第6話 白石一馬という男
三日後、とある病院内にカラスと織江の姿があった。
「あら、こんにちは。いつも御苦労様です」
すれ違う白衣の女性たちが皆織江に声を掛けていく。彼女らと親しげに挨拶を交わすくらい頻繁にここへ通っているのが見て取れた。
ストレッチャーを乗せることのできる大型のエレベーターに乗り込むと、織江は最上階のボタンを押した。
「このエレベーターって基本的にはスタッフオンリーじゃないのか?」
「これでないと行けないの。非常用階段を登りたいなら止めないわよ」
「……遠慮しとく」
病院に近づくにつれて悪くなっていた織江の機嫌は、悪いままで固定されてしまっているようだ。
あの後、渋る彼女を拝み倒して白石和馬に面会する機会を得たのだが、その代償は思っていたよりも高くついてしまったのかもしれない。
間の悪いことにそんな時に限ってエレベーターには誰も乗って来ることはなく、相手は一人だけのはずなのにまるで針の筵の上にいるような居心地の悪さを感じ続けることになってしまった。
目的の階についても織江の不機嫌は続いたままで、カラスを置いてさっさとエレベーターから降りて行ってしまった。
仕方なく彼女の後を追って外に出ると、そこは明らかに今までの場所とは違っていた。
床は無機質なタイル張りから重厚な木製に変わり、あちらこちらに置かれた調度品は素人が見ても高価だと分かるものばかりであった。
「おいおい、これじゃあ病院というより高級ホテルじゃないか」
しかもただの高級ホテルではなく星三つの最高級ホテルである。つまりはVIP御用達の特別病棟という訳だ。
呆れて周りを見回している間に随分と離されてしまっていたようだ。
ふと前を見ると織江がノックをしてからある部屋に入って行くのが見えた。
慌てて後を追いかけて部屋の前に立つと、一般の病室のように名札が取り付けられていた。
馴染みのある光景に安堵しつつ、そこに書かれている名前を見て気を引き締める。
「失礼します」
一応声をかけてから中に入ると、そこは廊下以上に豪華な部屋だった。
奥のベッドには誰かが横になっているのが見えた。
「せっかく来てもらったけれど今は意識がないわ。残念だったわね」
テキパキと花瓶の水を換えながら織江が言う。
相変わらずこちらを見ようともしない彼女に少々うんざりしてくるが、最初に無理を言ったのはこちらの方である。
ここは男の度量の大きさを見せる時だろう
「仕方ないさ。特に予定が入っているわけでもないからのんびり待たせてもらうよ」
「面会時間が過ぎれば帰ってもらうわ」
しかし織江にはお気に召さなかったようで、彼女はそう言うと古くなった花を持って部屋から出て行ってしまった。
カラスのことを警戒している割には不用心な行動だが、それだけ病院のセキュリティ等々を信用しているともいえる。
元よりそんなつもりは無かったが、置かれている調度品には手を出さないでおこうと誓った。
ベッドにいたのは年老いた男だった。白石啓次やネットで見た白石幸一とどことなく似ている。
白石和馬に間違いないだろう。
ちなみに織江は母親似なのか全くと言って良いほど面影が無かった。
入り口側からの視線を遮るようにカラスはベッドの周りをカーテンで覆う――一人部屋だが着替え等で必要になるのだろう――と
「寝たふりはもういいからさっさと起きて下さい」
声を掛けた。
すると
「ばれてしまったか」
和馬はニカッと笑うと「よっこいせ」と声を上げて上体を起こした。
少ししゃがれてはいるがしっかりとした口調だ。
視線も鋭く、顔だけ見れば病人かどうか分からない程だった。
「これでも一応葬儀屋の従業員ですから、意識があるかどうかは見れば分かりますよ」
「ああ、お前が織江の言っていた葬儀屋の小僧か」
暗に多くの死体を見てきたと言ったのだが、和馬は気にしていないようだ。
「何と言っていたんですか?」
反対にカラスの方は、彼女が自分にどんな評価を下していたのか気になって尋ねていた。
「偉そうで生意気、後はいけ好かないとも言っていたな」
「そうですか……」
予想以上に辛辣な判定だ。少しは仲良くなれたと思っていたのだが、気のせいだったらしい。
とりあえずできたばかりの浅くない心の傷は無理矢理意識の外に追いやることにした。
「おっと、自己紹介が遅れました。私は黒羽葬儀社の従業員でカラスと言います」
「小僧、一つ忠告しておいてやる。相手に信用してもらいたいなら自分を隠すな。偽名など以ての外だ」
「会長が小僧と呼んだことを謝罪してくれて、以降私の名前で呼ぶことを約束してくれるならお教えしますよ」
カラスの言葉に和馬が睨んでくる。
負けずに睨み返すが流石は大企業の会長、油断するとあっという間に負けてしまいそうだ。
睨みあいは一分、二分と続いたが、先に折れたのは和馬の方だった。
「はあ、年は取りたくないな。こんな若造に根負けするとは」
「ありがとうございます。会長に競り勝ったと皆に自慢することにします。信じてもらえるかどうかは分かりませんけれど」
カラスの軽口に和馬がにやりと笑った。
初手は上々のようだ。このまま話を進めてしまおう。
「既に彼女からお聞きしているとは思いますが、今日は営業に来ました」
「長生きはするものだな、まさか自分の葬式の営業を聞くことになるとは思わなかった」
「確かによくあることではないでしょうね。ところで、私が聞いた話だと宇宙葬をお望みだということでしたが」
わざと間違えてみると
「違う。面白い葬式と言っただけだ。宇宙葬とは一言も言っていない」
案の定訂正が入る。
「その筆頭が宇宙葬だということです。何せもうすぐ禁止されてしまうかもしれませんから、やるなら今のうちですよ」
「こらこら、それじゃあ早く死ねと言っているようなものだぞ」
確かにその通りなのではあるが、あんまりな言い方に和馬は苦笑いを浮かべた。
「え?死なないんですか?というのは冗談ですが、どうしてそんなに宇宙葬に拘るんですか?」
「だから誰も拘ってなどいないと――」
「嘘ですね。宇宙旅行も海外旅行と変わらない私たちならともかく、会長たちの世代であれば『一番面白い葬式』なんて言われたら宇宙葬が思い浮かぶに決まっています」
和馬の台詞を遮り断定すると、思い当たる節があるのか黙ってしまう。
この辺り織江とそっくりだと場違いにもそう思ってしまった。
「一体どこまでがあなたの予想の内だったのですか?息子さんたちが宇宙葬を扱う業者を見つけだす所ですか?それを織江さんたちが邪魔する所まで?それとも私のような常識知らずが直接会いに来る所まで考えていたのですか?」
シゲの見立てでは公然の秘密状態だった啓次の交友関係は元より、幸一の株の失敗についても知っていたのではないか、ということだった。
「もしも小僧の言うとおりだったとしてもそれをわざわざ言う必要があるのか?いつから葬儀屋は探偵になったんだ?」
「真っ当な業者ならそんなこと聞きはしないだろうさ。だけどこっちは場合によれば危ない橋を渡る必要があるんだ。それを面白半分でやられたら迷惑なんだよ」
特に今回は白石和馬という特級の有名人だ、どこからちょっかいが入って来るか分からないため、危険度は普段の比ではない。
覚悟の程が分からなければ手を出せたものではない。
誤魔化すような物言いに対してつい素が出てしまったが、逆にそのことが和馬には好印象に映ったようだ。
目を閉じると静かに話し始めた。
「もう十年前になるか、うちが起こした事故のことは知っているか?」
白石工業が十年前に起こした事故、というならあれしかないだろう。
「宇宙空間における超巨大太陽光発電装置の建造途中に起きた爆発事故のことですよね。どこかの国の妨害行為だのテロだのいろいろ言われていましたけれど、結局原因は分からず仕舞いだったような記憶があります」
口調を元に戻してカラスが答えた。
白石工業はこの発電装置の基盤・土台部分の製作を受け持っていて、事故はその連結作業中に起きた。
カラスが言ったように原因不明の爆発によって完成間近だった基盤部分は壊滅し、さらには作業員二人が行方不明という人的被害も出ている。
「原因については今更何を言っても始まらないが、あの時行方不明になった二人は創業時からの仲間でな。職人気質で現場主義者だったから常に第一線で働いてもらっていたが、あんなことになるなら無理矢理にでも幹部に引き上げるべきだったと後悔しない日はなかった」
そう言うと和馬は窓の外に目を向けた。
今日はよく晴れていて青空が広がっていたが、その目に映っているのは漆黒の星々の海のような気がした。
「何度も後を追おうかと考えたが、残っている仲間のことを思うとそれもできなかった。余命幾許もないと分かった今でさえ死んでやることはできない。それならせめて死んだ後に同じ場所に行ってやるくらいはしないと申し訳が立たんのだ」
それはただの感傷かもしれない。エゴだという人もいるだろう。
それでもその言葉には確かな想いが込められていた。
それさえ分かればカラスの言うべきことは決まっていた。
「分かりました。会長の願いは当社が責任を持って叶えさせて頂きます」
これまでとは一転して快諾したカラスに和馬は驚きの声を上げる。
「気持ちは嬉しいが大っぴらに宇宙葬をやる訳にはいかんのだぞ。何か考えがあるのか?」
「いえ、それはこれから考えます。急いでプランを纏めて来ますので、御納得頂けましたら契約よろしくお願いします」
そう言うとカーテンを勢いよく開ける。そこにはいつの間にか戻って来ていたらしい織江が立っていた。
少なくとも和馬の告白は聞いていたのだろう、彼と目が合うと気まずそうにしている。
「あ、連絡は織江さん経由になると思いますのでよく話し合っておいて下さいね」
そんな二人を後に残してカラスは「それではまた」と意気揚々に立ち去って行ったのだった。
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