第38話


「ここは……そうか、僕はカノンと」




 僕はカノンとキスをした、という事は、ここは彼女の心の中か。

 なんでキスをしたらその精霊の心の中に入れるのか━━それはよくわからない。

 ただ三人が何も言わないということは、三人も理由は知らないんじゃないか、そう思える。




「それよりも、ここは……凄いな」




 目を開いた僕の前に、まず最初に現れたのは色々な映像が映された大きな静止画。

 そこには知っている少女の姿、まるで録画している映像の一時停止を見ているようだった。


 そんな映像の数々に目を奪われていて、後ろに人がいるのに気付かなかった。




「主様……もう来てたんですね」


「カノン━━ってあれ」




 振り返ると、そこには桃色の髪をした女性━━でも、なんだろう、普段の彼女と何も変わっていない、幼い少女の姿だ。


 そんな僕の表情を見て、彼女は頬を膨らまし、




「もしかして今━━何も変わってない、そう思いました?」


「えっ! いやいや、そんな事は無いよ!」




 慌てて首を横に振るが、完全に疑っているのだろう、目を細めながらじっと見つめられた。

 彼女は「まあいいです」と、少し不機嫌そうにしながら、僕の右隣に座った。




「━━主様が来たって事は、本体は私に過去の説明をしろっていう事ですか?」


「えっ、まあそんな感じかな?」




 彼女はやっぱり頭が良いのか、エンリヒートの時よりも落ち着いて話が進んでいる。

 隣に座る彼女はため息をつき、一枚の映像を指差した




「はぁ……あれは昔の私と主です」


「あれ? ああ、それか」




 一瞬、量が多くてどれを指差したのかわからなくなった。

 からないが指差した先をたどり、なんとか映像を見つけた。

 そこには女性の主人、おそらく僕よりも十は上くらいだろう、少し大人っぽくて優しそうな女性だ。




「名前は神無かんな、凄く優しくて主と精霊、というよりは友達みたいな感覚でしたね━━次はあれです」




 彼女は次の映像を指差す。

 そこにはその神無という女性とカノンが━━これは買い物か? 楽しそうにしながら服を選んでいる映像だ。




「この日は神無が彼氏ができたとかで、私と一緒に、街まで服を買いに行った時の映像ですね」


「なんだか、女性同士だからかな、凄く楽しそうだね?」


「はい、その時私も服を買ってもらいましたよ、神無に『カノンちゃんは桃色の髪に合いそうなピンクのワンピースが似合うよ!』と言われて」


「へえー、じゃあもしかして」




 そう言ってカノンの服装を見た、現実のカノンも心の中の彼女も、同じピンク色のワンピースを着ている。

 僕が何を言いたいのかわかったのか、彼女は頷き、




「ええ、私のこの服はその時に買ってもらった服です」


「そうなんだ、貴重な服だから大事にしてるんだね」


「はい、この服は私が唯一神無に買ってもらった大事な服ですから、凄く大事にしてましたよ━━この日までは」




 この瞬間、急に彼女の表情と声色が変わったのを感じた。

 えっ、と思い、僕は彼女を見るが、彼女は逆の方向にある映像を見ていた。

 そしてその映像を指差し、




「その次の日━━私と神無は精霊召喚士としての初任務に向かいました。あまり難しい任務ではなかった……はずでした」




 そう言い終えたと同時に、映像が動き始めた。

 精霊召喚士同士の小競り合い、そんな感じの戦況。

 相手は水の精霊だろう、色々な場所から水を出して攻撃している、だけど初級精霊か中級精霊、あまり強い精霊とは言えない。

 対して神無とカノンは、お得意の羊とか出してる、可愛いな━━そう思って和んだ気持ちで見ていた。

 だけど映像が進むにつれて、ある事に気付いた。

 ━━これを言うべきなのか? だけどこれを言ったら彼女に失礼になるんじゃないか。


 そう思って、僕は自然に挙動不審な行動をしていたのだろう、彼女は寂しそうな声を出す。




「良いですよ、正直に思った事を口にして━━さっきから一切攻撃してないよね、って」


「━━それは!」


「私も理解してますから━━私には攻撃する術はありません、それに、唯一攻撃できる弓も、残念ながら神無にも私にも、弓道の心得がありませんでしたから、なので二人とも使えないんです」




 体育座りしている彼女は、自分の足と足の間に視線を落とす。


 カノンと神無を見ていて、守りは凄いと思った、だけど二人は一切攻撃をしていない、相手に隙が見えても、何もしない、ただ霊力が消耗していくだけ━━そして、




「ここで、私と神無の霊力は尽きました━━後はもう、見せたくないほど醜く逃げましたよ、二人共」




 映像はそこで止まった。

 その瞬間、周りにあった沢山の映像は一瞬にして消え、この部屋には僕とカノンの二人だけ、他には何も無いただ空間へと変わった。

 そして、カノンは立ち上がり、




「この後、私は神無に━━目の前で契約解除をされました。彼女に、『攻撃できない精霊なんていらない』、そう言われてしまいました」


「そんな……それは酷すぎないか? だってカノンはあの弓を出せた、主が弓道の鍛練をすれば」




 僕は声を荒げる。

 それはあんまりだ。

 支援や守りが得意なだけで、カノンだって戦う方法はある、現に僕はカノンの弓に助けられた、なのになんで。


 だが、彼女は僕の唇に人差し指を付け、僕の言葉は止めた。

 そんな彼女の瞳からはうっすらと涙が流れている。




「神無は……私よりも優れた精霊を見つけたそうです」


「それって」




 彼女の言葉を聞いて、現実のカノンの言葉を思い出した。




 ━━あなた達はただ違うって……そう思いたいだけでしょ!? あの人は違う、そんな事するはずないって、ちゃんと現実を見て! あの女はあなた達と契約を解除して、新しい精霊と契約していた━━優しいからって誰しも良い人とはかぎらないんだよ!!




 もしかしたらあの小人達を昔の自分と重ねて、この言葉を言ったのかもしれないな。

 優しい主に裏切られ、他の強い精霊に切り替えられた自分を。




「私はその後の七日間を今でも覚えていますよ━━悲しくて悲しくて、あの小人達みたいにずっと泣いてました、そして、気付いたら理想郷に戻ってました」


「……そうか、それからはどうしてたの?」


「私は誰とも契約を交わしませんでした。というより、怖くて誰とも契約を交わすつもりになれませんでした」




 慎重になってしまうんだろう、それを全部が全部理解できた、とは言えないが、理解したいと思った。

 そして、彼女は再び僕の隣に座り、頭を寄せ、




「そんな時、主様とお姉ちゃん達の姿を偶然、理想郷から見つけました」


「僕達の?」


「はい、凄く楽しそうでいいなって、それに主様はお姉ちゃん達と契約してるから、攻撃のできない私でも力になれるかなって」




 そんな事まで考えてたんだ━━じゃあ、なんで。




「じゃあなんで、すぐに姿を現さなかったの?」


「それは━━主様が優しいからです」


「えっ、それはどういう意味!?」


「あの時の私は、優しい人にはどっか裏がある、この人も要らなくなったら私を捨てるんだ、そう思ってました。だからあんな事して主様の本心を見ようと━━まあ、お姉ちゃん達のせいで予想よりも早く姿を出してしまいましたけど」




 あんな事とは、きっと頭の中から声をかけられていた時の事だろう、あの時そんな風に思ってたんだ。

 前はそう思ってた、じゃあ今は、




「今でも、僕の事を信じれない?」




 僕の問い掛けに彼女は、立ち上がり笑顔を向けながら、




「主様はそのままの良い人でした! 今では本気で、契約して良かったと思ってますよ!」


「そうか、それなら良かったよ」




 本心の言葉を聞けて良かった、たぶん、本体であるカノンだったらここまで教えてくれなかっただろう、カノンはあまり人に辛さや弱さを見せないタイプだから。





「それじゃあ、お話も済みましたからね━━あっ、最後に主様にお願いがあります」


「僕に? 何かな?」


「向こうに戻ったら━━本体の私に服を買ってあげてください、本当は小悪魔っぽい可愛い服が好きなので!」


「小悪魔っぽい服か、どんなのが良いんだろう」


「まあ、なんでもいいんですよ、主様が選んだ服なら! ここで話した事は本体の私は覚えていないので、きっと喜びますよ。じゃあばいばい、主様!」


「ああ、またね━━カノン」




 この言葉だけを伝え、再び目の前が真っ暗になった。




「主様……いい加減起きてくださいよ」


「えっ……ああ、カノンか━━ってごめん!」




 目を開けると、僕の目の前にはカノンの顔、いつものカノンだ。

 だが、後頭部に柔らかくて暖かい感触を感じ、慌てて頭を離す、どうやらカノンに膝枕をしてもらっていたみたいだ。

 そんな様子を見て、カノンはわざとらしく頬を膨らませ、




「そんな慌てなくても━━それでどうでした、私の心の中を見た感想は?」


「感想……かあ、そうだね、なんでカノンがあんな事を言ったのかは理解できたよ」


「そうですか……それは良かったです」


「あっ、カノン!?」


「はい?」




 カノンは驚いている、それは無理もないか━━急に大声を出されたんだから。




「落ち着いたら……その、君の服を買いに行こう、小悪魔っぽいやつを、さ」


「えっ!?━━小悪魔っぽいやつですか、なんですかそれ?」


「えっ、だってカノンが!」




 僕は騙されたのか、カノンは呆れた表情をしている。

 だけどすぐに鼻で笑い、僕の方をじっと見つめる。

 そして、カノンは正真正銘、心からの微笑みを浮かべる、そしてその瞳からは少しだけ涙を流しながら、




「ありがとうございます、主様━━大好きです!」

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