第39話
「主様、ただいまもど━━あれ、カノン? どうして泣いてんだ?」
「えっ! ちょっとお兄ちゃん、もしかしてお兄ちゃんが泣かせたの!?」
扉を開けた彼女達は様々な表情を浮かべていた。
エンリヒートの心配した声、柚葉の疑うような声と眼差し、アグニルは周りをキョロキョロとしている、完全に僕を疑っている。
この状況━━隣では泣いているカノン、そして頭を撫でている僕、この状況を見たらそう思うのは当然かもしれない。
だけど本当は違う、でもどう説明すれば。
「主様に……主様に」
隣に座るカノンは囁くような声を出す、そして、さっきまでは泣いてなかったのに、今の彼女の頬にはうっすらと涙が流れていた。
━━主様に? 何を言いたいんだカノンは。
カノンは頭を上げ、皆を見ながら大きな声を出した。
「主様に━━初めてを奪われました」
一瞬時が止まった━━それは僕だけでなく、この場にいる全ての者の。
柚葉は顔を赤くし、エンリヒートはニコニコと怖い笑みを浮かべ、そしてアグニルは、
「主様何をしてるんですか! 私という者がいるのに━━最初は私と」
「いや、いやいや違うんだ━━って、アグニルは何を言ってるの?」
「だけど……私も了承しました。主様なら良いと思って」
「お兄ちゃん……こんな幼い少女にまで手を出して━━女なら誰でも良かったの!?」
アグニルは顔を赤くしながら怒っている、彼女は何を言ってるんだ?
それにカノンも様子がおかしい。
柚葉も柚葉だ、女なら誰でも良かったのか、それは少しカノンに失礼だと思うんだけど。
いやいや、それよりこの荒れた空気をどう沈めるか。
そう考えていたが、エンリヒートは辺りを見渡し、
「まあまあ、そんなことよりもこれからの事を……あれ、またいなくなったよあいつら!」
「あっ本当だ、さっきまで一緒にいたのに」
「そんなことよりも━━って、私を連れてくなー!」
なんだか慌ただしい、入ってきたばかりなのに三人はまた階段を降りていった━━というよりはアグニルは無理矢理連れていかれたように見える。
どうやら小人達が消えたのだろう、だが、これで、
「━━カノン、どうしてあんな事を言ったの?」
「私は嘘は付いてませんよ? 確かに初めてを奪われましたから━━唇ですけど」
「それはそうだけど、って初めてだったんだ━━いやいや、それよりあんな言い方したら誤解されるじゃないか。というより、既に誤解されたじゃないか」
カノンはニコニコしている、子供っぽく無邪気な笑顔だ。
そんな彼女は僕の言葉を聞いて、僕の膝に座る。
「ちょ、ちょっと何処に座ってんの!?」
「さっき初めて気付きました、私は……どうやら独占欲が高いみたいです」
「はあ? 独占欲って、なんでいきなり?」
「それはですね━━」
そう言って、僕の膝に座るカノンは顔を近付けてくる。
仄かに香る甘い匂い、僕とカノンの距離は指が四本入るかどうかだろう、その表情は笑顔━━というより怖さがある笑顔だ。
「私は主様の事が好きです━━誰にも渡したくないのです」
「それって……でもなんで急に」
「私は神無に裏切られてから、これまでずっと一人でした。それがたぶん理由なんでしょう、私は誰かを愛し、誰かに愛されたいと、そう思っていました━━そして、さっき主様が言ってくれた言葉が凄く嬉しくて、私の心に空いた穴を塞いでくれました、そして気付いたんです、これが愛なのだと━━でも、ただ好きって気持ちだけじゃ、私の心は抑えられないのです、主様を独り占めしたいんです! これが私の愛の形、さあ主様、もう一度してください」
カノンは目を閉じる。
━━カノンはこんな性格だったのか? 全く別人へと変わってしまった。
その言っている理由も少しだけど理解できる、できるけど何か変だ、ずっと冷静なカノンを見ていたからだろう。
だが、その表情は可愛い、桃色の髪は綺麗で肌も艶々。
だけど━━カノンの姿は子供だ。
小学生の体に如何わしい事をしてしまったら、それはもう犯罪だ、いくら可愛いくても。
それはわかっている、わかっているんだが良いのではないのか? と思ってしまう。
このご時世、相手が合意ならそれで。
だが、不意に扉が開く━━そこにはアグニルの姿、だがその表情は、
「少し目を離した隙に……カノン! いつから!?」
「いつからなんて━━恋するのに時間は関係ないんです、それに、精霊が主に恋をする、そんなの良くある事じゃないですか?」
「━━くっ、それはそうだけど」
そうなの!?
そんなの初めて聞いたけど。
それより━━この状況は修羅場なのか?
二人を止めた方がいいのだろうか、身長は低いから小学生の喧嘩みたいで迫力は無いけど、なんだろう、止めたら二人に殺されそうだ、そんな嫌な予感がする。
だけどふと思った、これは当初の目標である『最強になってモテたい』、という願いの後半が叶ったんじゃないか、と。
━━二人とも幼女の精霊だけど。
「おいおい二人共、そこで睨み合ってないで話を進めようぜ?」
睨み合ってる二人を、アグニルの後ろから現れたエンリヒートは苦笑いを浮かべながら止める。
だが、二人はそんな言葉に一切動じない。
仕方ない、捨て身覚悟で止めるしかない。
「……お二人さん? そろそろこれからの話をしませんか?」
言った、僕は言った。
少し敬語になって変だけど、確かに言った。
二人はどう動くのか、じっと僕を見ながら。
「主様が言うなら……そうですね。ずっとここにいても仕方ありませんから━━カノン」
「主様の指示なら私は従いますよ━━アグニルお姉ちゃん」
「「 一時休戦です!! 」」
なんだか二人がかっこ良く見えた、腕を組みながら睨み合ってる、その二人の立ち方が。
そして少しは落ち着いたのか、渋々だが床に座った。
そんな二人の姿を見て安心したのか、エンリヒートはため息をつきながら座り、
「はあ、精霊が主に惚れるのはよくある事だけど、精霊同士が喧嘩したら駄目だぞ?」
「ううー、だってカノンが」
「アグニルお姉ちゃんが私達の邪魔をするから」
再び睨み合う二人。
だがそんな二人を無言の圧力で止めるエンリヒート、いつにもなく真剣な表情、なんだか彼女らしくない。
そんな視線を受け縮こまる二人。
「とりあえず、この小人達はこのまま連れていこう、無理に契約させてもお互いの為にもならないからな」
「えっ、ああ、そうだね」
「とりあえず、すぐにでも出発した方がいいと私は考えてるんだけど、主様はどうだ?」
「そうだね……僕もそれでいいと思うよ」
正直、僕は何も考えてなかった━━真剣な表情で聞かれるとエンリヒートの考えに自信があるのだろう、そう思えて同調してしまったのだ。
だけど、今すぐに出発するには問題がある、それはまだ外が明るいという事、そして船に乗る為に必要な交通費が、三人の小人達の分が無いという事。
だが、エンリヒートは僕のスマートフォンを操作し、自信満々に僕達に見せてきた。
「ふっふっふー、船を乗る為には最低一人五千円が必要だ、だがこの方法ならいける!」
「えーっと、なになに……大人五千円、小人二千円━━って、もしかして」
「そう! ここには主様と妹ちゃん以外━━みんな子供でいける!」
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