1ー③ 寒いんだよ痛いんだよ辛いんだよ!

「いきなり何をする!」

 どつき倒されたヴァンが顔を起こした。

 そこにはヴァンの予想をした通りの人物がいた。輝く長い金髪の10代の男。

 背丈は他の男子よりもやや高い程度のものであろう。着ている服はヴァンと同じ黒い制服。

 叩いたであろう手は既に組まれての仁王立ち。普段ではまあまあな顔も、怒りに染まったその様はまるで戦いの神の様だ。

 彼の名前はグレイ・グラディウス。ヴァンにとっては幼なじみであり、頼れるべき親友であり、そして大切な片腕でもある。のだが、平気で主人に対して暴力をふるう乱暴な男、ともヴァンは認識している。


「やかましい! 生徒会室で引き込もって何してるのかと思いきや、こんなことしてやがって!」

 かつかつと歩いたと思うと、鋭い音がした。刹那、光が差し込んでくる。

 引かれていたカーテンをグレイが取り払ったのだろう。あたりの暗闇は瞬時に払われ、辺りの景色がはっきりと写し出される。


 その部屋はコの字型に机が並べられていた。中央にある机だけ歴史を感じるが言い換えればぼろい。色合いも地味な茶色、豪華な作りにはほど遠かった。

 それを挟むようにしてある横の両机はさらに簡素だ。移動と収納のために折りたたみが出来るくらいで、それ以外特徴らしい特徴もない書き物机である。

 部屋の隅の方にある本棚、中身は過去の生徒会が作った冊子や会議の資料などが乱雑に積まれている。その側に生徒会役員用のロッカーがいくつか並んでいる。

 一言で言ってしまえば、地味。ヴァルハラント生徒会室はそんな部屋だった。

 先程まで雰囲気を醸し出していた蝋燭の炎の揺らめきなどは空しいものだ。今までの雰囲気が一瞬で消え失せていく光景である。


「ああ! 俺が作った暗黒空間が!」

「何が暗黒空間だ! ドが付くほど恥ずかしい名前つけてんじゃねぇ!」

 絶望、悲嘆、慟哭、といった言葉を連想させそうなヴァンの声色であったが、内容が内容のためにどうにも間抜けに聞こえてくる。そのためグレイは一片の同情も無く言い放った。

「恥ずかしいだと? 貴様、分かってないな、グレイ!」

 わざわざ立ち上がり、ヴァンはマントを手で翻し格好をつける。

 本人としては偉く気に入っているのか、その顔は満足気である。尤も端から見ているグレイには鳥肌の立つ光景だが。


「暗黒空間……格好良い響きではないか! それが分からんか⁉ 未熟、あまりにも未熟!」

「寒いんだよ痛いんだよ辛いんだよ!」

 顔が赤くなりながらグレイは捲し立ててきた。しかしそれとは正反対に、ヴァンは涼しげな顔で対応する。

 それは見る人が見れば、例えばグレイの様に怒り心頭の人間には馬鹿にしているとしか解釈できない、そんな顔であるが。


「分かってないなぁ、グレイよ。お前は魔王というものがまるで分かっていない。その程度では使い魔検定にすら落ちてしまうぞ?」

「そんなもんはなっから興味ねぇし入るつもりもねえっつーの!」

「私の副官である男が何を言っているのやら。今は友情で採用してやるが、いずれ必要となる能力だぞ?」

「俺は副会長だ! てめえの部下じゃねぇよ!」

 グレイの言葉にヴァンの眉が上がった。心底、冗談やふざけた気持ちなど微塵も感じられない真剣そのものの表情をして

「初めて知ったぞ⁉」

 などと言うため

「マジで驚いてんじゃねぇよバカ! ずっと前に決まったことだろうが!」

 グレイは声の抑揚を一段あげるほどキレた。

 しかしヴァンは先の答えに対応しきれていないのか、崩れ落ちる様にして生徒会長席に腰を落とした。


「馬鹿な……こんなことが……これは悪夢か?」

「……とりあえずてめえが喧嘩を売っているのはよーく分かった」

 震える拳を理性で何とか止めつつ、グレイは言った。だがヴァンはそんなこと聞いていなかったようで、自らの疑問を口走る。

「お前は、私の使い魔となるために生まれたのではなかったのか?」

「誰がなるかそんなもん! ていうかてめえ俺のこと何だと思っていやがった⁉」

「もちろん友だ。ただし私に従う忠実な下僕としての地位は変わらないと考えていて……」

「おらぁ!」

 迷うことなく、グレイは炎の魔法をヴァンの顔にたたき付けた。


 魔族がもたらした簡易魔法インスタントマジック、詠唱という長い過程を経る必要のない、意志と起動の言葉さえあれば発動する魔法。


 この魔法による爆炎がヴァンの体を包む。

 だがそれはひび割れ、崩れた。まるでガラスが割れたときのように破片となって虚空に四散していく。その後には無傷ながら怒りに顔を歪めるヴァンが1人いるのみ。

「貴様どういうつもりだ! 咄嗟に防御魔法を展開できたからいいようなものの、この魔王たる俺に傷を負わせるつもりか! 最も当たってもお前程度の力では傷一つ付かないだろうがな!」

「やかましい! 無理矢理でも負ってろ! そしてそのままベッドでおねんねでもしてやがれ! その方がまだ害が無いってもんだ!」

 グレイの必死な怒号を鼻先で笑ったヴァン。そのまま嘲る様に唇を片側にあげて、嘲笑を形作った。


「誤解してもらっては困るなグレイよ。私は生徒達に害を与えなどしない。私が与える物は、混乱! 人々が恐れ、怯え、惑い、秩序無く喧噪に包まれる様! それを民衆に与え俺自身は歓喜する! ああ……まさに魔王と呼ぶに相応しい! その絵こそ俺が求め憧れるものなのだ!」

 恍惚とした顔でヴァンはマントを手で返した。

 その言い回しや抑揚の付け方から、一種の劇を見ているかのような感覚を呼び起こされるが、日常生活ではそれは奇異な物にしか映らない。

 だからグレイは突っ込むのだ。ヴァンのみっともない行動が、彼の羞恥心を刺激するから。顔を赤くして。


「なにが魔王だバカ! てめえは生徒会長だろうが! 生徒会長はな、役職であって地位じゃねえんだよ!」

 一体今日何度目となるのか、ヴァンは笑みを浮かべた。

「ふっ、確かに今は生徒会長、このヴァルハラント学校の一生徒にすぎん。しかしやがてはこの学校を支配、そして次に他の学校を支配。ゆくゆくはこの国を支配し、俺は魔王となるのだ!」

「魔王となるのだ! じゃねぇだろ、このバカ!」

 グレイの放った蹴りがヴァンの顔にきれいに入った。尤も先の言葉通り効果は無かったが。

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