3-⑰ それしか道はねえんだ!

 だが苦悶の顔を浮かべていたのはキバだけではない。

 グレイも同様に、いや、キバ以上に深刻だった。先の攻撃による威力からの回復は済んでいない。息が荒げ、足が笑い始める。あともう一度でも倒れたら立ち上がることは出来ない。

 最早グレイには長期戦を挑むことが不可能だと分かってきていた。


「く、そが!」

 グレイを引き剥がそうとするキバだったが、それは不可能だった。離そうとすることに勘付いたのか、左腕を背中に回すことで拘束具としての機能を発揮させる。

(倒れろ! 倒れろ! 倒れろ倒れろ倒れろ!)

 ただガムシャラに撃ち込み続ける。意識も本能もすべてを集中させた、呼吸することも忘れた素人ならではの攻撃、全ての運動機能もエネルギー源も費やす。


「いい加減に、しやがれ!」

 攻撃を受けながら、背中に肘を打ち付けるキバ。その威力の強さから、グレイの意識を直接揺さぶられる。

 そしてその隙を逃すほどキバは戦闘経験が浅薄ではない。膝蹴りで体を突飛ばし、さらに追撃の中段蹴りを放った。

 胴体に直撃したそれは距離をかなり稼ぐことに成功し、グレイの体を飛ばした。


「くそがよおぉ!」

 飛んだ体目掛けてキバの腕の矢が飛ぶ。本来ならもう少し距離を調整して放つ一撃だったが、先の腹攻撃から足の動きが鈍くなっていた。

 そのため威力は軽減。

「!」

 それでもグレイの顔が跳ねさせるのに十分だった。視界がまるで別空間に入ったかのようにグニャリと変わる。

 しかしグレイの拳もまた捕えていた、グレイの攻撃がキバの鼻を叩いた。

 骨が折れる一撃には程遠いが目と連結している涙腺を刺激、キバの視界を滲ませる。

「ぐがっ!」

 思わぬ一撃に鼻を両手で押さえる。即ち攻撃の手が弱まる。

 そして何より顎ががら空きになる。

 歪む視界の中だがそれだけは確認できた。そしてそれをグレイは待っていた。


(開いた!)

 脳みそを振動させられることで昏倒すら可能性として起きる急所。人体を一撃で倒す可能性がある、危険な場所。

(ここだ!)

 腹を叩いても勝負は決さない。立ち上がれないほどの一撃を与えるすべはもうこれしか思いつかなかった。

「!」

 踏み込んで距離をさらに縮め、ほぼゼロ距離とする。足の動きは鈍っていたがそれでもまだ言うことを効いた。

 そして調整、アッパーを出すのに最も適した位置。

(打ち抜け! 顎!)

 意志、目的、体幹すべてが重なったグレイの魂の一撃が放たれた。


「てめ!」

 しかしそれを察知できないほどキバも鈍くない。

 顎に片手で防御、もう片方の手で振り下ろしを図ってくる。

 防がれ、そのうえでの攻撃。もらえば立ち上がれない。


(構わねえ!)


 理屈に合わなくても、無謀であっても、これ以外もう考えられない、止まらない。


(それしか道はねえんだ!)


 突き出した拳の交錯。

 振り下ろし対振り上げ。

 相打ち、お互いの攻撃が激突し防御の勝負となった。


 キバの攻撃はグレイの顔面に真正面から衝突していた。

 顔面の肉が歪になり、開かれた眼から光が薄れ始めていた。


 グレイの手はキバのあごには到達していた。これだけでも衝撃はあった。

 だがそこまで。打ち抜けず衝突で止まっていた。


 受けた拳によって意識が粉砕されかかり、グレイの膝が砕ける。


(ちくしょう……)


 膝が地面に着く。だがもはやグレイの感覚は機能できていない。強打していたのに、その感覚は脳に届いていなかった。

(こんだけ、やっといて……これかよ……)

 ミリアの顔が消えゆく意識の中で過る。その顔がどんな顔をしていたのか、グレイには認識できなかった。

(カッコ悪りいな……俺……)


 その思いを紡いだと同時、グレイは気絶した。地面にうつ伏せに倒れ伏して。

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