メタボリック

 トイレ。


 箸を取り落とした僕を見て、また香澄かすみはくつくつ笑う。

 csvは特にプライベートな気がして開かないようにしていたファイルのひとつで、名を “estimated予測された_purification 浄化 _ability能力” という。


 一定時間ごとに書き込まれているデータの一番最後、赤丸で囲まれた数字は余裕マージンに入り込みつつあって当然それを理由に彼女に通知が行ったんだろう。


 香澄はこちらのづかいを無駄にすることに一種いっしゅみちを上げている節があって、僕が落とした箸を勝手に使って皿のはじけた人参にんじんをにこにこしながらつまんでいる。

 まあ、それを見て怒る気が失せるばかりか少し嬉しい僕も僕なんだけれど。


「あとで処理しよう」

 そう、僕が声をかけると、香澄はことさら驚いた表情を作る。

「君、デリカシーってものがないのかい? 食事中だけど?」

デリカテッセン デ リ なら裏門出て左にあるよ」

どうで。それ、君がオーナーじゃないだろ?」

「香澄も違うだろ?」

 香澄はぱちりと箸を食器の上に渡した。

「まぁね、けど、今度行ってみよう」



 僕と一緒に実験室に戻った香澄は「君も来いよ」と当たり前のように言い置いて、用意された簡易陰圧ブースに入っていった。ブースはてんがい付きベッドのように覆われた空間で、少しの空気を取り込み多くの空気をフィルターを通して吐き出す。そのおかげで、雑菌は少々怪しいが、においは外に漏れないようになっている。


 僕は薄手のゴム手袋をし、ビニール袋を持って、天蓋の下に入った。香澄はとうに上半身の衣服を脱いで皮膚スキンえきからがしていた。

 ほら、と脇の下をみせる彼女に、ちょっと待ってねと声をかけて僕は腋窩から体内に少し指を入れた。奥にボタンがある。オンオフの境 死 点 を超えて力をかけると、少し皮膚スキンゆるむ。


 機械的な固定を外した後は、必要な部位の電気的な固定を完全に外す。

「今回はフィルタだけだけど、ついでに圧縮廃棄物ペレットも回収しちゃおう」

 僕のその言葉を彼女は十分に理解して、僕には見えないから操作を行った。B6から10までの皮膚スキンが順に外れ、右腰後ろの金属的な肌 真皮 あらわになる。


 今度は電動ドライバの出番だ。細い専用ビットドライバの先を取り付け、ボルトを抜く。

「このビット、高かったなぁ」

 そうぼんやりとつぶやく。これを使っているおかげでしんの下を見ることができないのだから文句はないけれど、形状から仕組みまで特別なしろもので一ヶ月のアルバイトなんたら十人分みたいな形容が十分適当なくらいには高価だった。

 もちろん、僕の所持金ポケットマネーではないけれど。

「ふふっ、君はお金のことばかりだ」

「まあ、先立つものだから」


 来月の「こんしんかい」のことが頭をよぎる。

「じゃあ、お金が入ったら、ずみとかしていいかい?」

接着剤のりを使わない前提で、皮膚スキンの強度を変えないで中の色を見せるところと発色をよくするところと痛んだときどうするか決めるところと問題ない発注先か楽な工法を考えるところとその中から一番いいと思われる選択肢を選ぶところを全部香澄がやるならいいよ」

「そうか。実は、先月末かな、注文した奴が届いてるから、あとでけんしゅう手続きをちゃんとしないとね」


 まさか、と思って僕は聞く。

「いくら?」

「いうほどの額じゃない」

「え、だからいくら?」

 しんはずれ、僕の左手の中に落ちる。机の上の平角皿バットには外したボルトが散らばっている。

「…………君の給与くらい」

「月? いや、そんな訳ないよなぁ」

「使途はちゃんと考えてあるから任せておいて」

「まあ、今年度末は予算を無理やり消化する物を買いまくる必要はなさそうだね」

 ビニール袋越しにかぎに指をかけ、固定されていたフィルタを外す。



「待て。何をする気だ」

 少しの沈黙を香澄が声を上げて破る。フィルタをビニール袋に片付けて新しいのを取り付け終わった僕は、当然パウチに詰まった圧縮廃棄物ペレットの処理をしようと骨盤に相当する部位に手を入れようとしていた。

「何って、圧縮廃棄物ペレットを処理するつもりだけど?」

「待て。いいから。手を離せ」

「なんで?」

 香澄は僕の肩を軽く押して距離を取る。顔表面に赤みが差している。苦労した所のひとつだ。

「あとは自分でやる」

 ふたつの作業がどう違うのかよくわからずしゃくぜんとしないけれど、口をついて出たのは、

「ごめん」

だった。

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