畑と厨

 「懇親会」当日。


 涼やかな風に乗って鈴虫の声が聞こえる。あついコンクリート造りの建物の中で、僕はスーツを着て出来るだけ明るくふるっている。教授も同様だ。酒のせいもあるのだろうか。みおならんで立っている。


 楽しい空気がされたままけて。どうやら会はしゅよくいったようで、大きな買い物をもう何度かしても大丈夫なようだった。



===


 懇親会の後。いっそそのまま眠ってしまいたかった。あらががたすいが訪れて僕を8時間だか12時間だかの睡眠にたたき落としてくれればよかった。僕はそんなことを願う気分になっていた。


 この計画はすみの言い始めたことだけれど、これはどうなんだという思いが僕の中でうずいている。それを無視したかったのだ。


 香澄本人は、これからやるべき行為がもたらす結果についてこう言った。

「『芽の出ぬ種子たねは、結局初めから無かったのじゃわい』」

と。多分、僕の気を楽にさせようとして、巫山戯ふざけてそう言ったんだろう。


 恋人だからといって、なんでもかんでも干渉するべきでないのは理解していると思っている。けれど、まるで他人事ひとごとのようなその言い方は僕の気にさわった。

 思わず大きな声を出した僕に香澄は笑って「確かに自分のことではあるけど、君がちゃんとやってくれれば他人事だよ」と言った。


 僕を眠らせなかったのはその一言なのかもしれない。

 少なくとも、余分に時間を経過させることは悪行あっこうみ立てているに過ぎないという気持ちにさせたのは、その言葉だった。


 どうだいに載って動作を停止していると名付けられたモデルの機体を架台の巻き上げ機ウィンチで簡易ベッドの上に下ろす。

 制御信号をしゃだんしているので、機体の姿勢はアクチュエータモータ類の特性に従っている。一応座っている形にはなっているものの、猫背で、頭は斜め下の地面を不安定に見つめ、胴体と完全に平行な上腕の下に前腕だけがだらりと投げ出されている。髪は水に浮くがいのようにのように冷え冷えと、しかし自由に広がっている。


 開いた胴部に手を入れて、胴部主脳コンピュータを正しい位置に戻す。トルクレンチネジまわしがパキパキ鳴って、ボルトがそれなりのせいで適度に締め付けられていることをげる。パソコンを立ち上げ、ようついケーブルを接続する。


Triangle-wave電子音.


 接続が問題ないことをその音で知って、準備しておいたプログラムを走らせる。腰椎ケーブル接続時に常に表示される通信量を示すグラフが10[log2(bytes)/sec.]程度を示す。まずは様子見だ。この段階が上手うまくいけば通信速度は自動的に引き上げられる。


 胴体からはみ出した腸のように垂れ下がっている通信ケーブルの延長部を全て外して、元どおりにつなぎ直す。

 通信量のグラフはほぼ直線を描いている。順調なようだ。

 金属の重たい胸部のしん、胴部の真皮を取り付け、皮膚スキンを貼り直す。電気的な固定をまだしていないから、真皮との間にすきが残っていて、やわらかい印象を与える。


 通信量は横一線になサチった。何も表現できないくうかんから引っ張り出され、あらゆる表現をするはずだった種子はボイルされり潰されて、くべきこととなっている種子に入れ替えられる。


 入れ替えられて良いのか。苦痛を味わった人を味わっていない人に。いや、バグを生むデータは消されるべきなのではないか。しかし、それを認めるということは香澄は。


 プログラムは僕の逡巡を完全に無視して動作を終えた。“Complete. Error: 0” のダイアログと共に、通信量のグラフはきゅうしゅんに下がっていく。


 香澄は目を開けて僕を認めると、いたずらっぽく言う。


「バックアップは大事だろう?」


 そうして香澄は、彼女を抱きしめて自分自身わけもわからず涙を流している僕の背中を、大袈裟な奴め、と呟きながら軽く叩いた。片手間に。皮膚スキンを締めながら。

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僕の彼女はクラウドに。 下道溥 @AmaneShimotsumichi

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