第13話「激闘の地下水道」

 王都にくまなく張り巡らされた地下水道は、不気味な暗さでラルスを迎える。水の流れをすぐ足元に聴きながら、ラルスは狭い足場を駆けた。

 すぐに背後からバルクの声が叫ばれる。


「よぉ、ボウズ! おいでなすったぜ……ありゃ、コボルトだな!」


 巨大なハルバードを手に、バルクはラルスの死角を守って振り向く。

 目の前だけに集中して、ラルスは抜剣のきらめきと共に盾を身構えた。大きな合金製の盾には、ゾディアック黒騎士団を示す真紅の日輪が刻まれている。出撃前にオフューカス分遣隊の備品から引っ掴んできたものだ。

 かざした盾が、モンスターの絶叫を反射し、手斧の一撃を弾く。

 ビリビリと左手が痺れる中で、息を吸って、そしてゆっくり吐き出す。

 ひるがえる右手が、握った刃に風を呼んだ。

 重い手応え。

 切れ味鋭い、父の形見のロングソード。

 血飛沫ちしぶきが舞う中、さらに前へ。

 背後ではバルクもむくろを生み続けていた。


「いい調子だぜ、そうこなくっちゃあいけねえ。ボウズ! 剣もあれか? アルスの奴が教えてくれたかい?」

「はいっ! なべふたで盾の扱いも練習してましたが、意外とうまくいってる気がします」

「上等だ、ここで踏ん張って退路を確保すんぜ? あらよっと!」


 阿吽あうんの呼吸でラルスは低く身を屈める。

 頭上で空気が旋風を巻いて、バルクの振り回すハルバードが周囲を薙ぎ払った。

 ラルスも身をバネにして踏み出すや、盾でコボルトたちを押し返す。

 押し留めて脚を殺し、斬り伏せてゆく。

 地下水道のモンスターたちは、決して強くもなければ多くもない。

 だが、狭く入り組んだ特殊な地形が、騎士たちの有利な要素を封じているのだ。

 ラルスは出入りする呼吸に胸を熱く焼きながらも、剣を振るって言葉を紡ぐ。


「そういえば、バルクさん! リンナ隊長は、俺達オフューカス分遣隊はどうして!」

「そりゃ、隊長は才女、ちょっとした女傑じょけつよ。腕も頭も母親譲りでな。でも、それだけじゃ出世はできねえし、要領が悪くて不器用だからうとまれるしかねえのさ」

「そんな理屈っ!」


 盾を保持する左手の感覚が、薄れてゆく。

 強撃を受け止め続けて、ひじの熱さしか感じない。

 それでもラルスは、カウンターで繰り出す剣でコボルトたちを蹴散らす。彼がくさびとなって先頭に立つことで、背後のバルクはポールウェポンのリーチを十分に活用することができていた。

 打ち合わせた訳でもないのに、示し合わせたように二人の息はぴったりだ。

 絶叫が聴こえてきたのは、そんな時だった。

 金切り声を叫ぶのは、裏返る女の声だ。


「どいてーっ! どいてどいて、どいてくださーいっ!」


 巨大なウォーハンマーを両手で振り上げた、それはカルカだった。

 彼女は華奢きゃしゃな女性とは思えぬ突進力で、ラルスが開いた突破口へ致命傷を刻み込む。なんとか持ちこたえていたコボルトたちは、ついに戦線を決壊させて逃げ始めた。

 だが、一心不乱にカルカは鉄槌てっついを振るった。


「うわあああっ、お給料、あげてえええええっ! 残業代っ、出してえええええっ! 二週間に一度は、休みが欲しいですわああああああ! 福利厚生も……騎士団の、バカアアアアアッ!」


 命が血と肉になってすり潰される、粘度の高い音の中で声が響く。

 バルクが肩をすくめて笑っているが、ラルスは呆気あっけにとられてしまった。カルカの戦いは凄まじく、凄絶なまでに容赦がなかった。騎士団への不満を叫びながら、次々と死骸が量産されてゆく。

 そのままカルカは、逃げるコボルトたちを追い抜かん勢いで遠のいていった。


「あの、バルクさん……あれは」

「ほっとけ」

「援護は」

「いらねーよ、ほっとけって」

「でも」

「いいからいいから、それよりボウズ」


 まるで枯れ枝のように、重く長いハルバードを肩に遊ばせるバルク。彼は無精髭ぶしょうひげあごを手ででながら、進撃してきた今までの道を振り返った。

 地下水道は、ところどころから採光された明かりがうっすらと屹立している。

 まさか、王都の民も足元で死闘が繰り広げられているとは思いもしないだろう。

 だが、誰も知らぬ中でこそ、誰もが使う水道を守るのも騎士の務めだ。

 そう思っていると、バルクは迷った挙句に再び会話を切り出してくる。


「やっぱ、ボウズに行ってもらうか。後方の隊長にな、そろそろ片付きそうだって伝えてくれや。俺ぁ、一応カルカの背中を守っておくからよ」

「はい! では、バルクさんもお気をつけて」


 バルクが「あいよ」と笑う顔に背を向け、ラルスは走り出す。

 濡れた足場は、ブーツを濡らして冷たさを這い上がらせてきた。それでも反響する足音を響かせながらラルスは走った。

 すると、不意に暗がりから小さな影が飛び出てくる。

 あっという間にラルスは、無言で合流してきたヨアンに並ばれた。


「ヨアンさん? 大丈夫ですか、凄い血ですけど!」

「全部、返り血。大丈夫、平気」


 全速力で走るラルスの横で、ヨアンは涼しい顔をしていた。息を荒げた様子もなく、初めて会った時のように露出度の高い軽装に身を固めている。両手に血塗れの短剣を握ったまま、ヨアンは前だけを見て走っていた。

 そして、徐々に周囲が賑やかになる。

 敗走中のスコーピオン支隊、その本隊に追いついたのだ。

 歩調を少し落として、ラルスはヨアンと一緒に手負いの騎士達を追い越してゆく。肩を貸されて歩く者も、その場でうずくまってしまった者もいた。

 ようやくラルスはリンナを見つけた、その気……グイと腕を掴まれ、ヨアンに脇道へと引きずり込まれる。


「っとっとっと、ヨアンさん?」

「ラルス。なんか、変。リンナ、困ってる」

「え? 敵? モンスターかな」

「もっと、怖くて、厄介」


 何を察したのか、ヨアンは低くうなる犬のように警戒心を尖らせていた。そっと小道から顔だけをのぞかせれば、リンナのすぐ目の前に一人の男が立っていた。

 立ち塞がっていた、とも言えるかもしれない。

 壁を背に立つリンナを圧縮するように、見下ろす距離に密着している。


「あれは……あのマントは、宵闇の騎士ムーンレスナイト? つまり、あの人は」

「スコーピオンの、隊長。わたし、知ってる。凄く、ヤな奴」


 そう言われて、再びラルスは薄闇に目を凝らす。

 嫌がるように目を背けるリンナに、遠慮なく男は身を寄せていた。

 そして、二人の会話が聴こえてくる。どうやら周囲には、逃げてきたスコーピオン支隊の騎士たちはいないようだ。あるいは、人払いがなされているのか。


「リンナ、今回も俺様を助けてくれたよな? なあ、それって……かわいい奴だな、お前は。この間の話、考えてくれたんだろう?」

「なんの話でしょうか。それより、私も問いただしたいことが……先日の件、支隊を預かるおさとして上層部に掛け合って頂けましたか?」

「それこそ、なんの話だよって! なあ! 女がさかしくあれこれすんなよ、ええ? かわいい顔でにらまれても怖くないんだからさ。なあ……そろそろいいだろう?」

「そろそろ、とは」

「オフューカス分遣隊、たった三人の小さな愚連隊ぐれんたいじゃないか。うちの支隊に来いよ、副隊長にしてやる。他の連中も使ってやるからさ」

「失礼ですが、オフューカス分遣隊は機動力と即応性に特化した精鋭と自負しています。それに、今は三人だけではありません。……手を、離して頂けますか?」


 あろうことか、男の手はリンナの細いおとがいに触れていた。

 無理にでも自分へと向かせて、男が締まらない笑みを浮かべる。

 瞬間、ラルスは剣を抜いて飛び出していた。

 そして、瞬発力で勝るヨアンが矢のように悪意へ吸い込まれていく。

 絶叫。

 怒号が割れんばかりに響いて、ようやくスコーピオン支隊の隊長は振り向いた。それは、ラルスの盾が重い一撃を受け止めたのと同時。

 一匹のコボルトが、手にした巨大な鈍器を振り下ろしていた。

 恐らく、逃げる中で群れからはぐれたのだろう。

 ヨアンが先に牽制の蹴りを繰り出していたので、はぐれコボルトの動きは大振りになった。機先を制したラルスは、余裕をもって二人を守ることができたのだ。

 剣を抜いたリンナの脚には、震えてへたれこんだ男がしがみつく。


「少年、それにヨアンさん! 気遣い無用、この方は私が守りますので。モンスターをお願いします」

「了解っ! ヨアンさん、一気に畳み掛ける!」

「わかった」


 はぐれコボルトの棍棒をいなしてさばき、半身に捻った身体でラルスが剣を突き出す。それは致命傷とはならなかったが、敵の腕を突き刺して出血を強いた。

 負傷と混乱で、いよいよはぐれコボルトが激昂げきこうにいきりたつ。

 そんな悪意と殺意の頭上に、小さな影が舞った。

 ヨアンは得意の軽業かるわざで地を蹴るや、高い天井まで届きそうな跳躍を見せる。そのまま回転しつつ、はぐれコボルトの肩へと着地。雌雄一対しゆういっついの短剣を喉笛のどぶえに押し込み、黙らせた。血柱を吹き出し、はぐれコボルトは断末魔の絶叫もなく崩れ落ちる。

 ヨアンは何事もなかったように、ふわりとラルスの前に舞い降りた。


「終わった、次は? ……リンナ、それも、殺る?」


 無表情なヨアンの冷たい殺意が、血の滴る刃と一緒に男に向けられた。

 だが、同じく無表情ながらも、リンナは憂いを帯びた眼差しを伏せた。首を左右に振って、剣を鞘に収める。


「お疲れ様です、ヨアンさん。少年も、ありがとうございました。この人は同じ騎士団の同志、仲間です。騎士とは常に、疎ましく思う方からもいつか尊敬されるような人間を目指さねば……ですが、不快感ははっきりと表明して伝えるのも大事ですね」


 涼しい顔でそう言って、リンナは自分の脚線美にしがみつく男をひっぺがした。

 栄えあるゾディアック黒騎士団のスコーピオン支隊を束ねる男は、震える声を絞り出す。


「おっ、おお、お前ら……はみ出し者風情がいい気なもんだな! あばずれ騎士が淫蕩いんとうの末に産んだ女が、貧民のガキと田舎者いなかものを使って……こっ、この件は幹部会でも話させてもらう!」

「どうぞ御随意ごずいいに。私が以前お願いした、各支隊の正騎士の待遇改善、及び契約騎士の正騎士登用についても言及して頂ければ……よろしくお願いします」


 わたわたと立ち上がる男は、甲冑を鳴らして逃げ出した。

 珍しくリンナは、不快感と嫌悪感を露わにしていた。表情がとぼしくとも、それがラルスにも伝わった。そして、この出来事が不当な懲罰人事を招くとは、この時は思いもよらなかった。

 人を追い詰め過ぎると、多くの者たちに不幸を呼ぶ。それはリンナが教えてくれたことだったが、その言葉を体験と経験で学ぶ機会が訪れようとしていた。

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