51.お遊びはほどほどに

 ハンター用トレーニングコースがあるとはいえ、キタセンではストリング・ブラスターなんて特殊な武器など扱っていない。


 ところが!

 この間いらっしゃった、大きな胸部が特徴のオバ……お姉さんが置いていったというじゃない。


 そして実はあたしも、あの時返却された『プラス』をバッグに入れっぱなしにしていた。通勤用のバッグなんてそうそう中身入れ替えないから、すっかり忘れてたよ。


 てことで、あたしの方は準備完了。


 対してケイン、奴が得意とするのはハンドガン。こちらも二丁使いだそうだから、まあ五分五分だろう。


 模擬弾は当たったら危ないしお高いそうなので、装填するのは透明ペイント弾。ストブラも切れやすい練習用ワイヤーにしたかったけど、生憎そんな気の利いたものは持っていない。ディアラ隊長とやり合った時も、実戦用のワイヤーだったからね。今思ったら、よく大怪我しなかったもんだ。ま、ディアラ隊長の素晴らしい腕のおかげだろうけど。


 道場には、手の空いているスタッフ達がわらわら集っていた。中には、ハゲージャーまでもいる。暇なのは頭皮だけにしとけや。


 観衆の視線を浴びると、ぞくぞくするような高揚感が込み上げてきた。


 体の奥から沸き上がる昂りは、まるで肉体を内側から押し上げて飛翔させようとしているみたいだ。自然とくちびるが吊り上がる。


 ああ、この心地良い感覚……久々だなあ。


 あたしはサイズが合わずぶかぶかなジャージの上着を脱いで、キャミソール姿になった。背後にいた奴が変な声を漏らす。あたしのセクシーさにやられた……んじゃなくて、背中の印にびっくりしたんだろう。はいはい、そこまで自惚れてませんよ。あたしが元メディカル・ハンターだったってこと、知らない人の方が多いもんね。


「ルールは、ケイン・オリアウスが三マガジン分の弾丸を打ち尽くすか相手を戦闘不能にすれば勝ち。それより先に、エイル・クライゼが相手を戦闘不能にしたら勝ち。よろしいですね?」


 言い出しっぺのくせして、審判という安全圏に逃れたローランドさんが皆に説明する。


「ほう、短期決戦ですか。いいですね、お二人共なるべく派手にお願いしますよ。でも、お仕事には支障がない程度に」


 おいおい、ハゲージャーが一番楽しそうじゃねーか。


 あたしはケインと顔を見合わせ、ため息をつき合った。

 それからローランドさんに促され、お互いに距離を取る。そんなに広い道場じゃないから、二人して立ち位置はギリギリの壁際だ。

 見学者は危険が及ぶ可能性もあるため、ドアの外に出ていただいた。

 ケインだってAクラスハンターだからヘマはしないだろうけど、大事を取るに越したことない。ペイント弾も目に当たれば大怪我必至だし、あたしの方は本物の実戦用ワイヤーだ。


 遊びが遊びでなくなっちゃうのは困るし、それに遊ぶなら全力で遊びたいよね。


「では開始!」


 ローランドさんの合図と共に、あたしのくちびるから笑みが消えた。


 と同時に、ケインが発砲する。両手から繰り出される連射は、想像していた以上に早い! それでいて狙いは正確だ。くそ、こいつ現役でも活動してるんだっけ? 素直にハンデもらうべきだった。


 あたしは右手のストブラのトリガーを引き、細かくカットしながら、立て続けに矢のようにワイヤーを繰り出した。当てるのではなく、相手の動きを止めるためだ。しかしケインはそれすらうまく躱し、連射し続ける。あたしの腕の角度から軌道を計算しているだけでなく、思考までも読んでる動きだ。転がりながら、素早くマガジンチェンジ。一連の動作に無駄がない。避けるだけで精一杯だ。


 このままじゃ、負ける。


 ――そう思った瞬間、左手が勝手に動いた。バランスを取るためだけに、使うつもりもないのに握っていた『プラス』。


 ダメだ、とあたしは制止しようとした。


 けれど、大丈夫、ともう一人のあたしが告げる。


 大丈夫、任せとけ。


 ケインが三度目のマガジンチェンジに入る。その僅かな隙を、あたし、いや『プラス』は逃さなかった。


 小さな楔がワイヤーを従え、凄まじい速度で飛びかかっていく。目標は、ケインがこちらに向けた銃口。片方のマガジンチェンジをしている間も、あたしに照準を合わせた視線同様、少しもぶれがない。おかげで逆に、狙いやすかった。楔がガツリ、と噛み付くように嵌り込む。


 ケインが焦って、銃から手を離した。けれどワイヤーがその両腕に巻き付く方が早かった。


 切り刻まないよう、締め付けすぎないよう、若干の余裕を持たせ、でも抜け出せるほどの隙間は作らないよう調整したところで、『プラス』は止まった。


 ワイヤー発射ボタンから指を離したのは物理的にはあたしだったけれど、操作したのはあたしじゃなかった。



 まだ両の翼がある頃の『エイル・クライゼ第一部隊隊長』だ。



「…………ま、参りました」



 ケインの降参の声であたしは我に返り、同時に憑依していた第一部隊隊長の気配も消えた。


「すごい……これがAクラスハンターとメディカル・ハンターの戦いか……。雲の上なんてレベルじゃないよ……人間業じゃない…………」


 ボヨンボヨン素材の的を盾にして見守っていたローランドさんが、呆然と呟く。あたしはワイヤーを回収しながら訂正した。


「元、を付け忘れてますよ。それを言うならAクラスハンターと現役受付嬢の戦いです」


「ああ……そう、そうだったな。勝者、現役受付嬢!」


 ローランドさんが思い出したように高らかに宣言する。

 それを合図に、室内になだれ込んできた見学者一同から、惜しみない拍手が贈られた。


「ただの受付の人じゃなかったんですね!」


「まさか元メディカル・ハンターだったとは……驚きました!」


「受付向きではなかったけれど、トレーナーとしては頼れそうだな!」


「ローランドさん、ファランと比べるのは酷ですよ。ファランは可愛すぎるからなあ。ファランに勝る女なんてそういませんし」


「……えっと、いやケイン、俺は業務の意味で言ったんだが。クライゼに謝れ。早いとこ謝った方がいい。お前の身のためだ」


「えー、業務もからっきしじゃないですか。こないだも、ヘルスコース希望のよぼよぼの爺さんを、間違ってこの刀剣道場に案内したんですよ? 訳わからないから真顔で立ち尽くしてる爺さんを、トレーナーが『どっかの流派の師範代が見学に来たのか』って勘違いして……いやあ、あん時ゃ笑ったなあ! な、クライゼ!」


 のほほんと振り向いたケインに、あたしは怒りの足払いをかけて転がした。ついでにうつ伏せにして足を交差させる。


「え、ウソ……ウソでしょ? この体勢って……もしやアレか? アレやるつもりか!? やめてやめてやめてええええ!!」


「やめるか、ボケェェェ!」


 交差させたケインの両足に自分の片足を潜り込ませると、あたしは手拍子して皆を煽った。ケインの味方であるファランはここにいない。全員、大喜びで乗ってくる。


 皆の声援が最高潮に達した頃を見計らい、あたしはケインの足を極めたまま跳ねるようにして派手に背後に倒れた。


「うんげらふぁあーーーー!」


 ケインが言葉にならない悲鳴を上げる。


 お気に召していただけて何よりだ。

 何たってこのデスロックは、あたし達の新入社員歓迎会の時に食らわされた思い出深い技だもんな。今と同じように、無神経な一言であたしを怒らせたせいで。

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