4ー⑪ 光には影が付き添うものよ
「一応聞くけど、その紳士淑女交流部ってのは何をするんだ?」
「その名の通りよ。紳士、淑女。即ち礼節を踏まえた一人前の男性女性で交流する部活よ。もちろん人魔の区別などありえないわ」
提案を示すように、キウホはグレイに向かって手を差し出してきた。その手は幽霊型であるから半透明であった。
「あなたも思わない? 世の中に紳士、淑女と名乗る輩は数多いけれど、そのどれもが似非。皮だけ被った木偶の坊でしかないことを」
「あいにく紳士淑女然とした奴に知り合いはいないんでな、俺には分からん」
「そう、残念。でも私は沢山見てきた。悉く形だけの人魔しかおらず、その形ですら歪、異体、異形。真なる紳士淑女とは言えなかった」
悲しみを表すように肩をすくめる。目元が見えないがその目には悲しみが見え隠れしていただろう。それくらい空気が感じられた。
「だから私は決めたの。真なる紳士、淑女を私の手で育成する。そのためには立ち居振舞い、礼儀作法、教養。全てを備えなければならない。だからそれを学ぶための部活動を立ち上げようと今奮闘してるのよ」
「なんだ、立派な部活ではないか」
安心したように呟いたキバット。それはグレイも同様だったために思わず息を吐いていた。
「そうね、それは謂わば光。そして光には影が付き添うものよ」
嫌な予感がした。
安堵したのもつかの間、キウホは語り出した。
「そう、礼節を知るならば、その真逆もまた知らなければならないの。理性的な行動を知るならば、本能に根差した活動もしなければならないの。そう、それは即ち肥満を超えての飽食、排せつすら放棄した怠惰、いらないものですら欲し奪う強欲、理性全てを吹き飛ばす憤怒、誰かに何かをしてもらうまでふんぞり返る傲慢、才能あふれる人に負け続けて抱く嫉妬、そして多人数男女人魔混合での色欲」
「やめろ! それ以上! やめろ!」
かき消すようにグレイは声を荒げる。キウホは眉をしかめたのだろう、声に着色された色が変わった。
「誰かが話をしているときに遮っていけないって学校で習わなかったの?」
「それは真面目な話をしているとき限定だろ!」
「あら、私は真面目よ。大真面目にそれを作ろうとしているの。だからあなたの理屈は成り立たないわね。しかもあなた方は先程、紳士淑女交流部を説明して欲しいと言った。それを説明しているのに妨害したとあっては、やはりあなたが悪いのでしょう」
「俺は聞いた覚えはないぞ」
とキバットは主張したが、それは流された様だ。キウホにもグレイにも。
「トンでもねえことを言い出しやがって! しかも最後のなんだそれ! 盛るにも程があるんだよ! 部活ってのは公的な、学校の活動なんだ! それは公的なものにはならねえんだよ!」
「あら、酷い言いぐさね。まるで唾棄すべきものであるかの様に言うなんて。世の中にこれ程ありふれている行為を馬鹿にするなら、全ての物事を下に見ているのね」
「俺はそんなことは言ってねえだろ!」
「だってそうじゃない。人族、魔族に焦点を絞って生まれた子供の数を最低限とする。それだけでも膨大な数が行われたのは明白でしょう。さらに避けられたものを加えようとすればどれ程のものになるのか、私には想像すら出来ない。それだけではないわ。過去にさかのぼって考えてみれば、その数は最早既存の数字の単位で追いつくかどうかすら分からない。それほど一般的に浸透されているもの、それを馬鹿に出来る資格があるとは知らなかったわ。もしかして高貴な生まれなのかしら。王族や貴族出身の人族だったのかしら」
怪物、そんな単語が頭に過った。
とんでも論理が来ることは覚悟していたが、まさか数学的見解を、統計学的な展開を持ち出してくるとは。一気にグレイの立場は厳しくなった。
反論は出来ないわけではないが、数学的な裏付けをされたものには難しい。
何故ならグレイが反論するのは道徳、倫理に基づくものだ。具体的なものではない上に、これは人によっては基準がぶれる。そのため効果が確実なものとはいいがたい。
対するキウホは数字を絡めた説を広げてきている。例えそれが都合のいい解釈が行われた数値であっても、数字の持つ説得力は大きい。グレイのようなムラのある力ではないのだ。
(ミリアとは別次元のやりにくさだ……! ミリアはどんな論理も全力でぶつかってくるが、この女はまるで別! 立て板に水! 蛙の面に小便! 何言ってもさらりと流して言いたいことだけ言ってやがる……!)
「俺は王公貴族何かじゃない。普通の一般的な人族だ」
「でもそんな風に全てを見下しているってことは風格や資質を備えているのかもしれないわね。御落胤かしら。あなたを担ぎ上げて一国を築くのも悪くなさそうね」
「生まれも普通だ、第一そんな話してたんじゃないだろ」
「それじゃあ戻ろうかしら? あなたが絶対に負けるであろう議論の場に」
にっこりと、キウホの唇の形が変わる。それが勝者の余裕であることは誰の目にも明らかだった。
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