4-⑬ 大丈夫よ、死なないから。肉体が消滅するだけだから。

「いいえ、黙らないわ。何故私の試験に合格した人がいるのに黙らなければいけないの? 祝福と共に誘惑しなければならないのに、沈黙の出番ではないわ」

「……合格?」

 思わず聞き返していたグレイ、それに頷き返し、キウホは続けた。

「私が入門用にしている論理試験。これに合格するのは初めてよ。やはり紳士淑女交流部の部員に相応しいようね」

「……どういうこった?」

 聞きながらもグレイは何とはなしに分かりかけていた。こいつが何を言わんとしているのかを。

「先ほども言った通り、紳士淑女は真なる紳士、淑女を育成する部活。その中には当然舌戦をこなす力も備えておかなければならない。当然よね、社交界ならば口を使い人を動かすことが多くなるのだから」


「だから私は試した。あなたに私の理屈の矛盾を突けるかどうか。結果は合格も合格。大合格よ。何なら拍手もつけてあげましょうか? 最も肉体がないから音は出ないけれども」


「多少言葉遣いは乱暴という欠点こそあるものの、発言の前後を考察し相手の矛盾点を突く。言い争いに置いてそれは貴重的であり基調的。あなたは紳士にはまだなれていなくても、その素質は十分あるということなのよ」


(全ては手のひらの上だったてことかよ……!)

 先ほどまでの満足感は既になかった。代わりに覗いてきたのは口惜しさと焦りだけであった。

 そんなグレイにキウホは近付いてきた。ゆっくりとだが、確実に距離を詰めてくる

「紳士の卵たるグラディウス氏。私と一緒に来てもらうわ。あなたには紳士淑女交流部を創設して私と共に紳士淑女をこの世の中に育成する義務があるのだから」

「んなもん引き受けられるか」

「そう、でも淑女たるもの一度決めてことを簡単に翻すわけにはいかないの。私が何を言いたいか聡明なるあなたならお分かりよね?」

 つまりは力づくで押し通す。そういいたいのだ。グレイの意志を無視して自分のしたいことだけをする。


 だからそこにキバットが立ちはだかるのも当然だった。これまで観客と化していた彼だが、2人の間に割って入る。即座の格闘が出来るように、両腕を掲げての格好で。

「グレイ、逃げろ」

「キバット……」

「さすがにこれは守るさ。口では力になれないけど、お前の身に危険が及んだなら話は別だ。さっきの約束は……守る」

 その状況に口を出すほど野暮ではなかったのか、それともゆとりを見せつけるつもりなのか、いずれにせよキウホは待ってくれたようだ。キバットが振り向いたとき、退屈そうに眺めていた視線がゆっくりとキバットをとらえた。


「お話は終わりみたいね。でも私にどう対抗するのかしら。先に言っとくけど、私には物理攻撃は効かないわよ。幽霊型だから」

「だが魔法は別だ。俺達には大したことない魔法でも幽霊型は致命傷にさえなる場合が多い。そして俺は魔法が出来ないわけではない」

 両腕がうすく光り始める。簡易魔法により拳を塗装しているのだ。これなら通常の物理攻撃とは違い攻撃を当てることが出来るだろう。

「キウホとか言ったな。なめるなよ、俺だって三連牙の一員。キバやバースさんには劣るが格闘も魔法も……!?」


 そのとき気が付いた。

 体が動かない。

 正確にいえば体勢が変えられない。

 それはキバットだけではない。グレイも動けない。まるで足に不可視の杭でも撃ち込まれたように錯覚する。

「へえ、初めてやってみたけど凄いものね……『影縛り』って」

 グレイにもキバットにも確認することは出来なかったが、概ねを察する材料とはなった。


『影縛り』。


 教科書で確認したことはあるが実戦では見たことがない、影を地面に縫い付けることで相手の動きを拘束する上級魔法。

「『影縛り』だと……!」

「動作どころか、詠唱すらしてないってのに……」

 この上級魔法は動作を封じても表情筋の変化までは防げなかった。2人の困惑が顔に現れたため、キウホは親切心を発揮することとした。


「淑女とは、しとやかで上品な女性を指す。上級魔法程度、無動作でやれなければ務まらないわ」

「そんな淑女なんて存在しねえよ!」

「訓練すればなれるようになるわ。まあ、肉体がなくなるかもしれないけれど」

「ちょっと待て! もし俺が部に入るとか言ったらその訓練させられるのか!?」

「大丈夫よ、死なないから。肉体が消滅するだけだから。魔力で構成した新しい体あげるわよ」

「わーい、リトリッチさんと同じだー! 僕とっても嬉しいなぁ! なんて言うやつ1人もいねえよ! 常識を考えろ!」

「そうよねえ、肉体がなくなったら欲望開放できないものね。私もそれが困りものなのよねえ」

「話をまた変な方向に転がすんじゃねえ!」

「心がある限り欲望を持ちそれを解消することは常識でしょう? あなたの言う通りにしたのに何故不満を言われるのかしら? 私にわかりやすい説明をしてもらうためにも、どこか別室にお連れして詳しい話をお聞かせてくれると嬉しいわね」


 そのようなやり取りをしながらも接近をすることをやめない。むしろ、この掛け合いを近付くまでの時間つぶしとして使っていたのではないか、そう解釈の余地を挟むほどキウホは余裕しゃくしゃくであった。

「さあ、グラディウス氏。茶番はこの辺にしておきましょう。私の望む世界に、私がしたい世界についていってもらうわよ」

「……!!」

 手を伸ばし、グレイの首筋に触れる。殺意は全くこもっていないのは分かるのだが、寒気のようなものを感じるのは、何故か。


 突然、その背筋が、全身が温かくなった。いや、むしろ暑い。開いていた汗腺が本来の汗が分泌してくるのが分かる。

 咄嗟にキウホが飛び退いた。刹那、今までいた場所に光弾がいくつも降り注いだ。

 かなりの熱量を持つそれは屋上の地面に直撃、一部を溶融させるほどにまで至る。当然至近距離にいたグレイも高温で焙られたわけだが、それは気にならなかった。むしろその魔法を放ってきた術者の方に気が向いていた。

「危ないわね。私、幽霊型だからそんな強力魔法当てられたら死んじゃうかもしれないのだけれども」

「当たれば確かにそうなったかもしれません! でも! あたしのせんぱいに手を出そうとするなら! あたしは全力で戦うまでです!」

「ミリア!」

 ヴァンから何か聞いたのか、それとも第六感が知らせたのか。

 屋上の入り口にミリアは陣取っていた。腕を組み、仁王立つ姿で。本人は喜ばないだろうが、それは非常にかっこよさを伴っていた。その手に許可申請か何かの紙が握られていなければそのかっこよさはもっと増したであろうが。

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