57.電話での大声は凶器
「…………これが、あたしが初めて異性から受けた愛の告白。あん時のアインスは、本当に可愛かったなあ。何であのまま大人にならなかったんだろ? あたしの育て方がまずかったのかな?」
そういえば、とあたしは今更になって思う。
あれから、あの日からアインスはどんどん悪タレになっていった。どんどんニールに似ていった。
もしかしたら、アインスは奪ったニールの代わりを務めようと、子供ながらにそんなことを考えていたのかもしれない。今となってはそれが板につきすぎて、可愛くもクソもないひねくれたバカになっちゃったけど。何事もやりすぎはいかんよな。
「にしても、鳥と猿にしか好かれないって、どうなってんだろね。あれが最初で最後の告白だったらどうしよう? もうすぐ三十だってのに、いまだに相手見付けらんないとかヤバくね? このままじゃ本当に恋愛歴ホワイトで一生終えるかもしれない……」
あたしがおどけて、いや半ば本気で身を震わせると、黙っていたカミュがようやく口を開いた。
「そんなことない。エイルさんを想ってくれる人は必ず現れるよ。エイルさんはすごく魅力的なんだから、自信持って。案外、そういう奴は意外と近くにいたりするよ?」
カミュの意味ありげなウインクの意味はちっともわからなかったけど、あたしは元気いっぱいに頷いた。
「だよね! あたしだってやりゃあできるよな! これからは待つだけじゃなくて、いい男見つけたらラリアットで張り倒して頸動脈極めて落としてやんぜ!」
するとカミュは脱力したように肩を落とし、力なく笑った。
「ああ、うん……そうだね。それなら間違いなく落ちるよね、意識が……」
「あ、落ちるで思い出した。携帯電話に内蔵されてる落ちゲーでさ、あたしすごい得点叩き出したんだよ!」
そのリザルト画面を披露してやろうと、あたしは携帯電話をバッグから取り出し、そこで初めて着信があったことに気付いた。
発信者は、アインス。
何だろう? わざわざ携帯電話にかけてくるなんて、よっぽど大切な用事があったのかな?
あたしが不思議そうに首を捻っていると、カミュが尋ねてきた。
「どうかした?」
「うん……アインスから電話があったみたいでさ。ここしばらく会ってなかったんだけど、何かあったのかな〜って」
「確かにアイ、今日は様子がいつもと違ったな。何だか怒ってるみたいな、思い悩んでるみたいな、変な雰囲気だった」
おかしなメールのことも思い出されて、あたしはいてもたってもいられなくなって、立ち上がった。
「ちょっと電話かけ直してくる」
わざわざ個室を出たのは、電波が悪かったせいもあるけれど、カミュにも話せないことなのかもしれない、と思ったからだ。
薄暗い店内をあちこち突き当たり、迷路みたいにくねくねした通路を抜けて、やっとのことで外に出たあたしは、履歴からアインスに電話をかけた。
コール音が続く。一回、二回、三回……ああもう、何やってんだよ、あのバカ猿!
五回、六回、七回…………出た!
『……エイル!? 今どこ!?』
こいつ! 電話は耳に付けて話す機械だってこと知らねえのか!? いきなりバカでかい声、出しやがって!
キーンとする耳を押さえつつ、反対側の耳に携帯電話を当て直して、あたしは答えた。
「今、カミュと飯食ってる」
『シファーさんと? ……なら大丈夫か。エイル、これからは俺がいいって言うまで、知らない奴が来たらドア開けるなよ? 宅配便とか集金とか、勧誘とかそういうのは全部無視しろ。俺、しばらくは帰らないからチェーンもしとけ。それから』
アインスは小さな声で、でも強い口調で言った。
『何があっても、リリムに関わるな。道で会ったら逃げろ。そうだ、キッチンにストブラあったよな? 念のため護身用に持ち歩け。わかったか? わかったら返事!』
「わかった、わかったよ。でも……何で? 何があったんだよ?」
『いいから、今は黙って俺の言うこと聞け。頼むから。絶対に忘れんなよ!』
言いたいことを言い尽くすと、アインスは勝手に電話を切ってしまった。血は繋がってなくても、こういうとこは母さんそっくりだ。何なの、ほんと意味わかんない。
あたしは腑に落ちないまま店に戻った――のだけれども。
あれ、また出入口に来てしまったぞ? あたし、どこ通っで来たんだっけ?
広々とした店内は、全席個室かつ敢えて照度を低くしているせいでどこまでも同じような景色が続く。進めども曲がれども、何故か出入口に到着してしまう。まるで地獄の回廊だ。
十分くらい頑張ったけれど結局降参して、あたしは半泣きでカミュに電話した。
「すごいね、エイルさん。俺、店で迷う人なんて初めて見たよ」
「うるさいな! 方向感覚狂うような造りの店が悪いんじゃ!」
あたしが迷子になってる間にカミュは会計を済ませてしまったそうで、迎えに来てもらうとそのまま車に乗って、次の目的地へと向かった。
行き先はカミュのリクエストで、カラオケ。
本音言うと、行きたくなかった。
音痴ではないし、音感もリズム感も人並みだ、と自分では思っている。けれどそれとは別に、ちょいと問題があってだな……。
「さ、着きましたよ。どうぞ、お姫様」
カミュに扉を開いてもらって降り立ったのは、宮殿みたいに無駄にゴージャスな外観が特徴のカラオケのチェーン店。
平日の夜だというのに、そこそこ混雑している。どうも大人数でやって来る若者達が多いようだ。ああ、そういや学生は夏休みに入ったんだっけ。
あたしとカミュは待合所の椅子に座って、待ち時間を過ごした。
しかしその間にも、何人かの女性がチラチラと熱い視線を寄越してくる。
もちろん、イケメンのシファーさんに向けてだ。隣に一応あたしがいるってのに、遠慮のないこと遠慮のないこと。ふん、慣れてるもん。お猿と出かける時も、いつもこうだったもん。イケメンは巨乳に匹敵する大正義ですもんね。
「エイルさん、ここは初めて? カラオケはよく行くの?」
静かに黄昏ていたら、不意にカミュから質問が飛んできた。
「え、うん、他の支店は行ったことあるけどここは初めてだね。カラオケは近くにあんまりないから、誰かと飲みに出かけた時に行くくらいかな。最近は忙しくてさっぱり。カミュは?」
「俺もここは初めてだよ。同じく、カラオケは久しぶり」
「ふうん。どんな歌、好きなの?」
とまあ、ありきたりな質問を返してみる。
「そうだね、ジャンル関係なく何でも歌うよ。エイルさんは?」
「え!? あたし? あたしは……まあ、あんまり最近の歌は知らない、かな」
「良かった、俺も知らないんだよね。流行りの移り変わりが早くて、ついていけてないんだ」
「だよねー、ついてけないよねー」
あたしは乾いた笑いで誤魔化した。
そうこうして名前が呼ばれて、あたしとカミュは部屋に案内された。
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