第45話


 凄く歩き難い。

 最近まで雨が降っていたのか? と思うぐらい、地面の土が泥に変わっていて、歩く度にぐちゃという鈍い効果音が聞こえる。


 そして、この付近は街中から離れているのか、周りは静かで、鳥の声や木が揺れる音しか聞こえない。




「如月さん……あそこです」




 前を歩く雫が足を止める。

 指差す方向には、見晴らしの良さそうな丘の上に、小さな一軒家が見える。

 あそこにひいらぎ 麻帆まほ━━母さんと父さんの友人がいるのか。




「主様……周りには家も無さそうですね、どうしますか?」




 アグニルの小さな声が横から聞こえる。

 他の皆もキョロキョロと周りを見ているが、人の姿はいないみたいだ、こちらに頷く。

 それに、小さな一軒家は無傷だ━━ここには誰も攻めて来なかったみたいだ。


 もしそうならビクビクする必要はない。




「行こう、何があるかわからないけど。行かないと始まらないからね」


「そうですね、何かあったら対応すれば良いだけの事ですから」




 カノンははっきり答える、何かあったら━━それは襲われたら、の事だ。

 僕達は再び歩き始める、一軒家までは坂になっていて、足に負担がかかる急斜面だ。




「お待ちしてましたよ!」




 急に一軒家の方向から声をかけられた。

 そこには声をかけてきた男性、年齢は二十代くらいだろうか、いかにも青年といった爽やかな男性が。

 そして周りには三人、男性一人と女性二人。

 服装は皆違って、普段着を着ている。

 反日本政府が雇ったプロの精霊召喚士ではないだろう。

 そして、気になる事を言っていた。




「待っていた……とは、どういう事でしょうか?」


「そのままの意味だよ、君達を待っていたんだ━━焼き払え、シードット!」




 友好的な笑みを浮かべている男性。

 だが表情と行動は全然違った、四人の背後から急に精霊が姿を現し、大型精霊の口から火を放つ。




「━━危ない!」




 僕が声を発する前に皆が左右に飛んで避ける。

 シノとシルフィー、それに雫と柚葉と小人達は右に。

 僕とアグニルとエンリヒートとカノンは左に。

 その柱のような炎は一向に消えない、炎の奥が見えない。




「みんな! 大丈夫!?」

 



 だけど返事は返ってこない、この大きな炎の柱が騒がしくて声が向こうまで届かないのか。




「余所見とは……嘗められたもんだね!」


「━━しまった!」




 目の前には大きな刀を持ったさっきの男性が。

 速い、速すぎる。

 男性とはかなり離れていたはずだ、少しだけ目を離した瞬間に距離を詰められたのか。

 これは避けられない、そう思ったが、




「━━甘い! 速度勝負なら私が受けてやるよ!」




 僕と男性の間に、日本刀を持ったエンリヒートが割って入ってくる。

 大きな刀と日本刀がぶつかり、ガラスの割れたような高い音を鳴らす。

 エンリヒートの姿を見て、男性は少し驚いた表情をしながら、




「へえ……速いね、だけど━━」


「戦いはサシにならないように運ぶんだよ! さあ行け! うちの人形達!」




 遠くから聞こえる声、派手な服装の女性が精霊に指示をしている。

 その瞬間、右側の炎の柱から急に現れた人━━いや、人形だ。

 関節と関節の間を繋いだ体、そしてクネクネと気味の悪い動きをしている。

 身長は高かったり低かったりとバラバラ、手に持つ武器も剣や槍、弓を持っている者までいる。




「これは……精霊舞術祭の時の━━」


「人形の精霊……でも、あの時の者よりも遥かに強いですよ、主様」


「そうだね、アグニルは召喚士を狙って! エンリヒートはそのままその人を! 僕とカノンで人形を!」


「「「 了解! 」」」




 三人は返事をして行動する。

 アグニルは丘の上にいる人形達の主へ。

 エンリヒートは目の前の召喚士に。


 そして僕はカノンから弓を受け取る。

 召喚士を狙えば人形達の動きは止まる、アグニルが召喚士を封じるまでここで耐えるしかない。


 だけど人形達は精霊舞術祭の本選で戦った相手とは格が違う。

 動きの速さ、そして力も━━なにからなにまで普通の人間を相手にしているようだ、それに、




「主様! 人数が……人数が多すぎます!」


「くそっ、何体いるんだ!」




 僕とカノン、二人を相手にしている人形達の数は、既に十は越えている。

 それに少しずつ炎の柱から現れ、今も増え続けている。

 そんな時、エンリヒートと戦っていた男性の声が聞こえる。




「いいのかい? 君の召喚士が困ってるよ?」


「主様はあんな玩具おもちゃに負けないから大丈夫だ━━それに、護衛している精霊の守りはやわじゃないぞ?」


「へえー、それは楽しみだ。じゃあ、早く終わらせて本体を狙おうかな! シードット、手を貸せ」




 男性召喚士は精霊を呼んだ、炎を身に纏い、大きさはゾウと同じ、だが姿はライオンそのものだ。

 ふさふさな毛を付け、体は周りの炎よりも黒い赤色だ。

 エンリヒートは召喚士とライオンの精霊を相手にしている。


 アグニルは━━




「くそっ! 邪魔をするな! 敵を穿て━━高速稲妻ライトニング!」


「そんな低級魔術じゃあ、うちの所までは届かないよ━━パペットキング! あんたも行ってこい!」




 アグニルは女性召喚士の場所まで到達していない、その前に立ちはだかる人形達が邪魔をしているのだ。

 それに女性召喚士の背後から他の人形よりも大きな人形、既に人形というよりも、ロボットのような大きさだ━━もう精霊ではないじゃないか。


 アグニルも到達できない、エンリヒートも劣勢、炎の柱の向こうは見えない。




「この人達、何者だよ……同じ精霊召喚士かよ!」


「主様! 何か、何か策を考えないと! ━━贖罪スケープ山羊ゴート




 カノンの呼び出した羊達が現れ、人形の注意を引く。


 ━━くそっ! 

 ここで嘆いていても仕方ない、僕のできる事を考えろ、いまやらなきゃいけない事は何だ? 嘆く事か? 違うだろ。

 やるべき事、それは他の二人が耐えてくれている間に作戦を考える事だ。

 それに周りの人形達はカノンの羊が抑えてくれている。


 まず、優先すべきなのはこの邪魔な人形共だ。

 炎の柱から来ている━━という事は向こうで戦ってるシノ達も相手にしている可能性が高い。

 そして、この精霊を止めるには召喚士を封じる事。

 僕は頭の中から三人に指示を出す。




『みんな、聞こえるか!?』


『聞こえますよ主様、すみません、この人形達が邪魔で』


『いいんだ━━それより、僕がアグニルの周りの人形達の動きを封じる、だからアグニルは合図を出したら空高く飛んで、広範囲の術の詠唱を始めてくれないか?』


『空高く!? わかりました!』


『エンリヒートは━━悪いんだけどそのまま耐えてくれ、カノンは周りの人形達を、そして僕の所に羊を三匹頂戴!』


『耐えてくれって……仕方ない、わかったぜ━━でも残念だが、相手の方が私より強い、長くはもたないから急いでくれ』


『私はなんとかなりますが、羊を三匹頂戴とは━━とにかく、わかりましたよ!』




 他の三人に指示を出し、三匹の羊が僕に寄ってくる。

 この子達には悪いけど、壁になってもらう。


 僕は頭の中で念じる、矢は横に長く、高さはいらない━━そして速さと威力は最大。


 よし、準備ができた。




『アグニル! 今だ!』


『了解!』




 アグニルは人形の肩を蹴り、僕達の方向に空高く飛び、詠唱を始める。

 人形達は空に舞うアグニルに目線が向く、そして、僕は、




「頼む! 当たってくれ!」




 矢を放つ、横幅のある光の矢を。

 急坂で良かった、平面地形だったらアグニルの飛ぶ高さを稼げなかった。


 僕が放った三日月型の光の矢は、勢い良く坂を登る。

 エンリヒートと男性を抜け、アグニルが相手をしていた人形の群れに激突する。

 だが、一際でかい親玉までは砕けなかった、だけどそれで良い、後はアグニルが、




「我の雷は天より振り注ぐ、我の雷は全ての害意を捩じ伏せる、全てを破壊しろ━━天神ヘンブリットの《・》裁き《アーカス》」




 アグニルの詠唱が終わると、人形達の主である女性召喚士の遥か上空から一本の雷が落ちる。


 羊達で僕の姿を隠した、だから僕の矢を防ぐのに人形を使った筈だ、そして、不意に向かってくる矢に視線が奪われてる筈だ。

 これで召喚士の動きは止まり、人形達は消える。



 ━━筈だった。




「……残念だけど、君達の動きはお見通しだよ」


「……私を守れ! 人形達!」




 男性の声と女性の声が聞こえ、アグニル渾身の雷は、束になった人形に防がれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る