第4話 水面下の動き
カラスが自事務所に戻ると黒羽の姿があった。
「おや?おかえり。遅かったじゃないか?」
「お疲れです。社長の方こそ今日は遅くなるって言っていませんでした?」
ジャケットを脱いでハンガーに掛けながら尋ねる。
「その予定だったんだけどね。珍しくシゲさんの機嫌が良くて、二つ返事で引き受けてくれたんだよ」
「それは確かに珍しいですね」
「だろう?何か裏があるのかと勘ぐっちゃったよ」
「説得する時間と金が浮いたと思っておけば良いんじゃないですか。それで期限は?」
「二日もあれば大まかなことは調べてくれるようだね。追加するかどうかはその時点で決めてくれて良いってさ」
今でこそ路上生活をしているが、シゲはかつて一流企業勤務の高給取りだったらしい。
同様に彼のホームレス仲間には元官僚や元商社マンなどがいて、今でも表裏を問わず様々な情報が舞い込んでくるのだそうだ。
そこで黒羽は白石啓次についての情報を集めて欲しいと依頼して来たのだった。
「それで、そっちの方はどうだったんだい?」
「予定外の収穫がありましたよ」
カラスはインスタントコーヒーを淹れて黒羽の向かいに腰を下ろすと、白石マテリアルでの顛末を話し始めた。
「奥まった部屋に連れて行って問答無用で袋叩きか……いつの時代のチンピラかと問い質したくなる話だね」
「ボイスレコーダーをちらつかせたら真っ青になっていたから、あの連中の独断の可能性もありますけど、白石啓次が全く関知していないことはないと思いますね。ただ、余りこのネタを引っ張ると強請だと思われて怖いお友達に丸投げするかもしれないです」
「そうだね。白石啓次から連絡があった時にはレコーダーは処分する方向で話を進めておく方が良いな。それで、帰るのが遅れた理由はなんだい?」
向こうの行動それ自体はぶっ飛んだものだが、ここまでは当初の予定にあった部分である。
カラスは黒羽が予定外の行動をとった理由の方を知りたいと思っているのを感じながら、わざと勿体ぶっていたのだった。
「偶然白石の娘を名乗っていた彼女に会ったので、お茶してました」
「本当かい?いつもながら君、そういう引きは強いよね。彼女は一体何者だったの?」
カラスの台詞に黒羽は驚くと言うよりも半ば呆れたような顔をしたが、直ぐに気を取り直すと彼女の正体について尋ねた。
「残念ながら詳しいことはまだ何も。あ、名前は分かりました。相上織江です」
「相上……白石の関係者にそんな名前いたかな?」
黒羽は自分の端末を取り出すと白石グループの企業概略や取締役員名等を調べてみるが、それらしき名前は出てこなかったようだ。
しばらくすると端末に落としていた視線を上げて首を横に振った。
「一応俺のアドレスを伝えてありますけど、連絡があるかは五分五分といった所です」
「ふむ、それじゃあこちらの期限も二日、シゲさんから情報が回って来るまでとしようか。連絡の無い場合は、彼女のことを追加で調べてもらうことにする。それで良いかい?」
「了解っす」
さて、最も早く情報をもたらしてくれるのはシゲか白川啓次か、それとも織江だろうか?
ところが、一番早く情報を持って来たのは予想もしない人物だった。
翌日、二人して溜まっていた書類の整理をしていると、バンと大きな音を立てて事務所のドアが開いた。
「おやおや、相変わらずむさ苦しい所ですねえ」
入って来たのは長身の優男で、上下白のスーツにどこで手に入れたのか真紫のシャツを着ている。
ネクタイに至ってはメッキか何かが塗られているのか、やたらとテカテカ光っていた。
「ん?二人ともどうして固まっているのですか?もしや、僕の美しさに思わず見惚れてしまったとか!?」
「びっくりしたなあ。誰かと思ったらカワセミ君か……」
「勘弁して下さいよ。白石の怖いお友達かと思ったじゃないですか……心臓に悪い……」
悦に入る闖入者に対してカラスたちはげんなりとした表情を浮かべていた。
二人の反応にカワセミと呼ばれた男はつまらなさそうな顔をしつつ、勝手知ったる他人の家とばかりに上がり込んできた。
カラスたちもその様に特に何か文句を言う訳でもなく、書類の整理に戻る。
それもそのはず実はこのカワセミ、数代前のカラスとして黒羽の下で働いていたことがあるのである。
今は独立してここからさほど遠くない街で同じく葬儀社をしているのだった。
「それでいきなり訪ねて来て何の用だい?見ての通り忙しく、はないけれど面倒な作業の真っ最中なんだけれど?」
視線は書類に向けたまま黒羽が尋ねる。
「せっかく仕事を持って来たっていうのに御挨拶ですねえ」
「仕事?」
二人は顔を見合わせると同時に声を上げた。
カワセミがやって来ること自体はそんなに珍しいことではないが、いつも愚痴や雑談ばかりで仕事を持ってくることなどこれまで一度たりともなかったからだ。
「どういう風の吹きまわしかな?」
「いやむしろ病気の方の風邪じゃないですか?熱とかありません?」
「二人とも随分失礼なことを言ってくれるじゃないですか……そうじゃなくて、この前宇宙葬についての問い合わせがあったんですよ」
訝しがる黒羽と心配するカラスに、こめかみを引き攣らせながらカワセミが言うと、途端に二人の目の色が変わる。
それに満足したカワセミは「まだ確定した訳ではないですが」と前置きしてから説明を始めた。
「先日身なりの良い御仁が突然やって来て、これまた突然宇宙葬をしたいと言われましてね。ほら、知っての通りうちは真っ当な葬儀屋じゃないですか。そんなもうすぐ法律で規制されそうな怪しいことはやってはいませんが、せっかく足を運んでくれたお客様をそのまま返すわけにもいかないので、うちの売りである『死に化粧』なんかの説明をしていたんですがね……」
脱線――主に自慢――する話を要約すると、宇宙葬を行いたいとやって来た金持ちそうな男はカワセミが取り扱っていないと分かると直ぐに帰ろうとしたのだが、そこを何とか知り合いがやっているかもしれないと引き留めて確認後連絡を入れる約束を取り付けることに成功した、ということだった。
「身なりが良くて宇宙葬を希望している……社長、それって……」
「うん。カワセミ君、その依頼主は白石啓次と名乗らなかったかい?」
カラスの台詞を引き継いで黒羽が尋ねる。
「惜しいですねえ。啓次じゃなくて幸一。白石幸一でした」
「白石幸一だって!?もしかして……この人か?」
カワセミが答えた名を聞くと、黒羽は急いで端末を操作してある画面を呼び出した。
「んん?あっそうそう。この人ですよ!白石工業社長?金を持っていそうだとは思っていましたが、社長さんだったんですねえ」
「……カワセミさんって大物ですよね」
応対した相手をただの社長だとしか認識していないカワセミに、カラスが皮肉を口にするが
「ん?やっとカラス君も僕の凄さに気付いたようですねえ」
案の定気付いていなかった。
「白石の兄弟が揃って動いているとなると、まず間違いなく父親の和馬に何かあったな。カラス君、急いでシゲさんに白石和馬の近況を調べてもらって。情報次第で報酬は二倍、いや三倍までは出そう。それと、例の彼女とできるだけ早くコンタクトを取れるように動いて」
「ラジャーです」
黒羽の指示にカラスが弾かれたように飛び出して行く。
そして唯一人状況が良く分からずにポカンとしていたカワセミに
「それじゃあ商売の話をしようか。うちとカワセミ君の取り分についてね」
ニッコリと凄味のある笑顔を向けたのだった。
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