マタタビをかじれば

 香澄かすみは結局それからずっとしゃべりかけづらいふんを全身から発しながら目を閉じ画面操作をしていた。

 一体この雰囲気をどうやって作っているんだろうなんてちょっと思ったけれど、そんなことは仮令たとえ冗談でも言えなさそうだ。


 どのみち、やることはデータ整理から新機能の実装までいくらでもある。気がついた時には窓からの光はとうに失せてディスプレイの青白い光だけがキーボードの上を照らしていた。


「電気くらい付けたら?」


 闇の奥から香澄の声が響いてきた。またたしらむ視界の中で動くものがあった。幼い音色にも関わらずとした印象を残す声が、答えるかのように言う。


「[おはよう] [クレイドルモデル] [1番]」

「おはよう御座います


 香澄は仰々しくカーテシーをしスカートの裾を持ち上げて、続ける。


「お姉様は、お変わりなく?」

「[各種-温度]-[は] [正常]。[予測]-[される] [機械-的-摩耗]-[は] [想定-範囲]-[内]。[レポート]-[も] [送-って] [やろ]-[う] [ほら]」


「あら、素晴らしいじゃありませんか」


 長いまばたきのあと、香澄はにっこり笑って「姉」の頭を撫でる。有栖ありすはプロトタイプモデルの1番機で、僕らが研究室にくるよりも前から稼働している機体だ。自然に任せずフルスクラッチでイチから作られた人工知能が入っている。背丈は香澄の肩より少し低くて、Aliceらしさがある。

 香澄からすると、多分「妹みたいなお姉ちゃん」みたいなものなのだろうと僕は思っている。少なくとも、香澄は彼女の頭をよく撫でる。それだけは事実だ。


「[やめ-ろ]」


 有栖はそれを毎回嫌がっている。

 もっとも放熱を行なっている髪に不用意にれると、放熱量が減少したり最悪さわった方が火傷やけどする危険があったりするので、嫌がらせているからだけれど。

 香澄はそんな有栖を抱き寄せて鈍色にびいろの髪をぐしき始める。


「香澄、程々にね。それと、あとで元どおりにしてね」


 香澄の親指の非接触低速通信端子簡易ポートは有栖の親指にからめられていて、それの意味するところは、香澄が有栖に電子的に介入しハックをかけて抵抗をやめさせたということに他ならない。香澄は僕の注意を軽く聞き流し、んーなんだかいい香りがするかもしれない、なんてひとりごちている。

 機嫌はどうにか元どおりみたいだ。


「[g] [r] [g] [r]」


 猫がするようにのどを鳴らす有栖。すっかり香澄のおもちゃだ。


 僕がデータをクラウドに上げpushしてパソコンを眠らせスリープにしたときには、有栖は香澄の人差し指を頭をくりくりさせて追いかけていた。

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