12.夏空に舞う雪

 試験に義務付けられている十五日ごとの経過報告は、毎度マギアに帰ってやるわけではなく、残念ながら遠隔魔法で簡単に済むらしい。


 何だよ何だよ、半月に一度は猿から解放される予定だったのに。


 チズカとアインスの話によると、マドケン一級三次実技試験を受ける者はマギア魔法庁で二次試験通過通知を受け取ると共に、『レコードシステム』なるものの支配下に置かれるから、報告はただの確認みたいなもんなんだとか。



 では『レコードシステム』とは何なのかと聞いてみたらば。



「名称のまんま、どんな魔法を使ったか、幸福度にそれがどれだけ関与したかが記録されるのよ」


「え、どうやって?」


「魔法庁のスペシャルな魔道士達が、置いてきた片割れアレコレいじくって算出するらしーよー。詳しくは極秘事項だそうだから知らねーけどー」


 やけに投げやりな言い方をするアインスに、あたしは恐る恐る尋ね返した。



「…………片割れって、何?」



 アインスはいつもの企むような笑顔を向けて、けれどひどく冷めた声で答えた。



「魂の、半分」




 世界総合庁を出ると、太陽はもう頂点を過ぎていた。


「あ〜、いい天気! 向こうは晴れてても暗かったから、こんなに明るいのって新鮮!」


 アインスが外の広場をウキャウキャとはしゃぎ回る。いつものことだから、あたしは放置しておいた。


 オルディンと暮らしていたのは、マギアの中でもシータに近い土地に暮らしていたから、お日様の光を見られることすら楽しいんだそうな。


 マギアの地理は単純で、大きく分けると神族の住まう光の国ウエイ、その他大勢の種族が犇めくアイーダ、そして氷と闇に閉ざされたシータの三国で構成されている。


 一応はアイーダ扱いになっているといっても、アインスとオルディンはほとんどシータとの境目みたいなところに居住することを強いられていた。一度だけ訪れたことがあるけれど、昼間でも夜のように暗くて、すごく寒くて、住み良い場所とはとても言い難かった。幸い、ご近所さんや友達には恵まれていたようだけれども。


 彼らは一体どういう種族なのか――実はあたしもよく知らない。


 オルディンに至っては、アイーダの中心街に出入りすることも禁じられていたそうだから、魔族の中でも相当危険視されている種族なんだろうけど……。



 でもそんなことより、あたしにはこうして笑っているアインスは『半分』ということがものすごく変な感じに引っかかってた。



 魂半分って、つまりどうなってんの?

 精神力も半分になってるなら、いつもみたく罵り倒したら死んじゃうんじゃない?


 もしかして――――過去の記憶だとか昔の思い出だとか、そういう大切な部分も、半分になってたりするんだろうか?



「エイル、何しけた面してんの? いつもよりブスに磨きかかってんぞ?」


「るせえな、暑くて死にそうなんだよ。誰かさんと違ってか弱い乙女なんだから、日向ぼっこも大概にしろ」


 アインスは不思議そうにあたしを見つめてから、大きく頷いた。


「わかった! さては早速、俺様の魔法が見たいんだな? オッケー、ぶったまげさせてやる!」


 ええええ…………そんなんいらんって。ちっともわかってねえじゃん。


 呆れるあたしをよそに、アインスは空に向かって両腕を開いて目を閉じた。



 すると――――ふわり、と何かが舞い降りてきた。



「ん? 何……」



 手を伸ばしたけれど、小さな白いそれはすぐに消えてしまった。けれどもすぐに次が落ちてくる。最初はまばらだったのに、どんどん増えて――――それの発生源である空を見上げたあたしは、思わず声を失った。



 雲一つない晴れ渡る空。そこから、花弁のようにひらひらとゆるやかに降ってくるのは。



「本物じゃないけど、よくできてると思わね? 俺、いつも夏休みに来てたから……エイルとマジナで雪見るなんて、もう十五年ぶり、になるんだよな」



 ふわふわと飛来する淡雪――の幻影魔法の中、アインスはそう言って嬉しそうに笑った。


 それは十五年前、あたしと初雪を見た時と同じ表情だった。



「…………半分になっても、こういうのは覚えてるんだ」


「え? 魂半分にしたところで何も変わんねーよ? 試験だってのに、記憶に関わることなんてあったら一大事じゃん。精神体だけで活動しなきゃなんないなら多少不都合あるかもだけど、マジナにいたらそんなことする必要ないし。簡単に言ったら……無理矢理分裂させられたようなもんかなあ? どんな風に扱われてんのかは俺もわかんねえから、ちょっと気持ち悪いけど」



 何だ、特に変わったことがあるわけじゃないのか。心配して損した。


 おっと、違う違う。心配したんじゃないぞ?

 一緒に暮らすに当たって、何かおかしなことになってたら扱いに困るし面倒くさいからであってだな……。


「エイル、見て見て! 太陽の光で雪がキラキラしてる! 超キレイじゃね!?」


 アインスの指差す方向に目を向けると、確かに光の粒がきらめいている。触れても冷たくないし感触もないけど、ただ映像を投影してるんじゃなくて、環境に合わせて変化するんだ。


 え、ちょっと待って。これってすごい魔法なんじゃない?


 何の変哲もない広場が、まるで輝く霧のオーラに包まれた楽園みたいだ。白と金の光をまといながら無邪気に笑うアインスは――十五年前と全く変わらないように見えた。


 通りかかった人も足を止めて、この絢爛な光景に歓声を上げる。



 青空に太陽、そして不規則に光を反射して柔らかに踊る雪。


 クソ…………こんな素敵なもの見たら、もう笑顔になるしかないじゃねえか。



 悔しいけど、いきなり幸福度上昇に協力しちゃったかもしんない。

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