103.ママ・アーマー
「ふざけんな、バカ! そういうのは時間をかけてお互いの気持ちをゆっくり確かめ合って、高まり切ったところで『いいかい?』『いいよ?』的な感じでやるもんだろうが! いろいろすっ飛ばしすぎだろ! 常識ってもんを知らねえのか、てめえは!」
「時間ならアホほどかけました! 今確かめ合って高まり切りました! てか、少女漫画の受け売りを偉そうに垂れ流してんじゃねえよ、男日照り! 恋人なら当たり前のことなんだから、つべこべ言わずとっとと脱げ!」
「当たり前だあ? 人間同士、猿同士ならそうだろうがな! あたし人間、お前猿! わかる!? お前が人間に進化するまでお預けだ、バカ猿!」
「人間だろうが猿だろうが知ったことかよ! 十五年も待たせやがったんだから、責任取れ! 今すぐ! この場で! 即刻速やかに!!」
「てめえ、五歳ん時からあたしとエロいことしようなんて考えてたのかよ! どうでもいいとこばっか早熟だな! だから栄養行き渡らねえでずっとチビなんだよ、ミニモンキー!」
「減らず口叩くな、ブス! 他の野郎に触られたのが、とにかく! 何より! 絶対! 許せねえんだよ!! エイルに触っていいのは俺だけなのに…………ああ、ムカつくムカつくムカつく! あいつ、やっぱり殺しとけば良かった……」
アインスの声に、殺気が滲む。
そうだ、二人は会ってる。会って、話をしてるんだ――あの涙の乙女危機一髪事件についてを。
「えっと…………殺さなかったんだ?」
一応、聞いてみる。
「……我慢した。一週間くらいで元気にお仕事行けるんじゃね?」
恐らく肉弾戦で済ませたんだとは思うけど……それなら体格的にも経験的にも、カミュの方が勝るはずだ。なかなか良い筋肉していらっしゃったからね。
しかし、今回は相手が悪い。
何たって、十五年という年季の入った、熱狂的なエイルちゃんファンなのだ。
得意分野の魔法が使えなかろうと、圧倒的に不利な条件だろうと、この感じだと、んなもん知るか死なす殺す潰すの勢いでフルボッコにしたに違いない。
モテない女で軽く遊んでみただけなのに、よもやこんなことになるなんて、カミュも想像していなかっただろう。
あたしはそう思うと、ちょっとだけカミュが可哀想になってきて、祈りの形に手を合わせた。
「じゃ、そういうわけで。敵討ちのお礼と洗浄の意味も込めて、いただかせてもらいま~す!」
静かに追悼を捧げているというのに、盛った猿はそれが終わるのも待たずに、勢い良く押し倒してきた。
「ねえ……マジでやんの?」
嫌そうに眉をひそめて、一応確認してみる。
アインスは嬉しそうに首を縦に振りたくった。やっぱりやるのか……やるしかないのか。
あたしはため息をついた。
「…………わかった。やる、やります。言わなくても知ってると思うけど、あたし初めてなんで、そこんとこよろしく」
「任せとけ! 優しくしてやんぜ!」
アインスは満面の笑みで即答した。
思いもよらぬタイミングだし、思いもよらぬ相手だし、実感も何もあったもんじゃないけど、こういうのは勢いが大事って聞いたことがあるからな。
というか、今やらなきゃ二度と機会が巡って来ないかもしれないって、不安があった。
アインスに求められることも、好きだと言われたことも、仲直りしたことまでも、全部まだ夢のような気がして。
ぼやぼやしてたら、この夢が覚めてしまうような気がして。
そんなわけで、あたしは夢現にも似たおかしな気持ちで、いざ初の触れ合いに挑むこととなった。
さて、そうと決まったら話は早い。
アインスは直ぐ様、グラズヘイムの制服であるタキシードタイプのスーツを脱ぎ始めた。カミュを再起不能にしてすぐ、仕事先から飛んで来たんだろう。
背中に穴は空いてないから、あの姿で文字通り飛翔してきたわけではないだろうけど。そういや、こいつ飛べるのかな?
今は半分だから無理でも、完全体になったら、いけそうだよね?
やだなあ……ケンカも空中戦を想定して、ストブラ携帯しとかなきゃ。あ、ワイヤー発注しとこ。魔法耐性高いやつ。
そんなどうでもいいことを考えている間に、アインスは黒のジャケットからウエストコート、そしてトラウザーズにソックスまでさっさと脱いで、我が家でいつも目にしていたピアスに塗れのパンツ一丁スタイルとなった。
しかし、そのパンツに躊躇いなく手がかかった瞬間、あたしは我に返り、必死で止めた!
「いや、待て! そこはまだ残しとこう、な!?」
アインスは不思議そうな顔をしてから頷いた。
「変なの。どうせ嫌ってくらい見るのにさ」
ああ、わかってるよ!
嫌ってくらい見ることになるんなら、せめて今だけは隠しといてくれ!
服を脱ぐことも忘れてぼけーっとしてたから、またグチグチ言われるかな、と思ったけど、アインスはあたしを咎めることなく、今度は優しく押し倒してきた。優しくする、と言ったのは嘘ではなかったらしい。やればできるんじゃん。
「……顔、痛い?」
何度かキスを繰り返してから、アインスがそっと尋ねてきた。
顔面のガーゼ、気になるよね。半分はお前のせいだもんね。
「まあ、それほどでも。どこぞの乙女ハンタークソバカ野郎に散々殴られたから多少腫れてるけど、もうそんなに痛くはないよ」
「そっか……ごめんな。俺も一応手加減したんだけど、拳でいっちゃったからなぁ。モルガナにも、すんげえ怒られた。でも、俺が責任取るって言っといたよ!」
責任とは、カミュへのお礼参りの話なんだろう。
にしてもあの後、どんだけ怒られたんだか。先制で一発食らってたけど、音だけでもただのビンタとは思えないくらい、すんごい音量だったよな。
よく見ると、アインスの右頬もほんのり赤みを帯びて腫れている。お揃いにされたようだ。
あたしはアインスの右頬を撫で、自分からキスをした。
口汚い言葉ばかり飛び出す、それでも大好きなくちびる。アインスもキスを返して――――きたかと思ったら!
ない肉を掻き集めるようにして、ぎっちり胸部を鷲掴みやがった!
「ぎぃやぁあおう! 痛えええええ!! 何するんだ、バカ! 優しくっつったろ!」
「あ……悪い。どこが胸だかわかんなかった」
ですとよ!
膨らんでなきゃ胸とは認めませんとでも言いたいの? これでも精一杯頑張ってるんだよ!
クレームを受けたアインスは気を取り直し、今度は優しく触れてくれた。よしよし、いいぞいいぞ、その調子だ。
「……ねえ、エイル。ここって、アハンウフン言うとこなんだけど?」
「おいおい、現実をエロ本と混同すんなよ? きっと皆こんなもんだ。男が可哀想だから、演技してるだけだ。だって、よく考えてみ? 腹の皮膚と変わんないんだよ?」
アハンウフンの代わりに、あたしはハッハーンと肩を竦め、憐憫の笑みを浮かべてみせた。
「マジで!? うわぁ、男としてかなり凹むこと聞いちゃった……聞きたくなかったなぁ」
そうぼやきながら、アインスがタンクトップの裾から指先を滑り込ませてくる。
ふうん、こんな風に進行するものなんだ。
これまで読んだ漫画じゃ、双方全裸スタートか、次のコマでは服がどっかいってたみたいな感じなのばっかりだったからね。おおまかな流れは知ってても、やっぱり実体験となると、いろいろ新鮮だ。
「おお! さすがにいい腹筋してんなあ!」
「褒めるとこ違うよね? そこじゃなくない? もっと褒めるとこあるんじゃない?」
「うん、筋肉っていいよね!」
あたしの不平など無視ですよ、無視。
腹筋から奴の指先は、ゆっくり服の中で上昇し、ついに下着に到達して――しかし次の瞬間、アインスは目を見開いた。
そして、顔を引きつらせながら尋ねる。
「エイル……これ、まさか、アレか?」
「あ?…………ああ、そういやそうだ。運が悪いな、お前」
「嘘だろ!? 何でよりにもよってこんな時に、『ママ・アーマー』なんだよ!」
説明しよう。
『ママ・アーマー』とは――某婦人下着販売店勤務の母、モルガナがあたしにくれた、最強の矯正下着を差す。
命名したのは、このアインス・エスト・レガリア。
洗濯物を畳ませていたところ、その中にこの女性用胸部保護下着の形をした戦闘服が混入していたのだが、発見時の彼の驚きようといったらなかった。
カップ数が三段階上がる極厚のパッド、凶器として使えそうなくらいに強靱なワイヤー、一度止めたら外すのに努力と根性を強いられる七段のホック。
彼はそれに強い衝撃を受け、こう言い放ったのだ。
『こんな物騒なもん、身に着けてる奴とエロいことしようとする野郎の気が知れねえ!』
まさかのまさか、自分がその当事者になるとはな。ざまみろですよ。ブーメランバカですね。
「信じらんねえ! 俺の盛り上がった気分、返せ!」
アインスはそう喚くと、一気にあたしからタンクトップを引き剥いて、黒い戦闘服を脱がしにかかった。
しかし、『ママ・アーマー』は手強い!
アインス、必死に頑張る!
それでも、歯が立たない!
仕方ないから、あたしは俯せになって頑強なホックを見えやすくし、取り外しに協力した。
「……よっしゃあ! ママ・アーマーを倒した! 賢さが一上がった! 勇気が一上がった! ……って、あれエイル、どうしたよ?」
そうなのだ。
戦闘服がなくなったということは……あたしはつまり、上半身丸裸ってわけで。
恥ずかしくて、俯せの状態から起き上がれないのだ!
「なぁにぃ? エイルちゃん、もしかして恥ずかしいのぉ? 可愛いじゃなぁい」
ああっ! うるさいうるさいうるさい!
それでも起き上がらないあたしにため息を落とし、アインスはあたしの背中に口付けた。壊れた翼を愛でるように、優しくくちびるを滑らせる。
それから、背中の刺し傷にも。
アインスは痛みを感じ取ろうとするみたいに、舌先でそこを何度もなぞり上げた。
「エイル、どう? まだ恥ずかしい? なら下脱がすぞ」
「うわああ! それはまだいかん!」
あたしは飛び起きて、ショートパンツを脱がしにかかったアインスの手を止めた。
「あ、こうして見ると、女って感じがしなくもなくもねえな。よかったな、エイル。自信持て」
アインスはケラケラ笑いながら、あたしの裸の胸をペチペチ叩いた。
何、この扱い。すごいムカつくんですけど!
けれど、吐こうとした文句は喉奥に引っ込んだ。
なだらかな膨らみに触れられた瞬間、不思議な感覚が走ったのだ。
不思議な感覚はどんどん膨れ上がって、苦痛一歩手前のもどかしさに変わっていった。
アインスの鎖骨のピアスが素肌をくすぐるだけでも、全身に鳥肌が立つ。
でもこれはカミュの時と違って、怖いからじゃなくて……そうか、これがあれか!
アインスが言ってた、アハンウフン状態ってやつ!!
ひええ、余裕ぶっこいてられたのは、ママ・アーマーのおかげだったのか……。
そんなに防御力高いなんて知らなかったよ! 脱ぐんじゃなかった!!
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