13.ハッピー一人
その後、あたしはアインスと共に慌ただしく必要物資の買い物に回った。
家具屋では、店頭に飾られていた十五万マジナゴールドもする揺りかご椅子が欲しいとぐずりごねりだだをこね、諦めさせるのに苦労した。
鍵屋では待ち時間が暇だからと一人勝手に出歩いたくせに迷子になり、商店街のど真ん中で大声で名前を呼ばれ続けるという辱めを受けた。
腹が減ったとうるさいから、行きつけの激安ベーカリーに寄って山ほどパンの耳をもらってきてやったのに、『何でエイルは美味しそうなパン買ってるのに俺は耳だけなんだよ! 取り替えろ、ケチメガネ!』と喧嘩売ってきやがった。
そんな忍耐力の修行じみた買い物ツアーを終えてマンションに帰り着くと、時刻はもう午後六時半。
アインスは新しく作った合鍵がちゃんと使えるかを念入りに確かめてから、パンの耳が半分ほど残ったビニール袋を引っ掴んで出ていった。
「チェーン掛けたら、隣の家の人叩き起こして泣きつくからな!」
と、バカにしてはなかなかの脅し文句を残して。
にしても、身分証も何も持ってかなくて良かったのか?
所持品がパン耳袋だけって。しかも昨日と色違いの、クソダセェ変な柄の部屋着姿のまんまって。さすがに白スーツもドン引きするんじゃね? その顔が見物だわ、全く。
さて、猿も消えたし、ようやくゆっくりできるぞう!
久々の独りの空間で、残り少ない休日を満喫する前に、まず忘れちゃいけないのが母さんへの連絡。
昨日は遅かったし今朝は早かったしで一日遅れになったことを詫びてから、アインスの試験手続きが無事完了したこと、仕事を紹介してもらって早速出かけていったことを伝えた。
『取り敢えずは一段落ついたってことね。あたしも早くアインスに会いたいわあ。なるべく早めに連絡するように言っといてよ。あ、だからって無理だけはさせるんじゃないよ。アインスに何かあったら、ただじゃおかないからね!』
と、母さんは相変わらず、実の娘よりおサル贔屓全開フルスロットルだった。ふん、もう慣れたし。悲しくなんてないし。
それからは洗濯したり掃除したり、冷凍しておいたとっておきの特選弁当を食べたり、大好きな香りのバスオイルを堪能しつつ長い入浴を楽しんだり、買ってきたばかりの雑誌を読み耽ったり。
めいっぱいホリデーをエンジョイしていたら、あっという間に時間は過ぎて十一時半。もう就寝時間だ。
やっぱり一人はいい。
一人が嫌だってあちこち渡り歩く人もいるけれど、あたしは一人が好き。ゆっくりのんびり、誰にも文句を言われずに好きなことに時間を使える。何にも制限されない、至福の自由を堪能できる。
そりゃ、友達と一緒に遊ぶのも楽しいよ?
でもそれは、たまに味わいたくなる刺激みたいなもんだ。
穏やかで静かに満たされる、一人の時間には変えがたい。
その証拠に、結婚した友人は口を揃えて言う。一人の時間が欲しい、自由になりたいって。
一人きりの素晴らしさは、失って初めて気付くことが多いのかもしれない。
新しいシーツに変えたベッドに転がれば、さらりとした心地良い肌触りとお気に入りの柔軟剤の香りが身を包む。
穏やかで優しい静寂に抱かれながら、あたしは安らかな気持ちで眠りに落ちた。
その幸せをぶち壊したのは、爆弾でも落ちたのかってくらいの肉体への衝撃!
あたしは即座に飛び起き、何事かと臨戦態勢を整えた。
見れば何事もくそもない、バカ野郎の御帰還だ。
「たっだいまぁ! 超楽しかったあ!」
現在の時刻、二時過ぎ。人が寝てるとこにダイブまでかましゃ、そりゃ楽しいだろうよ。こいつマジ殺したろか。
一発、いや十発、いやいや百発殴ってやらなきゃ気が済まないと手を上げかけたところで、アインスはまた掴みかかるように抱きついてきた。
「ちょ痛いっての、バカ! てか何時だと思ってんだ、てめえは!」
「え〜? マジ卍ぃ? ドジオヤジィ?」
「くだらねえダジャレなんざ聞きたくねえわ、ボケ! って、うわ酒くっさ! お前、どんだけ飲んで来たんだよ!」
「さあ? わかんねえけど、ずっといただきますしてたよ!」
おいおい、ガキに酒飲ませるなんて、どういう職場だ?
責任者のトサカ白スーツに抗議して、慰謝料ふんだくってやる!
…………とそこで、思い出した。
そういやこいつ、マジナの飲酒解禁年齢の十八歳もう超えてるんだっけ。
マギアは年齢制限ないから酒は飲み慣れてるはずなんだけど、それでもこんだけグダグダになってるってことは、調子こいて相当の量を飲み倒してきたんだろう。
よし、張り倒して戒めついでに正気に戻してやろう。
しかしそれを行動に移すするより先に、アインスは急に力を失って崩れ落ちた。
ついに死んだか、と覗き込むと残念! 単に寝落ちただけだったよ。
まあ、確かに――マギアからマジナに渡界して、その足で不慣れな土地を歩き回ってあたしの仕事場到着、コンビニで乱闘、早起きして役場に手続き行って一日買い物して、更に初仕事で酒宴とくれば、いくらタフな野猿でもぶっ倒れるわな。
寝息も立てずに眠るアインスの寝顔は、少年時代の面影がまだ強く残っていて――仕方なく、あたしはタオルケットを掛けてやり、自分は隅っこで小さく丸まって眠ることにした。
母さんほどゲロ甘ではないにしろ、あたしだって姉なんだから、弟を可愛がる気持ちくらいあるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます