6-⑨ お願い! そのままの君でいて!

 ヴァンの組は順調に勝ち星を重ねていた。

 無双というわけではないが、ギリギリ上回るほどの実力者を当てて接戦の末の勝利や、グレイを代表とした捨て駒にしかならない弱い奴で強い奴にわざと負ける。この戦術を使うことで、着実に順位の上位から離れることはなかった。

 だがヴァンにしてみると勝利はさほど重要ではなかった。もう1つの、それも自らの運命を決める作戦の方に重きを置いていた。

(もうそろそろ来てもいい頃だが……)

 ヴァンはポケットに手を入れ、中のものを取り出す。


 直径にして数センチ程度の球体。ただその表面は上級魔法発動の為の刻印がいくつも刻まれているため、滑らかとは程遠い。

 魔力変換意志洗脳機まりょくへんかんいしせんのうき。ヴァンが独自に開発したものであり、その名の通り、魔法で相手を洗脳する機械だ。最早失われて久しい古代上級魔法を、偶然修行時代のヴァンが発見しそれを応用したのだ。

 革命的発明。

 莫大需要商品。

 そうとさえ言えるものだが、ヴァンはこれを商売に使うつもりはなかった。そもそもこれは欠点が多いものでもあった。


 まず1度しか使えない。

 これを打ち出し体に付着すると自壊する。その自壊した部品が体内に魔力となって浸透することで意志をねじ伏せる材料となる。つまるところ使い捨てなので、1つ1つ自作しなければいけないことが面倒なのである。

 それにこれを作るためには大量の上級魔法を刻み込まなければならない。それも通常の上級魔法ではなく、長い面倒な魔法を刻む手間が恐ろしくかかるのである。

 しかし長所もある。

 それは必ず命令をこなすということだ。その言われた命令をこなすまで妨害があろうと、こなすまでは止まらない。そしてその長所こそヴァンが今回の作戦に採用した理由でもあった。

(早く来い……キフドマ……そして、最後の裏生徒会四天王……!)






 話は数日前になる。

 謹慎処分中のジウソーをヴァンが訪ねてきた。自宅にいたため大崩壊からは免れたが、荷物はそうでなかった。彼の学生寮にあった荷物を可能な限り回収、まとめて自宅にいるジウソーまで届けにいったのだ。

「……ふん。礼は言わぬぞ。悪であるお前に言うものなどありはしないのだから」

「……どうぞご自由に」

(ああ……! 悪を憎む目! たまらん目だ! 録画して保存しておきたい!その目をずっと俺に向けてくれ!)

 荷物を受け取りながらもジウソーの警戒の目付きは引っ込まない。むしろ荷物の中を漁り、発信器爆薬でも無いのかと探している。


「恐らく私に恩を売ることで追求の手を鈍らせる、もしくは手心を加えるのを期待しているのだろう? そうはいくか。私は公私混同を弁えているつもりだ」

「……さてはてなんのことやら」

(そうだ! いいぞ! 疑え! 心を許すな! 大悪党に与してはダメだ! 正義とは、孤高なのだ!)

「もしお前に情けをかけるなら断頭台で布を被せるときだけだ。全てが、遂に全てが終わるとき最初にして唯一、お前に同情するだろうよ」

(恐らくその時の俺は多くの人魔から罵倒され、悪として見られているのだろう……素晴らしい! 何という未来図だ! やっぱりこいつ最高! 早く復帰してくれ! 俺もその為に力を貸すぞ!)

「……ヴァン・グランハウンド生徒会長」

「……何でしょう?」

 恍惚に浸っていたため、返事が遅れた。改めて見るジウソーの顔は真剣そのものであった。


「私が謹慎させられたところで全てが終わったと思うなよ。裏生徒会はまだ残っている。それも最高に厄介なやつが」

「ほう、キフドマはそんなに面倒なものなのですか?」

「……キフドマはキフドマで強いが、まだどうとでもなる。問題は最後の1人だ。正確に言えば『1人』ではないが」

「『1人』では無い……?」

 さすがに何が言いたいのか、ヴァンには測りかねた。聞き返すがそれに答えたのは、ジウソーの鼻を鳴らした音だった。

「……そこまでお前に教える義理は無い。ただキフドマが私の意志を継ぎ、お前を倒しにいくのは絶対だ。そしてそこには最後の四天王も付いてくる。お前はそれまで恐怖で震えてろ」

(仲間との共闘! 受け継がれる志! それを迎え撃つ俺! ああ……我が楽園はすぐ側まで来ているのか……)


「……ヴァン・グランハウンド生徒会長」

「まだ何か私にご用で?」

 さらに追加をくれるのか。魔法の一発でも放ってくれるのか、と思っていたら一転、目を閉じて

「……ありがとう」

 頭を下げてきた。


「へっ?」

「薄れた意識の中でお前の声を聞いた……しっかりしろと……こんなところで倒れてはならないと……」

 ヴァンの顔が青ざめる。あのときの激励が聞かれてたのだ。

「私はお前が悪だと思っている、だがこの間の一件以来、お前が分からなくなっている……悪を肯定した、悪事を働こうとしたお前が糾弾者である私を助ける……理屈が合わない。一体お前はなんなのか。正義なのか悪なのか……」

(悪だ! 悪だぞ! 正しく俺は悪なのだ! 魔王なのだ! 変わるな! 迷うな! 初志貫徹! 知考合一! これら全て大事!)


 ミリアも顔負けなほど単語が口から出そうになる。しかしそれらを言う利点が全くないことをギリギリの理性が見出していた。だからヴァンは黙る。顔だけは奇妙に歪ませて。

 しかし自らの内心と格闘していたジウソーは独白をやめなかった。

「私は、何かとんでもない思い違いをしているのだろうか……変わらなければならないのだろうか……」

(お願い! そのままの君でいて!)

 願うヴァンの顔が無表情を装えたのは、さすがだと褒めたいがそれをしてくれる人は誰もいなかった。

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