『短編』とある日常会話より
茶熊みさお
とある日常会話より
「……おーい、せ・ん・ぱーいっ! 先輩先輩先輩先輩先輩っ、
大変です大変です大変です大変です大変です、もう大変なんですよっ!」
「……なんだ、お前が突然生徒会室のドアを真っ二つになるように蹴り破って目の前へと転がり込んで来たこと以上に大変なこととは一体なんだ?
俺は今、生徒会の仕事で忙しいんだ、邪魔だから回れ右してさっさと帰ってくれ」
「うぐっ、あ、足にかつてないくらいの鈍い痛みが……。
横開きの扉をライダーキックで蹴り破ろうとするのは少し無理がありました……」
「ああそうか、お前の頭が大変なんだったな……」
「……って、そうでした。いや、そうじゃなかったでした。
そんな快感に浸っている場合じゃなかったですっ、大変なんですってばっ!」
「快感だったのか」
「はい、爽快感溢れてます!」
「無駄に暑苦しいお前からは爽やかさの欠片も感じられないがな」
「イヤですねぇ、先輩。
褒めても口からミニトマトくらいしか出せませんよ?」
「……どうしてミニトマトが出てくるんだよ。と言うか、褒めていないぞ」
「お弁当の残りです。お昼から飴玉みたいにずっとねっとり舐めていました」
「今はもう放課後だぞ。……って、おい!
その口から出したミニトマトを俺に渡そうとするなっ!」
「もう、いけずなんですから。私が食べちゃいますからね?」
「勝手にしてくれ。それで、大変って。……何があったんだ?」
「もう、緊急事態なんです。
実は私、……猛烈に暇で暇で死にそうなんですよ。
だからお願いします。先輩が全力で構って下さい。さあ、早く早く早く!」
「さっさと死んでしまえ」
「うわ、酷い先輩っ、可愛い後輩に死ねだなんて。
それでも血も涙もない改造人間ですか」
「改造人間じゃない、極普通の一般人だ。
……何とでも言え。ただでさえ面倒な仕事が山積みで忙しいっていうのに、
そんな下らない暇潰しなんぞにいちいち付き合えと言うお前の方が百倍酷いわ」
「でも、死ねはちょっと酷すぎじゃないですか?
この、
「ちょっと待て、何だかものすごい汚名を着せられたぞ」
「……まったく、命を大切にしない人なんて大嫌いです。
屋上からフライして、とっととあの世まで片道切符で旅立っちゃってください!」
「ああそうか、俺もお前のことが心底大嫌いだ。
良かったな、俺達両思いだったみたいだぞ。
「ラブとラブの両思いじゃなきゃ、そんなの意味ないんですってば。
だから大人しく、……じゃなくて激しく二人でいちゃラブしましょうよ。
ねーねー、せ・ん・ぱ・いってばぁ♡ ……アイラブミー?」
「いちゃラブなんてするかよ、アイキルユーだ」
「もう、先輩ったらツンデレラですね。
継母達に虐められながらガラスの靴でタップダンスでもしちゃってくださいよ」
「誰がツンデレラだ。
ガラスの靴でタップダンスなんかしたら、砕けて足が血塗れになるわ。
……だから、さっきから何度も言ってるように、俺は今仕事で忙しいんだよ。
作業の邪魔だから、暇潰しはどこか適当な場所で大人しく一人でしてろよ」
「もう、いいじゃないですか~、ちょっとくらい構ってくれてもさ~。
こんな可愛い女子高生とお喋りすることに何の不満があるっていうんですか~」
「ウザいからそうやって変に語尾を伸ばすな。
……それから、自分で自分のことを可愛いって言うな」
「あ、これは自称じゃなくて他称なんですってば。
みんなもアンケートでいつもそう言ってくれますもんっ。
特に私の親からは昔から『馬鹿な子ほど可愛い』と大絶賛です」
「もはや親公認の馬鹿なのか。救いようがないな」
「もう、なにかにつけて可愛い可愛いっていっつもすごく褒めてくれちゃって。
……ふふっ、ウチの親って本当バカ親で困っちゃいます」
「それを言うなら親バカだ」
「先輩っ、私の親を馬鹿にするのはやめて下さいっ!」
「うわ、なぜか理不尽な感じに言い返されてる。
馬鹿にしたのも馬鹿なのも全部まとめてお前だよっ!」
「わーい、先輩に褒められちゃった☆」
「いや、欠片も褒めてないから」
「てへ、先輩に貶されちゃった☆」
「なぜそこで喜ぶ?」
「……え? ほら、先輩もご存じの通り私ってばMですから」
「そこで意外そうな顔をするな。
さも当然の基本設定みたいに言われても、そんなん知らんかったわっ!」
「えー、でも立ち絵のある後輩の基本設定はしっかり把握してないと、
いざ攻略しようって時にサイト開きながらじゃ色々と手間取っちゃいますよ?」
「何が起ころうとお前を攻略するイベントなど、今後絶対に起きないから安心しろ」
「今をときめくメモリアル。
『伝説の木の下でチェーンソーを持ってお前を待つ』ですね」
「あー、あー……そうだな、そうですね」
「……ごめんなさい先輩、少し見栄を張ってました。
本当はわりとSでもMでもどちらでもいける両刀派です」
「全体的に意味不明なんだが、今の話のどこら辺が見栄があるんだ?
……というか、何もしていないのにどんどん勝手に暴露される後輩の性癖っ」
「もぅ、私がSだろうとMだろうと最新型のMSだろうと、
先輩が死姦マニアのドMだろうとそんなのどうでもいいじゃないですかっ」
「お前ロボだったのか。……っていうかちょっと待て、
死姦マニアのドMってどんだけ難易度の高い性癖してんだよその俺っ!
ゾンビにでも襲われるのか。腐った女子(腐女子)に襲われるのか?」
「安心してください。眼鏡も掛けていないようなヘタレ生徒会長なんて、
せいぜい校長先生や飼育小屋の山羊との絡みくらいにしか使われませんよ」
「……その方が絶対に嫌だ。せめてまともなカップリングを希望する」
「もう、ちみっこい男ですね。
ぴーちくぱーちくぽーちくとそんな些細なことでいちいち騒がないでくださいよ。
先輩って実はただの鶏だったんですね。正体は骨抜きチキンなんですか?」
「鶏はぴーちく言わねえよ。……っていうか、ぽーちくってなんだよ」
「ああ、もう。ですからそんな、
道端に転がっている身元不明の他殺体よりもどうでもいい些末なことより、
今は私が超絶退屈してるってことが地球規模で一番の問題なんですってばー」
「そこら辺の道端に他殺体が転がってることの方が大問題だ、……ってかヤバい。
ひょっとしなくても、いつの間にかお前の下らない暇潰しにすでに付き合わされているんじゃないか? あぁもう、そろそろマジで仕事戻んなきゃ不味いぞ」
「えーっ、いいじゃないですか。
この際ですから面倒な仕事なんてそこら辺のゴミ箱にうっちゃって、
このままきゃっきゃうふふと私と楽しいお喋りタイムをしていましょうよ~」
「…………」
「もう、先輩は仕事と私どっちが大切なんですかっ!」
「仕事」
「即答されましたっ!」
「仕事大事仕事大事」
「そんな大切なことだからって二度も続けて言わなくていいですよ。
パッと見した時に読み難いじゃないですか」
「お前は始めに五回ずつ言ったよな。というか、そういうメタな発言はよせ」
「じゃあ第2問。先輩は仕事と、
『化野先輩に汚されましたっ、もう生きていけない!』と
近所に聞こえる声で泣き叫びながら屋上から飛び降りようとする私、
……一体どっちが大事なんですかっ!」
「なんという脅迫っ、こいつなら本当にやりかねないからさらに怖い!」
「あ……、でも我が校の誇る生粋の死姦マニアの化野先輩からすれば、
私が屋上から飛び降りた方が好都合になっちゃいますよね。
ごめんなさい、今のやっぱりなしにしてほしいです」
「俺はお前との関わりをもはやなしにしたいよっ!」
「そんな心にもないこと言っちゃって。
もう、大切なことなので何度も繰り返し尋ねますけど。
……こんな超絶可愛いぴちぴちの女子高生と楽しくお喋りができるというのに、
先輩はいったいどこに不満があるって言うんですか?」
「……不満しかないだろ」
「し・い・て言うなら、です!」
「TPOだな」
「てぃーぴーおー? はて、なんですかそれ?
東京ピアノ音楽会の略でしたっけ?」
「音楽の話なんかしてねえよ。
TPOっていうのはタイム・プレイス・オケーション、つまり時と場所、
場合に応じた方法・態度・服装なんかの使い分けのことだっての」
「…………あ、すみません。退屈なんでしっかり寝てました。
もう一度言ってもらえませんか? 今度もぐっすり寝ますので」
「……状況を考えろってことだ、状況を」
「もー、先輩こそ今の状況を分かってるんですか?
『現役女子○生と二人で楽しくお喋りプレイ』なんて、
もう後十年したら万札でも払わないとできない貴重な行為なんですよー?」
「……やけに生々しい話だな。特に○が」
「それが今ならなんと、一時間で千円と大変お得ですっ!」
「お前の暇潰しに強制的に付き合わされる上に、しっかり金まで取られるのか。
どんな悪徳詐欺だよ、それは!」
「えーっと、わかさぎ?」
「冬場に釣られてろ」
「そんな小物じゃありませんっ」
「いや、実際小者だろ」
「どこ見てるんですか、いやらしい」
「……いや、身長だけど」
「セクハラで訴えますよ!」
「むしろこっちが訴えるぞ、この超絶変態どMが!」
「……次に会う時は法廷ですね、先輩」
「いや、普通に明日学校で会うと思うがな」
「私が検事で先輩が裁判長ですね」
「そんなわけがあるかっ!」
「れっつすたーと、魔女裁判☆」
「いいからもう、さっさと帰れよ……」
「よーし、それでは手始めに、
魔女の疑いのある被告人の化野先輩を生徒会長の座から引き摺り下ろし、
校庭のど真ん中で磔にしてこんがりと強火でじっくり火炙りの刑にしましょうか」
「魔女はまさかの俺ですかっ!」
「あれ、違いましたか。えっと、正しくは魔男でしたっけ?」
「いや、それは意味が若干変わって来るからな。
しかも、その場合の表記は『間』男になるし。
……いや、そもそも俺は魔女でも間男でもないからなっ!」
「魔性の男ですよね」
「……というか絶対あれだよな、住良木。
お前って実は懐いているフリして俺のこと大嫌いだよな」
「そんなひ、酷いですっ、私が先輩のことを嫌ってるだなんて、そんな……。
どこをどう見たらそんな見当はずれな結論がでてくるんですかっ!」
「どこをどう見てもだよっ」
「どこ見てるんですかエッチ!」
「何この理不尽」
「…………ご、ごめんなさい、でも本当に全然嫌ってなんかいないんです。
こう見えて実は私すごい内気で恥ずかしがり屋のシャイガールで、
ああいうのも全部照れ隠しで言ってるだけで……」
「急にしおらしくなられても戸惑うんだが……」
「嫌ってなんかいなくて、だってむしろ……わ、私は、
先輩のことが……先輩のことが――」
「えっ…………」
「私、先輩のこと――だ、だいふきですっ!」
「大事なとこで噛んだっ!」
「あ、すみません。でも本当は
『先輩のことはこぼれた牛乳を拭いたまま一週間以上洗わずに忘れられて放置された台拭きと同じくらいの価値だと思っているのです』と言おうと思ったんです。
すみません、長くて最後まで言えませんでした」
「その『だいふき』の部分はちゃんと合ってたのかよ。
……っていうか普通に悪口だよね、それ」
「もう、何を言ってるんですか。こうしていつも先輩の声を聞く度に、
あの牛乳の程よく染み込んで醗酵した台拭きの匂いを嗅いだときのように、
いつだって私の胸の奥の方から甘酸っぱいものが込み上げてくるんですよ」
「いや、それはただの吐き気だからな。
……けど、それってものすごく嫌いってことじゃないのか?」
「先輩っ、台拭きのことを馬鹿にしないでくださいっ!」
「なんで怒られてんの俺っ! この場面で怒るのはこっちのはずだよね?」
「いいですか先輩、台拭きというのは自分の周りを綺麗にするために必要な物。
自らの身を汚し、周囲を綺麗にする献身的な姿は自己犠牲の権化です。
そして自分の周りを綺麗にするというその小さな一歩は、
ひいてはこの地球を綺麗にしようという大きな精神に繋がっていくんです。
私にとって台拭きを大事にするのは地球を大切にするのと一緒のことであり、
そんな素晴らしい台拭きと同価値である先輩はすなわち、
地球と同じくらいに大切な存在ということなんです!」
「……全くを持って誉められている感じはしないけど、
とりあえずお前の屁理屈は相変わらずすごいなぁ」
「でも、昔の偉い人はこういうようにも言っています。
そう、『人の命は地球より重い』と。
つまり比較してみると(人間>>>地球=台拭き=先輩)ということですね」
「何その地球規模のイジメ!」
「ふふふっ、いいじゃないですか先輩。
……人の価値はナンバーワンよりオンリーワン、ですよ」
「ワーストワンでオンリーワンだよね、今のだと!
世界に一つだけの花を毟り取ってるよね!」
「何言ってるんですか、
先輩が特別だってことには何も変わりはないんですから気にしない気にしない」
「この数々の理不尽な仕打ちで全く何も気にしないでいられたら、
俺はもうすでにブッダの隣で悟りの境地に達してるからな。
ガンディーも踏み込んで膝蹴り入れるレベルだぞ」
「まぁまぁそう言わず。
ねえ先輩、私が先輩を慕ってるのは確かなんですから。
………よければこれからも末永く、私の暇つぶしに付き合ってくださいねっ♪」
「ああ、もう。お前はもう早く帰れっ!」
「それでは、バイバイさよならまた明日なのですよー」
「もう二度と来ないでくれ……」
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