第44話


 僕達は船着き場を出た。

 このボートの先頭には操縦席、それに後方には長椅子が三列しかない、あまり大勢乗るには適してないが、この人数なら快適な広さだ。

 操縦席で運転する雫は離れていたが、他の皆は長椅子に座り、この進路の理由について話した。

 シノとシルフィー、それに雫は僕達が日本第一支部に向かうのか、その理由を知らないからだ。

 全ての説明を終え、さっきまでの荒れた心境とは一変、落ち着きを取り戻したシノは「ふぅー」と息を吐き、




「一応の理由はわかったよ……それで、そのひいらぎさんっていう人が何処にいるのかわかってるの?」


「それは……そこは詳しく聞いてませんでした」




 当然疑問に思うだろう、だが僕も知らなかった。

 僕の言葉に、シノと、それから隣に座るシルフィーは同時にため息つく。

 そして、シルフィーは口を開く。




「どうしてそれを聞かなかったの……まあ、そんな状況じゃなかったんでしょうけど」


「そうですね、僕達はあの場から離れる事しか頭に無くて━━取り敢えず聞いて回る、とかですかね?」


「主様……さすがにその発想は気楽過ぎるぜ?」




 エンリヒートの言葉を聞いて、ですよねと思った。

 僕の顔は当然、日本第一支部の住民にも伝わっている、もし、聞いた住民が船着き場のように友好的な人でなかったら。それを考えれば━━言ってから恥ずかしくなった。

 全員が考えているなか、操縦中の雫が操縦席から顔だけを出し、




「あのー、一応自分の精霊術なら居場所くらいならわかるかもしれないですよ?」


「本当に!? お願いしていいかな?」


「わかりました、じゃあ自動操縦機能にしてから向かいますね」




 雫は手元のパネルを少し操作し、こちらに向かってくる。

 自動操縦機能か━━その機能があるなら最初からそうすれば良いと思うんだけど。

 まあ皆の安全を考慮した、そう思っておこう。




「その人について、知ってるのは名前だけですか?」


「ごめん、そうなんだよね。大丈夫かな?」


「はい、なんとかなると思いますよ」




 雫は頷き、目的地である日本第一支部の方向へ両手を向ける。

 何か気でも感じているのか、そんな姿、端から見たら危ない子供にしか見えない、何をしているの? そう聞こうと声をかけようとした、だけど雫は集中しているのだろう、目を閉じながら何かぶつぶつと口を動かし喋っている。

 それから一分後、雫は両手を下ろし長椅子に座った。




「終わりましたよー、一応情報は聞けました」


「本当に!? でも、どうやって?」


「はい、日本第一支部の一部の人間から、柊 麻帆という女性の情報を聞きました。そしたら一人だけ知ってる人がいて」


「えっ、情報を聞いた? こんなに離れた場所から?」




 当たり前の事のように答える雫。

 精霊術には色々な種類がある、だから僕が知らない精霊術があっても当たり前だ。

 だけど、基本的には精霊術は精霊の力を借りた術だ、ようするに精霊が使う霊力術の劣化版、それなら精霊に任せた方が効果は高いのでは? 


 そう喋りだそうとしたが、僕の先にカノンが雫に話しかける。




「精霊に頼めば良かったんじゃないですか? どれぐらいの霊力を使ったかわからないですが、疲れたしょ? それほどの情報把握をしたら」




 情報把握━━この名称は僕でも聞いた事があった。

 全く戦闘に向かないが、知りたい情報を対象の心の中の記憶に問い掛け聞き出す。

 プロの精霊召喚士の中でも、戦闘職じゃない者が得意とし、扱える精霊は少ないと聞く、精霊の属性は━━残念ながら忘れてしまった。


 そんな中、カノンの言葉を聞いて雫は急に慌て、




「えっ、まあ、はい━━じゃあ自分は操縦の方に戻りますので、到着したら場所を案内しますから!」


「えっ? 自動操縦機能に任せとけば……って、行っちゃった」




 逃げる勢いで颯爽と操縦席に戻る雫。

 自動操縦に任せて一緒に話せば良いのに、そんなに操縦に専念したいのか。




「カノン? どうしたの?」


「━━いえ、別になんでもないですよ」




 明らかに上の空、というよりはぼーっとしながら雫を見ているカノン。

 僕も雫の方を見るが何も変わった事はない。

 そんなカノンの不可思議な目線を見て、エンリヒートは彼女の髪をぐちゃぐちゃにかきみだし、




「どうしたカノン? 船酔いか?」


「って、ちょっと! 髪が乱れるじゃないですか、私は船酔いしませんよ! それより━━私よりも柚葉ちゃんを心配してくださいよ」


「あー、主様。妹ちゃんは船が苦手なのか?」


「……まあ、そんなとこかな」




 カノンの指差す方向、そこには柚葉とアグニル、それに小人達がいる。

 柚葉は海を渡った事は無かった、それは僕も同じだが意外と平気だった。

 端の方にうずくまる柚葉に歩み寄り、僕は声をかけた。




「柚葉、大丈夫か?」


「お兄ちゃん……ごめんね、私船酔いする体質だったなんて、全然知らなかったよ」


「主様、着くまではこのままの方が良いですね━━小人達も、そこの袋をいつでも渡せるようにしといてね?」


「━━わかった!」


「ごめんね……アグニルちゃんも、それにコビーズも」




 アグニルが背中をさすり、小人達はそれぞれ別の袋を手に持ち、何かあった時の為に準備万端だ。


 ひとつ気になったのはコビーズ、というあだ名だ、これは小人達の事を言っているのだろう、いつの間にそこまで仲良くなったのか、そして小人達も大分落ち着きを取り戻したようだ。




「如月さん! 見えてきましたよ!」




 雫の声を聞き、前方に目を向ける。

 そこには大陸が、日本の領土内だがひとつの島のように離れた場所にある支部、旧北海道の日本第一支部が見えた。


 日本第一支部を見ていると、カノンとエンリヒートが隣まで寄ってきて、




「主様……あんまここからじゃあ見えないが、広い場所には停めない方が良いな」


「そうだね、でも何処か良さそうな場所はあるかな」


「あの辺りはどうですか?」




 カノンの指差す方向、そこはあまり広くない浜辺、その周りには民家は一切無く、あるのは大きな木が沢山ある林だ。


 誰が何処で僕達を狙ってくるかわからない、だからあまり人目に付かない所から上陸したい、それは二人も考えていたみたいだ。

 他の場所も眺めるが、他にはあまり良さそうな所は無さそうだ。

 僕はカノンの指差す方向を指差し、雫に指示をする。




「雫! あの場所に停めてもらっていいか?」


「えーっと……ああ、あそこですね、わかりましたよ!」




 雫はそう言って目的地にボートの進路を向ける。

 やっと到着する、スマートフォンの電源を付け、時間を確認すると既に十三時を過ぎている。

 船で約一時間、こんなに離れていたのか。


 ボートが陸地に到着すると、シノは柚葉に手を差し出し、




「ほら、柚葉ちゃん降りよう」


「すみませんシノさん、ありがとうございます」




 シノは柚葉の手を取り、ゆっくりと地上に降りる。

 それから全員が順々に降り、ボートに乗っていた頑丈そうな縄でボートと、砂浜に刺さる木製の棒に固定する。

 戻る時にまたこのボートは使う、波に流されない為だ。




「それで雫、どっちに行けばいいかな?」


「はい、この近くに家があるみたいですよ、こっちです」




 雫は自信満々に答え歩き始めた。

 僕達はその後ろを歩く、周囲に注意しながら。

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