第43話
「お母さんの━━お母さんとお父さんの最期に会わせてくれて」
木が揺れて木葉が擦れる音、時折風が吹く音━━静寂、その言葉が似合うこの場所で、彼女は言った。
その言葉を聞いて、何を返せばいいのかわからない。
涙は流していないが、いつ涙を流してもおかしくない程、暗くて切ない表情をしている。
僕は言葉を返せずにいた、そして、少しの沈黙が流れ、シノが言葉を続ける。
「私とシルフィーが行った時には、お母さんも、それに助けに来たお父さんも息をしているのがやっとだった。でもね、最期に話せたのは如月君、あなたのおかげだよ、本当にありがとう」
「でも━━もしかしたら」
無理に笑顔を作っているのがわかった。
礼を言われる立場じゃない、もしかしたらシノの母親も父親も、僕がいなければ今も普通に生きていたかもしれない、僕が反日本政府とコスタルカを呼んだようなもんだ。
だから、ありがとうなんて言われる立場じゃない。
その事を伝えようとして、僕は口を開く。
「僕がいなければ、もしかしたら━━」
「ううん、それは違うよ。だって如月君は何も悪い事してないじゃない━━全て悪いのはあの腐った大人達だから」
なんて悲しそうな表情をするんだ、彼女からは憎しみしか感じられない。
そして、彼女はじっと僕を見つめ、
「如月君……あの反日本政府に狙われてるんでしょ?」
「えっ、はい、そうですけど」
「じゃあ、私達も付いていっていいかな?」
「それはもちろん大丈夫ですけど、でもなんで?」
つい聞いてしまった、何故聞いてしまったんだと言ってから後悔した。
この後に、彼女から出る言葉がわかってるのに、どうして彼女の口から言わせようしたんだ。
いくら後悔しても遅かった、彼女は自嘲気味に笑い、小さな声で答えた。
「だって、如月君の側にいたら━━あいつらを殺せるじゃない?」
やっぱりかそう言うのか。
母親も父親も殺された、怨みたい気持ちはわかる、だけど━━そんな感情を持っていて苦しくはないのか?
この言葉を伝えたい、だけど伝えることができない、彼女の傷に、火に油を注ぐようなものだから。
隣にいるシルフィーは何も言わない、じっと、斜め下の方向を見ている。
そんな中、黙っていたアグニルは僕達より一列前に立ち、腕を組みながら口を開く。
「そんな気持ちで一緒に来られたら迷惑です、辞めていただけませんか?」
「━━ッ! どうして? 私達は皆の助けになれるよ!?」
「確かに二人は強い……そう思います。ですが、私達はあいつらを殺したいと思って戦うんじゃありません、報いを受ければ良いと思ってるだけです」
アグニルの言葉に、一瞬怯んで口を閉じかけたシノ、だがすぐに口を開いて大きな声を出す。
「同じでしょ!? 殺すのも報いを受けるのも」
「違います! あいつらを殺したらあなたも、あなたと一緒にいるシルフィーも━━沢山の人を殺してきたあいつらと何も変わらないんですよ? それに、いまあなたが彼らを殺しても救われた気持ちになるのは一瞬だけですよ?」
アグニルは言いきった。
殺したいと思った事は僕もあった。だけど、この力は本来、人を殺す為の力じゃない、守る為の力だ、それに━━僕はアグニルとエンリヒートとカノンに、「殺せ」なんて指示は出せない、いくら怨んでいても。
そして、シノは鋭い目付きアグニルを睨み付け、
「あなたには、あなたには私の気持ちなんてわからない! 私はあいつらにお母さんとお父さんを殺されたの! 殺したいと思って何が━━」
「━━シノ!」
シノの心からの叫びの途中、隣に寄り添うシルフィーが止めた。
シノの右手をぎゅっと握りしめ、首を横に振り、重たい口を開いた。
「……アグニルも、仲間を殺されたんだよ。そんな事言ったら駄目だよ」
「━━でも! それでも仲間でしょ? 肉親じゃないんでしょ? なら━━」
「アグニルは幼い頃から両親はいないんだよ━━だから、アグニルにとって仲間は家族以上の存在なんだよ」
シルフィーの言葉を聞いて、シノは苦痛の表情を浮かべ沈黙する。
僕もこの事は知らなかった、両親がいないなんて素振りを一切見せないから。
おそらく、両親がいないというのはアグニルが精霊召喚士━━人間だった頃の話だろう。
この瞬間、僕はアグニルの事を何も知らないんだと思った。
静まった空気の中、どう話を返していいのかわからないのだろう、右手の肘を抑え、視線を下に向けるシノに声をかけた。
「シノさん……僕は。あなたにはあいつらみたいな精霊召喚士のような行動はしてほしくないです」
「でも、じゃあどうしたらいいの。どうしたらお母さんとお父さんは報われるの?」
「……きっと。殺さなくてもいいんだと思います、だって、僕達の目指していた精霊召喚士は人を殺すような存在じゃなかったはずです。それに、お母さんもお父さんも、そんな事を望んではいないと思いますよ」
「じゃあ、私はこれから」
「僕達は━━あいつらに正当な罰を受けてもらいたいんです。それでシノさん、僕達の手助けをしてもらえないですか? あいつらを捕まえる」
その瞬間、彼女は泣き叫んだ、言葉に表せない程悲痛な声だった。
自分で言っていてもこの言葉が正しいのか、他に気の聞いた言葉があったんじゃないか、そう思う。
だけど僕は彼女ではない、自分が同じ立場にならないと彼女の本当の気持ち、そして何を言われたら気持ちが救われるのか、それはわからない。
だから僕のこの言葉で、ほんの少しでも救われていたなら、良いと思う。
「如月さん! そろそろ出発しないと仲間が来てしまいますよ?」
ボートの中、操縦席から顔だけを出した雫が呼んでいた。
僕はしゃがんでいるシノに手を差し出し、
「……行きましょう、シノさん」
彼女は涙を制服の袖で拭き、僕の手を掴む。
「ありがとう……よろしくね」
その言葉に、周りの皆も微笑み、喜んでいた。
そして、僕らは急いでボートへと走り出す。
船着き場で眠る精霊召喚士と従業員、彼らの記憶は雫の精霊術で操作したらしい。
だが、その精霊術の記憶操作は二日経つと思い出してしまうとの事、なので二日後━━連中は日本第一支部に必ず来る。
僕達はなんとしても、二日以内に父さんが言っていた
「それじゃあ雫、運転は任せたよ?」
「了解です! それじゃあ、しゅっぱーつ!」
雫の気の抜けた合図で、ボートが動き出した。
騒がしいエンジン音と、水を掻き分ける音が僕の耳に入ってくる。
この先に何が待っているのか、そして母さんの故郷に何があるのか。
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