46.クライゼ隊長の追想(1)

 新種と思われる飛竜種の目撃情報を受け、あたし達はマギアの下端に位置するシータに向かった。


 マギアでの仕事はマギア部隊に任せるのが通例ではあったけれど、シータとなれば話は別だ。何せシータは、マギアの人々でも滅多に立ち入ることがないという特殊な地。そこに住まうのはほとんどが魔族であり、どの種族も閉鎖的で、そのため生態に関しても謎が多い。


 そこでディアラ総隊長による指揮の下、あたし率いるマジナ第一部隊とマギア第一部隊が合同作戦を展開することとなった。


 ところが、問題が一つ。そこにブラッド・デオドア・マクレーンの撮影クルー達もついてきてしまったのだ。


 ブラッドはちょうどその頃、我々マジナ第一部隊の名鑑用写真を撮影中だったのだが、この任務に興味津々で、危険だからと何度も押し留めたのに『心配無用、自己責任でこちらはこちらで勝手にする』と半ば強引に同行してきた。


 第一部隊の活躍をより華々しく演出できる写真が欲しいという思いも多少はあっただろうが、本音は新種のドラゴンという存在に心奪われたに違いない。うまく撮影できれば、世界初の快挙になるのだから。


 ボディガードも個人で雇うと言うし、ディアラ隊長にも相談したけど、あたしと同意見だった。結論として、ワガママ抜かすクソジジイを相手にしてる暇はない、こちらの手を煩わせないなら好きにしろ、ということになった。


 けれど――――思えば、これが大きな過ちだった。


 シータの中域に広がる森は、想像を超える寒さと暗さに満ち満ちていて、目撃が多発している地帯に向かうだけでも難儀した。あたしは前日、体調調整も兼ねてアイーダとシータの境目付近にあるアインスの住む家に宿泊したんだけれど、やはりギリギリでもアイーダだけあって、本物のシータに比べれば全然マシだった。寒いけれど外出しようかと思えるレベルだし、終日暗いといっても仄かに日が差していたからね。


 氷と闇ばかりの広大な森は、アインスが暮らす場所とは比べ物にならないほどの悪環境だった。とにかく寒い。マジナじゃ冬でも暑いくらいに感じる専門仕様の防寒服を着ていても、ババシャツ五枚重ね着していても、ホットドリンクを飲んでも温感ジェルを塗っても、寒いことこの上ない。


 そして、鼻をつままれてもわからないという表現まんまの暗黒の闇。これがまた厄介だった。

 暗視ゴーグルを装備していれば視界は開けるものの、見える範囲は狭く、規則性なく乱立する夥しい樹木が行く手を阻む。木々はどれも固く凍りついていて、ぶつかるととても痛い。運悪く尖った場所に気付かず通り過ぎたら、ざっくり……なんてこともある。


 更に、降ってくる落葉にも要注意。葉も凍ってるから、ひらひらなんて可愛く落ちてこない。急降下してくるそれは、ほとんど刃みたいなもんだ。あたしは耳を抉られた奴しか見たことないけど、デカイのが頭に刺さって死んだ奴もいるとか。葉っぱに殺されるのだけは勘弁だ。


 さすがはシータの人々ですら近寄らないという別名『嘆きの森』。広大な面積を誇るにも関わらず、誰も手を付けようとしないのも頷ける。


 そんな最悪のコンディションの中、あたし達は何とか死人を出さずに半日かけて目的地に到着した。


 そこは、森の中でも少し変わった場所だった。暗視スコープ越しの景色がやや拓けて見えるのは、樹木郡の代わりに鋭く尖った岩石柱が針山の如く、高々と聳えているせいだ。元は巨大な一つの岩だったものが、時間と共に削れてできたものらしい。


 さてではここいらでお弁当、といきたいところだがそうもいかない。早速、付近の調査に取りかかる。新飛竜種と思われる生物は、ここに降り立つ姿がよく目撃されているらしい。マギアの土地に不慣れなあたし達の部隊はこの場所で残留物の捜索を、マギア部隊はディアラ隊長と共に目撃証言から割り出した移動予測ルートを元に標的の捜索を、と別行動を取っていた。


 ブラッド? 宣言通り、来たともさ。先に到着してたよ。それがさ、ひいこら言いながらやっとこさ辿り着いたあたし達と違って、ガード代わりに一級魔道士を雇ったおかげで空間転移魔法でひとっ飛びだったんだって。腹立つよな。でもそのせいで急激な温度差と視界の落差になかなか対応できなかったようで、一級魔道士とかいうマギア人以外は暫く全く動けなかった。ざまみろっての。


 この、一級魔道士という肩書のマギア人が曲者だった。全身をすっぽり黒衣をまとっていて、顔が見えない。というより、見せようとしない。

 その怪しげな雰囲気が、妙に引っかかった。あたしは隊員達に指示を出し、足場も見通しも悪い岩柱群を注意深く探索しながらも、そいつを常に警戒していた。


 作業を始めて、二時間くらい経過した頃だったか。


「クライゼ隊長、こっち! こっちに何かありますよ!」


 あたしを呼んだのは隊員ではなく、ブラッドの撮影クルーの一人だ。撮影アングルに悩む御大のために、良いポジションはないものかと散策していたところ、何かを発見したらしい。

 彼は、岩柱が集う中央部にいた。なるほど、見落としがないよう外側から攻めていたあたし達が出遅れるのも無理はない。


 急いで駆け込み、彼が指し示すものを見て――あたしは、息を飲んだ。


 小さな岩の窪みに、凍った葉が細かく砕かれて詰め込まれている。あたしは手袋を外して、触れてみた。体温程度では溶けなかったものの、それはかき氷みたいに繊細な柔らかさがあった。恐らく、何かを守るために作られたものだ。


 では、その何かとは?


 卵だ、とあたしは直感した。


 お手製のゆりかごの真ん中は、滑らかに窪んでいる。ここにあったはずのものの、形状に沿って。


 これによって推測されるサイズは、両手のひらに収まるくらい。新飛竜種のものとは断定できないけれど、その可能性は高い。


 卵は『ここにあった』、けれども『今はない』。


 考えられる理由は、二つ。

 孵ったか、あるいは――。


 全隊員にこの付近の捜索を命じようとしたその時、無線が鳴った。ディアラ隊長からの通信だ。


『新飛竜種と思われる生物を発見、しかし捕獲ならず。そちらの方向に向かった。至急対応願う』


 了解の旨を伝え、成果報告をしようとしたあたしだったが、それを遮り、ディアラ隊長は畳み掛けた。


『エイル、気を付けろ。あれは間違いなく新種だ。これまで見てきた飛竜種とは、明らかに異なる。デカいし硬いし速いし、何より知性が高い。こちらは何人かやられた。お前も無理するな。ダメだと思ったらすぐに退け、いいな!?』


 こんなにも焦ったディアラ隊長の声は、初めてだった。

 その時、あたしの耳が鈍く重い羽音を捉えた。


「総員、岩場から離れろ! 木の隙間に隠れるんだ! 急げ急げ急げ急げええええ!!」


 あたしは即座に命令を下した。機材を片付けようともたついてるブラッド部隊もあたしの剣幕に押され、慌てて逃げ込む。


 羽音はどんどん大きくなり、それにつれて真っ暗な空よりも黒いそれの姿が徐々に近付いてきた。


 そしてそいつはついに、地響きと共に地面へと降り立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る