3-⑳ あんなわけわからんお笑い自己満足集団!

「誰だてめえ! 姿を現しやがれ!」

 その中で最も戦闘経験があるバースが一番早く復帰した。そして威嚇代わりにさえなるような、大きな叫び声をあげた。

「言われずとも正体を明かそう」

 言を証明するかのように生徒会室の窓から何かが飛び込んでくる。

 そこにいたのは全身黒、黒、黒。黒尽くしで頭の先から爪先まで覆われ、見えるのは目だけだ。この格好を見ればヴァンの格好など可愛いものではないか。そうとさえこの場にいた何人かに思わせた。

 忍者、遠く離れた国であると聞く職業の名前をミリアは思い出していた。


「……何だてめえ。喧嘩売ってんなら俺が買うぞ。さっきキバの戦いを見てから暴れたい欲望が昂ってんだよ」

「暴力ですべてを解決しようとする、何と下劣な。品格というものがまるで感じられない。所詮不良か」

 それだけで喧嘩を売っていると同義と捕らえたようだ。バースが腰を落として、戦闘態勢に移行したのが見て取れた。

「おっと動かない方がいい」

 そんなバースを拒否するがごとく、手を前に突き出してくる。

「ああ?」

「……私がたった一発しか爆弾を仕掛けてないとでも思ったか?」


 時間にして5秒程度でしかない口舌が、バースの動きを完全に止めた。説得力と共に不安が心の中に急速に広がり始めていく。

 バース1人であれば迷わず突っ込んだだろう、しかしこの場にあまりにも生徒会関係の面々が揃いすぎていた。その全員を巻き込んでもよいのか、それがバースの心に迷いを抱かせる。

 まるで杭でも撃ち込まれたように、バースが止まるのを見届けたため侵入者はヴァンの方へ顔を向ける。


「ヴァン・グランハウンド。あなたに対して名乗ろう。我が名はキフドマ・キフエクツ。学校裏生徒会の四天王の1人」

「裏生徒会って……実在してたのか! あんなわけわからんお笑い自己満足集団!」

「元より不良ごときに我等が理念わかるはずもなし。理解を求めようとも思わない」

 バースの嘲弄交じりにの言い分に、返したのはつっけんどんな物言い。どちらも険悪な雰囲気を醸し出している。

「ヴァン・グランハウンド。 今日のところはあいさつ代わりにしておこう。しかし我々が必ずお前を倒す! 正義の皮を被った悪の権化としてのお前をな!」

「悪の……権化……!」

 ヴァンの背中に喜びが駆け抜けた。感情が如実に表れ、喜色満面を体現し始める。だがこれに気付いたのはこの場にほぼいなかった。誰もがキフドマに視線を向けていた。

「また改めてお前の前に参上する。その時には正義の名のもとに処罰してやる」

 それだけ告げてゆっくり窓に、先ほど入ってきた窓に向かって歩き始める。縁の部分に手を置いたとき、バースに向かって向き直る。冷笑を浮かべたのだろう、目が若干細くなった。


「それにしてもバースよ。見事な優しさよな。ありもしない爆弾を危惧して自らの行動を戒める。私には到底まねできんよ」

「! てめえ! 謀りやがったな!」

 言うなりその男は膝を屈伸させて再び窓から飛び出した。バースの咄嗟の簡易魔法も空を切って効果なし。

「はっはっはっ……また会おう、生徒会諸君! はっはっはっ……」

 笑い声はかなりの時間響いていたが、やがてそれも止んだ。それきり誰もしゃべらない。静穏のみがこの場を占拠していた。










「綺麗にまとめようとするなあ!」

 その静けさはグレイがぶち破った。ミリアの体から跳ね起きて全員をにらみつける。

「待ってたぞこんにゃろーども! てめえら全員揃ったら聞いてやると思ってたんだ! 今回盗撮の主犯は誰だぁ!!」

 グレイの叫びなどヴァンやミリアにしてみれば慣れ親しんだものである。怒りなど空気にさえ等しいかもしれない。

 しかしそんな馴染み深い彼らですら、今のグレイには呑まれた。三連牙やバースは推して知るべしだ。


『………………』


 誰もが答えなかった。だが、それは沈黙であって雄弁でもあった。

 ミリアを除いた全員の視線がヴァンに向かっていたのをグレイは見逃さなかった。

 途端、グレイの怒りが噴火する。

「やっぱりてめえか! ヴァン! んなくだらねえことすんのはてめえだろうとは思ってたんだよ!」

「……だからどうした? 何なら保存しておいたから先のやり取りの複製でも渡してやろうか? 2人きりのやり取り、渡してやるのが好意というものかな?」


 その怒りに気圧されていたが、冷静さをヴァンは奪還した。皮肉な声色でそれに返す、これまでやって来てその度に大きな障害も起きなかった。

 が、それは普段のグレイに対してのみ正解なのである。キバにボコされミリアに情けない姿を晒した、つまり鬱憤という火薬が堆積しているところに炸裂弾が、ヴァンの挑発が来たのだ。

 つまりグレイはぶちきれたのだ。


「ミリア!!」

「は、はい!」

 これほどまでに強く呼ばれたのは初めてだった。自ずと気が引き締まる。

「俺の机の2番目の引き出しに突っ込んでおいた原稿持ってきてくれ! そこにこれまでのヴァンの善行全てが記してある!」

「な、なんだと!?」

「ええええ! マジですか! それ国宝級ですよ!」

 二人ともに驚くが、そこに混ぜこまれた思いは違う。ミリアには喜びが、ヴァンには恐怖が押し込まれていた。

「いつかこんな日が来るかもしれないと思ってコツコツ書いてたんだ! それを今解放する! だから原稿取ってきてくれ!」

 了解! とミリアは敬礼で応じそしてヴァンの方を向いた。喜色満面という四字熟語を体現しているかのように。


「やりましたね会長! 滅多にデレないせんぱいが遂にデレてくれましたよ! 正直嫉妬してます! 羨ましいです!」

「何処がだ! 何処にデレがあるというんだ!」

「会長にいつもいつも辛く当たっているせんぱいが、会長の偉業を称える本を出すんですよ! 最上級のデレじゃないですか! さてはせんぱいのデレが珍しくて拒絶反応を起こしてるんですか! ダメですよ会長! こういうときに素直に喜ばないとすれ違って悲劇の温床になっちゃいますよ!」

「すれ違うどころか正面衝突おこしてるようなものだ!」

「愛と愛との正面衝突ですね! 分かります!」

「かけらも分かっていない!」


 怒りと悲しみと絶望の混合物をミリアにぶつけてみるが、所詮は言葉。全く通じていない。それどころか憐れむような、軽い怒りを含んだような顔つきになった。

「もう! どうしてあたしの周りにはツンデレの人ばかりなんですか! 皆さん素直になるべきですよ! 嬉しいときには喜ぶべきですよ! イラつくべきときには怒るべきですよ!」

「全く書記係さんのいう通り! だからそれを補助するのが俺達の役目よ!」

 突然なバースの乱入に全員が注目した。そこに何故か息を切らした三連牙も傍にいた。


「さっきキバが取りに行ってきた! この原稿で間違いないよな!」キバが紙の束を掲げている。

「そしてキバットが出版社に連絡を取って出版の申請をしてきた!」キバットが親指を立てて合図を出す。

「最後にキバンカが伝をたどって清書、校正をしてくれる作家に連絡を取ってくれたぜ!」大きくキバンカが頷く。

「準備はすべて完了したぜ!これが俺たちにできる補助であり、償いだ!」


 包囲網が狭まってくる。対応策すら打てない、自分の首が絞められたかのような錯覚すらヴァンは感じ始めていた。

「何故だ……! 俺魔王化計画でも無いのに何故こうなる……!? 神はよほど俺のことが嫌いなのか!」

「その逆だ! てめえのことを愛してるからこうなったんだよ! 羨ましいこった!」

「とんだヤンデレの腐れ神だ!!」

 ヴァンの短いながらも魂からの呪詛は、周囲の人魔にはいつものツンデレにしか映らなかった。それ故皆思わず『またかー』という苦笑にも似たものを浮かべていた。

 この頃には全員の頭から裏生徒会などほぼ消えていた。

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