第37話


 この建物は元々、長くから続いた民宿だったらしい。

 だが昨日の出来事があって、建物は崩壊寸前、そして、この民宿を経営していた夫婦は避難しているそうだ。

 この建物の中には、僕達のいるこの部屋しか残ってない。

 そんな埃っぽい部屋で、僕達は座りながら話をしていた。




「契約を解除された精霊は七日以内に理想郷に還る━━この事はどうにかならないのかな?」


「そうですね……方法はあります。ただその方法はもう試してしまいました」




 カノンは悲しそうにしながら小人達を見ている。

 同じ精霊だからこそ、信頼していた主に突然契約解除された精霊の気持ちを理解しているのだろう。

 ただ、その方法はもう試した、と言っていたが、その方法とは何なのか、それを聞こうとしたのだが、小人達の長男━━赤い帽子を被った長男、ヤキトが口を開く。




「俺達は……姉ちゃんの精霊だ、契約解除されたからってすぐに別の主に変えるなんてできない」


「別の主に変える? 何の事?」


「そのままの意味ですよ、三人と柚葉ちゃんを契約させようとしました。でも……三人がそれを拒んだんです」




 カノンの代わりにアグニルが答える。

 そういう事か、まだ誰とも契約していない柚葉なら、三人と新しく契約ができる。

 そうしたら彼らは、七日以内に理想郷に還る事は無くなって、この世界に残れる。

 それが今できる最良の手段━━それは三人も理解しているのだろう。

 だけどその事を理解してまで拒んでいる、それほどまでに雅の事を思っている……という事か。


 だが、その様子を見ていたエンリヒートは、手に持つお茶を置いて、端の方に座る小人達に話をかける。




「どうしてお前らはあの女に固執してんだ? 言い方は悪いがあの日あの場所で、目の前で捨てられただろ、私なら━━」


「姉ちゃんはそんな人じゃない! 姉ちゃんは、姉ちゃんは本当は優しい人なんだ。きっと……そうだよ! 何かに体を乗っ取られたんだ、あの変な虫が姉ちゃんを操ってるんだ!」


「そんな事はあり得ない、それはあなた達だって理解してるでしょ? 本来の彼女の姿はあれ、力を求め悪に加担して━━はっきり言って、あの女の本性は最悪よ?」




 カノンの言葉はどこか刺々しかった、エンリヒートに「捨てられた」と言われ、カノンには「あの女は本性最悪」と言われ、小人達の表情は変わらない、おそらくそういう表情の変化は無いのだろう。

 だが、怒っているのはわかった、三人は立ち上がり、




「そんなのなんでわかんだよ! お前に姉ちゃんの何がわかるって言うんだよ!」


「そうだそうだ! 姉ちゃんは優しい人なんだよ!」


「あなた達はただ違うって……そう思いたいだけでしょ!? あの人は違う、そんな事するはずないって、ちゃんと現実を見て! あの女はあなた達と契約解除して、新しい精霊と契約していた━━優しいからって誰しも良い人とは限らないんだよ!!」


「なんで……なんで誰もわからないんだよ!」


「━━あっ、待ってくれよヤキト兄ちゃん」




 カノンの言葉を聞いて、表情は変えず、ただ涙を流して部屋を出ていくヤキト、それをユキトとヨキトも追いかけていく。




「ちょっとカノンちゃん! あんな言い方しなくても」


「柚葉ちゃん……大丈夫ですよ、ここは空き家ですから、それに鍵も閉めてあるので出れませんから」


「そんな事を言ってるんじゃないよ! なんであんな酷い言い方をしたのか━━もう、待って三人共!」




 柚葉は本気で怒っていた、それは自分が兄だからではなく、同じ人間として理解した、柚葉は走って三人を追いかける。

 カノンが本心からあんな酷い事を言ったのではないと理解している、彼女は誰よりも優しく、そして誰より皆を想っている。

 隣に座るカノンの頭を、僕の膝に乗せ、




「大丈夫?」


「主様……そうですね、少し疲れました。でも、あれくらい言わないと駄目なんです、一度……たった一度でも主に裏切られた精霊は、その想いを断ち切らないと一生立ち直れませんから」


「だからあんな酷い言い方をしたの?」


「はい、私は彼らが今どんな気持ちでいるのか━━それを誰よりも理解していますから」




 僕の膝に顔を埋める彼女はそう言って、何も言葉を発しなくなった。

 アグニルとエンリヒートも何も言わない、過去に何かあったの? そんな事を聞ける空気じゃない。

 目の前に座る二人はおもむろに立ち上がり、




「それじゃ……私達も二人の所に行ってくるよ、なっアグニル」


「そうだね、じゃあ主様、行ってきます」


「ああ、二人共お願いね」




 二人は僕じゃなくカノンを見ている。

 カノンをよろしく、そういうことか。頷き返すと、二人は部屋を出ていった。


 カノンは今も僕の膝に顔を埋めたまま離れない、そんな彼女の綺麗な桃色の髪を撫で、




「カノン……皆いなくなったよ」


「……はい、ごめんなさい。でももう少し、もう少しだけでいいのでこのままでもいいですか?」


「ああ、ずっとそうしていてもいいよ」




 彼女の囁くような声、少し鼻声だったか━━それに僕の膝が少し濡れてるのを感じた。


 それから少しの沈黙が流れ、カノンは顔を上げ、




「ありがとうございます、もう大丈夫ですので」


「そっか……過去に色々あったの? あっいや無理にとかじゃなくていいんだ……ただ心配で」




 この言葉が勝手に出てきた、そんな感じだった。

 カノンの過去に何か━━あの小人達のような事があったんじゃないか、それがわかって本気で心配になった。

 ただ、カノンは少し笑いながら僕に顔を近付け、




「私は過去の事を言葉にして話すのは苦手です、でも━━そうですね、主様、キスをしましょうか?」


「えっ!? いやいや、いきなりどうして?」


「話はアグニル姉ちゃんから聞きました……エンリ姉ちゃんの心の中を見たんですよね? まあ、エンリ姉ちゃんはその事を覚えてないみたいですけど」


「それは……」




 何で知ってるの?

 そう聞こうとした、だけど彼女の顔が近付き、柔らかい唇が僕の唇に触れた。


 覚えているのは、彼女が頬を赤くしながら笑っていた事、それに、僕に喋っていた言葉だけ。




「私の心の中、そこで眠ってる私に聞いてください━━過去に何があったのか、ねっ」




 その言葉を聞いて、いつのまにか僕の視界は真っ暗になった。

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