の女の子と二人きりで会話してるんだよなと思い出す、すると急に顔が火照ってくる。
「あっ、もうゴブリン焼けたね、後始末して行こっか」
リズがまるで芋でも焼けたかのように軽く言うと、残った骨や、まだ少し燻る火に丁寧に土をかける。
小さいとはいえ五匹のゴブリンの死体を短時間で燃やし尽くすのは、火をつける前に振り掛けていた液体のおかげなのかもな。
同い年の女の子と二人っきりというシチュエーションに照れていた俺もなんとか立ち直り、リズと一緒に土をかける。
「これでよし、魔物の死体はちゃんと処理しないと、腐って魔力の淀みになってそこが病気の元になるし、周りの木や土や水に悪影響が出るからね」
リズは色々説明しながら林の外に歩きだす、俺もそれを聞きながらリズの後ろをついていく。
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