8.バカと武器は使いよう

「うわああ、もう十時じゃないかあ!」


「まだ十時だろ。エイルも明日休みなんだから、少しくらい遅くなったっていいじゃん」


 ファランの奴、あたしがマネージャーんとこ行ってる間に余計なこと教えたな? くそぅ、仕事行くフリして逃げようと思ってたのに。


 あたしはうんざり脱力しながら、買ってきた弁当やら惣菜やらをリビングのテーブルに広げた。


「ねえエイル、これ切って!」


 洗面所で手を洗って戻ってきたアインスが、笑顔で差し出してきたのは――――ご立派なニンジン。


「え、何これ? どこで拾った?」


「ストアでこっそり買ってきた。エイルお姉様の手料理が食べたくて食べたくて。お姉様、久々に会う弟めのためにいっちょ腕を振るって下さいよ〜」


 ほう……何故か製作過程で紫に変色したシチュー出してやった時は、匂いだけで死ねるとかいっそ殺してとか言ってたくせにな?


 でもまあ、何だ……手料理ねだられるなんて初めてじゃない?


 相手は猿とはいえ、悪い気はしないな!



「よっしゃ、任せろ! 最強の野菜スティック食わしてやんぜ!」



 途端にご機嫌になったあたしは、アインスを引き連れてキッチンに向かった。



 そこで取り出したるは、我が愛機『ストリング・ブラスター』――名前は『マイナス』だ。


 ボディはシルバー、グリップ部分はブラックラバー、ぱっと見はオートマチックピストルと何ら変わりない。

 しかしこいつは銃なんかより殺傷能力が高い、正真正銘の武器だ。おまけに素人が下手に触れれば、使用している本人が死ぬこともある。諸刃の剣ってやつだ。


「お前はあたしの真後ろにいろ。いいか、絶対に動くなよ」


 アインスにしっかりしてから、あたしはセーフティレバーを解除し、ニンジンを天井に向かって放り投げた。


 その瞬間、一切の感情が消えた。


 目標物の動作速度、予想される軌跡、稼働領域、距離などが、頭の中で勝手に計算される。


 無意識のまま、あたしはトリガーを引いた。強弱と長短をつけて、まるで楽器を弾くように、トリガーガードの中で右手人差し指が細かく振動する。


 銃口から放たれたのは、弾丸――なんてちゃちなもんじゃない。肉眼で視認するのも難しいほど、微細なワイヤーだ。


 細いからってバカにすることなかれ。こいつはとんでもなく強靭で、マギアのドラゴンの表皮ですら切り刻むことができる特殊仕様なのだ。


 あたしはワイヤーの出入速度を調節しながら、細かなリズムをつけて、落下するニンジンの身を削いだ。皮と身の色が同じだからちょっとわかりにくいけど、まあ大体こんなもんだろうという感覚で、グリップ側面にあるカットボタンを押した。


 途切れたワイヤーが、激しく踊りながら空を舞う。ここがこの武器の最も怖いところで、最も使い手の腕が問われる動作でもある。軌道予測を誤って、周りの人を輪切りにしちゃったとか自分が輪切りになっちゃったっていうえぐい事故も多いのだ。


 でも、安心して下さい。


 ほら、ワイヤーを見て? スポーンとゴミ箱に着地したでしょう? ニンジンも皮も、ちゃんとシンクに落ちたでしょう?


 これが死ぬほど訓練した成果です! どうだ、すごいだろう!!



 ドヤァと鼻膨らませてアインスを振り返ってみると…………しかし奴は今回も、というよりストリング・ブラスターの使い道を知った時以上に引いていた。



「…………うっわぁ、こりゃ嫁の貰い手ねーわ。ケンカの度にこんなもん向けられるんだろ? ブスだけなら我慢できても、筋肉と貧乳と武器付きなんて罰ゲームに等しいって。もう来世に期待するしかねえな」



 その言葉をゴングに、再び姉弟合戦が開幕したのは言うまでもない。



 完全に息の根を止めてやりたかったがそういうわけにもいかず、日付を超えたところで我に返ったあたしは、アインスにさっさと飯食わせて風呂叩き込み、とっとと寝かし付けた。


 明日……というか今日は、役所で何やら色々手続きしなきゃならないらしいし、生活用品も買わなきゃだし、夜には仕事の下見みたいなのに行かなきゃならないみたいもんね。


 自分の寝支度を終える頃にはもう夜中の二時を回ってて、あたしは泣く泣く早朝ランニングを諦める決断を下した。誰かさんに関節極められまくった膝も不安でしたので、ええ。


 たった半日だってのに、本当に疲れた。まさに疫病神とは奴のことだ。


 今じゃ煮ても焼いても食えない排泄物みたいなバカだけど、可愛い時もあったのになぁ。


 小さい頃のアインスを思い出して、あたしはベッドの中で深々とため息を吐いた。


 訳あって口も聞かない状態になったこともあったけれど、仲直りしてからはエイルちゃんエイルちゃんと、キーホルダーのマスコットみたいに戯れついて離れなかったものだ。


 ところが半年してマギアに渡界する頃にはもう、現在の土台が完成。卓越したクソガキっぷりを余すことなく発揮してくれましたっけ。


 以来、学校の夏休みを利用してこちらに来る度にどんどん可愛さはランクダウン、比例して可愛げのなさが鰻登りに上昇。今では、押しも押されぬ凶悪な生物になってしまった。


 仲直りした頃が可愛さの最盛期、今はバカ真っ盛りってとこか。

 あれといつまで暮らさなきゃなんないんだろう――考えるだけで欝、話すだけで血圧上昇、成人病まっしぐらだ。


 頭を抱えかけて、あたしはふと気付いた。


 あいつ、グラズヘイムで働くかもしれないんだよな? あそこは金持ちの中でも、普通の娯楽に飽きた特殊な趣味をお持ちの方が多いって噂だ。


 てことは、だ。

 魔法使えるエルフ風の小僧って、意外と需要あるんじゃない?


 中身は小汚い野生の猿だけど、見てくれだけは取り柄って言えるだけのツラしてるし。

 あんだけの顔なら、中身がカスでもいいって奴もわんさかいるだろう。パトロンよりどりみどり、ラブの花満開、舞い落ちる暇もなく咲き乱れるってな具合に。


 おお、何だか気分が盛り上がってきたぞ。


 あらあら、いいんじゃなくて?

 まさに当初の計画通りじゃない?

 てか、それ以上じゃないですか?


 オーナー御本人から人気出るってお墨付きいただいたし、よほどのことがない限りは不採用にならないだろう。自分で断るなんてバカやらかしたら、檻に入れてもう一度連れてって、あたしからも雇ってくれるよう頼み込んでやる!


 己の妄想に安心すると、あたしはたちまち眠りの世界に落ちていった。

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