45.あの頃君は若かった
名鑑のトップを飾るのは、現在も変わらず総隊長を務めるディアラ・ワイアット。
この前会った時は全然変わらないと思っていたけど、掲載されている証明写真を改めて見ると、七年の時の流れを感じる。隊長、若いやん。ちょっと可愛げあるやん。
この時、隊長は三十一歳。今のあたしとさほど変わらない年齢だ。そんな年で、メディカル・ハンター達を束ねていたんだな。今にして思えば、無理していたところもあった気がする。当時は全くわからなかったけれど。
懐かしさに任せて、あたしは大正義巨乳様の武勇伝を語り倒した。どんなモンスター相手にも怯まず、どんな窮地に陥ろうとも揺らがず、冷静に判断を下し、的確な対処する名将。けれど、性格にひどく難あり。特に、あたしに対しては誰より厳しくて。
「もうさ、一緒に行動したら何かある度にエイル・クライゼ! エイル・クライゼ! エイル・クライゼ! って雄叫び上げやがるの。何でもかんでもあたしのせいにして怒り狂うから、嫌になって改名しようか本気で考えたよ。慣れてきたら、このメスモンスターの鳴き声がエイル・クライゼって聞こえるだけなんだわ〜って流せるようになったけど」
「何それ、ウケる! でもそんだけ構い倒されてたのって、エイルだけだったんだろ? それってやっぱ、一番期待されてたってことなんじゃね?」
アインスがあたしの目を見つめて笑う。と同時に、耳奥に隊長の声が蘇った。
『バカで生意気で真っ直ぐで――――メディカル・ハンターの未来を託せると思ったのは、あんただけだった』
隊長、ごめんなさい。あたしも期待に応えたかったよ。頑張り続けたかったよ。でも、目の前で起ころうとしてる悲劇を見過ごすことはできなかった。あたしは自分の命より、それを救うことが優先だと判断した。
きっと隊長は、あたしに失望したことだろう。あたしなんかに期待したことを、今も後悔しているかもしれない。
それでも、あの時の判断は、間違ってなかったと思う。そう信じたい。
あたしは無言でページをめくり、さっさと先に進んだ。あの時の自分と向き合うために。
「あ、エイル発見」
「本当だ……お姉さんだ」
アインスがそっと指差すと、覗き込んだリリムちゃんが小さく漏らした。
あれこれ役職名を連ねるお偉いさんの次に掲載されているのは、マジナ第一部隊。
部隊名簿のトップを飾る集合写真の真ん中に、己の姿を見つけただけで、あたしの胸はいっぱいになった。
特殊加工が施されたブラックの戦闘服に身を包んだ七年前のあたしは、他のメンバーに比べて頭一つ分小さい。けれど敬礼に掲げた腕には、マジナ部隊隊長の証であるブルーの腕章。
高等部を卒業するまでに取れる資格を取りまくって、ハンター養成専門学校に行った。一番大変だったのは、勉強よりも母さんを説得することだった。何せ本当の父親はAクラスハンターで、その任務の際に命を落としたから。
こみ上げる思いを堪えて、ページを送る。
「…………何か、今とあんまり変わんないね」
二人に突っ込まれる前に、あたしは先に感想を述べた。
二十三歳手前の自分は、今より髪が短いくらいで容貌にはほとんど変化がない。眼鏡も今かけてるのと同じ、耐久性だけは高いけれどデザインは今ひとつの黒縁四角のダサ眼鏡だ。
隊長は見開きで紹介され、片面に顔写真、反対面にはプロフィールが記載されるのだが……ここはまぁ割愛していいか。
更にページをめくれば、当時のメンバーが顔を並べている。
ああ、こいつは生意気だったな。あたしが年下だからって小バカにして、しょっちゅう命令無視してた。
こいつはストブラの扱いが上手かった。でもちょっと臆病なのがキズだったっけ。
こいつ、まだいるのかな? いっつも泣いて鼻水垂らして、もう辞めるが口癖だったけど、任務終わるとケロッとしてたよね。うん、まだいそう。
一人一人の特徴を思い出し、それをアインスとリリムちゃんに語って聞かせている内に、あたしの心は現在から過去に返っていった。ただひたすら任務に没頭していた、あの頃に。
気付けば笑顔になっていて、その次のページで紹介されている活動記録についても念入りに説明した。年寄りが昔話に花を咲かせ始めると長い。さぞやうざかっただろうに、二人は黙って聞いてくれた。
空気など読まず、あたしはよくタッグを組んで仕事していたマギア第一部隊についても教授してやろうとウキウキ気分でページを開いて――――固まった。
「え、えええ? あれこれ、ウソ……」
訳のわからないことを口走るあたしに代わり、アインスがページに目を落とす。
「は!? おいおい、いやこれ、マジか……」
ところが、アインスの方も反応は同じ。リリムちゃんだけが不思議そうな顔をして、開かれたページを見つめる。
「えっと……この写真、何かおかしいんですか?」
いろいろとおかしいんだけれども、果たして何から説明して良いものか。
「えっとね、まずは名鑑で一部隊に、こんなにページ割かれるのがおかしいんだ。あたし、メディカル・ハンターになる前から『両世界生物録』と一緒に名鑑も定期購入してたんだけど、こんなの前代未聞だよ」
それと、とあたしは付け加え、写真に映る黒く大きな塊を指し示した。
「ここに掲載されてる写真ね、あたしの最後の任務なんだ。この後……ほら、この黒いドラゴン、こいつにやられちゃってね。へえ、こんなだったんだ。暗視ゴーグル必須の暗闇だったから、カラーで見るのは初めてだよ。やっぱり世界のマクレーンは、持ってるカメラの性能もすごいもんだ」
さすがは世界屈指の腕を誇るカメラマン、ブラッド・デオドア・マクレーン。自分も巻き添え食って死ぬかもしれないって時に、シャッターを切り続けるとは恐れ入った。
さあ、エイル・クライゼ。
過去に浸るのはおしまいだ。
あの時の決断と、改めて真っ向から対峙しようではないか。
静かに決意を固めると、あたしはアインスとリリムちゃんに、写真を参照しながらその時の出来事を話し始めた。
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