7.救世主と薄情者

 その言葉を聞くや、あたしとアインスは足を絡ませたおかしな体勢で顔を見合わせた。


「魔法使って働けるとこ、あるんですか?」

「違法入界者相手の商売、ってのだけは勘弁してよ?」


 白スーツが声を上げて笑う。


「教えるっていうのはなしだけどね。魔法使うのは大歓迎だし、まあまあの給料も出せるよ」


 給料を出せる?

 ということは、こいつが経営者なのか?


 あたしより若いように見えるけど――。


 アインスは関節のロックを解除して、倒れこんでるあたしの傍に駆け寄ってきた。


「エイル、どう思うよ?」


 あたしも素早く身体を起こし、アインスの耳に囁く。


「怪しくない? だってアレが社長なんだよ? ろくな仕事じゃないって」


「詐欺師かな? それともギャングとかマフィアとか」


「それなら平気だろ。だってお前、向こうじゃ似たようなのと付き合ってたじゃん。あっちで無事なら、こっちでも大丈夫だって」


「そりゃそうかもだけど……エイルが許さねえじゃん。モルガナにも絶縁される」


「あ、それいい考えだわ。うちと縁切って、奴らのファミリーになっちゃえよ、お前」



「…………あのねえ」



 いつのまにか、背後に移動して盗み聞きしていたらしい。


 いきなり間近から浴びせられた白スーツの声に、あたしとアインスは抱き合って飛び退いた。溺れる者は、猿をも掴むのだ。



 白スーツは苦笑しながら説明を始めた。



「非合法の仕事じゃないから、安心して。確かに経営者の俺が若年だから怪しむ気持ちもわかるけど、正規のちゃんとしたお店だよ」


 差し出された名刺を、あたしはアインスの首に回したままの手を伸ばして受け取った。


 そして、二人で顔を寄せてそれを見る。



『グラズヘイム オーナー兼代表取締役社長 カミューゼル・シファー』



 あ、何だ。ここならあたしも知ってる。超有名なとこじゃん。良かった良かった。


 安心してほっと息をつこうとしたあたしは、しかし、またそれを飲み込んだ。



「グラズヘイム!? グラズヘイムって、あのグラズヘイム!?」


「エイル、グラズ何とかって何? 何するとこ?」



 アインスが不思議そうに尋ねる。そうだった、こいつはマギアからのおのぼりさんだから知らないのだ。


「ここらじゃ知らない人はいない、超有名な娯楽施設の名前だよ。何かデカい建物の中に、レストランとか酒場とか遊戯場とかぶち込まれてて、たまに音楽隊とかショーダンサーとかも来るみたい。あたしらみたいな庶民はとてもじゃないけど入れないから、又聞きの又聞きみたいな情報だけど」


「えっと……うん、盛り沢山すぎて頭が追い付かねーわ。ちょっと整理するから待って」


 アインスは眉根を寄せ、貧困な想像力を巡らせて始めた。しかしやっぱりうまくいかなかったらしく、困ったような半端な顔で笑って首を傾げた。


「そんなに難しく考えなくてもいいよ。君の好きな仕事を選んでくれればいいから」


「そんなのアリなの?」


 あたしとアインスが同時に声を発すると、カ……何とかは頷いてみせた。


「いろんな種類の仕事があるからね。エスコート係や給仕はもちろん、調理師にソムリエ、ダンサーにDJ、VJ、ヘアアーティストからカメラマンまでいるよ」


 あたしは唖然としてしまった。最近の話題の場所は、謎に満ち満ち過ぎている。


 カ……いや、白スーツはアインスに向き直って、優しい口調で言った。


「心配なら体験入店からってことで……わかるかな? お試し期間」


 アインスが頷いてみせる。けれど、警戒した目つきは変わらない。


「実際にやってみて、お互いに気に入れば採用。嫌なら、一日と言わずすぐに辞めても構わない。もちろん、その分の給料もきちんと支払うよ。お姉さん、これでどうかな?」


 おいおい、何故あたしに話を振るんだよ? 知らねっての、本人の勝手だろが。


 なのに、その張本人であるはずのアインスまでもが、不安そうにしがみついてくる。ったく、いつまで経ってもガキなんだから。


「よくわかんないけど、行ってみれば? 嫌なら辞めてもいいって言ってんだし、そしたらまた何か探しゃいいじゃん」


 あたしの言葉に、アインスは小さく頷いてから呟いた。


「エイルがそう言うなら……行ってみるかなあ。あの、そこって、魔法使ってもいいんですよね?」


 アインスの再確認に、白スーツは微笑んだ。


「うん、マギアからの観光客も多いし、飛び入りでパフォーマンス披露したいって希望される方もいるくらいだし。といっても、攻撃魔法は控えてほしいけど。あの運動神経なら、ダンサーやパフォーマーでもいいかもしれないね」


 失敗した飛び技のことを言っているようだ。白スーツはそれを思い出したらしく、小さく笑いを零した。


「お姉さんも職に困ったら是非、ウチに来て。女性も活躍してる職場だよ」

「結構です」


 にべもなく言ったのに、白スーツは嫌な顔一つせずに穏やかな表情を崩さなかった。さすがは社長さんですこと。


「しっかし、仲がいいんだか悪いんだか。さっきまでは格闘戦繰り広げてたのに、いつまでも抱き合ってるんだからなあ」


 言われてようやく気付いたあたしは、アインスを突き飛ばした。汚らわしい。


「ってえな! 何しやがんだ、チビッコ筋肉マン!」


 こんのガキゃあ、昔つけたクソみたいなあだ名をまだ覚えてやがったか!


 頭に血が昇りかけたけれど、白スーツに優しく制されて我に返る。うむ、確かに大人気ない。馬鹿を相手にしたって無駄に疲れるだけだ。


 あたしを落ち着かせると、白スーツはまたアインスの方を向いた。


「名前、聞いてもいい?」


 アインスは地べたに尻もちをついた格好のまま、ぶっきらぼうに答えた。


「アインス。アインス・エスト・レガリア。ソレはエイル・クライゼ」


 ほう、今度はソレ扱いですか。てかあたしの名前なんか、聞かれてないんだから言わなくていいっての。


 大人気ないと理解しながらも引きつりそうになってるあたしに、白スーツは妙に意味深な視線を向けた。


「姓が違うってことはやっぱり、血は繋がってないんだ?」


「冗談じゃねえやい。あんなの真っ赤な他人のお猿さんに決まってんじゃん」


「てめえ、猿とか言うな!」


 あたしはアインスの言葉をきれいに無視してやった。人間様には、サル語もバカ語もわかりませんのでね。


 その様子を見て、白スーツはまた笑った。けれどその笑みは今までと違って、何かを含んだような不適で嫌味な感じだった。


「彼、面白いもの持ってそうだし、顔も抜群だし、どの仕事に就いても人気出ると思うけど……大丈夫?」


 やれやれ、何が言いたいのやら。あたしは肩を竦めてみせた。


「人気出たら何か問題あんの? 精々稼がせてやってくれよ。まあ、調教に成功すればの話だけどぉ?」


 嫌味ったらしくにやつきながらアインスを見ると、ガキ丸出しの表情でむくれてる。ざまあねえな。


 白スーツはそんなアインスにまた軽く吹き出してから、明日夜七時にこのコンビニに迎えに来る、と言って去っていった。



 その後ろ姿をぼけーっと二人で見送っていると、野次馬コンビニ店長が弁当の温め直しを申し出てくれた。


 さらに、お酒を一本サービスしてくれたではないか!



「仕事が決まったお祝いと、いいもの見せてもらったお礼だよ。あんなにすさまじい姉弟喧嘩、そうは見れないもんね〜。それにしても、二人とも運動神経抜群だね! ウチで雇えなくて、本当に残念だよ〜」



 しかし――――店を出ようとしたその時、アインスが小さな声を上げた。


 奴の指差す方向に目を向けてみれば、出入り口のガラスドアに『アルバイト絶賛急募中! お願い、誰でもいいから働いて!』という張り紙が……。


 あたしとアインスが思わず振り向くと、レジにいた店長はさっと目を逸らした。



 そうよね……いくら人手不足でも、あんなケンカする暴力的な奴、雇いたくないよね…………。


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