第40話
「エンリヒート! 私は子供じゃないぞ!」
「それは本来の姿だよな? ━━だけど今は」
エンリヒートの言葉に、アグニルは自分の体を触りがっくりと項垂れていた。
そんなアグニルを、何故か鼻で笑うエンリヒート、その行動に気付いたのか、
「なんで鼻で笑った!?」
「いいや、ただまあ、おこちゃま体型は可哀想だな━━そう思ってよ」
「そんな私達変わんないじゃん!」
「私はアグニルより十は大きい、それにほらっ、胸だってあるからな!」
胸を頑張って持ち上げるエンリヒート、その二人の姿を見て、ドングリの背比べ、そう思ってしまった。
だけど、エンリヒートの方が少しだけ背が大きいのは事実だ。
それにエンリヒートの心の中にいた彼女に会った、だからだろうか、それから僕はエンリヒートの事を大人の女性を見るような目で見ている。
そんな中、静かに話を聞いていたカノンが口を開く。
「とりあえず話を戻しますね。船に乗る方法はそれでいくとして、どうして今すぐなんですか? 別に夜でもいいんじゃないでしょうか、夜間に出発する船もありますから」
「いや、それがあることはあるんだけどさ、ちょっとな━━主様、下の方を見てくれ」
エンリヒートの困った表情は、渡されたスマートフォンを指差していた。
スマートフォンの下の方をスクロールして、ページの下の方にある表に目を向ける。
そこには日程表だろうか、日付と数字が書かれている、その表を見て僕は違和感を感じた。
「これは……夜間の予約はほとんど埋まってるのか、でもこんな状況で埋まるって、おかしいよね?」
「そうなんだよ、こんな状況で旅行に行く馬鹿は普通いないと思うんだけど、それなのに昼間は空席ばっかで夜は満席、明らかに危ないよな」
「明らかに……私達と仲良くなれそうにない連中が乗ってそうですね」
僕とエンリヒートの言葉に、さっきまで怒りを露にしていたアグニルも真剣な表情になりながら頷く。
仲良くなれそうにない連中、おそらく反日本政府か、それとも僕を狙う精霊召喚士のどちらかだろう。
顔を会わせたら最悪の連中、僕らに残された選択肢は一つ、そういうことか。
「ああ、さすがに夜に乗るよりは、多少の危険を覚悟してでも、昼間に乗った方が私は良いと思うんだ━━主様、どうする?」
エンリヒートの言葉に、皆の視線が一気にこちらに向けられる。
どちらも危険が伴うのには変わりない、だけどどちらが少ないリスクで済むか、それを考えたら一つしかない。
僕は立ち上がり、
「よしっ、じゃあ急いで向かおうか」
「そうですね、どちらもリスクはありますが今はこの選択しか無いですね、エンリお姉ちゃん、それは予約したほうが良いんですか? それともそのまま行ったら乗れるんですか?」
「ああ、一応予約無しで行けるぜ」
カノンの疑問に即答するエンリヒート。
その言葉を聞いて、僕らは外に出ようとした、だけどエンリヒートがカノンを止める。
「あっ、そういえばカノン?」
「何ですか?」
「主様の初めては私だから━━カノンは二番目な?」
エンリヒートの唐突な言葉を聞いて、カノンの動きが止まる。
どうして今それを言ったんだ、このまま出発、そういう流れだったじゃないか。
それから、動きが止まったカノンは再び動き始め、無理矢理笑った。
「べ、別に……順番なんて関係ありませんから、その後にどれだけの時間を築けるか、そこが問題ですから!」
「まあそれもそうだけどな、でも二番目という事は愛人ポジションだな━━まっ、飽きられないように頑張れよ!」
「なっ……私が、私が一番に決まってるじゃないですか! エンリお姉ちゃんじゃなくて私が!」
二人の間に火花が見える。
正直、嫌な予感しかしない━━だって、この状況で静かにしている者がいるんだから。
「二人共何を言ってるの? 一番は最初に契約した私、そう決まってるでしょ?」
「アグニルは……ふっ、まだキスもされてないのに一番を語るなんて、笑っちゃうぜ」
「なっ━━主様!」
「えっ、はい!」
アグニルの表情は怒りながらも、もう少しで泣きそうな表情だ。
そんな表情のアグニルは近付き、
「私にも、私にもしてください!」
「いや、いやいや、こんな所で」
「ふふっ。アグニルお姉ちゃん━━主様に振られましたね」
余計な事を言うな!
そう叫びたくなった。
━━それから三十分後、ようやく僕達はこの部屋を出る事ができた。
* ** ** ** ** ** ** **
「扉の前には人の気配は無いみたいですね」
カノンは扉に片耳を付け、小声で周りに伝えた。
この民宿を出るだけでも大変だ、この建物を出たら、僕を狙ってる者ばかりだ━━だからといって、
「さすがにこの格好は……逆に怪しくないか?」
「いやー、似合ってると思うぜ!」
ニヤニヤしているエンリヒート、そんな表情で言われてもなんだか騙されてる気しかしない。
上下学園の制服、ここまではまだいい、だが問題はそこから上の箇所だ、頭に黒の帽子を深々と被り、目が見えない程に真っ黒のサングラス、そして鼻と口をすっぽり覆う白のマスク━━明らかに強盗の格好だ。
そんな僕を見て、一生懸命笑いを隠す他の三人は、
「主様……なかなか似合ってる、と思います」
「これでばれないかどうかは━━まあ大丈夫でしょう」
「お兄ちゃん……さすがにその格好は面白すぎるよ」
アグニル、カノン、柚葉の順にコメントをもらった━━いや、柚葉はコメントじゃなくて馬鹿にしているだろ。
そんな皆の言葉を聞いて、ごまかすように咳払いをする。
「……それじゃ、出るよ?」
いつまでも扉の前にいるわけにはいかない。
僕の言葉に、他の四人は緩んだ表情を引き締め頷く。
柚葉の手には全く動かない小人達、まるで魂の無い昔の人形の姿をしている。
━━そして僕達は扉を開け、外に出た。
建物から一歩前に足を踏み出すと、その悲惨な現状が目に入る。
以前まで賑わっていた街中は人の姿が
建物はかろうじて原形は留めているものの、決して人が住めるような状況じゃない、穴が空きすぎていて、本来の目的である雨風を防ぐ、という役割は果たさないだろう。
地面も、アスファルトには車が一切通れないような穴が空いている。
そんな荒れ果てた街中を見て、
「一日二日でこんな……使い方を間違えたらこうなるんだね」
「本来は
アグニルの普段の透き通った声は、今だけは憎しみと怒りの感情が混ざった声に聞こえた。
アグニルが教えた精霊召喚、その使い道は本来人間が侵略者へ抗う為の術、なのに今回の使い方は侵略者相手ではなく、人間相手に使った━━それはアグニルにとっても腹立たしいのだろう。
「人間なんてそんなものですよ、一度力を持ってしまったら本来の使い道を忘れ、私利私欲の為に使うんです」
「そうだな……こんな奴らにはなりたくないな」
カノンとエンリヒートは周りを見ながら呟く、その言葉に、同じ人間として胸が痛む。
ニュースでは死者も沢山出たと言っていた、おそらく、この街の人達もその中に含まれていたのだろう。
この街を、いや日本中を襲った奴らは何を思い、どんな表情をしながら住民を襲ったのだろう、日本に住む人の半分は精霊召喚を使えない人達だ、抵抗する術を知らない人達、そんな人達にどんな表情を向けて精霊に指示を出したのか━━それを想像しただけでも吐き気がする。
「街をこんな風にした奴ら、許せないね」
「そうですね、必ず報いを受けるべきです。こんな非人道的な行為をした報いを」
僕の言葉に、アグニルは同調する。
━━そんな時、
「あの……少しよろしいですか?」
不意に声をかけられた、僕よりも年下の男性の声。
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